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青い男

作者: 柊 ナナ


自分がこんな昼ドラのようなことになるとは考えもできなかった。


何が始まりだったのだろう。


部長は離婚してくれると言ってくれていた。


三十歳の誕生費日から五年も付き合いそして一方的お別れ。


やっぱり家族とは別れられないと。


出来る限りのことはするからと、それなりの額の手切れ金も言ってきた。


私は少し時間をくださいと言ってその時は別れ、アパートの自分の部屋に戻ってから号泣した。


でも、翌日からいつも通りに出社した。


部長は目を合わせることなく午後には外回りに出て行った。


それから二週間、私はいつも通りに生活している。


周りの同僚もいつものままだ。


部長はかなり慎重に私と付き合っていたから、それとも皆は知らないふりをしているの?。


なぜ、私は平然と生活しているのだろうと昨夜ベッドの中で自問自答した。


そして、きっとプライドだろうと結論した。


休みをとれば、俺のことをそんなに愛していたんだと思われそうで、お金をすぐ受け取ればこれで示談は成立だと安心させる。


三十五歳の女をなめるな。


一度携帯に電話があった。


返事待てませんかと逆に聞くと、慌てたように謝ってきた。


今、部長に私はどんなふうに見えているのだろう。


そして、今日もいつものようにアパートを出る。


外階段を降りる時、なにか青いものが視線を横切った。


階段の途中で道路の方を見ると、白髪まじりのボサボサ頭で腰下まである真っ青なペラペラのビニール製ジャンパーを着た中年男がやや俯きかげんで歩いていた。


歳のわりに随分と鮮やかな色の服を着ている。


門を出るときふと振り返ってみると、その男は数件先のマンションに入っていった。


ああ、管理人なのかなと思った。


そのとき一瞬、男がこちらを振り向いたように見えた。


翌日の朝も階段の途中で門の前を丁度歩いているあの男に会ってしまった。


同時間なのだから仕方がないのだろうと思い、翌日は五分早く部屋を出て階段を降りる。


道路に男の姿は見えない。


そして、門を開けると目の前を男は通りすぎていった。


白髪まじりのボサボサ頭と、腰下まである真っ青なペラペラのビニール製ジャンパー姿で。


翌日は十分早く出る、階段でも門を出た時にも会わない。


朝の十分という時間は、さすがに大きいはずだ。


素早く門を閉め、すぐの角を曲がる。


あの男がいた。


翌日も十分早く出るが、すぐの角は曲がらず駅へ少し遠回りになるが門を出て真っ直ぐ道を行き2つ目の角を曲がることにした。


振り返りながら歩くが今日はまだ出てこない。


ひょっとして、この数日偶然時間が重なっただけなのかな、などと思い始めた。


いずれにしても、今日のルートは裏道もあるので時間の無駄でまず朝は使う人はいない。


私は思わず微笑んで、角を曲がる。


あの男がいた。


私は一瞬動けなくなったがむりやり意識して足を動かし男とすれちがった。


電車のなかでつり革につかまって目を閉じると、あの鮮やかな青色がちらつく。


仕事中も何かのひょうしに思い出しイライラする。


会社に着くと挨拶もそこそこに椅子に座り、机上のPCの暗いモニターを眺めてため息をついた。


まるで下手なホラー漫画だ。


ストーカーというならどうやって私の外出時間を知るのだろう。


どうしたら会わずにすむのだろう、再びため息をつきPCの電源を入れようとすると暗いモニターにこちらを見る部長の顔が写っているのに気づいた。


私は無視して電源を入れた。



帰り、ホームで電車を待っていると目の左端に青いものがちらついた。


まさか、ゾッとしながらゆっくりと視線を動かすと向かいのホームをあの男が歩いていた。


やがて私の斜め前付近の女子高生の真後ろに立った。


まさか、この付近に仕事場があるとか・・・・。あれ、あの娘、そんな!


私は目を強く閉じてもう一度女子高生を見た。


私にそっくりだ。


正確には高校生の時の私に。


男は後ろにピッタリと立ち、ボサボサの髪とペラペラの真っ青な服だけが見える。


どうしよう、どうしたらいいのだろうと考えているうちに向かいの電車が来てしまい、

電車が発車した後に二人の姿は無かった。


徐々に落ち着いてくると、私はきっとノイローゼに近い状態になっているのだろうと思うようにした。


ドッペルゲンガーだっけ?、それにしたってなんで自分の高校生の姿を見なくてはならないの。


夕飯を作る気にはならないので、駅に着くとコンビニに寄り弁当と飲み物を買った。


日が長くなってきたのでまだ明るい。


部屋に帰ったらまずゆっくりとお風呂に入って、それからつい買ってしまった500ミリリットルの缶ビールを飲もう。


私は足早になりながら、いつもだったら子犬が門の隙間から顔を出す家の角を曲がった。


目の前にあの青いジャンパー服の男と、首を締められている高校生の私がいた。


私は呆然とその場に立ち尽くしてしまった。


どういうこと・・・。


とうとう本当におかしくなってしまったの。


だが、目の前で高校生の私は絞め殺されようとしている。


白い手がやがて力なくダラリとした。


それを見た瞬間、私は男の青いジャンパーを掴むと力いっぱい引っ張った。


虚をつかれたのか男は首を締めていた手を離して尻もちをついた。


私は今まで溜まっていた鬱憤も含めてもう一度服をしっかりと掴みなおすとズルズルと電信柱の近くまで引きずると長いジャンパーの端を途中から出ているボルトに引っ掛けた。


これですぐには動けない。


男は俯いたままだ。


高校生の私はどこにも居ない。


「・・・てくれ。・・・・てくれ。」


ぶつぶつと男の声がする。


よく聞きとれない。


「何を言っているのよ!。」


一歩近づいた瞬間男は片足を振り回し、それが私の腰に当たり反対側の電信柱まで飛ばされ背中を強打してしまった。


一瞬呼吸が止まるほどの痛みだった。


歯をくいしばって立ち上がると、落としていたコンビニの袋の中から缶ビールを取り出し右手で握り締めると私は男の頭を殴りはじめた。


ガシッ。ガツッ。


何度も殴りつける。


やがて男の額から血が流れ始めるのを見て私は殴るのをやめた。


男はだらんとし、俯いたままでまだ何か言っている。


そういえば、この男の顔をまともに見たことが無いのを思い出し、男の髪を掴み顔をあげさせようとした。


すると電信柱に引っ掛けていたジャンパーがビリビリ音を立てて破け、そのはずみで男はごろんとうつ伏せに倒れてしまった。


服のめくれ上がった男の背中には、いく筋ものミミズ腫れがあった。


私はまだ何かを呟いている男に慎重に近づくと髪を掴みあげて顔を見た。




翌日部長と話し、別れることは同意するので弁護士を挟んで解決することを提案して、そして私は会社を辞めることにした。


部長は涙を浮かべて、何度も頭を下げた。


そう、あの男の目は、この目だ。


私に鞭で叩かれているときの目だ。


そしてあの呟き


「別れてくれ。」


「消えてくれ。」


何、私より上手な女でも見つけたの?


そうそう、あの青いジャンパー思い出した。


会社の親睦会で野球を見に行ったときに雨に降られ、売店で買って一緒に羽織ったものだ。


普通、あんなの着て歩く人そうはいない。


いつも、顔だけは傷をつけないでと言っていたけど、昨日はあんな事されたのに傷跡一つ無いのね。


昨日のあの場所にも、コンビニ袋にきちんと入った缶ビールと弁当が道路に置いてあり、血の跡も何も無かった。


とても便利な体をしているのね。


もう二度と私の前に現れないでね。


今度現れたら、会社にいる貴方を相手するから。




久しぶりに実家に帰っていると、雑貨屋をやっていた叔母が高齢のため店をたたむという話が耳に入り、何の気の迷いか田舎で雑貨屋を始めることにした。


よくアイスを買いに来る男子高校生が何か言いたげに私を見つめていく。


君には私のようなお姉さんはまだ早いよと、心の中でつぶやた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 読みやすかったです。 世にも奇妙な物語みたいな印象でした。 男子高校生が見つてくって事は、きっと何かの魅惑を秘めているのでしょうね。
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