迷う女の話。
ギラギラとうっとおしい日差し、じわじわと滲む汗、静かになることを知らない蝉。そして、けたたましいクラクションが鳴り響いて体が宙に浮いたのは、最高気温を更新したある夏の日のことだった。
私は、死んだのだろうか。血だらけになっている自分を見下ろせているということは、死んでいるか死にかけか、どちらにせよそういうことだろう。困った。私は中々売れている女優だったのだが、ある人との約束を果たせず死んでしまったようだ。夢とは、主演女優賞を取ること。まあ、約束云々関係無しに、女優という職業を気に入っていたのでショックが大きい。
少しすると、突然黒い服を着た男が現れた。死神だと職種を名乗った男は、未練がありそうなあなたに一人だけ違う人を殺して寿命を分けてあげてもいいですよ、と言われた。うさん臭かったし、本当なら本当で色々とガバガバなのは大丈夫か?と思ったけれど、私は生き返りたかったので一もにもなく承諾した。誰でもいい、何でもいい。その分頑張って仕事をするから、私を生き返らせて、と。
連れて来られたのは冴えないオヤジが住むアパートの一室。私が事故にあったという速報を聞いて、男は泣いているようだった。ファンを殺せってか、なんて死神だ。と、思ったが、この男、見覚えがある気がする、懐かしいような……。部屋の中にある箪笥が視界に入って、その上に写真が飾ってあった。見てみようと覗き込んで、私は後悔した。
そこにあったのは、幼い頃の私の写真。
男は、私の実の父親だった。会社が倒産して、離れることが幼い私には最善で母親と家を出て、それから会えないでいた。お父さんは、私が女優になることを一番応援してくれていた。いつか主演女優賞を取って、お父さんに会いに行くねと、約束していたのだ。懐かしい記憶は、もう二十年も前のものだ。
私が事故にあって、お父さんが泣いている。けれど、お父さんを殺してもらえば、私はお父さんとの約束を守れるだろう。
私、私は――――――。