81.ドラゴンスレイヤー
『我、デイルの名において命じる。汝の存在を解き放て、進化!』
何かに導かれるように、俺はバルカンとドラゴに魔剣を当て、進化の呪文を唱えた。
次の瞬間、彼らが眩い光に包まれ、一時的に何も見えなくなる。
しかし、俺には何が起こっているのか分かっていた。
そう、俺の眷属が進化しているのだ。
やがて光が治まると、そこには2体の亜竜が生まれていた。
1体は前脚が翼を兼ねた、巨大なトカゲのような存在。
もう1体はドラゴを5倍くらいに大きくして、剣のような角と短めの尻尾を備えた魔物だ。
おそらくバルカンが飛竜に、そしてドラゴが剣角地竜にそれぞれ進化したのだろう。
どちらもドラゴンには劣るが、大きく成長している。
2体が低い唸り声を上げながら、ドラゴンに向き直った。
ドラゴンの方も、いきなり現れた2体の亜竜を警戒する。
しばらく睨み合っていた3体が、やがて大きな咆哮を上げた。
「グルルラァァァァァァーーーーーッ!」
「ヴルルリィィィィィィーーーーーッ!」
「ググガァァァァァァーーーーーーッ!」
次の瞬間、飛びかかってきたドラゴンをバルカンが躱して空に舞い上がり、剣角地竜は角で迎え撃った。
最初、剣角地竜を相手にしていたドラゴンだが、バルカンに上から攻撃されると、彼を追って舞い上がる。
ドラゴンは巨体に比して明らかに小さな翼で簡単にバルカンに追いつくと、空中戦が始まった。
バルカンは身軽に動き回って、ドラゴンを翻弄しようとする。
そして隙を見ては後ろ足の爪でひっかいたり、牙を突き立てようとしていた。
しかし強靭な鱗にその攻撃は阻まれ、逆にドラゴンの攻撃でバルカンの方が傷を負っていた。
そんな不利な揉み合いの隙を突いて、バルカンが地上に舞い降りる。
ドラゴンもそれを追って地上に降りたところへ、剣角地竜が横から突っ込んできた。
いきなり横から攻撃を受けたドラゴンが、驚いてまた飛び上がる。
おそらくバルカンがドラゴンを誘い、念話で連携を取った剣角地竜が奇襲を掛けたのだろう。
ドラゴンは怒ってブレスを吐くも、剣角地竜は機敏に躱してそれをやり過ごす。
さらにその隙に今度はバルカンが火球を撃ち出すと、ドラゴンの背中に命中した。
あいにくとドラゴンに致命傷を与えるには至らなかったが、その後もしばらく3体の追いかけっこが続いていた。
そんな戦闘を横目に見ながら、俺は仲間を集めてチャッピーの治療を施していた。
もちろん俺自身も治療済みで、完全ではないもののパーティの戦闘力が回復している。
ただ1人、リューナを除いて。
「バルカンと剣角地竜のおかげで一息つけましたが、このままでは全滅ですね」
「ああ、俺たちの戦力全てよりも、ドラゴンの地力の方が上だろう。だけど、上手く連携すれば、それをひっくり返せるかもしれない」
「さすがはデイル様。言ってください、なんでもやりますよ」
わざと明るく振る舞うカインの気遣いがありがたい。
なぜなら、他の連中がリューナを失ったことで、悲しみに打ちひしがれているからだ。
俺だって泣きたいが、それは後だ。
なんとしてでも生き残ってやる。
「みんな、泣くのは後だ。今はドラゴン退治に集中しろ!」
「でも、でも、デイル様。ドラゴンになんか勝てるわけ、ありませんよぅ……」
「馬鹿野郎、リュート。勝てる勝てないじゃねえんだよ。なんとしても生き残って、地上でリューナを弔うんだ」
俺はリュートの胸倉を掴んで引き起こした。
ボロボロと涙を流す彼と鼻がくっつきそうなほどに顔を近づけ、睨みつける。
すると、ようやくリュートの目に生気が戻ってきた。
「グスッ、分かりました。やってやりますよ。あのトカゲ野郎をぶっ殺すんだ」
「その意気だ、あいつを倒すぞ。レミリアたちも手伝ってくれ」
すると、ようやくレミリアとサンドラも、涙を拭きながら立ち上がった。
「分かりました、リューナの弔い合戦ですね」
「我らで仇を取るのじゃ」
ようやくやる気になった仲間に作戦を説明し、今もドラゴンと揉み合っているバルカンとドラゴにも念話を送る。
彼らの了解を得ると、まずバルカンが空高く舞い上がった。
ドラゴンがそれを追っている間に、剣角地竜は部屋の中央に移動する。
俺たちはリューナの遺体を戦いに巻き込まない所に置いてから、剣角地竜の近くに移動した。
やがて急降下してきたバルカンとドラゴンが、地上スレスレで空中戦を繰り広げる。
体格で劣るバルカンの劣勢は否めなかったものの、一瞬の隙を突いてドラゴンを地面に叩き落とした。
すると近くに控えていた剣角地竜がドラゴンの首にかじりつき、バルカンと一緒にその首を地面に押しつけた。
「今だ、サンドラ!」
「了解じゃ。竜捕縛!」
指示と同時にサンドラが土の魔剣を地面に突き刺し、土魔法を行使した。
それによってドラゴンの首の周りで大きく土が盛り上がり、その首を拘束する。
それはリューナの竜人魔法”ライノの棺桶”に近い技だ。
従来のサンドラなら絶対に無理な魔法だが、今は進化した剣角地竜の力を借りて実現している。
土の魔剣を触媒にして進化した剣角地竜は、土の上位精霊とも言える存在になったからだ。
こうしてバルカンと剣角地竜に加え、竜捕縛で拘束されたドラゴンの頭が、一時的に固定される。
「カイン、リュート、頼む」
「「了解です!」」
その動けなくなったドラゴンの頭に2人が駆け寄り、眼球にハンマーと塊剣を叩き込んだ。
「ギョエエェェェェーーーーッ」
弱点を攻撃されたドラゴンが、苦鳴を上げる。
そして苦鳴で大きく開かれたドラゴンの口に、レミリアが水の双剣を差し向けた。
その瞬間、俺はレミリアの背後から双剣に手を添え、全力で魔力を叩き込んだ。
一瞬後、双剣から2本の氷の槍が伸び、ドラゴンの口内に突き刺さった。
頭を振ってもがこうとするドラゴンを、カインとリュートが押さえ込む。
さらに限界を超えて魔力を送り込むと、氷の槍がさらに太く長くなり、ドラゴンの口の中をブチブチと切り裂いていった。
そうやってしばらく耐えていると、何度かの痙攣の後、とうとうドラゴンが動かなくなった。
「ハア、ハア……レミリア、これは、やったかな?」
「はい、ご主人様。すでに心臓は、動いていません」
それを聞いた俺は、彼女を抱き締めながらその場にへたり込んだ。
カインとリュートも同様に座り込む。
そしてドラゴンの首を押さえ込んでいたバルカンと剣角地竜が立ち上がると、彼らの念話が届いた。
(無茶な作戦だとは思ったが、見事にやり遂げたな、主よ)
(初めまして、マスター。これであなたは竜殺しですね)
俺をマスターと呼ぶその念話は、おそらくドラゴなのだろう。
どうやら彼も進化して、念話が使えるようになったらしい。
バルカンまで念話を使っているのは、体が大きくなって喋りにくくなったからだろうか。
(凄いよ、凄いよ、ご主人~。本当にドラゴンを倒しちゃったんだね~)
(おめでとう、主よ。我は心より主を誇りに思うぞ)
”暴風雷”の全力行使でへばり、休んでいたキョロとシルヴァも駆け寄ってきた。
「ありがとう。これもみんなで力を合わせた結果だ。本当によくやってくれた」
「おめでとうございます、デイル様。これで、これでリューナも救われると思います……フグッ」
「ごめんなぁ、リュート。俺が不甲斐ないばかりに……」
せっかくドラゴンを倒したというのに、リューナを欠いては心から喜ぶことができなかった。
しかし、そんな悲しみのどん底に戻りかけた俺たちに、チャッピーがとんでもない言葉を放った。
「のう、デイル。リューナが生き返っておるぞ」
「……何言ってんだよ、チャッピー。そんなこと、あるわけないだろ」
「そう思うなら、こっちに来て見てみるがよい」
そう言われ、リューナの亡き骸へ駆け寄ると、さっきまでボロボロだった彼女の顔がきれいになっていた。
慌てて口元に耳を寄せると、呼吸音が聞こえる。
さらに心臓もしっかり動いていた。
「本当だ、生きてる……みんな、リューナが生き返ったぞ!」
「そんな馬鹿な……さっきはたしかに死んでたのに」
リュートが言うとおり、彼女はさっきまでたしかに死んでいた。
しかし体中のケガがほぼ治り、眠ってはいるもののちゃんと息をしている。
一体、何が起きたのか?
予想外の事態に戸惑っていると、パチパチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「素晴らしい戦いだったよ。まさかドラゴンに勝ってしまうとは思わなかったけどね」
それは自称迷宮の管理者ベビンだった。




