78.サイクロプス
7層中盤でミノタウロスとの戦闘を繰り返し、俺たちはとうとう深部へ入り込んだ。
新たな敵に備えて慎重に探索をしていると、かつてないほど強大な魔物に遭遇した。
それは身の丈が俺の3倍近くもある、1つ目の青い巨人だった。
「あれって、単眼巨人だよな?」
「さすがにデイルでも知っておるか。たまにあれが魔境から出てくると、大騒ぎになるからのう」
そう、サイクロプスの名は俺でさえ知っていた。
チャッピーが言うように、たまに人里に出てきては大騒ぎを起こす魔物だからだ。
これが人里近くで確認されれば、近くにいるBクラス以上の冒険者は強制出動になる。
つまり災害指定級ってことだ。
サイクロプスは全身にはちきれそうな筋肉をまとい、その青い肌は金属的な質感に輝いていた。
その手には俺の背丈ほどもあるトゲ付きのこん棒を持ち、狂暴な攻撃力を感じさせる。
しかし、サイクロプスが恐ろしいのはそれだけではない。
「たしかサイクロプスって、口から魔法を吐くんだよな?」
「よく知っておるな。そのとおり、あの口から不思議な衝撃が放たれるんじゃ」
「衝撃って、どんな?」
「カインのハンマーに近いじゃろう。その衝撃を浴び続けると、岩でも砕けるらしいぞ」
「なんだよ、それ? インチキみたいな魔物じゃん」
「それ故の災害指定じゃ。あれでもサイクロプスにしてはまだ小柄な方じゃぞ」
あれで小柄って、どんだけでかいんだよ。
災害指定級の魔物というと、他に飛竜とかオーガの群れなんかがあるらしいが、その中でも上位に位置するだけのことはある。
しかしたとえ小柄だと言われても、あれに勝つビジョンが思い浮かばなかい。
「勝つ手段が思い浮かばないんだけど、まずは1度戦ってみようか。みんな深入りせずに、いつでも逃げられるようにな」
恐る恐るサイクロプスの部屋に侵入すると、奴が立ち上がってこちらに向き直った。
しかしいきなり攻撃はしてこないので、とりあえず前衛が遠巻きに布陣した。
俺とリューナはさらに後ろに控え、強魔弾の準備をする。
やがてカインとサンドラがサイクロプスに近づき始めると、レミリアとリュートが後ろへ回り込もうと走る。
するとサイクロプスがこん棒を振り上げ、カインの盾に叩きつけた。
ドカンという鈍い音と共に、カインが吹っ飛ばされる。
さすがに転びはしなかったものの、カインが5歩以上も押し戻された。
しかしその隙にレミリアとリュートが敵の後方から斬りかかり、俺とリューナも強魔弾を放った。
強魔弾はサイクロプスの頭に当たったのだが、あっさりと表面ではね返された。
レミリアとリュートの剣戟も、全く歯が立っていない。
するとサイクロプスが俺の方を向き、大きく口を開けた。
それが例の衝撃魔法だと直感した俺は、リューナを抱いて横っ跳びに逃げる。
その直後、キュバッという音と共に、俺のいた場所から土煙が上がった。
すぐに煙は治まったが、そこの地面は大きくえぐられていた。
おっそろしい威力だ。
その間も仲間たちは、サイクロプスに攻撃を仕掛けている。
バルカンは至近距離から火球を放ち、ドラゴもその角でサイクロプスの足に突きかかる。
キョロとシルヴァも”雷雲”を行使して、何発も雷撃を放っていた。
前衛も攻撃を続けているが、どれも全く通じていない。
やがてサイクロプスの攻撃の多くを引き受けていたカインの盾が、とうとう壊れた。
これ以上はどうにもならなかったので、やむなく撤退を指示する。
幸い、サイクロプスは俺たちに執着しなかったので、簡単に逃げおおせた。
元来た通路に逃げ込んでひと息ついたものの、奴を傷付ける手段は全く見えていない。
しかしカインの盾が壊されてしまったので、そのまま地上へ戻ることにした。
「カイン、盾の方はどうだった?」
「やはり駄目でした。もう修理のしようがないそうです」
帰り際、カインが武具屋に盾の修理を依頼しにいったのだが、やはり断られたようだ。
「やっぱりか。手ひどくやられたからなあ」
「はい、申し訳ありません。デイル様に与えてもらった大事な盾を……」
「馬鹿言え、むしろ今まで、よく持った方さ」
だいぶ前にゴトリー武具店で買ったオーク革の盾だが、ちょくちょくメンテしながら今まで使い続けていた。
しかしミノタウロスとの戦闘で、すでにガタがきていたのだろう。
「そうですね……それではまた、ゴトリー武具店にでも行きますか?」
「ああ、オーガ革の鎧を受け取るついでに、盾も買ってこよう。手頃なのがあるといいんだけどな」
こうして翌朝早々にセイスへ向かって出発することになった。
また2日で到着すると、その足でゴトリー武具店を訪れる。
「あ、いらっしゃいませ~、デイルさん」
「こんばんは、リムルさん。親父さんいる?」
「はい~、おと~さ~ん……」
すぐにドワーフ親父が出てきた。
「おう、オーガの鎧を取りにきたのか? ちゃんとできてるぜ」
親父さんが机の上に、俺とリュート用の革鎧を出してきた。
「さすがですね。性能はどんなもんです?」
「ああ、いろいろ試行錯誤して、強度はオークの3割増しってとこか。さらに衝撃を吸収する効果も高いみたいだな」
「それは助かります。ところで、彼の盾が壊れちゃったんですけど、手頃なのってないですかね?」
すると親父さんがニヤリと笑った。
「ハッハッハー、そう来るだろうと思ってたぜ。今度は何とやり合ったんだ?」
「サイクロプスですよ。もうメチャクチャ強くて、手も足も出ませんでした」
「……サイクロプスってお前、Aクラス冒険者が何十人も掛かって倒すもんだろ。よく無事だったな?」
「無事じゃないですよ。このとおり、盾は壊されちゃったし」
カインが壊れた盾を見せると、さすがに驚いていた
「これは派手に壊されたな。だいぶガタも来てたんだろうが、サイクロプス相手じゃ仕方ないか……」
「まあ、そうでしょうね。それで、代わりになるような盾はありますか?」
「ああ、あるぜ。このオーガの盾がなっ!」
そう言いながら親父さんが、赤茶色の大盾を取り出した。
「盾も作ってたんですか? たしかオーガ革を使うのは初めてだって言ってたのに」
「なーに、基本はオークとそう変わらないんだ。次々と階層を更新するお前たちなら、いずれこれも必要になると思ってな」
「メチャクチャ助かりますよ、親父さん。これも3割増しぐらいの性能ですか?」
「いや、フレームに魔鉄を使って骨も増やしてるから、倍くらいは強くなってるはずだ。ちょっと重いが、その兄ちゃんなら大丈夫だろ?」
実際にカインに持たせてみると、全然問題なかった。
当然、俺は即決でこれを買うことにした。
代金は鎧が2つで金貨20枚、大盾も20枚で計40枚だ。
オーガの皮を持ち込みでこの値段だから、相当な高級品だ。
「いやー、予想以上の盾が手に入ってよかった。これでサイクロプスの攻撃には耐えられるかな……でも俺たちの攻撃って、全然通じなかったんですよね。親父さん、サイクロプスの弱点とか知りません?」
「ん? なんだ、お前ら知らんのか? たしかあれは、とある魔法で弱体化できるはずだぞ。俺も詳しいことは知らねーが、ギルドとか騎士団に聞けば、誰か教えてくれるんじゃないか?」
なんとまあ、思わぬ情報がこんなところに転がっていた。
考えてみれば過去、何度も討伐されてきた魔物だ。
ギルドとか騎士団に討伐のノウハウがあってもおかしくない。
俺は改めて親父さんに礼を言って店を後にすると、その晩は宿に泊まった。
翌朝すぐにセイスを立ち、ガルドへ戻ってきた。
到着したその足でギルドに寄り、ギルマスのコルドバに面会を申し込む。
幸い、すぐに会ってくれた。
「お前から面会の申し込みとは珍しいな。また揉め事か?」
「ハハハッ、ギルマスが俺たちをどう見てるか、よく分かりましたよ。今日は情報収集です。サイクロプスの情報を聞きたいんですが」
「サイクロプスだとっ! あれが近くに出たのかっ?」
コルドバは表情を一変させ、俺を問い詰めてきた。
「ちょっと落ち着いてくださいよ。出たと言っても迷宮の中ですって。町は安全ですから」
「……フウッ、それならそうと早く言え。焦ったではないか」
「俺は情報が聞きたいって言っただけなのに、先走ったのはそっちじゃないですか。それにしても、どんだけサイクロプスを恐れてるんですか」
「馬鹿野郎! あれのおかげでいくつもの集落が滅びてんだぞ。討伐に駆り出された冒険者だって何人も殺されてるし、ギルドにとっては災厄以外のなんでもないわっ!…………それで、どういう状況なんだ?」
「実は7層の深部でサイクロプスに遭遇したんですが、何もできずに撃退されました。知り合いの武具屋から、ギルドか騎士団なら攻略法を知ってるんじゃないかと聞いたんで、こうして伺った次第です」
「そういうことか……」
コルドバはそう呟くと少し考え込み、また口を開いた。
「本来ならこの手の情報は金を取るんだが、お前たちも討伐に駆り出される対象だからタダでいいだろう。その代わり、いざという時は頼むぞ」
「どの道、強制参加でしょ。別に金払ってもいいですけど」
「いや、どうせサイクロプスの素材も持ち込んでくれるんだろ? あれは眼球が高く売れるから、頭はまるごと切り取って持ってこい。それと皮も売れるぞ」
「上手く倒せたら持ってきます。それで、攻略法は?」
「うむ、それだがな、いっぺん冷やしてから、急に熱してやると表面が柔らかくなるのだ。しかも1回だけじゃなくて、何度か繰り返すとさらに弱体化するらしい」
「冷やしてから熱する、ですか? けっこう大変なことですよね? それって」
「もちろんだ。高位の魔術師や精霊術師を何人も集めねばならんから、金も時間も相当掛かる」
「なるほど……参考になりました。ありがとうございます」
「その顔なら、近いうちにサイクロプスの顔が拝めそうだな」
「保証はできませんが、やってみますよ」
こうしてサイクロプス討伐のヒントを得ることができた。
幸いにも俺にはリューナ、レミリア、バルカンがいるから、冷熱魔法の当てもある。
少し練習してから、実際に試してみることにしよう。




