76.強魔弾
オーガに通用しなかった魔法を改良するため、俺は無属性魔法による強化を試みていた。
すでに無属性魔法で火球を発射しているバルカンの話を参考にいろいろ試したのだが、いまだに成功していない。
それでもめげずに取り組んでいた3日目、バルカンから新たなアドバイスがあった。
「主よ。自分なりに考えてみたのだが、先にある魔力を圧縮するのではなく、最初から詰まった魔力を解放する、というイメージが正しいようだ」
そう言いながら、バルカンがイメージを共有してくれた。
それは、魔力の粒がぎっしりと凝縮されたイメージ。
そしてそれらの拘束を外すと、互いの魔力が反発して一気に爆散するのだ。
はたして、魔力とはそのような性質を持っているのだろうか?
いや、そのような性質を”術者が決める”ことで、そのような性質を持つようになるのかもしれない。
そう思い直した俺は、爆発寸前の魔力をイメージしながら、手のひらの上にそれを創り出してみた。
一見、小指の先にも満たない大きさだが、それは大きなエネルギーを内包していた。
そこまでやってから、これをどうしようかと気を緩めた途端、魔力塊が弾け飛んだ。
周辺に大きな音と衝撃波をまき散らし、それは消滅した。
「び、びっくりしたー。まさかこんなことになるとは……」
「に、兄様、今のは一体何なのです? 耳がキーンってするのです」
「ごめんごめん。俺もあんな風になるとは思わなくて、油断してたんだ。でもコツは掴めたかもしれない。チャッピー、石弾作ってもらえる?」
俺が掲げた右手の前に石弾が形成されると、それを見えない砲身で囲み、弾ける魔力塊を石弾のお尻に生成した。
そして魔力塊の拘束を解くと、かつてない音と衝撃を伴い、凄い勢いで石弾が飛びだした。
今まで風魔法で飛ばしていた弾より、倍以上速い。
「うひょー、これは凄い」
「……凄いのです、兄様」
「……相変わらず、器用な奴じゃのう」
「さすがは主だ」
離れた所で訓練をしていた連中も、騒ぎを聞きつけて寄ってきた。
「ご主人様、何があったのですか?」
「ん? ああ、ようやく魔法の強化に目処が付いたんだ。騒がせて悪かったな」
「そうなんですか? さすがはご主人様です」
「これもバルカンのおかげさ。リューナにも教えるから、一緒に練習しようぜ」
「はいです、兄様」
使役リンクでリューナにコツを教えると、やがて彼女も同じことができるようになった。
それからチャッピーも一緒になっていろいろな魔力弾を試し、オーガにもダメージを与えられそうな魔法を研究する。
おかげで夕暮れまでにはそれなりの成果が挙がり、ようやくいい気分で帰ることができた。
強化型の魔力弾、略して”強魔弾”を編み出した俺たちは、それを試すべく7層に潜った。
序盤の未踏地域を歩きながらオーガを探すと、やがて2匹のオーガを発見する。
片方のオーガをカインたちが囲みつつ、もう片方を使役獣組が取り囲んだ。
今回はバルカンも囲みに参加しており、俺とリューナも今までより近い位置に陣取っている。
まず嫌がらせの収束型散弾をオーガの顔にぶちこむと、オーガが怒って暴れはじめた。
その隙に前衛が下半身を攻撃すると、今度は上がおろそかになる。
ここでいよいよ強魔弾の出番だ。
目の前にかざした右手に魔力弾が生成されると、それを砲身で包み込み、弾尾に凝縮された魔力塊を生成する。
ちなみに今回の練習で、砲身の強度と精度も上がっていた。
伊達に3日間も無属性魔法をこねくり回していたわけじゃない。
より詳細なイメージを描くことで、砲身の強度や精度が向上することに気がついた。
ちなみに砲身のケツは閉じられていて、爆発は前方にだけ向くようになっている。
もっとも、その反動は俺に返ってくるので、俺の体が壊れないように調整しなければいけない。
いずれ俺の体も無属性魔法で強化して、さらに威力を増そうと考えているところだ。
とにかく俺はオーガの頭めがけ、強魔弾を放った。
ドンッという強烈な音と共に放たれた弾は、目にも止まらぬ速さでオーガに命中した。
オーガの頬に当たった弾が、わずかな抵抗を食い破って突き刺さる。
「グギャーッ!」
さすがはオーガ、顔に弾が刺さってもまだ暴れ回っているが、強魔弾が通用することは分かった。
つづいてリューナも強魔弾を放ったが、オーガの胸に当たって跳ね返された。
まだちょっと無属性魔法の制御が甘いのだろう。
その後、強魔弾を胸に食らって膝を着いたオーガに、サンドラがとどめを刺していた。
残ったオーガもバルカンの火球で弱らされたところを、カインとリュートに仕留められた。
「フウッ、相変わらずオーガは手強いけど、強魔弾が通じることは分かったな」
「はい、有効な攻撃手段が増えた分、楽に戦えるようになりました」
「でも私の魔法は効かなかったのですぅ……」
俺とカインが上機嫌で話す横で、リューナがうなだれていた。
「そんなに気にするなって、リューナ。無属性魔法自体は使えてるんだから、そのうち通じるようになるさ」
「そうかなあ? 私は兄様みたいに器用じゃないから……」
「大丈夫だって。俺が気づいたことはどんどん教えるからさ」
「兄様、ありがとう」
彼女が体を寄せてきたので、優しく頭を撫でてやる。
するとシルヴァが話しかけてきた。
(主よ、我も攻撃が通じなくなって悩んでいるのだが、何かアドバイスをもらえないだろうか)
「ん? まあ、たしかにオーガには攻撃が通じてないか。でもシルヴァとは戦い方が違うから、アドバイスは難しいんだよなぁ」
(ご主人~。僕も上手く攻撃できなくて悩んでるんだよ~)
「キョロもか? お前はこの間、雷撃でオーガ倒してたじゃん」
(あれはバルカンの攻撃で動きが止まって、たまたま上手くいったんだよ~。角以外は雷撃なんか全然効かないし~)
たしかに、俺たちの倍近く背の高いオーガの頭に、正確に攻撃するのは難しそうだ。
「それならシルヴァと一緒に、”暴風雷”をぶちかましてやれよ」
(あれは時間が掛かるから敵に攻撃されちゃうよ~)
「なら、もっと早くできる魔法にしろよ。例えばこんな風に小さな雲を作って、そこから雷を落としたらどうだ? 人呼んで、”雷雲”だ」
俺は使役リンクを通じ、局所的な雷雲のイメージを送った。
(ふむ、”雷雲”、か。一考の余地はありそうだ。キョロ、後で試してみよう)
(うん、わかったよ~。僕も頑張るからね~、ご主人!)
「ああ、頑張れよ」
ただの思いつきだったのだが、意外と気に入ったようだ。
上手くいけば儲けものだ。
その後もオーガ2匹とマジックオーガの群れにも遭遇したが、危なげなく倒せた。
やはり強魔弾があると、断然倒すのが早い。
結局、その日はオーガ8匹と2匹のマジックオーガを倒して帰還した。
素材の収入は金貨26枚以上にもなった。
翌日はキョロとシルヴァの要望で、野外での訓練となった。
いつもの原っぱで彼らと車座になり、新たな魔法について相談する。
「それでシルヴァ、”雷雲”の目処は付いてるのか?」
(いや、まだだ、主。できれば一緒に考えて欲しい)
「うーん、そのつもりだけど、俺はお前らの魔法がどうなってるかよく知らないからな。まずは”暴風雷”について説明してくれるか?」
(うむ、”暴風雷”の場合、我の魔力で空気を操って雲を作り出す。その際にキョロの属性も乗せて雷雲にするのだ)
「ふーん、雲を作るって具体的にどうやるんだ?」
(我にもよく分からん。なんとなくイメージすればできるのだ)
それじゃアドバイスのしようがねえじゃねーかと思った矢先、チャッピーが原理を教えてくれた。
「雲というのは、空気中の水分が凝集したものじゃ。おそらくシルヴァは、それを空気中から集めているのじゃろう」
「へー、水が浮かんでるなんて、不思議な話だな?」
「お湯を沸かした時の湯気と同じじゃ。多かれ少なかれ、儂らの周りにも漂っておるぞ」
「あー、そういえば昔、チャッピーから聞いたな……待てよ。それなら先に水を出しておけば、雲も早く作れるのかな?」
「まあ、多少はやりやすいのではないか」
「試してみよう。チャッピー、水弾を作って」
右手の前に生成された水塊を、少し遠くの岩に当てると岩が水浸しになった。
「シルヴァ、あの水を使って岩の上に雲を作るんだ。キョロはそれに雷属性を付与してみろ」
(なるほど。キョロ頼む)
(りょうか~い)
すると岩の上にモクモクと雷雲が発生した。
大きさはひと抱えぐらいのものだが、バチバチと雷光が垣間見える。
「それで雷を落とせるか?」
(やってみる~。あっ、できたよ~)
キョロの操作で、雷雲からピシャーンと雷が落ちた。
それは”暴風雷”よりも遥かに規模は小さいが、それなりに威力は高く、周囲の空気がビリビリ震えるほどだった。
「おー、上手くいったなあ。もしあれがオーガで、角に落とせればけっこう効くんじゃないか?」
(うん、凄いよ、ご主人~。これならいけそうっ!)
(うむ、これを戦闘中でも素早く使えれば、立派な戦力になりそうだ。感謝するぞ、主よ)
「ハハハッ、こんな簡単にできちゃうお前らこそ凄いぞ~。でもこれも、チャッピーのアドバイスのおかげかな?」
「フヒヒッ、伊達に長生きはしとらんからな」
それからずっと”雷雲”の練習をしていたら、だいぶ上手く制御できるようになった。
これで7層の攻略もさらに進みそうだ。
はたして次にはどんな魔物が出てくるのか?




