62.女神の盾、再び
新人を連れてのオーク狩りから戻って2日間は、屋外で訓練をした。
前衛は型の練習や組手をして魔力斬の習熟度を高め、後衛は魔法や弓の練習をした。
彼らなりにオークの動きを研究して立ち回りも考えているようだ。
そしてまた2層に潜り、オークとの実戦に臨む。
またもや子守を2人付けて新人8人でオークと戦わせると、前回よりも進歩が見られた。
以前はサンドラ斬りを4回も繰り返してようやく仕留められたのが、2回ぐらいで終わるようになっていた。
アレスとジードの魔力斬が様になってきたのが大きいだろう。
結局、その日はオーク戦を3回繰り返して野営に入った。
オーク肉を食いながらその日の戦闘を振り返っていると、シルヴァから思わぬ情報がもたらされた。
(主よ、少し遠くで人間たちが争う音がする。どうやら片方は”女神の盾”らしいぞ)
「”女神の盾”だって? チェインたちが襲われてるんなら放っておけないな。すぐに案内してくれ、シルヴァ。1軍は俺と一緒に来てくれ」
シルヴァの案内でしばらく走ると、やがて女性の悲鳴が聞こえてきた。
急いで駆けつけたその先は、実にひどい有様だった。
”女神の盾”の連中が、見知らぬ男たちに寄ってたかって組み敷かれている。
泣き叫ぶ女たちがそれぞれに血を流したり、顔を腫らしているのが痛々しい。
「おい、お前らやめろっ!」
部屋に駆け込むや否や怒鳴りつけると、男たちがこちらを振り向いた。
「ああん、おめー誰だ? 俺たち”黒竜団”に命令するとは、いい度胸だな」
リーダー格らしい大男が立ち上がり、こちらへ向き直る。
そいつは自慢のつもりか、いきり立った股間のモノを隠そうともしなかった。
するとある男がそいつに近寄り、媚びるように言う。
「ボス、こいつはデイルっていうケチな冒険者ですよ。昔、俺が王都でかわいがってやったことがあります」
そいつは王都で俺に濡れ衣を着せたチンピラの、トレスだった。
どうやらこのパーティの1員らしい。
「へっ、トレスにやられるんじゃ、大したことねえな。おい、俺らは今お楽しみ中なんだよ。見逃してやるからとっとと消えな」
「デイルさんはこの町で1番の冒険者だよ。あんたらこそ覚悟した方がいい」
まだ組み敷かれているチェインが声を上げたが、男どもがせせら笑う。
「おいおい、ふかしてんじゃねーぞ。なんでこの町1番の冒険者が2層にいるんだよ? すでに3層まで行ってる俺たちにとって、こんな弱そうな奴らが相手になるかってんだ」
「ほう、お前ら、3層探索者か。おおかた、キラービーが怖くて2層に逃げ戻ってきた口だろ?」
「なんだと、こら! おい、野郎ども、先にこいつらを片付けるぞ!」
俺の指摘が図星だったのか、男たちがそれぞれに武器を抜いて立ち上がった。
「ハッ、お前らが誰にケンカ売ったのか教えてやるよ。みんな、一息で殺すなよ。気絶させるか手足の腱を切って、動けなくしろ」
「フハハハハッ、楽に死なせるなということじゃな? 我が君」
「ああそうだ。それと、”女神の盾”の連中に、これ以上手を出させるな」
すぐにカイン、サンドラ、レミリア、リュート、シルヴァ、キョロが襲いかかり、敵の剣士たちともみ合いになった。
敵側で2人の魔法使いが詠唱に入っていたので、そいつは風弓射で黙らせた。
脚に1本ずつ矢を食らった奴らが、地面をのたうち回る。
駄目押しで近くの女の子が頭を殴ってるので、あれはもう大丈夫だろう。
前衛に目を移すと、カインが敵のリーダーと斬り合っていた。
さすが3層探索者を自負するだけあってそこそこやるようだが、カインの敵ではない。
生け捕りを狙ってるので手間取っているが、じきに片付くだろう。
一方、サンドラは2人の男を相手に暴れていた。
左手に持った盾や魔剣の腹で殴って気絶させようとしているが、2人相手で少し苦労している。
とりあえず片方の敵に矢を食らわしてやると、そいつの動きが止まる。
「感謝するのじゃ、我が君。フハハハッ、これで終わりじゃ~」
サンドラが魔剣の腹で敵の頭をどつくと、そいつらはあっさりと昏倒した。
その横でレミリアも、2人の男を相手取っていた。
相手はトレスとその相棒だった。
まだわずかな時間しか経っていないのに、すでに奴らは血まみれにされていた。
レミリアの神速の双剣が唸るたびに、体のどこかが切り刻まれていく。
とうとう我慢できなくなった奴らが背を向けると、次の瞬間にはアキレス腱を切り裂かれていた。
奴らは無様に倒れ、腱を切られた痛みに絶叫を上げている。
この頃にはリュートの方も、片が付きつつあった。
彼も2人を相手に塊剣を振り回していたが、すでに相手はボロボロだ。
攻防一体の塊剣が叩き付けられるたびに敵の剣は刃こぼれし、ダメージを受ける。
辛うじて立っていた奴らも最後の一撃を受け、あえなく昏倒した。
キョロとシルヴァも、敵の1人をすでに始末していた。
キョロの電撃で動きを止められ、シルヴァに手足の腱を噛み切られる。
ご丁寧に両手両足の腱を切られたそいつは、激痛にのたうち回っていた。
そして最後に残されたリーダーの方も、ようやく片が付いた。
カインの槍に右足を地面に縫い付けられ、動きの止まったところを盾で殴られて終わりだ。
ようやく静かになったと思った迷宮に、悲痛な叫びが響き渡った。
「ヒルダ、気をしっかり持つんだよ。ほら見な、デイルさんが助けにきてくれたからっ」
必死に呼びかけるチェインの元に駆け寄ると、ヒルダが倒れていた。
彼女は胸に致命的な傷を負っており、すでに瀕死状態のようだった。
「ゴホッ、デ、デイルさんが来てくれたのか? 良かったぁ、これでみんな助かるねぇ……ヒューッ」
「そうだよ、ポーションを飲めばあんたも助かるから、気をしっかり持つんだよ」
そう言ってチェインがポーションを飲ませようとするが、もうそんな力も残っていないようだった。
俺は犯罪者どもの処置をカインとリュートに指示してから、チェインの横で跪いた。
「チェイン、ヒルダ。大事な話がある」
「デイルさん、ヒルダを助けられないかい? なんでもするから、頼むよ」
「……本当に、なんでもできるか?」
「ああ、お金ならなんとか作るし、あたしを奴隷にしてくれたっていい。だから頼むよっ!」
近寄ってきた仲間に目をやると、彼らも俺のしたいことがわかったらしく、頷きを返してきた。
「チェイン、もしヒルダを助けたければ、ここにいる全員に俺の使役契約を受け入れてもらう」
「使役契約? それは魔物や動物に使うものだろ?」
「いや、俺は人間にも使える。そして俺の支配下に入れば、大ケガでも治す手段があるんだ」
「……そんなことが本当に? いや、もうヒルダを助けるにはそれしかない。だけど他の子も一緒じゃなきゃいけないのかい? 私とヒルダだけじゃ――」
「いや、お前らだけだと俺の秘密が守れない。全員が俺に忠誠を誓い、秘密を守る契約を結ばない限り、ヒルダの治療はできない」
「そ、そんな、ひどいじゃないか。そんなに奴隷が欲し――」
「チェインさん、もういいです。どうせ私たちは2度もデイルさんに救われたんだから、奴隷にでもなんでもなります。だから、だからヒルダさんを治してあげてぇっ!」
チェインを遮ったのは、料理を振る舞ってくれた猫人族のリズだった。
彼女が必死に訴えると、周りの女の子も口々に契約を受け入れると言う。
「みんな、馬鹿だねぇ……分かったよ、デイルさん。あたしら全員、あんたの奴隷になるから、ヒルダを治してやっておくれ」
「別に奴隷じゃないんだけどな……まあいい、ヒルダ、今から俺が使役術を行使するから受け入れろ。『接触』……『結合』……『契約』」
息も絶え絶えなヒルダが、辛うじて『契約』を受け入れた瞬間、彼女は俺の眷属になった。
「チャッピー、頼む」
「もちろんじゃ、しかし間に合うかのう……」
俺の声と同時に現れたチャッピーがヒルダの胸に手を当てると、その周辺が強い光に包まれた。
しばらく続いた発光が治まると、ヒルダの胸には傷痕こそ残っていたものの、ケガは治っていた。
それまで辛うじて意識を引き留めていた痛みが引き、ヒルダが眠りに落ちる。
「フウーッ、相変わらずとんでもない治り方じゃ。しかしこれでもう大丈夫。魔力が無くなったので少し補給してもらえるか?」
「ああ、ご苦労さん、チャッピー」
あっけにとられているチェインたちをよそにチャッピーに魔力を注いでいると、ようやく彼女たちが復活した。
「そ、それはあんたの妖精なのかい? それとヒルダの傷は本当に治ったのかい?」
「ああ、彼が俺と契約している妖精のチャッピーだ。治癒魔法が使えるんだけど、どういうわけか俺と契約した仲間にはこれが良く効くんだ。あんたらも契約したら治療してやるよ」
「瀕死の重傷をすぐに治しちまう魔法って、なんなんだい?……あんたがそれを隠そうとするのも当然だね。約束どおり、この秘密は墓まで持っていくよ……いいや、この命あんたに捧げよう」
「秘密さえ守ってくれれば、そんな大げさに考えなくてもいいぞ。でも今はちょうど人を集めてるから、一緒に働いてくれると助かるな」
「レミリアさんやサンドラさんほどではないだろうけど、精一杯やらせてもらうよ。少なくとも、今までよりはいい生活ができそうだしね」
「ああ、それは保証するよ……よし、これぐらいでいいな。それじゃあ他の子も使役契約を結んでいくぞ」
チャッピーへの魔力補給を終えてから、チェイン他6名とも使役契約を結んだ。
そのうえで彼女たちのケガを、チャッピーが片っ端から治していく。
「全員、体の方はいいな? それじゃあ、俺たちの野営地に移動するから荷物をまとめてくれ。俺はあっちのゴミくずを処分しておくから」
「それなら、あたしらにも仕返しのチャンスをおくれよ。中には処女を奪われた娘だっているんだ……」
「別に俺は構わないけど、できるのか?……いや、それは迷宮探索者に失礼か。それなら一緒に来いよ」
犯罪者どもは、カインに頼んで部屋の反対側にまとめてあった。
全員、手足の腱を切ってあるから、もうこいつらには何もできない。
チェインたちを連れて奴らに近寄ると、リーダーが命乞いをしてきた。
「おい、頼むよ。命だけは助けてくれ。金でもなんでも払うから……」
「この期に及んで見苦しいぞ、黒竜団さんよ。仮に俺が許しても、彼女たちが許さないそうだ」
するとトレスが真っ青になって懇願してきた。
「デ、デイルさん、頼むよ。俺たちの仲じゃないか。なんでもするから助け、グアアッ」
頭にきたから奴の傷を踏んづけてやった。
「俺たちの仲ってなんだよ、馬鹿じゃねーの? さんざん悪いことをやってきたツケを払いながら、あの世に行きな」
後をチェインたちに任せると、それぞれが復讐を果たしていた。
すでに手足の腱を切られたうえ、何ヶ所も刺された犯罪者達は徐々に血を失い、1人また1人と息絶えていく。
最後の奴が息を引き取った頃には装備を全て剥ぎ取り、チェインたちも荷作りを終えていた。
そのまま彼女たちを連れて野営地に戻ると、新人が驚きながらも出迎えてくれた。
チェインたちには温かい食事を振る舞ってやり、さっさと休ませた。
俺たちも新人に見張りを任せて眠りに就く。
思わぬ形で、仲間が8人も増えちまった。
また明日も忙しくなりそうだ。




