6.キョロ
卵に魔力を注いだ途端、気を失うように眠ってしまったが、翌朝は特に後遺症もなく目覚められた。
俺は迷宮都市に旅立つべく荷物をまとめ、部屋を引き払う。
そしてパンパンに膨らんだカバンを背負って、約束の商隊に合流した。
「お早うございます、サイードさん。今日からご一緒させてもらうデイルです」
とりあえず商隊を率いる商人に挨拶した。
「ああ、おはよう。君は見張りをやってくれるんだったね。それじゃあ最後尾の馬車に乗ってくれ」
「分かりました~」
指示された馬車に乗り込んでしばらく待っていると、商隊が動きだす。
目的地の迷宮都市ガルドまでは3日間の旅だ。
商隊の馬車は5台で、魔物や盗賊への備えとして冒険者が4人護衛についている。
俺は最後尾の馬車から後方を見張る役目だ。
ガルドまでの道中はわりと安全だと聞くが、油断はしないでおこう。
「そう言えば昨日、犬や猫に何か指示をしていたようだが、あれは何だったんじゃ?」
「ああ、あれね。俺を牢屋に入れてくれたクソ冒険者へのお礼をお願いしたんだよ」
「お礼とは?」
「やり方は任せてあるけど、夜道で襲い掛かったりするんじゃないかな」
「フヒヒッ、そいつはまた、狙われた方は大変じゃ」
そう、俺は昨日、顔見知りの犬や猫に、俺をはめた冒険者トレスとその相棒を襲うようお願いしたのだ。
犬や猫なんか、と馬鹿にするなかれ。
あいつらが30匹も集まって夜襲でもすれば、たとえ冒険者でもただでは済まない。
たぶん町にはいられなくなって、どこかへ逃げるんじゃないかな。
チャッピーに治してもらわなければ、いまだに起き上がれないぐらいの暴行を俺に加えたのだ。
その程度の罰は受けてもらおうじゃないか。
その後は見張りをしつつ、ちょくちょく魔物の卵に魔力を注いでいた。
昨日、ごっそり吸い取られてから流れがよくなったせいか、今は簡単に魔力が注入できるし、その量も多くなっている。
おかげでその日の夕方近くには、早くも卵が孵り始めた。
ふいに卵に亀裂が入ったと思ったら、すぐにパキャッと割れて緑色の何かが飛び出した。
「キュー」
か、かわいいっ!
それは鮮やかな緑色の体毛に包まれたリスのような魔物で、長めの耳とフワッフワの尻尾を持っていた。
神秘的に輝くつぶらな瞳は金色で、深紅色の宝玉が額にくっついている。
「チャッピー、メチャクチャかわいいんだけど、これ何だか分かる?」
「宝玉栗鼠じゃな。かなりレアな幻獣で、魔法を使うぞ」
おぉ、レアな魔物をゲットしたようだ。
さすがチャッピーのオススメ。
「マジ? それならけっこう強くなりそうだね」
「うむ、持っている属性にもよるが、それなりの戦力になるじゃろう。魔力を吸って成長するので、日に1度くらい魔力を与えると良いぞ」
「へー、そうなんだ。食い物はどうかな?」
「たぶん雑食じゃから、おぬしの食料を分けてやればよいのではないか」
ふむふむ、それならそんなに手間は掛からないな。
はたしてどんな風に育つのか、凄く楽しみだ。
「じゃあ、さっそく契約だ。『接触』……『結合』……『契約』!」
何の問題もなく『契約』まで成功した。
「さて、名前はどうしようかなあ?」
産まれたばかりの魔物を目の前に持ってくると、目がキョロキョロしていて凄くかわいい。
「よし、お前の名前は”キョロ”だ」
「キュー」
名を与えられたのが分かったのか、俺の手に顔を擦り付けてくる。
どうやら気に入ってもらえたようだ。
これからよろしくな、キョロ。
その後、夕暮れ前に商隊は停止して野営準備に入った。
焚き火を起こして食事を取り、それぞれが体を休める。
もちろん交代で見張りも立てており、俺も1刻ほど見張りをした。
初日の晩は魔物なども現れず、そのまま2日目、3日目と順調に旅は進んでいた。
このまま夕方には迷宮都市入りかと油断しかけた矢先、異変が起きた。
後方を警戒していたら、左肩に乗るキョロがそわそわし始めたのだ。
進行方向右手の森の中をしきりに気にしているようなのでそっちを見ると、森の中を走る人影が見えた。
人影は革鎧を付けているように見えたから、おそらく武装をしているのだろう。
そうなると、盗賊の可能性が高い。
「チャッピー、右手に盗賊らしいのが見えたんだけど、ちょっと先に行って様子を見てきてくれないかな?」
「それはまずいの。分かった、見てくる」
チャッピーがフワフワと飛びながら商隊を追い越していく。
俺も商隊の真ん中にいるサイードさんの所まで走り、彼に注進した。
「サイードさん、右手の森の中に盗賊らしき人影を見ました。前の方に走っていったから、待ち伏せされてるかもしれません」
「何、本当か? たしかにこの辺ならあり得るが、よく気がついたな?」
「俺の使役獣が教えてくれました。今、別の使役獣に前方を確認させてます」
「む、そうか使役獣か。魔物の能力はバカにできないからな。待ち伏せの状況が分かったらすぐに教えてくれ」
「はい」
商隊は一旦停止してチャッピーの報告を待つ。
しばらくすると彼から念話が届いた。
(デイル、やはり盗賊が待ち伏せしておる。そこから200歩ほど進んだ所で、道の左右に5人ずつ潜んでおるぞ)
(ありがとう、チャッピー。そのまま待機しててくれ)
「確認できました。200歩ほど進んだ先で、道の両側に5人ずつ潜んでいるようです」
「10人か、多いな。引き返すべきか……」
悩むサイードさんに、護衛隊長のクインさんが進言する。
「10人ぐらいなら、俺たちが先頭の馬車に潜んで迎え撃てば対抗できるだろう。ただし、あんたらも武器を取って自衛してもらえればだが」
「うーむ、一応、ウチの人間も武器は使えるが、どうしたものか……」
「大丈夫だって、盗賊10人ぐらいなら大したことねえよ」
「……分かった、君を信じよう。しっかりと働いてくれればボーナスを出すぞ」
その後、護衛4人を先頭の馬車に潜ませてから、商隊は進み始めた。
俺は怖いから最後尾に戻っている。
戦闘は契約に入ってないからね。
そして盗賊が潜んでいると思われる場所に差しかかると、男たちが大声を上げながら立ち上がった。
情報どおり、左右5人ずつだ。
すかさず4人の護衛が馬車から飛び出し、右手の盗賊に切りかかる。
入れ替わりに馬車を動かしていた商人は後方へ逃げてきた。
俺も身動きが取れるよう、馬車を飛び出す。
自分から向かってくつもりはないけど、自分の身は自分で守らなきゃね。
と思ってたら、左手の盗賊3人がこっちに向かってきた。
アホか、お前ら!
先に護衛を倒さなくてどうすんだよ?
と心中で罵ったところで、状況は好転しない。
「商隊の皆さんはこちらへ!」
人数が集まれば盗賊もひるむだろうと思って商人をこちらへ誘導したんだが、大声を出したせいで逆に注意を引いてしまった。
先頭の盗賊が剣を振りかざして俺に斬りかかってくる。
ブンッという風音を響かせて、剣が俺の顔の前をかすめた。
その凶器を間近に見た途端、体が恐怖にすくんでしまう。
盗賊が剣を切り返そうとしているのが見えるのに、まだ体が動かない。
このまま死ぬのか?
なんて他人事のように考えてたら、思わぬ所から助けが入る。
「キュピー!」
左肩に乗っていたキョロが、鳴き声と共に何かを盗賊へ放った。
俺の目には何も見えないが、バチバチという音が聞こえる。
その何かをくらった盗賊が、ビクンと体を震わせて硬直した。
その瞬間、ようやく体が動くようになった俺はすかさず腰から短剣を抜き出し、盗賊の喉へ突き込んだ。
盗賊の傷口から大量の血が吹き出して、俺の体に降りかかる。
やがてその盗賊は事切れて地面に崩れ落ち、俺は初めて人を殺したショックでしばらく動けずにいた。
短剣を掴んだまま立ち尽くす俺の周りに、それぞれ武器を持った商隊の5人が集まってくる。
彼らと一緒に血まみれで短剣を構える俺が、多少は強敵に見えたのだろうか?
2人の盗賊は襲い掛かるのを躊躇していた。
しばらくそのまま睨み合っていると、前方で悲鳴が上がる。
「ダメだ! お頭がやられた。撤退するぞ」
どうやら前方では護衛がしっかり仕事をしたらしく、親玉がやられて撤収の声が上がった。
それを聞いた目の前の2人はすぐに逃げ出し、ようやく安心した俺はヘナヘナとへたり込む。
やっぱり俺って、荒事に向いてないのかなあ。
結局、護衛は想像以上にいい仕事をしていた。
彼らが相手にしていた7人は全て切り伏せられ、逃亡できたのは俺と向かい合っていた2人だけ。
倍近い敵を、あの短時間で倒すなんて凄い人たちだ。
その後、盗賊の首を切り取ってから、再び迷宮都市へ向かう。
賞金首が含まれていれば、報奨金がもらえるらしい。
俺も1人倒したけど、雑魚っぽかったから期待はしてない。
こうして日没寸前、ようやく俺たちは迷宮都市ガルドに到着したのだ。
到着後、盗賊撃退に協力したってことで、運賃を払うどころか逆に大銀貨2枚を頂いた。
まあ、俺が盗賊の奇襲を防いだんだから、これぐらいもらってもいいよね。
礼を言って離れようとする俺に、護衛隊長のクインさんから声が掛かった。
「今日はお手柄だったな。盗賊の奇襲を防いだうえに、1人倒すとは大したもんだ」
「ありがとうございます。運が良かっただけですよ。しばらく荒事はこりごりです」
「ハハハハッ、そうか。俺たちはまた護衛の仕事を探すが、君はどうするんだ?」
「俺はしばらくここに留まります。できれば迷宮に潜るつもりです」
「そうか、あまり無茶はするなよ。次に機会があれば稽古でもつけてやるよ」
「ぜひお願いします。俺はまだまだ駆け出しですから」
「ああ、それじゃあな」
クインさんいい人や、イケメンだし。
その後、適当に宿を見つけて部屋を取り、ようやく一息つくことができた。
部屋は朝飯付きで1泊銀貨3枚。
それにしても今日は疲れた。
そして俺の戦闘力の無さを、改めて痛感した日でもある。
これはやっぱり、明日から鍛え直さなきゃな。