54.ファイヤーゴリラ
宝石部屋の攻略後、地上で1日休んでから、5層守護者との決戦に向かった。
前回同様に下見をすると、守護者は一際大きな赤色のゴリラと、バーンナックルゴリラ4匹だった。
初めて見るゴリラがあまりに異様だったので、今回は部屋を退出する前に様子見をしてみる。
「チャッピー、魔力弾準備。リューナとバルカンも、あの赤ゴリラを撃ってみろ」
赤ゴリラに魔力弾を撃ち出すと、なんと体に当たる前にパンチで粉々に砕かれた。
逆にバルカンの火球は避けもせずに体で受け止めた。
しかも火球は弾けずに、ゴリラの体に吸い込まるように消えてしまう。
「ウホッ、ウホッ、オ~ッオッオッオッオッ!」
その直後に雄たけびを上げたと思ったら、その全身から無数の火の玉がばら撒かれた。
小石みたいな火球が、俺たちに降り注ぐ。
「ヤバいみんな、逃げろっ!」
ひどく嫌な予感がしたので、恥も外聞も無く部屋の外に逃げ出した。
実際、ゴリラの火球は凄い威力で、殿を務めてくれたシルヴァの毛皮の一部が焼け焦げていた。
彼が風魔法で守ってくれなかったら、俺たちも大ケガをしていたかもしれない。
「くっそ、ひどい目に遭ったな。とりあえずあの赤ゴリラは、爆炎猩猩と命名しよう。それにしても、どうやって攻略するかな?……守護者部屋は扉が閉まるから”暴風雷”は使えないし……」
「非常に手強そうだったので、あれを俺とサンドラ2人で押さえた方がよさそうですね」
「うーん、それだけで押さえられるかな?」
「それだけで、と言いますと?」
「あの火球攻撃が来たら、カインでも耐えられないんじゃない?」
「たしかにその可能性は高いですが、それなら何か消火する術でもないと……」
「ご主人様の魔法で水を掛けたらどうでしょう?」
「水か? でも俺の魔法じゃあ、ちょろっとしか出せないぞ」
レミリアが無茶振りをしてくるが、俺にはせいぜい拳大の水球ぐらいしか出せない。
「それなら私がやるのです。水精霊さんに頼めば、バシャーンと出せるのです」
「うーん、でもリューナ、竜人魔法はまだ細かい制御ができないんだろ? 本当に大丈夫か?」
「細かい制御はこの際、関係ないのです」
そう言って彼女が胸を張る。
「いや、それはそうなんだけど……なんか不安だな。とりあえず広い部屋で試してみるか?」
俺の脳裏には以前の風魔法の失敗がこびりついていたので、確認せずにはいられない。
周りへの影響も考慮して、広い部屋へ移動した。
「それじゃあ、リューナ、あっち側に向けて水を出してくれ」
「はいです、兄様。……ウンディーネさん、お願~い!」
リューナが少し集中して竜人魔法を行使すると、ちょっと間を置いて巨大な水塊が現れた。
ドッパーンという凄い音がして、部屋中が水浸しになる。
相変わらず豪快な竜人魔法だが、幸い部屋が水浸しになっただけで、俺たちへの被害はほとんど無かった。
「……ああ、うん、これなら使えるかもしれないな。この魔法、なんて呼ぶ? リューナ」
「ゴリラのおひたし、なのですっ!」
「あ~、分かりやすくていいな。よし、ファイヤーゴリラにはこのおひたしで対抗しよう」
しかし問題はそれだけではない。
「あとは残りのゴリラ4匹をどうやって押さえ、倒すかですね」
「そうそう。レミリア、リュート、シルヴァはいいとして、キョロにはちょっと荷が重いよな」
(さすがに僕だけでは足止めできないから、後衛が攻撃されちゃうと思うよ)
「そうだよな。ならいっそのこと後衛におびき寄せて、ちゃっちゃと片付けるか」
そう言いながらケレスに視線を向ける。
「な、何? この間みたいに、あたいに受け止めろって言うの?」
「それしかないよな? 大丈夫、攻撃はしなくていいから」
「い、イヤ~! あんなごっついサルの相手なんてイヤ~!」
ケレスが全力で嫌がるが、それでは済まされない。
「ケレス、頼むよ。助けてくれって。また”女神の食卓”で美味いもの食わしてやるからさ。なんでも食べていいぞ」
「本当に? なんでも? ゴクッ……ま、まあ、ご主人のためだ。助けてあげるよ。んも~、しょうがないなあ」
美味いもの食わせると言っただけで、命を懸けてくれるなんてチョロいわ~。
さすが駄魔族、助かるぜ。
その後、宝石部屋に移動して、バーンナックルゴリラ6匹を相手に、いろいろ試すことにした。
6匹の相手は危険という声もあったが、これくらい乗り越えられないと守護者は倒せない。
いつでも逃げられる態勢を維持しながら、俺たちの作戦を試し始める。
「それじゃあ、部屋に突入してすぐにリューナはおひたしをぶちかませ。その後は個別に拘束して、1匹は後衛でやっつけよう。ケレスが耐えてくれればすぐに片付くから、後は魔法で援護して始末していこう」
大雑把に指示を与えて宝石部屋へ突入すると、ゴリラどもが気づいて色めき立った。
「”ゴリラのおひたし”、なのですっ!」
そこへリューナが巨大な水塊をぶちまけると、ゴリラが水流に翻弄され、無様に地面を転げ回った。
やがて水が引くと、怒り狂ったゴリラが俺たちに向かってくる。
そいつらを前衛が1人ずつ迎え撃っている間に、最後の1匹をキョロがこっちまで誘導してくれた。
「何とか耐えてくれよ~、ケレス」
「こんな生活もうイヤ~っ!」
情けない声を上げつつも展開した障壁に、ゴリラのパンチが炸裂した。
しかしいつもの爆音に備えて耳を塞いでいたのに、ガツンという打撃音しか聞こえてこない。
「あれ?」
「ウゴッ」
それは後衛だけでなく、前衛が対峙するゴリラでも同じだった。
盾や剣に叩き付けられたゴリラの拳はどれも爆発せず、威力がずいぶんと落ちていた。
「どうやらあいつら、水に濡れると爆発拳が使えんようじゃな」
「そういうことか。思わぬ弱点発見だ。よし、今のうちに畳んじまえ」
おそらくチャッピーが指摘したとおり、奴らの拳は水に濡れると爆発しないのだろう。
爆発しない拳に首をかしげているゴリラに、至近距離から魔力弾と火球を叩き込むとあっけなく絶命した。
その後は前衛に魔法の援護を少ししてやるだけで、次々とゴリラが倒れていった。
さして苦労することもなく、6匹の殲滅が終わる。
「ふぃ~っ、みんなお疲れ。リューナのおかげでずいぶん楽に戦えたな。よくやったぞ~、リューナ」
「えへへー、私も役に立てたのです~」
彼女が犬みたいに甘えてきたので、優しく頭を撫でてやる。
実際、本当に助かった。
おかげで守護者戦を制する目処が立ったというものだ。
「普通のゴリラがこれだけ楽に倒せるのなら、守護者戦もなんとかなりそうですね」
「ああ、油断は禁物だけど、なんとかなるだろう。明日はファイヤーゴリラに挑戦だ」
そしていよいよ俺たちは守護者に挑んだ。
守護者部屋へ入ると、ファイヤーゴリラとバーンナックルゴリラ4匹が現れる。
ゴリラの顔は自信に溢れ、昨日逃げ帰った俺たちを嘲笑っているかのようだ。
「”ゴリラのおひたし”、なのですっ!」
ここで突如発生した巨大な水塊が、ゴリラに降り掛かる。
この部屋はあまり広くないので俺たちにも掛かったが、ほとんど障壁で防いだ。
やがて水が引くと、びしょ濡れで怒り狂ったゴリラが、雄たけびを上げて迫ってきた。
打ち合わせどおりにカインとサンドラがファイヤーゴリラを押さえ、残りでバーンナックルゴリラを引き受けた。
案の定、ゴリラは爆発拳を使えなくなっていたので、こちらに向かってきたゴリラの攻撃も余裕で防ぎ、魔力弾と火球で片付ける。
ここでカインたちに目をやると、ファイヤーゴリラが凄い勢いで暴れ狂っていた。
奴の拳は爆発こそしないものの、それ以上のパンチを次々と繰り出している。
あのソードビートルの突進を受け止めるカインが、後退させられるほどだ。
しかも両手で休むことなくパンチを繰り出してくるので、2人で相手をしていても守るだけで手一杯だ。
「バルカンの火球はあいつに効かないから、他のゴリラを攻めてくれ。俺とリューナはファイヤーゴリラを攻撃するぞ。キョロも手伝ってくれ」
とりあえず俺とリューナは数発の魔力弾をファイヤーゴリラに放ったが、体に当たっても軽く弾き返された。
でたらめな防御力の高さだ。
いや、ひょっとしてこいつには、水の方が効くんじゃないだろうか。
「チャッピー、水弾を作ってくれ。リューナも水弾だ」
「はいです、兄様」
すぐに出てきた水球を魔力で包み込み、火炎弾と同じ要領でファイヤーゴリラにぶっ放す。
普通の相手にはほとんど効かない弾だが、奴の体に当たるとジューッという音がして、水蒸気が上がる。
続いてリューナの水弾も水蒸気になると、奴の矛先が明らかにこちらへ向いた。
しかし守りの要たるカインがそうはさせじと、俺たちとの間に割って入る。
当然、サンドラも追随しているが、彼女の動きが少しおとなしくなった。
おそらく剣に魔力を込めているのだろう。
「よし、水弾をもっと撃て、リューナ」
「はいです、兄様」
俺とリューナがバシバシ水弾を放っていると、ファイヤーゴリラの動きが明らかに悪くなってきた。
そして俺たちに気を取られている間に、サンドラが魔力斬をゴリラに叩き付ける。
こうしてしばらくカインが攻撃を受け、俺とリューナが水弾、サンドラが魔力斬で斬る行動を繰り返した。
そしてとうとうファイヤーゴリラの足元が怪しくなってきたのを見て、仕上げの指示を出す。
「サンドラ、仕留めるぞ。土捕縛!」
「了解じゃ。ハアアアーッ!」
土捕縛に足を取られて転倒したファイヤーゴリラの延髄に、サンドラの大剣が振り下ろされた。
今までに無数の強敵を葬ってきたサンドラ斬りが、ゴリラの首に炸裂する。
その一撃で首の半ばまで断ち切られたゴリラは、しばらくもがいた後に、とうとう動かなくなった。
ようやくひと息ついて辺りを見回すと、残りのバーンナックルゴリラも倒される寸前だった。
最後にシルヴァに喉笛を切り裂かれたゴリラが倒れると、守護者部屋に静寂が訪れる。
「やったぞ、みんな! とうとう5層を突破したんだ!」
「はい、デイル様。また階層更新ですね」
「ああ、やったなカイン…………それにしても、想像以上にやられたな」
ようやく守護者を倒したものの、前衛は皆ボロボロだった。
誰よりも頑丈なはずのカインが額から血を流し、体中に火傷を負っている。
他のメンバーも血を流したり、足を引きずったりと似たり寄ったりだ。
これもファイヤーゴリラが想像以上に強くて、そちらに戦力を取られたせいだ。
しかし、それでも俺たちは勝った。
4層に続き、史上初めての5層攻略を成し遂げたのだ。
それは誇ってもいいだろう。
それからしばらく体を休め、前衛がチャッピーの治療を受けてる間に、ゴリラから魔石と素材を剥ぎ取った。
そしていよいよ6層侵入資格の獲得だ。
前回の状況からすると、またご褒美の魔道具が得られるのだろう。
期待に胸を膨らませながら奥の水晶の周りに集合し、水晶に触れようとした瞬間、のんきな声が響き渡った。
「予想よりもずいぶん早かったね」




