51.女神の盾
「なぜだよっ、なんでもっと早く来てくれなかったんだよっ? リサとキラが死んじまったじゃないかっ!」
「ヒルダ、命の恩人に何言ってんだ。謝りな!」
「だって、だってさ……」
2層でオークから救ったパーティの女が、泣きながら俺たちに噛みついてきた。
まあ、身内が死んだら辛いのは分かるけどな。
「すみません、あたしらは”女神の盾”ってパーティです。あたしはチェイン、こっちはリーダーのヒルダです。本当にありがとうございました」
ヒルダを窘めていた女が代わりに礼を言う。
チェインと名乗るその女は、黒い髪に鳶色の瞳を持った落ち着いた感じの人だった。
褐色の肌に尖った耳を持っているので、ダークエルフなんだろう。
「困った時はお互い様さ。仲間のことは残念だった」
「いえ、8人も助かったのに文句言ってたら罰が当たりますよ……それで、今日のお礼はどうすればいいですかね? 正直、あたしらはあまり金持ってないんで、体で払うぐらいしかできないんだけど……」
いきなり体を差し出すと言いだしたので、思わず横にいたカインと顔を見合わせてしまった。
「チェインさん、デイル様はそんなことを要求するお方ではないので、安心してください」
「そうそう。そんなつもりで助けに入ったわけじゃないから。美味いものでも食わせてくれれば、それでいいぜ」
「飯食わせるだけだなんて、そんなわけにいかないよ。あたしらにもプライドってもんがある」
「2層探索者がそんなに気を遣わなくてもいいよ。一応、俺たちはここのトップパーティだからさ。後続を助けるのも義務みたいなもんだよ」
そしたらヒルダが噛みついてきた。
「2人も死なせておいて、偉そうなこと言うんじゃないよ!」
「何言ってんだ。2人を死なせたのはお前らだろ? 実力に合わない場所で探索をしたお前らが悪い」
言った瞬間にヒルダがブチ切れて殴り掛かってきた。
うはっ、キレやすい女。
しかしヒルダの拳が俺に届く前に、レミリアが動いて彼女の手を後にねじり上げた。
「自分の間違いを指摘されてご主人様に手を上げるなど言語道断。あなたも仲間の後を追いたいのですか?」
「ぐうっ、なんでだよ? あんただって奴隷として虐げられれてんだろ。貧乏人の味方してくれたっていいじゃねえか」
あまりの暴言にレミリアの目が細まり、首を落としかねないような雰囲気になった時、チェインがヒルダをひっぱたいた。
「ヒルダ、あんた最低だよ。ちょっと痛いところを突かれたからって、逆ギレして恩人を侮辱するなんて。ただの奴隷が、ガルドで最も美しい冒険者だなんて言われるわけないだろ。レミリアさんやサンドラさんが、どんなに大事にされてるか分かんねえのか?」
「だって、だって……うわーん」
またヒルダが泣き崩れた。
本当に面倒臭い女だ。
さすがに俺が不愉快な表情を隠せないでいると、他の女の子も集まってきて謝り出した。
みんなでヒルダを庇い、殺さないでくれと懇願してくる。
「あー、分かった分かった。別に殺しやしないから安心しろ。レミリアも、もうやめてやれ」
「しかしご主人様……」
「俺たちはトップパーティなんだ、それくらい大目に見てやれ。それとチェインはさっさと荷物まとめて帰り支度をしろ」
「ほ、本当に飯をおごるだけでいいのかい?」
「それでいいよ。それと、そこのオークもやるから素材を取ってけ。それでもっとましな装備でも買うんだな」
「命を助けてもらったうえに素材までもらえないよ。これはあんたらのもんだ」
「お前らも戦ったんだからやるよ。これも後輩育成の一環だと思ってもらえばいい」
その後も押し問答をしてなんとか説得し、剥ぎ取りをやらせた。
これでやっとお別れかと思ったら、最後にまたヒルダがごねた。
「いやだっ、2人とも地上に連れて帰るんだ! 俺が担ぐから、いいだろ?」
「無理だって、ヒルダ。彼女たちの装備を持って帰るだけで精一杯だよ。とにかく地上へ帰ろう」
奴がリサとキラの遺体を持って帰ると言って動かない。
こいつ本当にアホだな。
自分だって満身創痍なのに、遺体を担いで帰りつけるはずがない。
「分かった分かった。2人の遺体は俺たちが持ち帰ってギルドに預けとくから、とにかくお前らは地上へ帰れ。これ以上我がままを言うなら殺すぞ」
「すまねえ、デイルさん。この恩はきっと返すから。さあヒルダ、帰ろう」
こうしてようやくチェインがパーティをまとめて帰っていった。
そして俺たちは遺体を2つ、ドラゴの背中に載せて歩きだす。
もっとも、俺たちは3層の水晶経由だからそれぞれ反対方向への帰還だったが。
1刻もしないうちに地上へ戻り、遺体をギルドに持っていた。
「こんにちは、アリスさん。預かってもらいたいものがあるんですが」
「あら、デイル君久しぶりね。何を預かれって?」
そこで2層であったことを話した。
「そっか、リサさんとキラさんが……でも他の8人が助かったのなら、まだ良かったわ。ありがとうね、デイル君」
「いえ、たまたま2層に潜ってたんで成り行きですよ。彼女たちもオーク4匹に出会ったのは運が無かった」
「ううん、デイル君たちに会って、凄くラッキーだと思う。どうせ大した見返りは要求しないんでしょ?」
「ええ、飯を奢らせる条件です。トップパーティなら、それぐらいでもいいでしょ」
「そうね、あなたたちは飛び抜けてるから、文句は出ないと思うわよ」
本来は高額な報酬を要求してもおかしくない状況だが、後輩の育成のためと言えば名分は立つ。
あまり頻繁にやるとそれに付け込む馬鹿が出てきそうだが、たまにならいいだろう。
次の朝早くにチェインが自宅へ来て、翌々日の晩に彼女たちの家へ来てくれと言われる。
手作りの料理をご馳走してくれるらしいので、その申し出を快諾した。
それから2日間、5層の序盤でリュートに訓練を積ませてから、指定の時間に”女神の盾”の連中が住む家を訪れた。
さすがにドラゴだけは留守番だが、キョロやシルヴァも一緒に連れてきている。
家の扉を叩くと、すぐにチェインが顔を出し、中に案内された。
この家は貧民街の一角にあり、見た目は貧相だったが、中はきれいに掃除されていて感じは良い。
リビングに案内されると、女の子たちが忙しく働いていた。
すぐに準備が整うからと、テーブルに座らされ、酒が出てくる。
しばらく待っていると、テーブルの上に料理が満載になり、準備が整ったようだ。
女の子たちにも飲み物が配られ、チェインが乾杯の音頭を取った。
「それじゃあ、今日は命の恩人へのお礼返しだ。存分に飲み食いしておくれ。乾杯!」
「「乾杯!」」
さっそく料理を頂こうと思ったが、何かが足りない。
「ヒルダはどうしたんだ?」
何気なく聞いたら、急にみんなが静まる。
気まずそうな顔でチェインが答えた。
「実はヒルダの奴、この間さんざん無様を晒したのが申し訳なくて、会わせる顔が無いって言ってるんだ」
「なんだ今さら。上にいるんなら呼んでくればいい」
「それがあいつ、あんな性格だろ? リサとキラの葬式済ませてから急に恥ずかしくなったらしくて、ずっと閉じこもってるんだよ」
「相変わらず面倒臭い奴だな。別に俺たちは気にしてないんだから、ひと言詫びを入れてくれればいい。それすらできないんだったら死ね、と言ってやれ」
そう言うと、チェインが嬉しそうにヒルダを呼びにいった。
飯を食いながらしばらく待っていると、ようやく彼女たちが降りてきた。
げっそりと痩せこけたヒルダが、情けない顔で俺たちの前に立つ。
次はどうするのかと見ていたら、ヒルダが急に土下座した。
「この間は本当に済まなかった。命を助けてもらったのに恨み言なんか言っちまって。気の済むまで俺を殴ってくれ」
「アホか、お前は。気にしてないって言ってんだろ。そうやって謝ったんなら、もうそれでいい」
「だけど、俺はレミリアさんたちを侮辱しちまって……」
「私は気にしてませんよ」
「妾もじゃ」
「ほら、飯がまずくなるから、こっちに来て一緒に飯食え。なあ、チェイン」
「そうだよ、リーダーが辛気臭い顔してたら、お客様に失礼だ。座りな、ヒルダ」
ようやくチェインが引っ張ってきてヒルダが席に着いた。
他の女の子もホッとした顔をしている。
「じゃあ、ヒルダも来たことだし、改めて乾杯!」
再び乾杯をして、食事が再開される。
彼女たちの作ってくれた物はどれも美味かった。
食材もけっこういい物を使ってるように見える。
「この料理、けっこう美味いな。みんなで作ったのか?」
「ああ、悪くないだろ。一応、みんなで作ってるんだけど、味の方はリズが監督してるんだ。彼女が一番、料理が上手いからね」
「そんな、私なんか……」
褒められて恥ずかしがってるリズは、猫人族の女の子だった。
赤っぽい髪の毛に薄緑の目をしたおとなしそうな子だ。
それから女神の盾のメンバーを紹介された。
彼女たちの半分は人族で、ヒルダを筆頭にキャラ、カレン、メイサがいる。
他はダークエルフのチェイン、猫人のリズ、狐人のケシャ、狼人のアニーだった。
見た感じ、彼女たちの中でそこそこ戦えそうなのはヒルダ、チェイン、キャラ、アニーぐらいなもので、後は本当に冒険者かと疑いたくなるような子ばかりだ。
思ったことをそのまま言ったら、彼女たちの身の上話が始まった。




