49.塊剣
サーベルタイガーの攻略法を確立した俺たちはその後も探索を進め、正味1週間ほどで中盤を調べ尽くした。
休憩を1日取ってからいよいよ深部に侵入すると、またもや新たな敵が現れた。
「なんだありゃ、猿か?」
「あれは爆拳猩猩ですね。その拳は岩をも砕くと言われています」
俺たちが覗き込んでいる部屋の中に、2匹の猿みたいな魔物が寝そべっていた。
それはオレンジ色の毛皮に身を包み、上半身が異様に発達した大猿だった。
身長は俺の1.5倍程度だが、横幅は倍以上もある筋肉の塊だ。
「カインはあれを知ってるのか?」
「はい、魔大陸の奥地で見られる魔物で、鬼人族ですら戦いを避けるほどの狂暴な存在です」
「あいつらの拳で殴られると、何かが爆発するのじゃ。我らの胴回りぐらいの木なら1発でへし折るぞ」
たしかに異様に発達した拳には4個の突起が付いていて、何やら仕掛けがありそうだ。
「とりあえずサーベルタイガーと同じパターンで様子を見よう。シルヴァとキョロは片方を頼む」
(了解した)
(分かったよ~)
まずシルヴァとキョロが飛び出して注意を引き、続けて飛び出した前衛が残りを囲んだ。
囲まれたゴリラはおもむろに上体を持ち上げ、両拳を突き合わせる。
のっけからやる気満々って感じだ。
そして次の瞬間、正面にいたカインの盾に、パンチが叩きつけられた。
すると、ボンッという感じで拳が爆発し、盾ごとカインを後ずらせた。
あのソードビートルの突進すら受け止めるカインを、である。
その音と威力にビビったのか、前衛の動きが硬くなった。
パンチに当たるまいとして動きがぎこちなくなり、いつものような連携ができていない。
連携ができないと俺たちの魔法も当たらなくなり、援護できないという悪循環に陥った。
やがてリュートがゴリラの拳に引っ掛かり、吹き飛ばされる。
「みんな、一旦下がれ。レミリアはリュートを頼む。俺たちは撤退を援護するぞ」
俺は狙いもそこそこに、石弾をゴリラに向けて連射した。
リューナとバルカンも威力を抑えて魔法を連発し、その間にレミリアがリュートを回収して引き返してきた。
カインとサンドラもゴリラの攻撃を盾で防ぎながら後退してくる。
そのままなんとか通路に逃げ込んだ俺たちは、さらに距離を取ってから小休止を取った。
リュートは地面に寝かされ、チャッピーの治療を受けている。
彼の左肩はひどく腫れ上がっていた。
オーク革の肩当てが吹っ飛ばされ、その下に付けていた服もビリビリだ。
竜人特有の頑強な体で骨折は免れているが、今までで最大の負傷だ。
「あのゴリラ、想像以上に手強いな」
「はい、やはり魔大陸にいたものよりも強くなっているようです」
「やっぱりか……それにしてもリュートは負傷が多いよな。あいつの戦闘スタイルも、見直した方が良さそうだ」
「あいつなりに、頑張ってはいるのですが……」
盾を持たないリュートやレミリアは攻撃を避けるしかない。
しかし、レミリアほどの俊敏性を持たないリュートは、前衛の中で最も被弾率が高かった。
この際だから、彼の装備も含めて戦い方を見直すべきだろう。
その後は手近な行き止まり部屋を確保して、リュートを休ませた。
野営の準備をしてから今後の予定を話し合う。
「バーンナックルゴリラへの対策も必要だけど、まずはリュートの戦い方を見直そうと思う」
「足手まといになって、すみません……」
リュートが悔しそうに唇を噛みしめる。
「別に足手まといなんかじゃないさ。だけど一番ケガが多いのも事実だから、何か工夫をするべきだと思うんだ」
「工夫ですか? 例えば俺たちのように盾を持つとか……」
カインが常識的な提案をする。
「うーん、それも手なんだけど、前に試した時は上手く使えてなかったろ? やっぱ、向き不向きがあると思うんだ」
「それではもっと小さい剣にして、回避を重視したらどうでしょう?」
今度はレミリアの提案だ。
「いや、リュートの持ち味は足の速さと攻撃力の高さのバランスにある。剣を小さくして攻撃力を落とすのは避けたい」
「それなら、レミリアのように双剣にして、剣で受け止めてはどうじゃ?」
「うーん、双剣術はすぐには身につかないだろ? それをやるぐらいなら、もっとでかい剣に換えて、防御にも使ったらどうかと思うんだ」
「リュートの剣は、今でも十分でかいと思うがのう……」
今のリュートはサンドラが使っていた、バスタードソードを使っている。
チャッピーが言うように、その体格に比べれば十分に大きな剣ではある。
しかし彼もレベルアップに伴って、俺より少し小さいぐらいにまで成長しているので、以前ほど違和感はない。
「だけどリュートは、もっとでかくて重い剣でも振れるよな?」
「ええまあ、振れると思いますけど……」
「だからもっと幅広の剣を買って、防御にも使えないかと思ってるんだ。それなら一撃の破壊力も増すから、竜人の剛力を活かせんじゃないかな」
「なるほど、今後も考えると、破壊力の向上には意味がありそうじゃ」
「だろ? だからどうだ、リュート、やってみないか?」
すると少し迷っていたリュートが、口を開いた。
「俺……やってみます。みんなの期待に応えられるかどうか分かんないけど、もっと強くなりたいです」
「リュート……」
兄貴分のカインが目を潤ませ、リュートを見守っている。
あいつら同い年のはずなんだけどな。
「よし、それじゃあ明日は地上に戻って、セイスに出発しよう」
「ゴトリー武具店ですね?」
「そうだ、手頃な武器があるかどうかは分からないけど、少なくとも相談には乗ってくれるだろう。最悪、新しい剣を打ってもらおう」
こうして方針が決まったのでその晩は早めに寝て、翌日早々に地上へ戻った。
そのまま休む間もなく、ドラゴが牽く馬車でセイスへ旅立つ。
翌々日にはセイスに到着し、その足でゴトリー武具店を訪れた。
「いらっしゃいませ~。あ、デイルさん、こんにちはぁ」
「こんにちは、リムルさん。親父さんいる?」
「はい~、呼んできますねぇ」
相変わらず明るいリムルさんが奥に引っ込むと、すぐにドワーフ親父が現れた。
「なんの用だ? この間来たばかりじゃないか」
「ええ、実は迷宮で強敵に出会いましてね。彼の戦い方を見直したいので、相談に乗って欲しいんですよ」
「なんだ、その剣じゃ上手くいかねえのか?」
「まあ、そんなところです。彼は盾を持たないのでケガをしやすいんですよ。それならいっそ、もっと大きな剣を持たせて、防御にも使おうと思うんですが、何か良さそうなの無いですかね?」
そう説明すると、親父は腕を組んで考え始めた。
何かブツブツと呟いていたと思ったら、ふいに奥に消えてしまう。
ようやく現れたと思ったら、その手に奇妙な剣を抱えていた。
「こいつはどうだ?」
ガランッと大きな音を立てて、剣が台の上に置かれる。
それは人間が使う剣にしては、あまりにも大き過ぎるように見えた。
刀身はリュートの背丈ほどもあり、幅は手のひらを広げたよりも少し大きい。
おまけにその厚みは最大で親指の長さほどもあるから、鉄の塊みたいなもんだ。
「親父さん、いくらなんでもこれは、重くて使えないんじゃないですか?」
「そう思うだろ? だがこれには重量軽減の魔法が掛かっててな、意外に軽いんだ。それでもかなり重くて買い手が付いてないんだが、そこの坊主は竜人だから、ひょっとしたらと思ってな」
「重量軽減魔法付きって、メチャクチャ高級品じゃないですか。でもそれなら可能性はありますね。リュート、ちょっと持ってみろ」
リュートがおそるおそる剣に手を伸ばして持ち上げると、意外と簡単に持ち上がった。
見た目どおりなら相当重いはずなのに、彼は少し重い剣ぐらいの勢いで振ってみせる。
「見た目よりだいぶ軽いです。ちょっと裏で振らせてもらっていいですか?」
「さすが竜人族だ。こっちに来な」
店の裏に連れていかれて、リュートが大剣を振るう。
今までに比べると振り回されている感はあるが、それなりの勢いでビュンビュンと振っている。
「どう思う? カイン」
「デイル様の狙いどおりではないかと。まだ少々振り回されていますが、リュートもまだ大きくなるのでちょうど良いと思います」
「ふむ、そうだな。少なくとも破壊力は増すだろうから、買うか。防御については、カインが面倒を見てやってくれ」
「お任せください」
結局この剣を買うことにしたのだが、支払いで少し揉めた。
「親父さん、この剣買いたいんですが、いくらですか?」
「お、買うか? さすがはガルドのトップ探索者だな。しかしなあ、こいつはいくらにしたものか……」
「何か問題でも?」
「普通に値段つけたら金貨200枚は下らんのだ、これは」
「そ、それは高過ぎますね」
「だろ? だけど売れなくて埃かぶってたやつだからなあ……ちょっとリムルと相談してくる」
その後、ドワーフ親子のケンカまがいの話し合いの末、金貨100枚に落ち着いた。
ほとんど原価だけの価格になるらしいが、お得意様が長期在庫を引き取るって形でリムルさんが折れた。
実は最近、トップ探索者の御用達ってことで、この店の客も増えてるらしいので、これで許してもらおう。
先日、ゴリラに壊されたリュートの鎧の修理と合わせて金貨102枚を支払うと、使用者のリュートが申し訳なさそうにする。
「デイル様、すみません。俺が不甲斐ないばっかりに」
「何言ってんだ。そんなこと言う前に、こいつを使いこなしてみせろ。この塊剣をな」
「塊剣、ですか?」
「そうだ、鉄の塊みたいな剣だから塊剣と呼ぼう。これでお前自身と、お前の大事なものを守るんだ」
そう言って剣を手渡すと、リュートの顔に新たな決意が生まれた。




