5.魔力制御
濡れ衣で捕まっていた衛兵詰所を後にして、貧民街のねぐらに戻った。
ねぐらと言っても、空いてた部屋に勝手に住み着いてるだけのボロ部屋で、ろくなもんじゃない。
とりあえず部屋に落ち着いたところで、改めてチャッピーと話をする。
「さてチャッピー、今後の予定を立てるためにも話し合おうか。さっき言ったように俺は冒険者で、使役師だ。普段は害獣退治とか探しものを主な仕事にしてる」
「うむ、少し独特な使役スキルを使うが、腕は悪くないようじゃ」
「『結合』までで動物を動かすのは、普通じゃないみたいだね。それで迷宮都市ガルドに行って、迷宮探索をしようと思うんだけど、チャッピーはそういう経験ある?」
「もちろんあるぞ。もっとも、以前の契約者の探索に付いていっただけで、儂は大して役に立っとらんがな。戦闘能力は皆無だと思ってくれて構わん」
ひょっとしてと思って聞いたが、やはり戦闘能力は期待できないか。
まあ、見た目からあまり期待はしてなかったので、それはいい。
「やっぱりそっちは期待できないか。でも治癒魔法は使えるんだよね? 昨日の治療は助かったよ。ほとんど一瞬で大ケガが治ったからな」
「いや、普通はあんなに簡単に治らんぞ……やはりおぬしとの契約は何か違うようじゃ。ところでおぬし、魔法は使わんのか?」
「うーん、俺は孤児院で育ったから、魔法なんて習う機会が無かったし、才能があるかどうかすら分からないんだ」
「才能があるかどうかは別として、おぬし強い魔力を持っておるぞ。なんだったら、儂が手ほどきしてやってもよい」
「え、マジで? チャッピー魔法使えんの?」
「ささいなものじゃが、いくらかは使えるのう。儂は魔力を感知できるから、おぬしに教えることもできるじゃろう」
魔法の習得機会キター!
「ぜひ頼むよ! この国では魔法使いなんて数が少ないし、習おうとしたらすっげー金取られるんだ。簡単なのでも魔法が使えれば、大きな戦力アップになるから教えてくれ」
俺は全力で頭を下げて頼んだ。
「フハハハ。”頼む”とは久しぶりに聞く言葉じゃ。おぬしは頭ごなしに命令はしないんじゃな?」
「俺は使役スキルって、信頼関係が大事だと思ってるんだ。頭ごなしに命令しても、あまりうまく動かせないんだよね。だからどんな動物にも、お願いするようにしてる」
「なかなか独特なスキル観じゃのう。よかろう、儂が魔法を仕込んでやる」
「やったー! これで俺も魔法使いになれるかも~」
妖精の相棒を得ただけじゃなく、思わぬ能力アップの可能性まで出てきた。
いよいよ俺にも運が向いてきたようだ。
待てよ、魔力が使えるんなら、あれもできるんじゃないかな?
「なあ、俺が強い魔力を持ってるんなら、魔物の卵を孵せないかな? 何が出てくるか分からないけど、強い使役獣を手に入れられるかもしれない」
「ああ、魔物屋で売っているあの卵か。たしかに魔力の流し方を覚えれば、おぬしにも孵化させられるじゃろう。安価に使役獣を手に入れるにはいい手かもしれんのう」
「よし、じゃあ早速見に行こうよ。それと、旅の準備もしないとね」
すぐにチャッピーを連れて魔物屋へ向かった。
魔物屋ってのは文字通り魔物を取り扱っている店で、使役獣とかペット、素材取り用なんかの魔物が置いてある。
そしてそこでは成獣だけでなく、魔物の卵も商品になっているのだ。
何が産まれるか分からないし、孵化させるには魔力を注ぎ込む必要もあるが、安いのがメリットだ。
魔物屋に着くと、さっそく卵を物色し始める。
大きさは、小石大から両手で覆うぐらいまで様々だ。
以前から興味があったのだが、さすがに買う勇気も金も無かった。
今は多少の貯えに加えて昨日の金貨があるので、余裕で買える。
「なあチャッピー、卵の中身って分かったりしないか?」
「さすがにはっきりと特定はできんが、強そうな卵なら分かるぞ」
「本当かよ? お前ってすげー優秀じゃね? それじゃあチャッピー先生、オススメを教えて下さ~い」
「フヒヒッ、調子の良い奴じゃのう……ほれ、これが良かろう」
そう言いながらもチャッピーは、小さめのリンゴくらいの緑色の卵を指し示した。
これなら成獣でも猫くらいの大きさで済みそうなので、ちょうどいいだろう。
俺はそれを持って支払いに行く。
「これ、いくらになる?」
「いらっしゃい。この大きさだと銀貨10枚だよ」
一般的な宿が1泊で銀貨3枚ぐらいなので、その3日分以上だ。
決して安くはないが、成獣ならこの10倍はするし、チャッピーのオススメなら買って損は無いだろう。
「はい、それじゃあこれで」
「毎度あり。兄ちゃん、孵化はどうする? 一応、ウチで魔力注入サービスも扱ってるけど」
「ああ、それは当てがあるからいいよ」
「そうかい。何か面白いのが孵ったら、買い取りもするから覚えといてくれ」
まず売ることはないが、適当に相槌を打って店を後にした。
次は旅の準備だ。
まずは旅の足を確保するため商人ギルドに行って、ガルド行きの商隊を探した。
ちょうど明日出発の商隊があったので、馬車に乗せてもらう交渉をする。
結果、見張りを手伝うことを条件に、銀貨2枚で話がついた。
それから野営道具や食料を買い込んでから孤児院やギルドに寄り、少し旅に出ることを伝えてきた。
ケーラさんが悲しそうな顔をするもんだから、ちょっと決意が揺らいだのは内緒の話。
そして最後に、俺に懐いてる犬や猫を集めて、あるお願いをしてきた。
報酬として食い物を渡したので、しっかり働いてくれることだろう。
それらを済ませてねぐらに戻っても、まだ寝るには早かった。
なので、魔力の使い方をチャッピーに教えてもらうことにした。
「チャッピー、卵を孵すためにも、魔力の使い方を教えて欲しいな~」
「そうじゃな、魔法の練習を兼ねてやってみるか」
魔物の卵は人里離れた魔境から取ってきたものだ。
魔境とは強力な魔物がうろついている地域で、魔素がかなり濃い場所でもある。
魔素ってのは俺たちの周りにも存在しているもので、それが人間や魔物の体内に入ると魔力になるそうだ。
そして魔境なら卵は勝手に魔素を吸って孵るのに対し、外に出るといつまで経っても孵化しないらしい。
ただし、一度でも魔力を流し込んでやれば孵化の準備が始まり、流し込む魔力量が多ければ多いほど早く孵化するんだそうだ。
なので、今日買ってきた卵を孵すには、まず自分で魔力制御を覚えなければならない。
「まずは自分の体内に意識を向け、魔力を感じ取れるかどうか試してみい」
チャッピーに促され、意識を体内に向ける。
しかしそれらしき感覚は全く感じられない。
「ダメだ、チャッピー。全然分かんないよ」
「フヒヒヒッ、やはりいきなりは無理じゃったか。まあ、これでできたらよほどの天才じゃ」
「えー、それじゃあどうすんだよ?」
「儂がおぬしの体に魔力を注いでやるから、それで感覚を覚えよ。ほれ、目をつぶれ」
そう言うとチャッピーが、俺の心臓辺りに手を当てる。
目をつぶってチャッピーの手に意識を集中していると、じんわりと温かくなって何かが入ってきた。
「んー、なんかねっとりしたものが胸に入ってきたような気がする。これが魔力?」
「そうじゃ、すでにおぬしの体内には同じものが存在するが、全身に分散していて分かりにくいじゃろう。手先に魔力を集めるようなイメージを描いてみい。両手を合わせて右から左に魔力を流すのも、よいかもしれん」
アドバイスに従い、胸の前で両手を合わせてみる。
チャッピーが注いだ何かをイメージして、右手に魔力を集める……
集める……
集める……
ずいぶんと長い間そうしていたら、ふいに右腕がじんわりと温かくなってきた。
さらにねっとりした何かが、手のひらに向かっていくようだ。
右掌に集まったそれを、今度は左手に注ぐイメージをすると、何かが右から左に移動した。
「今、何かが右手から左手に流れたような気がする」
「やっとできたか? うむ、儂の目にも魔力の流れが見えたぞ。まだわずかじゃが、これほど早くできるとはのう。やはりおぬし、見どころがあるやもしれんのう」
なんかチャッピーに誉められちゃった。
俺的にはかなり時間が掛かったんだけど、これでも早いんだな。
「ありがとう、チャッピー。すっげー嬉しいよ。これと同じことを卵にやればいいのかな?」
「そうじゃ、一度魔力を流してやれば孵化の準備が始まる。その後も暇を見て流し込んでやれば、数日で孵るじゃろう」
早速、買ったばかりの卵を右手に取る。
さっきと同じように魔力を流すイメージをする。
すると、右手が温かくなったと思った瞬間、卵が脈動した。
(シュポンッ)
実際に音はしてないんだけど、そんな勢いで魔力が吸い取られた。
それもごっそり。
なんか急に体がだるくなったんだけど、けっこうヤバくないか、これ?
「今、ごっそり魔力を持ってかれたんだけど。普通、こういうものなのかな?」
「いいや、普通はもっと緩やかなんじゃがのう。力の強い魔物ほどたくさんの魔力を吸い取ると言われるから、これは期待できるかもしれんぞ」
とりあえず異常ではないらしいし、期待もできるらしい。
あ、でも急に眠くなってきた。
もう起きてられないから、このまま寝ちゃおう。
はたしてどんな魔物が……誕生するのか……楽しみ……だな……




