47.サーベルタイガー
狼牙団からケンカを売られた後も、普通に5層序盤の探索を進めていたが、特におかしなことはなかった。
まあ、現状は5層に来れる奴なんて他にいないんだから、何もなくて当たり前なのだが。
正味5日でだいたい5層序盤の調査が終わったので、1日休養を取った。
休養後、いよいよ中盤に入ってボアやパンサーを倒しながら進んでいたら、シルヴァから新種発見の報が入った。
新種がいるらしい部屋を覗くと、たしかに初めて見る猛獣が2匹いた。
「あれは、剣牙虎!」
「知ってるのか? カイン」
「はい、魔大陸の森林地帯にいる魔物です。かなりの強敵ですよ」
そいつは猫をより大きく逞しくしたような獣だった。
その体は牛に迫るほどの大きさで、黄色地に黒い縦縞の入った毛皮に包まれていた。
さらに特徴的なのが、その異様に発達した犬歯だ。
まさに剣のようなその牙は、人の前腕ぐらいの長さがあり、恐ろしい凶器だ。
すでにこっちの気配には気づいているらしく、2匹ともこちらを窺っていた。
「あいつらの防御力と動きは?」
「間違いなくオークより硬いですよ。動きはパンサーほどではありませんが、その分、力が強いですね」
「なんだそりゃ、反則じゃん……とりあえずシルヴァとキョロが片方を押さえてる間に、残りでもう1匹を倒したいんだけど、やれるか?」
(押さえるだけなら大丈夫だろう)
(任せてよ、ご主人)
準備を整えて部屋に侵入すると、奴らは悠々と出迎えてくれた。
俺たちなんか敵じゃねえってか?
じきに吠え面かかせてやるぜ。
まずシルヴァとキョロが先行して、片方のタイガーを誘引した。
その隙にカインたちがもう1匹を囲み、攻撃し始める。
しかし攻撃してみてすぐに分かったのは、サーベルタイガーは本当に手強いということだった。
毛皮が硬くてほとんど刃が通らないうえに、動きが素早くて勘もいい。
俺とリューナは隙を見て魔力弾や火球を撃ち込んだが、なかなか命中弾が出せなかった。
それでも、そんな攻防をしばらく続けるうちに、動きに慣れた前衛の攻撃が多少は通るようになってきた。
徐々にサーベルタイガーが傷つき、このままならいける――そう思った矢先に異変が起こった。
「グアララララ! グアララララ!」
シルヴァたちが押さえていたサーベルタイガーが、ふいに咆哮を上げた。
何か新たな攻撃の前兆かと身構えたものの、特に変化はない。
しかし、安心して攻撃を再開しようとしたところに、シルヴァから警告が入る。
(主よ、別のタイガーが2体、こちらへ向かっている。このままではまずいぞ)
さっきの咆哮で仲間を呼んだのか?
いずれにしろ、今の状況で敵が増えたらヤバい。
「みんな、敵の増援が迫ってるらしい。このままじゃもたないから、一時撤退する。カインとシルヴァは殿を頼む!」
俺は躊躇なく撤退を指示し、後退を始めた。
本来は最後まで残って敵を押さえたいところだが、それは俺向きの仕事ではない。
カインとシルヴァが敵を押さえてる間に、仲間の撤退を指揮した。
どれだけ頼もしい殿がいようと、撤退戦では混乱して犠牲が出やすい。
しかし俺の使役リンクで統率されたメンバーには大した混乱もなく、整然と撤退していた。
敵の増援が現れた頃には、ほとんどが元来た通路に逃げ込んでおり、最後に俺とリューナの援護でカインとシルヴァも無事脱出した。
さすがに狭い通路までは追ってこないので、そのまま距離を取る。
「みんな、無事か?」
「はい、大丈夫です」
「そうか、カインとシルヴァは殿、ありがとうな」
「いえ、大したことでは」
(この程度で気遣いは無用だ)
まったく、頼もしい奴らだ。
「さて、ちょっと早いが野営の準備をしよう。少し戻った所に適当な行き止まり部屋があったから、そこまで移動だ」
目標の行き止まり部屋へ移動したら、スライムが数匹いたので始末する。
3、4層ではケイブキャタピラーが掃除屋をしていたが、5層からはまたスライムが受け持つらしい。
2層のスライムよりは強かったが、しょせん雑魚なので苦労はしなかった。
場所を確保してから結界を張り、料理ができ上がるのを待った。
やがて出てきた温かい夕飯を食いながら、サーベルタイガーについて話し合う。
「サーベルタイガーと向き合って、どうだった?」
「やはり相当やりづらいです。どうも魔大陸のものより、防御力が高いようですね」
「たしかに。魔大陸のタイガーなら以前の妾でも傷つけられたのに、今日はかなり集中しないと手傷を負わせられなかったのじゃ」
「なるほど、魔素が濃いから迷宮産はより強力になってるのかな。魔大陸でも仲間を呼ぶのか?」
「いいえ、サーベルタイガーは群れない魔物です。仲間を呼ぶ奴など、初めて見ました」
やはり迷宮産はいろいろと違うようだ。
「そうか……2匹ぐらいならもう少し慣れれば倒せると思うんだけど、増援が厄介だよな」
「そうですね。しばらくは増援を呼ばれない程度に戦って、経験を積みましょうか」
いい考えが浮かばず、消極的な案で落ち着きそうになっていたら、珍しくバルカンが発言した。
「主よ、我も攻撃に参加すれば、少しは楽になるのではないか?」
「バルカンが直接攻撃するの? たしかに体は大きくなったけど、やれるか?」
バルカンは最近、肉体が急成長して、中型犬ほどの大きさになっている。
体つきも上半身がいかつくなって、力強さが増した感じだ。
しかしキョロのように素早くは動けないので、相変わらず火球を作り出す役目だけをこなしていた。
それを心配して聞くと、いきなり壁に向かって火球を吐き出した。
口元から撃ち出された火球が、チュドンという感じで迷宮の石壁に突き刺さる。
「このように主の真似をして、火球を放てるようになったのだが、どうだろう?」
火球が当たった壁がブスブスいってる。
これが単独で撃てるなら、けっこうな戦力アップだ。
「……す、凄いじゃないか、バルカン。本当に口から火を吐いてるのか? いったい何発ぐらい撃てる?」
「これは火魔法で作り出した火球を、無属性魔法で撃ち出しているのだ。20発ぐらいは撃てるだろうか」
「しかしデイル、バルカンの火球では、魔力防御を破れんのではないか?」
浮かれる俺に、チャッピーが火球の弱点を指摘する。
「ああ、そうだったね。サーベルタイガーは確実に魔力で防御を強化してるだろうしなあ……そうだ、バルカン。2,3発続けて撃てないか?」
するとバルカンが、チュドン、チュドンと2連発してみせた。
「2発ぐらいなら続けて撃てるが、これで役に立つのか?」
「ああ、火球はオークの表面を焼くぐらいの威力はあるから、同じ場所に続けて撃ち込めば、2発目のダメージはそれなりに通ると思うんだ」
「ふむ、1発目の火球を魔力塊と同じように使うか。それは試してみる価値がありそうじゃな」
「そうだろ? よし、リューナ、明日はバルカンも混ぜて集中攻撃の練習だ。他のみんなは、俺たちが魔法を当てやすくする動きを模索してくれ。いきなりサーベルタイガーは難しいから、ブラッドパンサーで試そう」
そんな話をしていたら、レミリアが重要な点を指摘した。
「ご主人様、バルカンも攻撃に参加すると、迷宮の10人ルールに引っ掛からないでしょうか? ドラゴは戦闘要員と見做されてもおかしくないと思います」
「そうか、ドラゴには角があるから自分を守るために戦っただけで、魔物の大発生を引き起こす可能性があるんだよな……」
ウチのメンバーは今、俺、レミリア、カイン、サンドラ、リュート、リューナ、ケレス、キョロ、シルヴァ、チャッピー、バルカン、ドラゴの12体だ。
この内、チャッピー、バルカン、ドラゴは戦わないので10人ルールに引っ掛からなかったのだが、バルカンが戦うと戦闘要員は限界の10人になる。
そんな状態で、もしドラゴが戦いに巻き込まれでもしたら、魔物の大発生を引き起こしかねない。
「そんな危険は冒せないから、ドラゴは通路で待機だな。レミリア、ありがとう」
「どう致しまして」
「ヴモー」
下がってろと言われたドラゴが、少し悲しそうな声を上げた。
彼は唯一言葉の通じない仲間だが、けっこう利口だから俺たちの会話もけっこう理解している。
なので、俺が通路で待機しろと指示すれば、ちゃんとやれるはずだ。
夕食後もしばらく歓談してから、就寝体制に入る。
迷宮ではだいたい4刻を睡眠に充てるので、1刻ずつ4交代で見張りを立てる。
現状は言葉が通じるメンバーが11人いるので、2人か3人のチームを適当に組んでいる。
1刻ずつ見張りをしても3刻は眠れるので、以前よりかなり楽になった。
ちなみにドラゴを連れてくるようになってから、寝床が贅沢になっている。
それまでは迷宮の土の上にマントや布を敷いて寝ていたのだが、硬いわ寒いわでろくなもんじゃなかった。
そこで、寄り添えば2人で寝られるぐらいの大きさの毛皮を、3枚持ち込むようにした。
これは毛足の長い牛の毛皮で、フカフカしていて気持ちが良い。
たまに金持ちの冒険者が使ってるらしいが、迷宮の中では凄い贅沢品だ。
普通はこんな物を持ち歩くより、荷物を減らしてより多くの素材を持ち帰ろうとするものだ。
しかしものは考えようで、この毛皮で寝るとよく眠れて疲れも取れる。
加えて俺たちは温かい食事も取っているので、以前に比べて野営後の体調や精神状態を良好に保てるようになった。
これは戦闘能力の維持にもつながるわけで、未知の階層を探索するには馬鹿にできない効果があるのだ。
そして少々重くてかさばる物でも、ドラゴがいれば大丈夫。
当然、持ち帰れる素材の量は減っているのだが、ドラゴの見た目以上の運搬能力でそれほど気にもならない。
おかげで俺たちは、迷宮内で最上級の野営を楽しめるって寸法だ。
さて、明日のサーベルタイガー対策のため、さっさと寝ることにしよう。
今日はリューナと一緒におねんねだ。
待ってろよ、サーベルタイガー。




