46.攻略開始
ギガントバイソンの討伐から2日間ナジブに滞在すると、今度は港湾都市セイスに向かった。
セイスではいつものようにゴトリー武具店を訪れる。
「いらっしゃいませ~。あ、デイルさん、お久しぶりですぅ」
「こんにちは、リムルさん。親父さんはいる?」
「はいぃ、呼んできますねぇ」
この店には何度も来ているので、もうすっかり常連だ。
やがて親父さんが現れたが、何やら嬉しそうな顔をしている。
「よく来たな坊主。そろそろとは思っていたが、迷宮攻略は順調か?」
「ええ、ようやくガルド迷宮の4層を突破しました」
「40年ぶりの階層更新が出たと聞いたが、やはりお前らだったか。それなら、しこたま儲けてるんだろうな?」
「まあ、新しい武具を買おうと思うぐらいには儲かってますね。まずはこの子たちの防具の調整と、彼女にも適当な鎧を見繕ってください」
リューナとリュートの背が伸びているので、サイズ直しをしてもらう。
それとケレスは普通の革鎧なので、もっとマシな鎧を買うことにした。
親父はケレス用にオーク革の鎧を出してきて、体に合わせてくれる。
多少、調整が必要なので、リュートたちの防具と一緒に預けることになった。
これでサイズ直しと合わせて金貨8枚だ。
「さて、ここからが本題なんだが、いい武器が手に入ってな」
そう言いながら親父が嬉しそうに出してきたのは、大きな戦槌だった。
柄の長さは腰の高さぐらいで、打撃部の反対側はツルハシみたいにとんがってる。
全体が鈍色に輝く総金属製で、所々に洒落た装飾も施されている。
「とある貴族が金に困って放出した武器でな、魔導処理が施されている。威力を増幅する機能が付いてるから、強力だぜ。金貨50枚はもらうけどな」
「これはまた良さそうだ。カイン、ちょっと試してみろ」
裏庭でカインに振らせると、問題なく使えた。
試しに標的の岩を叩いたら、粉々に砕けちまった。
これはもちろん購入だ。
「さすが親父さん、いい目利きですね。ところで、魔鉄製の剣よりも強い武器って、何かあるんですかね?」
「魔鉄より上となるとアダマンタイトの武器か、そのハンマーみたいに魔導処理を施した武器だな。どっちにしろ、とんでもないレア品で値段も相当だぞ」
「なるほど。実は迷宮である物を手に入れたんですけど、秘密は守ってもらえますか?」
「客の情報を漏らすぐらいなら死んだ方がマシだ。それでも信じられないってんなら出ていきな」
凄い顔で睨みながら言い返してきた。
俺はしばし親父さんと睨み合ってから、炎の短剣を出す。
それを受け取り、いろいろと調べていた親父が呟く。
「これは……魔導武器だな。しかもこの透明感のある刃はアダマンタイトか……」
「これがアダマンタイトですか。道理で斬れ味がいいと思った。それと、魔力を通すと火を出せるんですよ」
「火魔法が付与されてるってのか? 伝説級の武器だぞ、これは……さすが、迷宮で得られる物だけはある」
「こんな物を手に入れたなんて広まれば困るんで、内密に頼みます。ところで、もし似たような武器の情報があれば集めておいてもらえませんか」
「ああ、心に留めておこう。今日はいい物を見せてもらって感謝する」
「こちらこそありがとうございました」
俺は金貨58枚を払い、店を後にした。
その晩は宿に泊まり、リュートたちの鎧を引き取ってからガルドへ帰還する。
今回は山賊も出ず、次の日には我が家へ到着した。
久しぶりにボビンの料理を食って、ベッドでゆっくり休んだ。
もちろん、レミリアとサンドラの相手もたっぷりしたぜ。
翌日から本格的な5層の探索に取りかかった。
ギガントバイソンで練習した甲斐あってか、短剣猪の突進も気にならなくなっていた。
前衛は皆、突っ込んできたボアを華麗に避け、ダメージを与えている。
特にカインのバトルハンマーは反則級だった。
ナイフボアの突進を止めるどころか、その頭を砕くほどの威力を発揮する。
5層の魔物を一撃で仕留められるなら、金貨50枚でも安かったと言えるだろう。
ちなみに俺も時折、炎の短剣で攻撃に参加している。
この短剣は魔鉄を上回る斬れ味を持つうえに、刀身から噴き出る火炎が超強力だった。
上手く敵の懐に潜り込んで短剣で体内を焼けば、巨大な魔物も一撃なので体力の無い俺向きだ。
そうやってナイフボアを倒しながら進んでいると、厄介なパンサーも現れる。
(主よ、あそこに黒影豹が1匹潜んでいる。それから向こうの部屋に赤血豹が3匹いる)
シルヴァが、通路に潜むシャドーパンサーの存在を教えてくれた。
彼は先日の奇襲に痛くプライドを傷つけられたらしく、今日はいつもより念入りに探索していたのだ。
教えてもらった位置に魔力弾を撃ち込むと、ただの壁に見えていた所からシャドーパンサーが現れた。
1層深部の影狼によく似た隠蔽魔法だ。
魔力弾で手傷を負ったシャドーパンサーに、リュートが素早く近づき、とどめを刺した。
すると奇襲を躱されたブラッドパンサーも姿を現し、一斉に攻めかかってきた。
この状況では勝てるはずがないのに、なぜ命を無駄にするのか?
そう思いながら、向かってきたパンサーたちをさっくり倒すと、牙や毛皮を剥ぎ取った。
夕刻近くになったので地上へ引き上げ、ギルドへ素材を売却に行くとアリスさんに呼び止められた。
「ちょっとデイル君、久しぶりなのに素通りはないんじゃない?」
「いや、だって忙しそうじゃないですか? 並んでますよ」
「ああー、いいのよいいのよ……ちょっと頼むわね」
アリスさんが他の職員に仕事を振って、こちらに歩いてきた。
そうなると当然、並んでいた冒険者に俺が睨み付けられる。
俺たちのアリスさんを横取りしやがって、という怨嗟の声が聞こえるようだ。
空いてるテーブルを見つけ、彼女と向かい合った。
「しばらく見なかったけど、どこか行ってたの?」
「ええ、ナジブとセイスへ旅行を」
「ええー、いいなあ、旅行なんてぇ」
「あっ、これセイスで買ってきたお菓子なんですけど、皆で食べてください」
気の利くレミリアが、すかさずお土産をアリスさんに渡す。
そういえば買ってきてたのを忘れていた。
「うわー、ありがとう。さっすがトップパーティだけあるわね」
「いえいえ、皆さんにはお世話になってますから」
「こんなことしてくれるの、あなたたちしかいないわよ~……それでね、ちょっとこの町にも変化が起きてるから、教えておこうと思って」
「ああ、そういえば人が多いような気がしますね」
旅行前よりも町が賑やかな気がしていたが、気のせいではなかったようだ。
「そうなのよ。実はデイル君たちが取ってきたニードルスパイダーの糸が評判になってて、新しい冒険者や生産者がこの町に来てるの」
「へー、なんか研究が進んでるって話でしたけど、目処が付いたんですか?」
「ぼちぼち形になってきたみたい。それで今、この町は蜘蛛の糸バブルになってて、4層を本気で目指す冒険者も増えたし、外から高ランク冒険者も入ってきてるの」
「それは何よりですね。今までは3,4層は実入りが悪いってんで停滞してましたから。でもキラービーはどうしてるんだろ?」
「それは”青雲党”や”魔導連合”が気合いを入れて、駆除してるみたい。外から来たパーティも4層に入り始めてるから、今後は攻略が進みそうよ」
「なるほど、じゃあ俺たちも気を抜いてると、追い抜かれるかもしれませんね」
「そうね、あなたたちの持ち込んだブラッドパンサーの毛皮も評判になってるから、5層を目指す人もいるでしょう。今日も5層へ行ってきたの?」
「ええ、まだ序盤ですけど」
「遠くないうちにまた攻略しちゃいそうね……でも、外から来た冒険者には、あなたたちのこと知らない人もいるでしょうから、トラブルには気をつけてね」
「ご忠告感謝します」
俺はそっとしておいて欲しいんだが、そうはいかないんだろうな。
そう思っていたら、5層の素材を買い取りに出した途端に絡まれた。
「おいおい、こんなガキどもが本当に5層へ入ってんのかよ。この町の迷宮は程度が低そうだぜ」
いかにもガラの悪そうな大男が、ニヤニヤ笑いながら因縁をつけてきた。
しかしこの程度の因縁なんてかわいいもんだ。
「本当にそう思うんなら、自分っで行って確かめてくればいい。まあ、たどり着ければ、の話だけどね」
「なんだと? このガキ。俺は西のジムサ迷宮の5層探索者だぞ」
「何層経験者だろうと、見た目だけで相手を判断する奴は長生きできないよ」
「ふざけんな、この――」
「やめなっ!」
大男がキレて殴り掛かろうとしたところに、これまたでかい女が割り込んできた。
「止めないでくれ、姉御」
「私の言うことが聞けないのかい?」
「ちっ、分かったよ」
どうやらこの女には頭が上がらないらしい。
それにしてもゴツイ女だ。
顔はそれほど悪くないが、声を聞かなければ十分男で通っただろう。
そう思っていたら、女が俺に向き直って声を掛けてきた。
「うちの者が失礼したね。あんたが”妖精の盾”のデイルさんかい?」
「そうですが、そちらは?」
「Aランクパーティ”狼牙団”のエルザってもんさ。まだこの町には来たばかりでね」
「なるほど、できれば友好的に付き合いたいものですね」
「あいにくとそれは無理なのさぁ……私には冒険者の弟がいたんだ。あんたらに殺されたオリヴァーっていう弟がさ」
なんの気なしに喋るエルザだが、その瞳には敵意がみなぎっていた。
それにしても、俺たちを罠にはめてくれた”天空の剣”の剣士、オリヴァーの姉だったとは。
天空の剣のほとんどは生かしてやったが、犯罪歴が付いたオリヴァーだけは遠慮なくぶっ殺した。
「ほう……それを逆恨みして、俺たちに危害を加えるとでも?」
「そんなことは言わないさ。だけど……迷宮の中では何があるか分からないからねえ」
「それはお互いさまですね」
しばし睨み合った後、エルザは踵を返して去っていった。
「ご主人様、あの女……」
「せっかく宣戦布告してくれたんだ。せいぜい用心すればいいさ」
まったく、トラブルの種は尽きないねえ。




