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迷宮探索は妖精と共に  作者: 青雲あゆむ
ガルド迷宮第4層編

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44.迷宮の管理者

 4層の突破後、炎の短剣を入手して浮かれていた俺たちに、頭上から声が掛けられた。

 驚いて上を見上げると、そこには奇妙な奴が浮いていた。


 細身の体にピッチリと貼りつく衣装を纏った男で、頭に円すい形の帽子を被り、顔には奇妙な化粧を施している。

 それはまるで街角で見かける道化のようだ。

 俺はそいつに炎の短剣を突きつけながら、話しかけた。


「誰だ、お前?」

「ほう、君がリーダーかい? 私の名はベビン。迷宮の神ヌベルダス様に仕えるしもべだよ」

「神の僕がこんなとこで何してる?」

「私はこの迷宮の管理を任されているんだ。久しく動きの無かったこの迷宮で、守護者が倒されたようだから見にきた、というわけさ」

「俺たちの敵じゃあ、ないんだな?」

「ハハハッ、人間にとってただでさえ過酷なこの迷宮で、君たちの邪魔をするほど野暮じゃないよ」


 そう言うベビンはひどく怪しげで、全く信用できる存在には見えない。

 しかしここで敵対するのも無意味だろう。


「そうか、ならいい。かと言って、俺たちを助けてくれることもないんだろうな?」

「当然。この迷宮を正しく運営するのが私の仕事だからね。しかし久しぶりの階層更新だ。今後、君たちには注目しているよ。せいぜい生き残って、楽しませてくれたまえ」

「もちろん生き残ってやるさ。お前を楽しませるつもりはないがな」

「フフフ、それは楽しみだ……」


 そう言いながらベビンは、闇の中に消えていった。

 しばらく消えた場所を見つめていたが、もう何も起こらない。

 本当に顔を見に来たってのか?

 しかし今後もあいつが何もしないとは限らない。

 せいぜい用心は怠らないようにしよう。


 それから全員が5層侵入資格を得ると、他に見落としが無いことを確認して守護者部屋を後にした。

 5層に降りて、そこの水晶から1層に転移する。


 地上に出て4層突破を報告すると、上を下への大騒ぎになった。

 40年ほど前に3層が初めて攻略されてから、久々の階層更新なんだからそれも当然だ。

 当然、衛兵の詰め所に連れていかれて、いろいろと聞かれた。

 と言っても、教えられるのはどんな魔物が出たかとか、4層の広さや構造に関する情報くらいだ。


 手に入れた宝石や魔石は既に売り払ったからバレてるかもしれないが、必要以上には喋らない。

 そして今回も地図情報を買い取ってくれるのかと思っていたら、買う人間が限られているので、そちらと交渉しろと言われてしまった。

 また大儲けできると思ってたのに、残念。


 幸いスパイダーの素材が金貨9枚にもなったので良しとしよう。

 ちなみにクイーンの魔石は銀貨20枚だった。


 それからギルドへ4層突破の報告をしに行った。


「アリスさん、ようやく4層を突破しましたよ」


 そんなに大きな声は出さなかったのに、周囲が騒がしくなる。


「ちょっとデイル君、本気? 3層攻略からまだ2ヶ月も経ってないわよね」

「ええ、そうですね。でも魔物は3層と似たようなもんでしたし」

「そういう問題じゃないんだけど……はあっ、もういいわ。ギルドマスターと一緒に話を聞かせてもらうから、こっちで待っててちょうだい」


 そう言って、ギルド内の1室に通された。

 さして待つほどもなく、ギルマスのコルドバがアリスさんと共に現れた。


「久しぶりだな。俺の在任中に4層が攻略されるとは、思ってもいなかったぞ。いや、”天空の剣”を追放した時にひょっとしてとは考えたがな」

「その節はどうも。まあ、俺たちもいろいろと努力した結果、想像以上に早く攻略できましたよ」

「抜け抜けとよく言う……まあいい、それよりも4層の様子を聞かせてくれ」


 俺は衛兵に喋ったことを繰り返した。


「そうか、守護者はクイーンスパイダーとニードルスパイダー4匹か。ニードルスパイダーはかなり強いのか?」

「そりゃあ、そうですよ。オーク並みの硬さにシャドーウルフの素早さを併せ持つといえば、少しは想像できるでしょうか。あれに比べればオークなんて、かわいいもんですよ」


 調子に乗った冒険者が無謀な攻略をしないようにと、魔物の強さについてはある程度喋っておいた。

 今のところ俺たち以外に4層へ行けるのは2パーティしかいないが、先のことは分からないからね。


 この情報はサービスのつもりだったのだが、帰り際に金貨3枚をもらった。

 さすがギルマス、情報の価値をよく分かっていらっしゃる。

 しかしガルド伯爵への報告も約束させられてしまった。


 ちなみに今回もBランクへの昇格試験は断った。

 Bランクは税金が半分になるなどの優遇がある反面、行動に制約を受けてしまうからだ。

 当面は目先の利益より自由でいたい。


 肉体強化レベルの方はそれぞれ順当に上昇している。

 俺はとうとうレベル8となり、レミリア、カイン、サンドラもそれに追いついている。

 さらにリューナ、リュートもレベル7になって、能力と共に背も伸びていた。


 俺たちがこんなに早くレベルを上げられるのは、ひとえに魔物を狩る数が段違いに多いからだ。

 他のパーティは迷宮内で必要以上の戦闘を避ける傾向にあるため、1層ごとに1レベル上がるのが精々らしい。

 ちなみに防御専門のケレスはやはり生命力の蓄積が少なくて、レベル4に留まっている。


 いずれにしろ俺たちは、この町で最も強化レベルの高い冒険者になったわけだが、俺は元の体力が低いからさほど強くもないだろう。

 そういう意味では地力のあるカインとサンドラこそが、この町で最強なのかもしれない。



 その晩は自宅で盛大にお祝いをした。

 材料をしこたま買い込んで料理を作り、たっぷりと飲食を楽しんだ。

 もちろん家付き妖精ブラウニーのボビンが大活躍だ。


 食事が一段落した頃、レミリアに今後の予定を聞かれる。


「明日からはどうされるのですか、ご主人様?」

「ああ、特に考えてないんだが、何かあるか? 伯爵への報告が終わったら5層の下見だけして、またセイスに買い物に行こうと思ってるけど」

「セイスですか。またリュートたちの防具を調ととのえるんですね? それでしたら、少し遠回りをして草原都市ナジブへ足を伸ばしてはどうでしょうか?」

「ナジブか。俺は行ったことないんだけど、レミリアはあるのか?」

「はい、魔大陸から移ってきた時に少し滞在しました。景色の美しい良い所だったと思います」


 セイスがこのガルドの南に位置するのに対し、ナジブは南西にある。

 俺たちには馬車とドラゴがあるから、寄り道しても大した時間は掛からないだろう。


「分かった。たまには趣向を変えてナジブへ行ってみよう」


 こうして当面の予定が決まった。





 翌日の昼前に伯爵から迎えの馬車が来たので、それに乗って伯爵を訪ねると、すでにコルドバも来ていた。


「おお、ガルド迷宮の英雄が来たな」

「ご無沙汰してます、伯爵。でも英雄とかやめてくださいよ」

「ハハハッ、実際に英雄なんだから仕方ない。飯でも食いながら話を聞かせてくれ」


 それから昼食をご馳走になりながら、4層の話をした。


「なるほど、4層の深部にはニードルスパイダーがいるのか。オーク並みの硬さにシャドーウルフ並みの敏捷性など、まさに悪夢だな」

「おまけに守護者は、その何倍もでかいクイーンスパイダーでしたからね。俺たちも苦労しました」

「しかしうらやましい。儂ももっと冒険者を続けておれば見れたかもしれんが……」

「私だって、4層の序盤を突破できなかったんだから無理でしょう」

「抜かせ、夢ぐらい見させろ……ところでデイル、おぬし、お宝は手に入れたのか?」

「ええ、深部で宝石を見つけましたよ」

「なんと、宝石も見つけたのか。しかし初めての階層攻略者は、魔道具も手に入れると聞くが?」


 言われた瞬間はギクッとしたが、伯爵とコルドバがさも当然のようにしていたので、大した秘密でもないのかと思い直した。


「……ああ、やっぱり過去にもあったんですか。俺はこれを手に入れました」


 そう言いながら炎の短剣を卓上に出すと、コルドバがチェックして伯爵に見せている。


「どのような物か分かっているのか?」

「いえ、詳しくはまだ分かりませんが、炎の属性を帯びているようです」

「なんと、炎の短剣か。造りも素晴らしいし、伝説級の魔道具かもしれんな……この美しい刀身、惚れ惚れするわ」


 伯爵は名残惜しそうにしながらも、素直に短剣を返してくれた。

 献上しろとか言われたらどうしようかと思っていたのだが、考え過ぎだったようだ。


「3層攻略の報酬は何だったんですか?」

「あまり詳しくは分からんが、魔法の威力を高める指輪だったらしい。もう40年も前の話だから、どこにあるかも不明だ」

「あの時も魔道具を争っていさかいが起きたため、この件は記録に残されておらんのだ」

「ああ、道理で聞いたことがないと思ってました」

「その点、お前の仲間は奴隷ばかりだから所有権で揉めなくていいな。しかし昔の話を聞きつけて、それを狙う者もおるやもしれん。十分に気をつけるのだぞ」

「ありがとうございます……ところで、この短剣を手に入れた後に、迷宮の管理者を名乗る者に会ったんですが、何かご存じですか?」


 伯爵とコルドバの顔色が変わった。


「何だと? それこそ伝説上の話だぞ。おぬし、そやつと話をしたのか?」

「ええ、ベビンという名前と、迷宮神ヌベルダスの僕であることを教えてくれましたよ」

「やはりそのような存在がこの迷宮にもいたのか……おぬし、目を付けられたのかもしれんぞ」

「やっぱりそう思います? とりあえず邪魔はしないとは言ってましたけど、いずれなんかありそうで怖いんですよね」


 俺は頭をガリガリ掻きながらぼやいた。


「ふむ、たしかに何をするか分からんのは不安だな。儂らではどうにもならんかもしれんが、何かあれば相談してくれ」

「ありがとうございます。そういえば、ベッケン子爵の件はどうなりました?」

「おお、それよ。儂の申し立てが効いたと見えて、調査官が派遣されたわ。おそらくじきに処罰がくだされるだろう。ひょっとすると家門断絶かもしれんな」

「それはまたどうも。少しは悩みの種が減りそうですね」

「ああ。それで、おぬしはこれからどうするのだ?」

「しばらくナジブとセイスで羽を休めて、また迷宮攻略に掛かりますよ」

「町を出るのか。くれぐれも気を付けろよ」

「肝に銘じます」


 この程度のことで引き籠ってなんていられない。

 油断はしないが、人生は楽しまなきゃね。

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新作始めました。

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