42.迷宮の大グモ
4層中盤の探索完了後、2日休んでから深部の探索に取りかかった。
中盤でソードビートルが出てきていたので、深部ではまた新たな魔物との遭遇が予想される。
案の定、深部をしばらく進むと、シルヴァから新しい魔物を探知したと報告が入る。
慎重に歩を進めていくと、やがて巨大なクモが現れた。
港湾都市で狩ったビッグスパイダーもでかいと思ったが、こいつはその何倍もある。
俺の肩と同じぐらいの体高を持つ大グモが、部屋の中に2匹、佇んでいた。
「とりあえず石弾で攻撃して硬さを見るか。攻めてきたらカインたちで頼む」
「「了解」」
まず俺とリューナで手近な奴に石弾をぶち込んだ。
先の尖った円錐形の弾が蜘蛛の体に命中――と思ったら、ガスッという音で弾かれた。
見た目からは想像できないほど硬いようだ。
攻撃に気がついた蜘蛛が、わらわらと攻め寄せてくる。
それをカイン、サンドラ、レミリア、リュート、シルヴァが迎え撃った。
カインとサンドラは盾で受け、他は身軽に動き回って攻撃を加えている。
しかし異常に防御力が高いらしく、斬撃は全て表面で跳ね返されていた。
その一方でカインの槍は多少ダメージを与えているし、サンドラの魔力斬だけはいくらか通じているようだ。
しかし敵も黙ってやられてはいない。
俺たちを手強いと見た奴らが、距離を取って糸を飛ばしてきた。
ケツから吐き出される糸はネバネバするうえに簡単に切れないので、絡まれると厄介だった。
やがて、盾を持たないリュートが絡め取られ、戦闘不能にされてしまう。
「リューナ、魔力弾で援護しろ。バルカンは火球を準備」
俺はリューナに指示しつつ、火球を蜘蛛に叩き込んだ。
すると魔力弾は跳ね返されたのに、火球はジュウジュウと表面の毛を焼いて食い込んでいく。
「キシャアッ」
「魔力で防御するタイプじゃないのか? リューナは石弾の先端をもっと尖らせて撃ってみろ。他も突きをメインに攻撃だ」
思ったとおり大グモは刺突攻撃に弱いらしく、みんながダメージを与えられるようになった。
その後、俺とリューナの援護で動きの鈍った大グモを、カインたちが殲滅した。
糸の絡んだリュートを解放してから蜘蛛の死骸を調べてみると、その防御力の秘密が明らかになった。
「こりゃあ、ごっつい体毛だな」
「まるで鋼の針のような毛ですね」
カインが言うように、蜘蛛の体は鋼の針のような毛に包まれていた。
道理で普通の石弾や魔力弾が効かないわけだ。
「死んでも硬さが変わってないので、この剛毛による物理的な防御に頼ってるみたいですね」
「そうだな。それと見ろ、この牙。たぶん毒を持ってるぞ」
口元の牙を剥ぎ取ってみたら先端に穴が開いていて、いかにも毒が出てきそうな雰囲気だ。
これは毒攻撃にも注意しなければならない。
「そういえば、この糸を何かに使えないでしょうか? たぶん糸袋みたいなのがあると思うんですけど」
そう言いながらレミリアが、蜘蛛の腹を開いて調べ始める。
「あっ、たぶんこれですね。武具屋に持ち込んで調べてもらいましょう」
さすがレミリア、良いところに気がつく。
「そうだな、まず使えそうなのは糸袋ぐらいだけど、他の素材もいくつか持って帰って調べてもらおう。それから、こいつの名前は鋼針蜘蛛でどうだ?」
「分かりやすくていいでしょう」
以後、この蜘蛛のことはニードルスパイダーと呼ぶことにする。
その後もニードルスパイダーやソルジャーアントを狩りながら探索を続け、適当な所で野営をした。
持ち込んだ調理器具と素材でスープを作り、パンや果物と一緒に食べる。
少量だがお酒も飲んでいる。
「うひー。相変わらずいい味出してるね、サンドラっち。故郷を思い出すわあ」
「フハハハハハッ、この味が分かるとは、やはり魔大陸育ちじゃな。まだおかわりはあるぞ」
ケレスにスープを褒められたサンドラが喜んでいる。
サンドラは豪快な見かけによらず料理が得意なのだ。
「そういえばケレスも魔大陸育ちだったな。住んでた所はサンドラの故郷と近いのか?」
「うーん、あたいは割と海に近いとこだったんだけど、サンドラっちはもっと山奥じゃなかったっけ?」
「そうじゃ、海に出るなら優に2週間は掛かるような所じゃ。妾の家族はどうしておるかのう……」
サンドラが遠い目で故郷に思いをはせる。
「俺の住んでたとこなんてもっと山奥ですよ。1ヶ月歩いても着かないぐらいだ」
「それは遠いな。さすが、幻の一族だけはある。ちなみにレミリアの故郷は?」
「私の故郷は港から2週間くらいだったと思います。サンドラの故郷に近いかも」
「そういえば、歩いて数日の所に狼人族の村があったので、そこかもしれませんね」
レミリアとカインは、ご近所さんなのかもしれないってか。
「ふーん、種族が違っても付き合いはあるのか?」
「うーん、あまり付き合いは無いですね。基本的に各集落は自給自足ですし、独立性が高いですから」
「竜人族はもっと閉鎖的でしたよ。俺たちが鬼人の村に世話になってたのも、叔父さんの伝手があったからだし」
「横のつながりが少ないから、余計に奴隷狩りに付け込まれてるんじゃないかな。もっと連携しようって話にはならないの?」
「言われてみればそうですが、そんな気配は全くありませんでしたね」
カインやリュートが悲観的な顔をする一方で、サンドラやリューナは明るい。
「今はこうして兄様と一緒にいられるんだから、悪いことばかりじゃないのです」
「そのとおり。我が君との出会いに乾杯じゃ」
たしかに奴隷狩りが無ければ、俺は彼女たちと出会えなかっただろう。
しかしその陰で多くの魔大陸人が、その人生を狂わされているのは見過ごせない。
いずれ力を付けたら、そんな人たちを助けてやりたいものだ。
そんなことを考えながら、迷宮での夜は更けていった。
翌朝も深部の未踏地域を探索すると、アサシンマンティスやソードビートル、そしてニードルスパイダーに遭遇した。
特にニードルスパイダーは最大で5匹も出てきて、なかなか大変だった。
あいつらは防御力が高いうえに、動きも素早くて厄介なのだ。
しかしそんな時ほど、使役リンクによる連携が役に立つ。
仲間がピンチに陥っても、すかさずそこをカバーするチームワークで、俺たちは敵を跳ね返していった。
もちろん多少のケガは出るのだが、チャッピーの驚異的な治癒魔法で回復できるので、戦闘力も高水準で維持している。
このチャッピーの治癒魔法にはケレスも呆れていた。
こんなに素早く、ほぼ完全に治る魔法なんておかしいと。
チャッピーの話では、俺と契約したメンバーに限定されるらしいが、この魔法にはとても助けられている。
こうして4層深部で2泊3日の探索を繰り返すこと3回、最後の3日目を迎えた。
すでに守護者部屋も見つかっているので、深部も踏破目前である。
そろそろ宝石部屋が出てきそうだと思っていると、大量のニードルスパイダーを探知した。
通路からこっそり確認すると、今までで最多の10匹が大きな部屋の中で蠢いていた。
おそらくここが宝石部屋だが、ちょっと数が多すぎて、どう攻めるか悩んでしまった。
しかしそこにキョロが名乗りを上げる。
(ご主人、ご主人。僕とシルヴァで”暴風雷”を使えば簡単だよ。この部屋は広いからやりやすそうだし)
「”暴風雷”って、お前らが進化した時に使った魔法だよな?」
それは俺たちが魔物の大量発生に巻き込まれて死にかけた際、250匹以上の魔物を一撃で葬り去った合成魔法だ。
あまりに威力が強すぎて使いどころが難しいが、上手くやれば今回の状況には有効だろう。
「分かった。上手くいったら、2人にはご褒美をやるぞ」
(それならご主人の魔力をちょうだい。疲れた時にもらうと気持ちいいんだ~)
(別に報酬など関係ないが、疲労回復に魔力をもらえると助かるぞ)
「そっか。じゃあ好きなだけ魔力をあげるから、今日は頼む」
その後、段取りを打ち合わせてから一斉に部屋に侵入した。
まずあらかじめ決めておいた一角に陣取り、スパイダーを挑発する。
わらわらと奴らが集まるのに合わせ、ケレスが俺たちを魔盾の障壁で囲んだ。
ガンガンと障壁が攻撃を受けるのを尻目に、シルヴァとキョロが魔法の準備に入った。
「アオォォォォーーーン…………」
シルヴァの悲しげな遠吠えによって宝石部屋に雷雲が発生し、空気がざわめいた。
やがて膨大なエネルギーを蓄積した雷雲にキョロから雷撃が飛ぶと、とんでもないエネルギーが解放された。
凄まじい風と雷が吹き荒れ、強烈な閃光と轟音の嵐を、目と耳を塞いで耐える。
やがて静かになって目を開けると、全てのスパイダーが地に伏せ、ピクピクと痙攣していた。
すぐに前衛がスパイダーの息の根を止めて回ると、あっさりと決着が付いてしまった。
あまりに楽すぎて、怖いくらいだ。
この魔法に頼り過ぎると駄目になりそうだから、今後は自重することにしよう。
「キョロ、シルヴァ、助かったよ。ありがとうな」
(でしょ、でしょ? 撫でて撫でて~、ご主人。あと疲れたから魔力ちょうだ~い)
(これ、はしたないぞ、キョロ。主の役に立つことこそ我らの喜び。しかし我も疲れたので少し魔力を……)
俺はキョロとシルヴァを撫で回しながら、たっぷりと魔力を注いでやった。
そうしてる間に他のメンバーが部屋の中を丹念に調べると、やはり部屋の奥から宝石の原石が出てきた。
掘り出してチャッピーに見てもらうと、ルビー、サファイア、トパーズの他にオパールもあった。
またまた期待以上のポーナスに、嬉々として宝石を回収する。
ついでにニードルスパイダーの魔石と糸袋も回収した。
魔石は銀貨10枚と安いが、糸袋は2個で金貨1枚にもなる。
この糸を入手した時に武具屋で見てもらったら、他のものより丈夫で魔法耐性が高いと認められ、新たな防具の研究が始まっているのだ。
このクモの糸で新しいローブができたら、リューナに買ってやろうと思っている。
他にも体毛や牙の使い方も検討されてるので、クモ素材はもっと価値が高くなるかもしれない。
これで4層も探索し尽したので帰り支度をしていると、ケレスが話しかけてきた。
「なあ、ご主人。帰り際に守護者部屋を見ていこうよ。入ってもすぐに出てこれるんだし」
「いや、今回はこのまま帰る。せっかく宝石を手に入れたのに、落としたりしたらもったいないだろ。それにここの守護者は俺たちが初めてだ。部屋に入っても出てこれる保証なんてないからな」
「しかしデイル様。今までは自由に退場できたのですから、ここも同じではないですか?」
カインも守護者部屋に行きたいみたいだ。
「今までがそうだったから、この先も同じとは限らないだろ? 俺はそこまで迷宮を信じてないんだ」
「それは、どこかでルールが変わるかもしれないとおっしゃるのですか?」
「変わる可能性があると思っている。むしろ油断させておいて落とすのが駆け引きの常套手段だろ。とにかく今日は引き上げよう」
こうしてそのままパーティは帰路に就いた。
深部の奥深くからだったので3刻近く掛かったが、何事も無く地上に帰還する。
さっそく宝石屋に原石を持ち込むと、金貨70枚で売れた。
魔物の素材も金貨20枚ほどになったので、今回も大儲けである。
さて、守護者攻略に向け、今夜は英気を養おう。




