41.デイルの能力
迷宮内で俺たちを罠にはめたパーティを返り討ちにしてから、またピクニックに来ていた。
先の戦闘で負傷したレミリアとリュートを休ませるためだが、俺自身は魔法の練習も兼ねている。
実は今、仲間になったばかりの淫魔ケレスから魔法を習っているのだ。
ケレスは魔大陸からこっちの大陸を見物に来た魔族だ。
しかし彼女は魔族のわりには強くないし、何より戦いを嫌う。
幸い、手に入れたばかりの魔盾イージスと相性が良かったので、これを持たせて俺とリューナの護衛を任せている。
この魔盾はアホな子爵家が王家から下賜されたもので、使う者の魔力に応じた魔力障壁が出せるという優れものだ。
盾自体は人の頭大の青銅色に輝くバックラーにしか見えないが、魔力を込めると周囲に魔力障壁を発生させられる。
しかし使う者の魔力と制御能力に大きく左右されるので、誰にでも使いこなせるモノではない。
ウチのメンバーに試させてみたら、ケレスとの相性が抜群だった。
障壁を作り出す速さといい、その強度といい、見事なもんだ。
ケレス曰く、その障壁は彼女が使う無属性魔法をベースにしているので、使いやすいんだとか。
ちなみに、彼女の次に盾をうまく使えるのは俺だった。
俺がよく魔法攻撃で使ってる砲身とか、魔力で火を包む技術などが、実は無属性魔法の1種だったのだ。
無属性魔法ってのは地水火風の属性を持たず、直接モノを動かしたり魔力でモノを作り出す魔法のことだから、たしかに当てはまる。
誰にも教わらずにやったと言ったら、ケレスがドン引きしていた。
ともあれ、これは新たな能力を手に入れるチャンスなので、ケレスに魔法を習うことにした。
「それじゃあ、ご主人。この石を動かすことから始めようか」
ケレスがそう言いながら、鶏の卵ほどの石を差し出す。
「前にも聞いたけど、魔力で見えない手を作り出すようなイメージなんだよな?」
「そうだよ。ご主人はすでに魔力を実体化させることにはある程度成功してるから、それを応用すればいいんじゃない?」
その応用が簡単にできれば苦労はしない。
ケレスにコツを聞いても、昔から普通にできたから分からんと言われた。
この駄魔族め。
愚痴を言っていても仕方ないので、考えよう。
まず石を魔力で包んでみる。
これは簡単にできた。
次にそれを持ち上げるには…………とりあえず石の下に柱でも作ってみるか。
手のひらからズズーっと柱を作り出すイメージを描くと、石が持ち上がった。
しかし胸から目の高さまで持ち上がったところで力尽きて、石が転げ落ちる。
「お、できた、さすがはご主人。あたいが言うのもなんだけど、あれくらいのアドバイスでできるなんて変態だよね」
「変態いうなっ! でも少ししか持ち上がらないし、もの凄く魔力を無駄遣いしてる感じだな」
「そんなもんだよ。あたいだって最初はちょっとしか動かなかったんだから」
結局は努力あるのみってことか。
しかしなんとなくコツは分かったから、もっとイメージの精度を上げてみよう。
その後も休憩を挟みながら練習を続けていたら、だいぶ上達してきた。
この魔法は使えば使うほど精度が上がり、消費魔力は減るようだ。
とはいえ使えるのはせいぜい両手を広げたぐらいの範囲内だし、操作できる重さもリンゴ1個が限界だ。
しかしこの練習は魔法攻撃力の底上げにつながった。
今までも散弾や魔力弾を飛ばす時に砲身を形成していたが、その強度が大きく向上したからだ。
今までの砲身は弱かったから、風魔法の力を全て受けきれていなかったんだろう。
例えるなら、スカスカの腐りかけた木材みたいな感じ?
しかし砲身をより硬く緊密なモノにすると、はっきりと弾の速度が向上した。
同じ魔力量で比べると、弾速は従来の3割増しぐらいだろうか。
これは結構な戦力アップにつながるので、すぐにリューナにも教えてやった。
言葉では伝えにくいので、いつものように使役リンクを使う。
最初は全くできそうになかったリューナだが、とりあえずコツだけは伝わったらしい。
今後、練習すれば彼女にもできるだろう。
そんなやり取りをしていたら、ケレスが変なことを言い出した。
「そうそう、前から感じてたんだけど、ご主人は使役魔法と一緒に魅了魔法も使ってるよね」
「はあ? 失礼だな、ケレス。俺が魅了してから使役してるってのか?」
「うーん、ちょっと違うかな……ご主人は普段から無意識に魅了魔法を垂れ流していて、それだけならちょっと好感度が上がるくらいなんだ。だけど使役スキルを使うと、そのつながりを通じて魅了魔力がどんどん流れてくるの。だからあたいらはみんな忠誠心が強いし、仲間同士も仲が良くなってる、みたいな?」
ケレスがちょっと考え込みながら、俺のことを説明する。
「なんか、その説明だと、俺はお前らを惑わす悪者みたいだな」
何か悔しくて言い返したら、チャッピーまで賛同してきた。
「そうか。それならデイルの特異な使役スキルの説明がつくのう」
「おいおい、チャッピーまで何言ってんだよ」
「おぬし、自覚しておらんようじゃが、その使役スキルは異常なんじゃぞ。本来、使役契約は術者にとってもかなりの負担になるから、結べるのはせいぜい2,3件じゃ。それを10件以上、しかもこれだけ強力な戦士や上位精霊を従わせるなんぞ、ありえないんじゃ……ぶっちゃけ、人間ではないの」
「おぅふ……人外宣言までされちまったぜ」
「大丈夫なの、たとえ兄様が何であっても、私はずっと一緒にいるから」
「ええ、そうですよ、ご主人様」
俺の傷付いた心を、リューナやレミリアが慰めてくれる。
本当にええ娘たちや。
「まあ、あまり気にしなくていいよ。無意識にやってることだし、おかげでパーティの結束力はどこよりも強いからね」
「まあ、そうじゃな。メンバーの親密度が異常に高いから、感覚の共有や意思疎通も容易になっておる。悪いことは何もないわい。それより、おぬしに精神操作系の能力があるなら、それを強化するのも手なのではないか?」
「あー、それだったらあたいが力になれそうだね」
「いや、どうせお前、うまく説明できないだろ……」
「いやいや、どういうことができるかとか、手本を示すぐらいはできるから」
説明能力には全く期待できないものの、たしかに手本くらいにはなるだろう。
今後、社会を上手く渡り歩いていくには、精神操作系の魔法を身に着けておいて損はないだろうしな。
またやることが増えたが、おいおい学んでいくことにしよう。
こうして思わぬ新発見を伴いつつ、野外での訓練を3日ほど続けた。
4日目になるとレミリアやリュートもすっかり回復したので、また迷宮に潜った。
4層の攻略再開である。
いつもどおりソルジャーアントとキラービーを片付けながら進むのだが、キョロとシルヴァの進化で凄く楽になっている。
キョロの雷とシルヴァの風の刃で、広範囲のアントやキラービーを倒しやすくなったからだ。
その他のメンバーは、彼らの攻撃をかい潜ってきた魔物だけ倒していればいい。
元々速かった探索スピードがさらに上がってしまった。
そんな順調な探索の途中、またもや何もいない部屋に行き当たる。
こんな何もいないように見える部屋には、アサシンマンティスが潜んでいるものだ。
以前の教訓からチャッピーに偵察してもらうと案の定、入り口上部にマンティスが潜んでいた。
しかも2匹。
さすが4層、序盤から難易度が高いが、すでに3層の宝石部屋でも経験したパターンだ。
まず俺とリューナが部屋に飛び込んで振り返りざまに散弾をぶっ放す。
そうするとマンティスの偽装が破れて、奴らが地上に降りてきた。
あとはレミリアとサンドラに任せておけば大丈夫。
すでにウチの女性陣は、ほぼ独力でマンティスを倒せるようになっているのだ。
安心して見ていると、さほど掛からずにマンティスを切り伏せてしまう。
レミリアは柔らかい下腹部を切り裂き、サンドラは脚を2本斬り飛ばしてから、それぞれとどめを刺していた。
その後も順調に探索を進め、3日間で4層序盤を調べ尽くした。
ここで休息を1日挟み、その翌日から中盤の探索を開始する。
ここから先は、まだ誰も踏み入っていない未知の領域だ。
序盤でマンティスが出てきたのでビートルを警戒していたら、やっぱり出てきた。
しかも2匹同時。
さすがのカインにも2匹のビートルは止められない。
シルヴァが挑発して片方を連れ回す手を考えたが、もう1匹を片付けている所に乱入される恐れもある。
ここでケレスとドラゴに白羽の矢が立った。
片方を俺たちが料理している間に、シルヴァがもう1匹を連れ回す。
そしてもしこの1匹がこちらに向かってきた場合は、ケレスの魔法障壁で受け止め、それをドラゴが手伝う案だ。
当然だが、ケレスは全力で嫌がった。
この駄魔族は大の怖がりで、ゴブリン1匹殺せないヘタレなのである。
しかし、足止めするだけだから、攻撃はしなくていいから、と言って無理やり作戦に参加させた。
結果、なんとか成功した。
最初、1匹をカインが受け止め、リューナの竜人魔法で転倒させてから弱い腹を攻撃していた。
ここでもう1匹が乱入してきたので、ケレスたちに足止めを指示する。
ビートルは凄い重量があるので、まずドラゴをしゃがませた所にケレスが障壁を展開した。
凄い勢いでビートルがぶつかってきたが、ドラゴの助力もあってなんとか耐えられたようだ。
その間に1匹目を片付け、再び”ビートルさん転んだ”を発動させる。
あとは腹を見せたビートルに魔法を連発し、こいつもなんとか倒すことができた。
終了後、鼻水と涙でグシャグシャになったケレスが、話しかけてきた。
「やった、やったよ、ご主人、グヘッ、グヘヘヘヘへ……」
「おおっ、良くやったぞ、ケレス。お前は凄い、お前は凄い……」
だいぶショックが強かったせいでちょっと壊れかけていたが、抱き寄せて褒めてやったら落ち着いた。
ほのかに小便臭がしたのでちょっとチビッたのだろうが、それは言うまい。
彼女にはあとで、美味いモノでも食わせてやろう。
野営を含めた3日間の探索を2回繰り返すと、中盤はほぼ探索し尽くされた。
ちょっと疲れたので、ここで2日ほど休むことにする。
その晩は、またケレスに美味いモノを食わせろとせがまれ、外食することにした。
行った先は”女神の食卓”という店で、この町では一番美味いと評判だ。
乾杯をしてお喋りをしながら飯を食っていると、ゴツい冒険者が話しかけてきた。
俺より頭ひとつでかい巨躯に、顔中ヒゲだらけのおっさんだ。
「あんたら、”妖精の盾”だろ? おれは”青雲党”のグレッグっていうんだ」
「これはどうも。リーダーのデイルです」
「……噂には聞いてたが、本当に若いんだな。あまり強そうにも見えねえし」
そんな言葉にレミリアが気色ばむ。
「おっと待て。ケンカ売ってるんじゃないんだ。あんたらが”天空の剣”を倒した猛者だってのも知ってる」
「それなら、なんの用ですか?」
「別に大した用じゃないんだ。ただ、4層の探索をどんどん進めてる驚異のチームを、この目で見たいと思ってな」
「そんな噂になってるんですか? 別に探索が進んでるかどうかなんて分からないのに」
「そりゃあ、4層に3日間も潜ってるパーティなんて、あんたらぐらいのもんだからな」
「ああ、それもそうですね」
素材的に見れば、俺たちが3層で稼いでる可能性は残るが、数が異常に多いからそれも通用しない。
俺たちが順調に4層の探索を進めていると見られるのも当然か。
「まったく、何をどうすりゃこんなチームができるんだろうな。”天空の剣”は追放されちまったし」
「自業自得ですけどね」
「本当にあいつらに殺されかけたのか?」
「どっかの馬鹿な貴族の依頼だったらしいですよ」
「なるほど。いずれにしろ、俺ら”青雲党”はあんたらに敵対しないと言っておくよ」
「それは嬉しいですね。できれば誰とも友好的に付き合いたいものです」
そう言うと、グレッグは去っていった。
本当に顔が見たかっただけなのかもしれないな。
今後はちょっかいを出す奴がいなくなれば嬉しいんだが。




