40.陰謀の結末
トップパーティ”天空の剣”の罠にはまり、全滅寸前に追い込まれた俺たちだったが、キョロとシルヴァの進化で辛くも生き延びた。
そんな状況の中、”天空の剣”が様子を見るために舞い戻ってきた。
(みんな、死骸の陰に隠れろ)
念話で指示しながら、俺も地面に伏せた。
この辺には胸の高さまで魔物の死骸が積み重なっているので、よほど近づかないと見えないはずだ。
「あれ、もう終わってるみたいだぞ」
「なんだって? 大発生がそんなに簡単に終わったってのかよ?」
「だって、もう何も動いてないぜ。ほら、見てみろよ」
「うっわ、凄い数の死骸。こん中から盾を探すのは骨が折れそうだな~」
そんなのんきな声の後に、人が部屋に入ってくる気配がした。
「うへー、本当に凄い数だな。これじゃあ、あいつらの遺体なんか残ってないんじゃね?」
「盾さえ見つかれば、問題ないさ」
「だけどよ、あいつの連れてた狼人とか鬼人って、すげえいい女だったじゃん。生きてたら楽しめたのになあ」
「フヘヘッ、違いねえ。あのガキには不似合いな女どもだったな」
無駄口を叩きながら近付いてきた奴らが、立ち止まる。
俺は念話でメンバーに指示をしながら、タイミングを見計らっていた。
そして奴らが魔物の死骸の山に踏み込んだところで立ち上がり、散弾をぶっ放した。
フルパーティの”天空の剣”は、剣士が6人、魔法使いが3人、斥候が1人という構成だ。
厳密に言うと、リーダーのアルベルトは剣士でありながら精霊術も使うらしいので、魔法使いは4人とも言える。
そして俺の奇襲で、アルベルト以外の魔法使い3人が傷を負った。
続いてリューナも散弾を放ち、魔法使いを完全に黙らせた。
アルベルトを除く6人にカイン、サンドラ、レミリア、リュート、シルヴァ、キョロが襲い掛かった。
そして俺はリューナに援護させながら、アルベルトに迫る。
2本の短剣を両手に構え、奴に話しかけた。
「よう、アルベルトさんよ。さっき面白いことを言ってたな。盾を回収するとかなんとか」
「くっ、生きていたのか。一体どうやって?」
「それは秘密~。だけどそっちの話は聞かせてもらうよ~ん」
俺は強化レベル7の身体能力にものを言わせ、がむしゃらに斬りかかった。
しかし敵もさるもの、俺のにわか仕込みの短剣術ぐらいは簡単に躱してみせる。
逆に細身の剣で反撃されたので一旦、距離を取った。
さらに追い打ちを掛けようとするアルベルトに、リューナの散弾が降り注ぐ。
「ぐっ、卑怯だぞ」
「先に罠にはめたのはそっちだぜ、っと」
散弾に怯んだアルベルトに接近して短剣を振るうと、今度は右腕に傷を付けることができた。
その後もリューナの援護をもらいながらチクチク攻撃し続けると、とうとう奴の手から剣がこぼれ落ちる。
鼻先に短剣を突き付けられたアルベルトが、ようやくおとなしくなった。
周囲を見ると、他の仲間もすでに敵を組み伏せていた。
それを見てちょっと油断した瞬間、俺に向かって火の玉が放たれる。
とっさのことに動けずにいた俺の前に、ケレスが障壁を張って火の玉を弾いてくれた。
「詰めが甘いよ、ご主人」
「……あ、ああ、助かったよ、ケレス。ありがとう」
火球の飛んできた方向を見ると、さっき倒したはずの魔法使いの1人が体を起こしていた。
渾身の魔法を躱されて、ひどく悔しそうな顔をしている。
「ヴモーッ!」
そしたら、いつもはおとなしいドラゴがそいつに向かって突進し、跳ね飛ばしてしまった。
バキッ、ゴシャッとか音がしてるけど生きてるかね、あれ。
「ドラゴもありがとう……さて、もうあんたらに勝ち目は無いと思うけど、どうする?」
俺が改めてアルベルトの首筋に短剣を突きつけると、彼は両手を上げて降伏した。
全員を縛り上げてから事情を聞き出すと案の定、奴らはベッケン子爵の依頼で動いていた。
数日前に子爵の使者らしき男が接触してきて、俺の暗殺と盾の回収を依頼したそうだ。
ほとんどのメンバーが依頼を受けることに賛成したため、俺への襲撃が確定した。
やっぱり俺が共闘を断ったのを、苦々しく思っていたんだろうな。
それで俺たちの後をつけ回し、罠にはめる機会を窺っていたらしい。
「どうやって俺たちの後を付けた?」
「それは……」
アルベルト君が回答を渋るので、彼の腕のケガにパーンチ&グリグリ攻撃をお見舞いしてあげる。
「グアアッ、やめてくれ、喋る、喋るから……」
「あんまり手間取らせんなよ、ったく。それで?」
「先に4層に入って、君たちが来そうな場所に、結界石を仕掛けておいたんだ。反応のあった所に使い魔を飛ばして、状況を確認していた」
「ちっ、そういうことか、油断ならねえな。それにしてもあんな都合良くキラービーを擦り付けるなんて、できるもんかね?」
「あれは先回りしようとしたら、キラービーに遭遇して逃げ出したんだ。君たちの居場所は分かってたから、そっちへ誘導しながら逃げただけだ。そしたらオリヴァーが絶妙のタイミングで音響弾を使って、大発生を誘発したんだ……とんでもない数の魔物だったのに、一体どうやって生き残ったんだ?」
「そんなの教えるわけねーだろ、アホ……さて、こいつらの処分はどうするかな?」
そう言いながら睨みつけてやると、奴らが一斉に青ざめる。
「命だけは助けてくれ、金なら払う」
「俺も払うから命だけは……」
「俺は嫌だって言ったんだ。だから俺だけは、俺だけは……」
「お前はノリノリだったじゃねーか。本当に反対したのは俺だけだ、だから……」
てんでに命乞いをしてきやがるが、どうしてやろう。
「うーん、助けてもまた襲われそうだからなあ。やっぱ殺しとくか」
「ヒイィッ。俺たちを殺せば、カードに犯罪歴が付くぞ」
そうなのだ、問題は犯罪歴なのだ。
全員のギルドカードを没収して確認したら、音響弾を投げたオリヴァー以外は犯罪歴が付いていなかった。
そのため奴以外を殺せば、逆に俺たちに犯罪歴が付いてしまう。
「それなら、装備を奪って迷宮に放置すればどうでしょう?」
「おお、それはいい考えじゃ。そうしようぞ、我が君」
レミリアとサンドラが怖いことを言う。
さっき彼女たちに対してゲスな発言をしていたので、容赦する気が無いのだろう。
奴らを見る目が、まるでゴミを見るようだ。
「そうだな。この辺は序盤でも奥の方だから、生きて帰れれば無罪放免ってことにしてやるか。もちろんオリヴァーだけは殺すけどな」
「ま、待ってくれ。こんなとこに放り出されたら絶対に死ぬ。頼むから連れ帰ってくれ。金貨20枚出す」
「金貨20枚って、命の値段にしては安くねえ?」
「この4層は難易度のわりにうま味が無いから、大して儲かってないんだ。みんな装備を維持してくだけで精一杯で、これ以上は無理だ」
「じゃあ、装備も売れば倍くらいはいけるだろう。金貨40枚で手を打ってやるよ」
「そんな、装備が無ければ生きていけない……」
「そんなこと言ったってお前ら、どうせこの町ではもうやってけないぞ。俺はギルドにこの件を報告するし、町中で見かける度にお前らを殴るかもしれないぞ」
俺は淡々と奴らに現実を教えてやった。
すでに奴らが終わっていることを。
結局、その後の交渉の結果、1人金貨30枚で手を打つことにした。
オリヴァーだけはどうしても許せなかったので、奴らの目の前で喉をかっ切って装備だけ剥ぎ取った。
キョロとシルヴァがいなかったら、全滅していたのだから当然の報いだ。
それから部屋の中に残るソルジャーアントとキラービーから魔石を回収すると、その数なんと250個を超えていた。
通常、1度に相手するのは4層でもせいぜい50匹なので、魔物の大量発生がいかに危険で異常なものかが分かる。
魔石だけで金貨6枚以上にもなったのは、不幸中の幸いというものか。
その後、地上に戻って”天空の剣”の連中をそのままギルドへ連行した。
この町で最も有名なパーティが縄を掛けられて連行される様は、住民に大きなショックを与えただろう。
ギルドに着いてすぐにギルマスを呼んでもらい、事情を話した。
この町のトップパーティの犯罪を完全に証明するのは難しかったが、俺たちの説明とオリヴァーのギルドカードの犯罪歴で、ある程度は納得してもらえたようだ。
その結果、”天空の剣”のメンバーはこの町を追放されることになった。
最終的に俺たちは9人から金貨270枚を受取り、オリヴァーの装備売却で金貨10枚を加えて合計で金貨280枚を得た。
しかし事態はそれだけで終わらなかった。
”天空の剣”に暗殺を依頼した貴族の件をガルド伯爵に説明するため、俺はコルドバに引っ張っていかれたのだ。
「だから貴族には注意しろと、あれほど言ったではないか!」
「そんなこと言ったって、あれだけ馬鹿だと、どうしようもありませんよ。衛兵の前で俺に斬りかかってきたんですよ」
「うーむ、それはひどいな。ベッケン子爵自身もあまり評判のいい男ではないから、どこかで教育を間違ったのだろう。しかしまた面倒なことに……」
「面倒でも本件についてはしっかり抗議していただかないと、町の存続にも関わります。この町のトップパーティ同士が争わされて、片方が追放になったのですからな」
隣に座っていたコルドバが強く言った。
たしかに、この町にとって小さくない損害を受けたのは事実だろう。
「分かっておるわ。王宮へこの件を報告して、セイスで起こった事件も調べるよう要請しよう。これで子爵家は終わりかもしれんな」
「そうしてください。これ以上、外から介入されたくはありませんからな。ましてや、あたら有望な冒険者を失うなどもっての外です」
「全くだ。それも魔物の大量発生を切り抜けるような冒険者は特にな。これ、デイル。おぬしどうやって切り抜けたのだ?」
「それは企業秘密ですよ」
使役獣が上位種に進化しただなんて言ったら、また注目を浴びちまう。
なるべく目立たずに、平和に生きたいんだよ、俺は。




