39.トップパーティの罠
4層序盤の探索を進めていたある日、大きな部屋で大量のソルジャーアントに遭遇した。
軽く40匹を超える大群だったが、俺たちは慌てずに迎撃する。
すでに狩り慣れた魔物であり、ケレスの守りで後衛も安全になっているから、大したことはないと思っていた。
しかし、もう少しで全滅させられるという時に、シルヴァから警報が発せられる。
どうやら冒険者の集団が、この部屋に迫っているらしい。
下手をすると10人ルールで魔物の大量発生が起きかねないので警戒していると、すぐにそいつらが現れた。
トップパーティの”天空の剣”が、キラービーに追われてきたのだ。
他のパーティの戦闘中に乱入するとはマナー違反もいいところだが、この状況なら即座に魔物が大量に湧く心配はない。
俺はアルベルトにすぐに出て行けと指示し、地上につながる通路を指し示した。
さすがに奴も悪いと思っているのか、おとなしく従おうとしている。
そうして彼らが通路にたどり着いた時、信じられないことが起きた。
”天空の剣”の剣士が、追いかけてきたキラービーに音響弾を投げたのだ。
キィンッという音を立てて音響弾が弾けると、キラービーが怯んだ。
それは魔物が嫌う甲高い音を発するアイテムで、キラービーから逃げる時によく使われている。
そしてそれは、キラービーへの攻撃と同義だった。
「なっ、なんてことしやがる……」
どんなに文句を付けようが、もう後の祭りだった。
迷宮はこれを人数制限に引っ掛かる攻撃だと判断し、部屋の中央にドス黒い雲が発生した。
やがてその雲から、ソルジャーアントやキラービーが次々に湧き始める。
「逃げるぞ、みんな。あの通路に駆け込むんだ」
”天空の剣”が消えた通路へ、俺たちも撤退しようとしたが、そうは問屋が卸さなかった。
なまじ魔物を殲滅しかけていたためにメンバーが分散しており、足並みが揃わなかったからだ。
そうこうしているうちに、湧き出した魔物に退路を断たれてしまう。
なんとか回りこんで追撃を躱そうとしたが、逆に部屋の一角に追い込まれる始末だ。
みんな武器を振り回して必死で戦っている。
俺も弓で援護していたが、すぐに矢が尽きた。
引き続きチャッピーと一緒に魔法を放っていたが、きりがない。
徐々に魔物を捌き切れなくなったメンバーにケガが増え始めたので、とりあえずケレスの障壁内に避難することにした。
「みんな、こっちに集まれ! ケレス、集まったら障壁を展開してくれ」
やがて仲間が集まり、部屋の壁を背にして魔盾イージスによる魔法障壁が張られた。
一緒に取り込んでしまった魔物を始末すると、ようやく一息つける。
「ご主人、あたいの障壁じゃ、そんなに長くもたないよぅ」
しかしケレスの言葉は悲観的だった。
実際、障壁の周りにはビッシリとソルジャーアントやキラービーがたかっており、外が見えない。
魔物は狂ったように障壁に攻撃を繰り返しているので、突破されるのも時間の問題だろう。
「まずいな、このままだと全滅しちまう。何か手は無いか……」
みんなで打開策を考えようとするが、妙案は出てこない。
あまりに魔物が多くて、どう考えても逃げ道が見つからないのだ。
それにしてもあの剣士、生きて帰ったらぶっ殺してやる。
おそらく俺が共闘を断ったのを逆恨みしたんだろうが、見事に奴らの罠にはまっちまった。
どうすればいい?
どうすればこの事態を打開できる?
必死に考えを巡らせても、一向に妙案は浮かばない。
逆に愚にもつかない想いが、次から次へと浮かんできた。
俺たちはこのまま魔物に食われ、死んじまうのか?
せっかく手に入れた大切な仲間を、こんな所で死なせちまうのか?
俺は、俺はこんなに弱かったのか?
そんな後悔と絶望感に潰されそうになって、涙がこぼれ落ちた。
「ご主人様……」
「我が君……」
「兄様……」
情けない俺を慰めるように、女性陣が俺を抱きしめてくれる。
彼女たちのぬくもりを感じることで、少しだけ元気が戻ってきた。
まだだ、こいつらを道連れに死ぬことなんかできない。
そう思い直した矢先、シルヴァとキョロが俺の前に進み出てきた。
真摯に俺を見上げる彼らの瞳を見ていたら、ふいに頭の中に呪文が浮かんだ。
彼らの頭に手を当て、知らないはずの呪文を唱える。
『我、デイルの名において命じる。汝の存在を解き放て、進化』
次の瞬間、シルヴァとキョロが光に包まれた。
それは見ていられないほど強まり、俺たちの視界を奪う。
そんな何も見えない状況の中で、ふいに狼の遠吠えが聞こえてきた。
「アオォォォォーーーン…………」
切なくなるような遠吠えが迷宮に、細く長く響き渡る。
それは長々と続き、そしてとうとう消え入るかと思われた瞬間、強い魔力が迸った。
それと同時に、とんでもない風と雷が周囲に吹き荒れる。
爆発的に発生した雷の閃光と轟音が、俺たちを包み込む。
おかげで耳と目がすっかり麻痺し、しばらくは何が起こっているのか全く分からなった。
ようやくその猛威が治まり、視力が回復した俺の前に広がっていたのは、大量の魔物の死骸だった。
さらにその遺骸の上には白銀に輝く大狼と、緑色にきらめく獣が誇らしげに立っている。
狼は牛に迫るほどの巨体に、美しい銀の毛皮を輝かせている。
緑の獣はスマートな狐のような体躯と長い耳を持ち、美しい紅玉がその額で光り輝く。
それらはシルヴァとキョロの特徴を持っているものの、さっきまでの彼らとは全く別の生き物にしか見えなかった。
あっけに取られて動けない俺の頭の中に、2つの声が響いた。
(グルルルー。暴風狼 シルヴァ、ここに参上)
(キュキュキュー。雷玉栗鼠 キョロ、僕たち進化したよ~、ご主人)
やっぱりだ。
なぜかは分からないが、キョロとシルヴァが生まれ変わり、俺たちを絶体絶命のピンチから救ってくれた。
俺はふらつく足で彼らに歩み寄ると、その美しい肢体をこの手に抱き寄せた。
彼らの温もりと鼓動が、現実であることを感じさせてくれる。
ひとしきり喜びに浸った後、改めてメンバーの様子を確認すると、前衛陣はひどい状態だった。
カインとサンドラは無数のかすり傷を全身に負い、レミリアやリュートは何ヶ所も血を流している。
まずはレミリアとリュートをチャッピーに治療してもらいつつ、俺たちはキョロとシルヴァに、何が起きたのかを話し合った。
それは以前、チャッピーの言っていた魔物の進化なのだろう。
俺から毎週供給される魔力と、迷宮での戦闘経験を蓄積させていた彼らは、ほぼ進化の要件を満たしていたのではなかろうか。
しかし、それだけで進化は起こらない。
何かを成し遂げようとする強固な意思と決意が心に芽生えた時、それが爆発的に進行するらしいのだ。
あの惨事の中でシルヴァとキョロは、命を懸けて俺たちを守ろうと決心した。
その瞬間に、自分がどうすればいいのかが思い浮かび、俺の前に進み出たそうだ。
その彼らの決意と知識を受け取った俺が、彼らを進化させる呪文を唱えた形になるのだろう。
これによって彼らは上位の存在へ進化した。
シルヴァは暴風狼に、キョロは雷玉栗鼠へと、それぞれ生まれ変わったのだ。
2体とも大きくなったが、その存在は半ば精霊に近いもので、バルカンのように体のサイズを変えられるそうだ。
あまり大きいと連れ歩くのが面倒だし、進化を詮索されたくもないので、外では今までのサイズで行動することになるだろう。
俺たちが生き残れただけでも奇跡なのに、彼らの進化という思わぬ成果まで得ることができた。
これは今後の迷宮攻略にも、大きく役立つことだろう。
あとは”天空の剣”に、どう落とし前を付けさせるか?
そんなことを考えていた矢先、聞き慣れない声が聞こえてきた。
「おい、さっき凄い音がしてたぞ。まだヤバいって」
「大丈夫だって、ちょっと覗くだけだから。どの道、盾を回収しなきゃいけねえだろ」
どうやら”天空の剣”が舞い戻ってきたようだ。
しかも、何か面白いことを言っている。




