4.自白
いい気持ちで寝ていたら、誰かに揺り起こされた。
俺の眠りを邪魔するのは誰だと目を開ければ、見たことのないおっさんの顔が見えた。
「おい、起きろ。隊長が話があるそうだ」
ようやく自分が昨晩、冤罪で牢に叩き込まれたのを思い出し、一気に目が覚めた。
とりあえず牢屋から出て、おっさんに付いていく。
チャッピーはどこかと思ったが、存在は感じられるから近くにいるのだろう。
責任者の部屋らしき所に連れていかれ、隊長と話をする。
昨晩のことを聞かれたので、俺をはめた冒険者の件も含めて正直に話した。
すると隊長がため息をつく。
「やっぱり嘘をついてたか。道理で苦情が止まないわけだ」
隊長曰く、俺を逮捕したメンデスって奴は札付きの衛兵で、今までにも怪しげなことをさんざんやってきたらしい。
あまりに苦情が多いのでとうとう内偵が入り、ボロを出すのを待ち受けていたそうだ。
そしていかにも怪しげな逮捕が昨日あったので、容疑者を呼び出したってのがこの状況。
「それで物は相談だが、証拠押さえに協力してもらえんかな?」
「はあ、何をするんですか?」
「メンデスが出勤してきたら君の調書を作らせる。俺は隣で盗聴してるから、なんとか誘導して自白を引き出して欲しい」
「……見返りはなんでしょう?」
「今日中に無罪放免で釈放だ。さらに共犯の冒険者も逮捕する」
「逮捕って言っても、罰金払って終わりでしょ?」
「それだけの金持ってたら、そうなるかもな」
俺は面倒だったが、引き受けることにした。
少なくともメンデスは懲戒免職の上、禁固刑にできると聞いたからだ。
一旦、牢屋に戻ってメンデスの取り調べを待つことになった。
ちなみに戻ったらルガンの野郎はいなかった。
チャッピーを失ってから、あいつはどうしたんだろうか?
「チャッピー、ルガンはどうなったんだ?」
「さあ、奴とは契約が切れたから儂にも分からん。昨日の事情聴取でも受けとるんじゃないか?」
「そう言えばあいつ、なんで捕まったんだ?」
「次の店に行ってケンカをやらかしたんじゃ。良くあることよ。しかし今後は儂がおらんから、先は長くないと思うぞ」
「チャッピーがいれば、どうにかなるのか?」
「妖精の幸運を侮ってはいかんぞ。あんな男でも儂が付いておると同情はされるし、金も不思議と入ってくるんじゃ。ところでおぬし、安易に自白を引き出す依頼なぞ受けて、よかったのか?」
「仕方ないだろ。このままじゃ釈放にも時間が掛かるんだ。でもあの手の奴がそう簡単に自白なんてしないよなぁ」
俺が悩んでいたら、チャッピーが助け舟を出してくれた。
「儂の影響力を使えば、同情を誘えるかもしれん。おぬしは精一杯、哀れを装って交渉してみればよい」
「そうなのか? それじゃあ、賄賂で刑を軽くする交渉でもしてみるかな」
そんな話をしていたら、メンデスが俺を呼びにきた。
すかさず満身創痍のふりをして哀れっぽい状況を装ったら、奴は容赦なく取調室に連行しやがった。
全く乱暴な男だ。
「さて、調書を取るぞ。お前には、トレスって奴から短剣を盗んだ嫌疑が掛けられている」
「そんなの嘘だよ。あんただって見ただろ? 目の前で俺のカバンに短剣を入れて、それから取り出したんだ」
「いーや、俺はお前のカバンから短剣が出てくるのを見た。一体、どこで取った?」
「取ってねーから知らねーよ。大体、あいつの名前だって今初めて聞いたんだぞ」
「とぼけるんじゃない。ちゃんと調べはついてるんだ。お前は”魔法のテーブル”で、奴から短剣を盗んだな?」
”魔法のテーブル”に俺がいたことは知られてるわけだ。
ひょっとして、あそこで俺がケーラさんと食事してるのを見て、嫉妬したのか?
「俺はあそこでギルドの受付嬢と食事してただけだよ。彼女、ケーラさんに聞いてみればいい」
「そんなの証拠になるか。そもそもあんな美人と食事なんて、身のほど知らずもたいがいにしろ」
やっぱり見てたんだな。
ていうか、あんな美人と食事するのが許せんって、こいつの私怨じゃねーかよ。
なら、それを自白させてやる。
「あんたら、俺が美人と食事してるのを見て妬ましかったんだ。それで俺に罪を着せたんだろ?」
「知らんな、言い掛かりはよせ。これ以上ごねると、また痛い目を見るぞ」
「頼むよ。こんな状態で牢屋に入れられたら、死んじまう。大銀貨5枚払うから、罰金だけにしてくれ!」
精一杯、哀れっぽく演技したら、ちょっとは奴の気を惹いたようだ。
「ふむ。しかしお前をぶち込んでくれと、トレスに頼まれてるんだ。あいつらにはあの店の飲み代を出してもらったしなあ」
賄賂を吊り上げようとしてやがる。
ていうか、今、汚職を自白したよね。
なら、この流れに乗ってやる。
「頼む、金貨1枚出す」
「金貨だと? 本当に出せるのか?」
「ああ、昨日の仕事で儲けたんだよ。それでケーラさんを食事に誘ったんだ」
「ふん、そうやって調子に乗ってるから妬みを買うんだ。今後、あの女に近付かないと誓うなら、罰金で済ませてやろう。もちろん金貨は払えよ」
「分かった、誓うよ。こんなことで捕まってちゃ割に合わない。でも、衛兵が濡れ衣を着せるなんてひどいじゃないか」
「はっ、小僧が調子に乗ってるのが悪い。お前なんかいつでも逮捕できるのを忘れるなよ」
その時、取調室の扉が開いて、隊長が部下を連れて入ってきた。
「そこまでだ、メンデス。今の話は聞かせてもらったぞ。お前を不当逮捕と汚職の罪で逮捕する。他にもいろいろと嫌疑が掛かってるからな。じっくりと調べてやるぞ」
「なっ、俺をはめたのか? 汚いぞ」
メンデスは抵抗しようとしたがその場で取り押さえられ、どこかへ連れていかれた。
隊長が俺に話し掛けてくる。
「ご苦労だった、後は任せてくれ。しかし思いの外ペラペラ喋ってくれたな……いずれにしろお前はこれで釈放だ」
「ありがとうござます。ところで、俺と同じ牢屋に入ってたハゲ頭のおっさんって、どうなったか知ってます?」
「変なことを聞くな? あいつなら取り調べ中に錯乱して暴れ出したから、またぶち込んであるぞ」
「そうですか。いや、俺といるときも変なこと言ってたんで気になったんですよ。それじゃ失礼します」
こうして俺は無事に釈放され、衛兵詰所を後にした。
ねぐらに戻る途中、チャッピーに話し掛ける。
「あの衛兵、本当にペラペラ喋ってくれたけど、あれがチャッピーの影響だってのか?」
「大抵の人間は、儂の契約者に優しくしたくなるそうじゃから、儂の影響力と言ってよいんじゃろうな」
「ふーん。ところで、ルガンは俺がチャッピーと契約したことに気づくかな?」
「普通ならあり得んことなので大丈夫とは思うが、近寄らんに越したことはないぞ」
「そっか、それじゃあ、しばらく王都を離れようかな。実は前から、迷宮都市ガルドに行ってみたいと思ってたんだ」
「迷宮都市か。なるほど、おぬしが強くなるには都合が良いかもしれんのう」
「だろ? 強化レベルを上げるには迷宮がいいって聞くからさ」
この世界では冒険者になると、肉体強化スキルが与えられる。
これは冒険と迷宮の神ヌベルダスの加護と言われ、魔物を倒した時に流れ出る生命力を取り込むとそのレベルが上昇する。
このレベルが高いほど肉体は頑丈になり、力や敏捷性も向上するので、より強い魔物と戦えるようになるって寸法だ。
しかし、普通に地上で魔物を倒しても得られる生命力はわずかで、よほど強い魔物でも倒さない限り強化レベルは上がらない。
ところが迷宮の中だと何倍も取り込みやすくなるらしく、強くなるなら迷宮に行けってのが冒険者の常識なのだ。
もちろん迷宮に入るには大きな危険が伴う。
今までは死ぬのが怖いから避けていたけど、昨夜の冤罪で気が変わった。
今回、濡れ衣を着せられたのも、俺が弱くて舐められてるからだ。
またあんな思いをするなんて耐えられない。
だから自分を鍛えて強くなって、危険をはねのけられるようになるのだ。
そして、もっと広い世界を見て回ってやる。




