36.馬車を買う
伯爵に謁見した次の日、俺たちは4層を下見した。
水晶部屋へ跳ぶと、いつものように入り口の左側から探索を始める。
しばらく進むと、大量の殺人蜂が探知に引っ掛かった。
やがて20匹近いキラービーに遭遇する。
すぐに奴らが襲ってきたので、俺とリューナがバンバン散弾を撃ったら、ボトボト落ちる。
落ちた奴はカイン、シルヴァ、リュートがとどめを刺して回り、レミリア、キョロ、サンドラは俺とリューナの周りを守っている。
やがてキラービーが全滅すると、素材を回収しながら印象を語る。
「やはり3層よりも出てくる数が多いですね」
「ああ、いきなり20匹も出てくるんだから、何か対抗策が無いと絶対に厳しいよ。でも、トップクラスのパーティなら魔法で何とかなりそうなもんだけど」
「普通の魔術や精霊術は、行使するまでに時間が掛かるんじゃ。キラービーほど早く動かれると、なかなか当たらんのじゃろう」
「そんなもんかねえ。まあ、実際に他のパーティはキラービーを避けてるもんだから、いまだに序盤を抜けられてないのか」
「それなら我々が初めて中盤に到達するのも、夢ではありませんね。我々はさらに強くなっていますから」
カインが言うように、3層を攻略して俺たちはまた強くなった。
俺の強化レベルはすでに6で、他のメンバーも5になってさらに能力が向上しているからだ。
レミリアは俊敏性と攻撃の正確さに磨きが掛かっていて、手の届く範囲ならキラービーも簡単に切り伏せる。
カイン、サンドラもより素早く力強くなったし、リュートとリューナはまた成長しつつある。
本来、竜人族の成長には人間の3倍の時間が掛かるのに、強化レベルが上がる度に彼らはひと回り大きくなる。
どうやら1レベルで1歳ぐらい成長してるらしく、現在は10歳ぐらいの外見になってきた。
それに応じてリュートは特に身体能力が伸び、リューナは魔力量と魔力制御が大きく成長している。
これは俺の使役獣にも、似たようなことが起きていた。
強化スキルこそ無いものの、キョロとシルヴァはひと回り体格が大きくなって能力が向上しているし、バルカンは体長が倍になった。
おかげでバルカンの魔力が急上昇していて、今では火球を10発は撃てるようになっている。
チャッピーも見た目は変わらないものの、やはり魔力量が上昇しているようだ。
当然、俺も体がひと回り大きくなって、身体能力と魔力量が上がっていた。
おかげで大量のキラービーにも、さほど苦労しない俺たちがいるって寸法だ。
そのまま探索を進めると、やがて行き止まり部屋で8匹の洞窟芋虫を見つけた。
ちょっと数が多いが、今の俺たちならいけるだろう。
まず油入りの壷を奴らの中央に投げ込み、そこにチャッピーの火炎弾で着火すると炎上し、キャタピラーが混乱した。
そこへバルカンの火球を数発お見舞いしてやると、早くも2匹が動かなくなる。
初手で2匹も仕留められたのは、バルカンが成長して速射性が向上したおかげだ。
遅まきながら押し寄せるキャタピラーを、カイン、サンドラ、シルヴァが迎え撃つ。
残りはレミリアとリュート、キョロが足止めし、俺が横から火球を叩き込む手はずだ。
しかし俺たちが相手するキャタピラーの中に、妙な個体がいるのに気がついた。
普通は緑色の体色に黒や黄色の斑点を散らした外見なのに、そいつだけ他より赤みが強かった。
危険を感じたので、そいつの近くにいるリュートに注意を促そうとした矢先、そいつが液体を吐き出した。
液体がリュートの鎧や服に掛かると、ジューッという音がして服が溶け始める。
「ウワーッ!」
服が溶かされて慌てるリュートに、キャタピラーが突進した。
しかしここでレミリアがとっさにリュートを突き飛ばしたおかげで、大ケガだけは避けられた。
「チャッピー、リュートを水で洗って治療してやってくれ」
そう指示しながら赤っぽいキャタピラーに火球をぶち込み、残りの2匹も火球で片付けていく。
カインたちはまだ格闘していたが、サンドラの相手に火球をぶち込んでやると、彼女がとどめを刺していた。
それを見届けてから、チャッピーの治療を受けているリュートに近付く。
「リュート、大丈夫か?」
「はい、軽い火傷みたいなもので、大したことはないです」
竜人族の高い防御力のおかげか、溶解液が掛かった部分も軽い火傷で済んだようだ。
しかし彼の服はボロボロで、鎧も一部溶かされている。
「そうか。それにしても、あれってキャタピラーの亜種だよな」
「亜種なんですか?」
「ああ、今まで溶解液を吐くキャタピラーなんていなかっただろ。よく見ると体の色や斑点模様が違うから、特殊な個体だろうな」
「言われてみればたしかに……」
「俺も注意するのが遅れたけど、リュートももっと魔物を観察しろよ。こういう変異種も出てくるってことを肝に銘じておくんだ。とりあえずこいつは、溶酸芋虫とでも呼ぼうか」
4層では数が多いばかりではなく、こういう亜種も出るらしい。
キラービーに苦労しないからといって油断しないよう、気を引き締めないといけないな。
リュートの鎧が破損したので、下見はこれで切り上げることにした。
魔石を回収して地上に戻り、自宅に帰り着く。
そこで俺はある提案をした。
「リュートの鎧を買うために、セイスまで行こうと思う」
「セイスというと、あのゴトリー武具店ですね」
「うん。3層を攻略して蓄えも増えてるし、カインの槍も買いたい。休養も兼ねて、のんびり行こうよ」
そう言って見回すと、みんなに異論はなさそうだ。
「それではまた商隊を探さねばなりませんね、ご主人様」
「いや、今回は馬車を買って、単独で行こうと思うんだ」
「ええっ、それはいくら何でも贅沢すぎませんか?」
「そんなことないって。俺たちの資産はすでに金貨300枚を超えてるんだぞ」
3層の魔物素材は安いのが多かったが、それでもマンティスやビートルではそれなりに稼いでいる。
その上、金鉱石や宝石も見つけてるんだから、俺たちの資産は大きく増えているのだ。
「馬車なんて金貨数十枚で買えるだろ。俺たちだけの方が速く走れるだろうし、他人に気を使わなくて済む。たしか商業ギルドの近くで馬車を扱ってたと思うから、見にいこうぜ」
みんなを連れ出して商業ギルドまで行くと、すぐに馬車屋が見つかった。
「おっちゃん、馬車が1台欲しいんだけど、いいのあるかな?」
「何だぁ、お前みたいな小僧が馬車だと?……ちゃんと金持ってんだろうな?」
「大丈夫。こう見えても、迷宮の4層に潜るトップパーティのひとつなんだぜ」
「ふーん、人は見かけによらねえもんだな……それで、どんなのが欲しいんだ?」
「うん、ここにいるメンバーが、全員乗れるくらいの幌馬車が欲しいな。できれば乗り心地が良くて、速く走れるのがいいんだけど」
「さすがトップクラスになると、言うことが贅沢だなぁ……」
ぼやきながらも何台か馬車を見せてくれた。
「これが一番安いが、乗り心地はそれなりだ。値段は金貨10枚。こっちはそれよりマシで金貨15枚。こいつは金貨20枚で、価格と乗り心地のバランスがいい。そしてこれがウチの最高級品で、金貨50枚だ。所々に魔物の素材を使ってるから、丈夫で軽いぞ」
いろいろと説明してくれたが、俺は最後のが気に入った。
そいつは俺の身長の2倍ほどの長さで、幅は両手を広げたより少し大きいぐらいだ。
幌も含めた高さは頭ふたつ高いくらいで、わりと小型の部類に入るだろう。
しかも車内には座席が付いてるから、あまり荷物は多く運べなさそうだ。
「これ良さそうだね? 乗り心地はどうなの?」
「こいつの乗り心地は最高だぞ。軽いうえに衝撃を吸収する部品が付いてるからな。これは荷物よりも人を運ぶために設計されたもんで、とある貴族から買い取ったんだ。しかし高いわりに荷物が運べないせいで売れねえんだ、これが。だからだいぶ安くなってるぞ。それでも金貨50枚だがな」
「ちょっと試し乗りしたいな~」
「分かった。馬を選ぶから付いてこい」
「あ、俺の使役獣に牽かせるから馬はいらないよ」
そこでドラゴを見せると、馬車屋は驚いていた。
「なんだお前、使役師か。ちょっと小柄な偽竜だが、この馬車ならいけそうだな」
そう言って馬車屋はドラゴに牽引具をつないで調整してくれた。
それから馬車屋と並んで御者台に座り、周辺を走らせてみる。
たしかに軽快に走るし、普通の馬車のようなガタゴト感が少ない。
「おっちゃん、これ気に入った。買うよ」
「金貨50枚をずいぶん簡単に決めちまうんだなぁ。まあ、長期在庫が売れて俺は大助かりだけどよ」
こうして俺は、金貨50枚で馬車を手に入れた。
単品としては今までで一番高い買い物だが、今の俺たちなら数日で稼げる金額だ。
これで快適に旅ができるなら、十分にその価値はあるだろう。
その日は旅に必要なものを買い揃えて家に帰った。
野営道具はあるので、馬車内で使うクッションとか食料を仕入れてある。
翌日は朝から港湾都市セイスに向けて出発だ。
改めて町の外でドラゴに馬車を牽かせてみると、その速さに驚いた。
普通の馬車の倍は速く走れるからだ。
ドラゴは見掛けよりも力があるし、この馬車は路面のデコボコに強くて速度が出しやすい。
しかもドラゴは持久力がハンパじゃないから、平気で何時間も同じペースで走れる。
それでいて馬ほど手間が掛からないってのが、フェイクドラゴンの良いところだ。
馬ってのはけっこうデリケートな生き物で、食事や水やりにもけっこう気を遣うらしい。
他にも汗を拭いたり、マッサージをしてやったりと、良い馬ほど手が掛かるのだ。
しかしフェイクドラゴンは勝手にその辺の草を食わしとけばいいし、特に世話も要らない。
なので大きな馬車屋にはテイマーがいて、フェイクドラゴンの調教をやっていたりする。
俺に使役術を教えてくれたのもそんなテイマーの1人だった。
かくして高性能馬車とドラゴのおかげで、通常4日の道のりが2日で済んでしまった。
道中も雑魚の魔物が出たくらいで、わりと平穏だ。
もっとも、道を塞いでいたゴブリンも、ドラゴは跳ね飛ばして進んじゃうんだけどね。
セイスに着いて1泊してから、お目当てのゴトリー武具店を訪れた。
「いらっしゃいませ~。あ、お久しぶりですぅ、デイルさん」
「こんにちは。今日も相談があって来ました」
「いつもありがとうございますぅ。お父さん呼びますねぇ」
眼鏡っこが奥に消えると、すぐにゴツいドワーフ親父が現れた。
「久しぶりだな。今日はどんな用だ?」
「この子に新しい鎧が欲しいのと、彼に魔鉄製の槍を見繕ってください」
俺はリュートとカインを示しながら答える。
「おいおい、そっちの子供はずいぶん背が伸びたな。成長期にしても急すぎないか?」
「ええ、どうやら肉体レベルが上がって成長が促進されたらしいんですよ。またレベルが上がるので、鎧には余裕を持たせといてください」
今のリュートは、以前ここへ来た時より5歳分は大きくなっている。
3層の攻略でまたレベルが上がるだろうから、余裕は必要だ。
そんなリュートとカインのために、親父さんが鎧と槍を持ってきてくれた。
「このオーク革の鎧なら、少し大きいが調整すればいけるだろう。それと槍はこれだな」
オーク鎧は俺のによく似た薄茶色のもので、今のリュートよりちょっと大きいサイズだ。
槍は鋭い魔鉄の穂先と、部分的に魔鉄で覆われた木の柄で構成されている。
握りの所に魔鉄を部分的に使っているので、軽いわりに魔力伝達もバッチリらしい。
カインに試させてみると、なかなか良さそうだ。
それらを全部を購入すると言ったら、親父が嬉しそうに別のものを提案してきた。
「実はまた来るような気がしてたから、こんなのも準備してあるんだ」
そう言って親父が出してきたのは、大きな両手剣と紺色のローブだった。
「この剣はもちろん魔鉄製だ。ローブはビッグスパイダーの糸を編んで魔法処理を施したもので、魔力活性が高まるそうだ。所々をオーク革で強化してるから防御力も高いぞ」
「まるで俺たちの成長を見越していたみたいですね。サンドラとリューナはそれを見せてもらえ」
「ふふん、ここ数年で一番見込みのありそうな客だからな」
サンドラは”嵐の戦斧”から没収した剣を使い続けていたが、強化レベルの上昇で力が上がっているので、より大きな剣は攻撃力アップに有効だ。
リューナも今までのローブより、格段に防御力が高まるだろう。
結局、親父の提案した品も含めて、全部買うことにした。
鎧が金貨8枚、槍が金貨10枚、大剣が金貨15枚、ローブが金貨3枚で合計金貨36枚だった。
またもや眼鏡っこが大喜びしていたが、ついでに俺の鎧も修理してもらうことになった。
俺の鎧は3層でアサシンマンティスに斬られたんだが、応急処置だけで済ませていた。
それを親父さんが見咎めて、修理させろと言いだした。
全く近頃の若いもんは物を大事にせん、とかブツブツ言いながら、タダで修理してくれるそうだ。
相変わらず無愛想な親父だが、頼りになる存在だ。




