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迷宮探索は妖精と共に  作者: 青雲あゆむ
ガルド迷宮第3層編

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36/87

35.ガルド伯爵

 聞き慣れない声に呼び止められて後ろを振り向くと、男が2人立っていた。


「やっぱりお前か。ようやく見つけたぞ」


 ニヤニヤ笑いながら、そいつらが近づいてくる。

 2人とも傷だらけでぶっさいくなツラだが、俺には見覚えがない。


「誰だっけ?」

「何だと、こら! 俺たちの顔を忘れたってのか? ならもう1度、たっぷりと教育してやろうじゃねえか」


 奴らは拳をボキボキ鳴らしながら、嗜虐的な顔で俺に近寄ってきた。

 そして片方が手の届く範囲に入るや否や、殴り掛かってきた。


 しかし、今の俺にそんなパンチ、当たるはずもない。

 軽く首を捻って躱しつつ、そいつの腹にパンチをくれてやった。

 1発入れてやっただけで、チンピラが無様に膝を着く。


「やりやがったな!」


 もう1人も殴り掛かってきたが、やはりとろい。

 面倒臭いので、足を引っかけて転ばせた。


「おいおい、いきなり街中で殴りかかってくるなんて、穏やかじゃないな。せめて名前ぐらい名乗ったらどうだ?」

「グウウッ、てめえマジで覚えてねえのか。てめえのせいでこっちは、王都にいられなくなったんだぞ」


 そう言われて、ようやく思い出した。

 こいつら、王都で俺に濡れ衣を着せて牢獄にぶち込んだ、クズ冒険者だ。


「ああ、あの時の奴らか。たしか……トレスとかいったか?」

「そうだ、てめえのせいで衛兵に捕まって罰金は取られるわ、町を歩けば猫や犬に襲われるわで最悪だったんだぞ。全部てめえのせいだ!」


 案の定、罰金だけで済まされてたか。

 しかし俺はその後の報復として、なじみの犬や猫にこいつらを襲うよう頼んできた。

 こいつらをよく見ると、顔だけでなく体中に引っかき傷や噛み傷が付いていて、服もあちこち破れている。

 どうやら動物たちは、しっかりと仕事をしてくれたようだ。


「何のことだ? 罰金は当然の罰だし、犬や猫のことは知らんぞ」

「抜け抜けと嘘つきやがって。使役師テイマーに操られてでもいなきゃ、あんなことになるもんか。お前が犯人に決まってらあ!」

「そんなこと言ったって、俺は釈放されてすぐに王都を出たんだぞ。その場にいなくても動物を操るテイマーなんて、聞いたこともないな」


 俺は動物にお願いしたから実際にできたのだが、そんなことまで教えてやる義理はない。


「うるせえっ、もう勘弁ならねえぞ」


 トレスとその相棒は激怒して、とうとう剣を抜いた。

 本当に何にも考えてないな、こいつら。

 いっそここで、殺しとくか?


 顔を真っ赤にしたチンピラが、2人同時に斬りかかってきた。

 ちょっと前ならパニックもんの状況だが、俺の頭は妙に冴えている。

 迷宮で魔物との戦いに慣れたせいか、奴らの動きなんて遅すぎて、あくびが出るくらいだ。


 振り下ろされたトレスの剣を左手の籠手で弾き、右のパンチを顎に叩き込む。

 そこにもう1人のチンピラが剣を突き出してきたので、それを左に回転しながら避けて裏拳を頭に叩き込んでやった。


 トレスは1撃で気絶したが、もう1人は膝を着いて呻いている。

 そこで顔に蹴りを入れてやったら、ようやくおとなしくなった。

 さて、どうしたものか、と思っていたら衛兵が笛を吹きながら走ってきた。

 どうやら思った以上に騒ぎになっていたらしい。


「そこまでだ! 全員動くな」

「はあ? 俺は襲われただけですよ。周りの人に聞いてみてください」


 面倒臭いことになったと思いながら衛兵の相手をしていると、思わぬところから助けが入った。


「衛兵殿、彼の言うことは本当だ。そこの2人が先に殴りかかり、敵わぬと見るや剣を抜いて切りかかったのだ」

「これは”天空の剣”のアルベルト殿。しかしそれは本当ですか? 2人の男を無傷で叩き伏せるなど……」

「君も噂ぐらいは聞いているだろう? この迷宮に新たな4層探索パーティが誕生したと。そのリーダーが彼だよ」

「なんと、そういうことですか。あなたが噂の”妖精の盾”のリーダーだったとは。知らぬとはいえ失礼をしました」


 アルベルトが弁護したら急に衛兵の態度が変わった。

 有名人ってのは得だねえ。

 その後、衛兵がチンピラを縛り上げると、事情聴取のため衛兵詰所への同行を頼まれた。

 面倒だったが断る理由もないので、同行して事情を語った。


 しかし面倒はそれだけで終わらなかった。

 詰所を出ようとしたら、入り口近くに馬車が乗り付けられていて、乗れと言われる。

 しかも行先はこの町の領主 ガルド伯爵ときた。


 念のため、俺の相手をしていた衛兵に聞いてみた。


「これって、断れるんですかね?」

「断るのは自由ですが、次に問題を起こした時に不味まずいことになるかもしれません。当代のガルド伯爵は冒険者に理解があると聞きますので、会っておくのがよろしいかと」

「なるほど……ご助言感謝します」


 結局、俺は馬車に乗せられ、伯爵の館まで運ばれた。

 館に着くとすぐに応接間に通され、茶を飲みながらしばし待つ。


 やがて扉を開けて入ってきたのは、筋骨たくましい壮年の男だった。

 しかもその顔立ちに、なんとなく見覚えがある。


「お待たせした。私がガルド伯デリックだ」

「初めまして、伯爵閣下。冒険者のデイルと申します」

「そう畏まらんでもよいぞ。今日は久しぶりに誕生した4層探索者と、話をしたいと思っただけだ。たまたま騒ぎが耳に入ったので、迎えをやった」

「へえ、そうだったんですか。伯爵は冒険者の動向にもお詳しいのですね?」

「冒険者こそこの町を支える存在なのだから、常に注目しておる。なんでも、オーク肉を大量に供給して、この町の名物にしたのも君らしいじゃないか」

「本当によくご存じで。まあ、僕らは普通に迷宮攻略してるだけですけど」


 すると伯爵が面白そうに笑った。


「フハハハハッ、3層をたったのひと月半で攻略するパーティを、普通とは言わんよ。聞けば、君を入れて6人と使役獣3匹だけでやっているとか。非常に興味深い存在だな、君は」


 チャッピーとバルカンは登録していないので、傍目はために俺たちのパーティはこういう構成になる。

 妖精と火精霊サラマンダーの存在なんか公表したら、大騒ぎになるからね。


「そんな大した者じゃありませんよ。ところで伯爵は、ギルドに縁者がいらっしゃいませんか?」

「ああ、ギルドマスターのコルドバか。奴は儂の従弟いとこだ。儂もあいつも、昔は冒険者をしておったのだぞ」

「やはりそうでしたか。しかし伯爵も冒険者経験がお有りとは存じませんでした。やはり迷宮都市を運営するために必要なんでしょうか」

「フハハ、よく気が付くな。このガルド迷宮は儂のご祖先様が発見したものだ。上手く扱えば富を産むが、失敗すれば災害も招く。そのため次期当主候補は、若いうちに冒険者となるのよ。今もあの頃が懐かしいわ」

「なるほど。失礼ですが何層までお潜りに?」

「儂は若い内に当主就任が決まったので、3層までだ。コルドバは4層まで行ったのだがな。あの時は悔しい思いをしたわ」


 それから2、3層の魔物を、どう攻略したかの話に花が咲いた。

 実際になかなかの冒険者だったらしい、この人は。


「そういえば、バスケー男爵の次男の遺品を持ち帰ったのも、おぬしであったか?」

「ええ、2層序盤でホブゴブリンに襲われてるのに遭遇しました。次男殿は逃げた先でオークに襲われて亡くなりました」

「2層序盤でオークだと? そんな話、聞いたこともないがな。おぬしたちはオークをやり過ごして遺品を回収したのか?」

「いいえ、生き残りの奴隷がいたので、協力して倒しました。マジで死ぬかと思いましたよ」

「序盤でオークに遭ったら普通に死ぬぞ……しかし、それでこその3層攻略者か。4層もすぐに掛かるのか?」

「いえ、少し様子を見てから、攻略の準備を整えようと思います。でないと死にますから」

「そうか。停滞した4層攻略を少しでも進めて欲しい。何か儂らにできることがあれば言ってくれ」


 せっかくの申し出なので、ちょっとばかりお願いすることにした。


「それなら、あの虫系魔物の魔石の値段はなんとかなりませんかね? 強さのわりに安すぎて、モチベーションが上がらないんですよ」

「そればかりは内包魔力量で決まるので、何もできん。わしも現役時代は安いと思ったがな」

「うーん、それならせめて、虫系素材の使い道を考えてくれませんかね? ソルジャーアントの甲殻とかが売れるようになれば、少しはマシになるでしょう」

「ふむ、それはまさに我らの仕事だな。よかろう、関係者に指示して検討させよう」

「よろしくお願いします」


 案外、話の分かる伯爵で良かった。


「こちらこそ4層の攻略を頼むぞ。儂の生きている間に、新階層の話を聞きたいものだ」

「攻略したらまた報告に来ますよ」

「フハハ、すでに攻略するつもりのようだな。気負うのもいいが、命は大切にな。それと、この町では問題ないが、外に出た時も気を付けろ」

「それは具体的に、なんについてですか?」

「おぬしほどの冒険者であれば、嫌でも注目を浴びる。強すぎる光は闇を呼び寄せるものだ。貴族という名の闇をな」

「なるほど、貴族とはなるべく関わらないようにしますよ」

「もし絡まれたら、すぐにこの町へ逃げ込め。大抵の場合は守ってやれるだろう」

「それは非常にありがたいですね。今後は頼りにさせてもらいます」

「ああ、頼りにしてくれ。階層を更新してくれるのなら、多少の我がままは聞いてやるぞ」


 ずいぶんと俺も期待されたもんだ。

 その後、土産みやげに上等な酒を持たされ、伯爵館を後にした。

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新作始めました。

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