35.ガルド伯爵
聞き慣れない声に呼び止められて後ろを振り向くと、男が2人立っていた。
「やっぱりお前か。ようやく見つけたぞ」
ニヤニヤ笑いながら、そいつらが近づいてくる。
2人とも傷だらけでぶっさいくなツラだが、俺には見覚えがない。
「誰だっけ?」
「何だと、こら! 俺たちの顔を忘れたってのか? ならもう1度、たっぷりと教育してやろうじゃねえか」
奴らは拳をボキボキ鳴らしながら、嗜虐的な顔で俺に近寄ってきた。
そして片方が手の届く範囲に入るや否や、殴り掛かってきた。
しかし、今の俺にそんなパンチ、当たるはずもない。
軽く首を捻って躱しつつ、そいつの腹にパンチをくれてやった。
1発入れてやっただけで、チンピラが無様に膝を着く。
「やりやがったな!」
もう1人も殴り掛かってきたが、やはりとろい。
面倒臭いので、足を引っかけて転ばせた。
「おいおい、いきなり街中で殴りかかってくるなんて、穏やかじゃないな。せめて名前ぐらい名乗ったらどうだ?」
「グウウッ、てめえマジで覚えてねえのか。てめえのせいでこっちは、王都にいられなくなったんだぞ」
そう言われて、ようやく思い出した。
こいつら、王都で俺に濡れ衣を着せて牢獄にぶち込んだ、クズ冒険者だ。
「ああ、あの時の奴らか。たしか……トレスとかいったか?」
「そうだ、てめえのせいで衛兵に捕まって罰金は取られるわ、町を歩けば猫や犬に襲われるわで最悪だったんだぞ。全部てめえのせいだ!」
案の定、罰金だけで済まされてたか。
しかし俺はその後の報復として、なじみの犬や猫にこいつらを襲うよう頼んできた。
こいつらをよく見ると、顔だけでなく体中に引っかき傷や噛み傷が付いていて、服もあちこち破れている。
どうやら動物たちは、しっかりと仕事をしてくれたようだ。
「何のことだ? 罰金は当然の罰だし、犬や猫のことは知らんぞ」
「抜け抜けと嘘つきやがって。使役師に操られてでもいなきゃ、あんなことになるもんか。お前が犯人に決まってらあ!」
「そんなこと言ったって、俺は釈放されてすぐに王都を出たんだぞ。その場にいなくても動物を操るテイマーなんて、聞いたこともないな」
俺は動物にお願いしたから実際にできたのだが、そんなことまで教えてやる義理はない。
「うるせえっ、もう勘弁ならねえぞ」
トレスとその相棒は激怒して、とうとう剣を抜いた。
本当に何にも考えてないな、こいつら。
いっそここで、殺しとくか?
顔を真っ赤にしたチンピラが、2人同時に斬りかかってきた。
ちょっと前ならパニックもんの状況だが、俺の頭は妙に冴えている。
迷宮で魔物との戦いに慣れたせいか、奴らの動きなんて遅すぎて、あくびが出るくらいだ。
振り下ろされたトレスの剣を左手の籠手で弾き、右のパンチを顎に叩き込む。
そこにもう1人のチンピラが剣を突き出してきたので、それを左に回転しながら避けて裏拳を頭に叩き込んでやった。
トレスは1撃で気絶したが、もう1人は膝を着いて呻いている。
そこで顔に蹴りを入れてやったら、ようやくおとなしくなった。
さて、どうしたものか、と思っていたら衛兵が笛を吹きながら走ってきた。
どうやら思った以上に騒ぎになっていたらしい。
「そこまでだ! 全員動くな」
「はあ? 俺は襲われただけですよ。周りの人に聞いてみてください」
面倒臭いことになったと思いながら衛兵の相手をしていると、思わぬところから助けが入った。
「衛兵殿、彼の言うことは本当だ。そこの2人が先に殴りかかり、敵わぬと見るや剣を抜いて切りかかったのだ」
「これは”天空の剣”のアルベルト殿。しかしそれは本当ですか? 2人の男を無傷で叩き伏せるなど……」
「君も噂ぐらいは聞いているだろう? この迷宮に新たな4層探索パーティが誕生したと。そのリーダーが彼だよ」
「なんと、そういうことですか。あなたが噂の”妖精の盾”のリーダーだったとは。知らぬとはいえ失礼をしました」
アルベルトが弁護したら急に衛兵の態度が変わった。
有名人ってのは得だねえ。
その後、衛兵がチンピラを縛り上げると、事情聴取のため衛兵詰所への同行を頼まれた。
面倒だったが断る理由もないので、同行して事情を語った。
しかし面倒はそれだけで終わらなかった。
詰所を出ようとしたら、入り口近くに馬車が乗り付けられていて、乗れと言われる。
しかも行先はこの町の領主 ガルド伯爵ときた。
念のため、俺の相手をしていた衛兵に聞いてみた。
「これって、断れるんですかね?」
「断るのは自由ですが、次に問題を起こした時に不味いことになるかもしれません。当代のガルド伯爵は冒険者に理解があると聞きますので、会っておくのがよろしいかと」
「なるほど……ご助言感謝します」
結局、俺は馬車に乗せられ、伯爵の館まで運ばれた。
館に着くとすぐに応接間に通され、茶を飲みながらしばし待つ。
やがて扉を開けて入ってきたのは、筋骨たくましい壮年の男だった。
しかもその顔立ちに、なんとなく見覚えがある。
「お待たせした。私がガルド伯デリックだ」
「初めまして、伯爵閣下。冒険者のデイルと申します」
「そう畏まらんでもよいぞ。今日は久しぶりに誕生した4層探索者と、話をしたいと思っただけだ。たまたま騒ぎが耳に入ったので、迎えをやった」
「へえ、そうだったんですか。伯爵は冒険者の動向にもお詳しいのですね?」
「冒険者こそこの町を支える存在なのだから、常に注目しておる。なんでも、オーク肉を大量に供給して、この町の名物にしたのも君らしいじゃないか」
「本当によくご存じで。まあ、僕らは普通に迷宮攻略してるだけですけど」
すると伯爵が面白そうに笑った。
「フハハハハッ、3層をたったのひと月半で攻略するパーティを、普通とは言わんよ。聞けば、君を入れて6人と使役獣3匹だけでやっているとか。非常に興味深い存在だな、君は」
チャッピーとバルカンは登録していないので、傍目に俺たちのパーティはこういう構成になる。
妖精と火精霊の存在なんか公表したら、大騒ぎになるからね。
「そんな大した者じゃありませんよ。ところで伯爵は、ギルドに縁者がいらっしゃいませんか?」
「ああ、ギルドマスターのコルドバか。奴は儂の従弟だ。儂もあいつも、昔は冒険者をしておったのだぞ」
「やはりそうでしたか。しかし伯爵も冒険者経験がお有りとは存じませんでした。やはり迷宮都市を運営するために必要なんでしょうか」
「フハハ、よく気が付くな。このガルド迷宮は儂のご祖先様が発見したものだ。上手く扱えば富を産むが、失敗すれば災害も招く。そのため次期当主候補は、若いうちに冒険者となるのよ。今もあの頃が懐かしいわ」
「なるほど。失礼ですが何層までお潜りに?」
「儂は若い内に当主就任が決まったので、3層までだ。コルドバは4層まで行ったのだがな。あの時は悔しい思いをしたわ」
それから2、3層の魔物を、どう攻略したかの話に花が咲いた。
実際になかなかの冒険者だったらしい、この人は。
「そういえば、バスケー男爵の次男の遺品を持ち帰ったのも、おぬしであったか?」
「ええ、2層序盤でホブゴブリンに襲われてるのに遭遇しました。次男殿は逃げた先でオークに襲われて亡くなりました」
「2層序盤でオークだと? そんな話、聞いたこともないがな。おぬしたちはオークをやり過ごして遺品を回収したのか?」
「いいえ、生き残りの奴隷がいたので、協力して倒しました。マジで死ぬかと思いましたよ」
「序盤でオークに遭ったら普通に死ぬぞ……しかし、それでこその3層攻略者か。4層もすぐに掛かるのか?」
「いえ、少し様子を見てから、攻略の準備を整えようと思います。でないと死にますから」
「そうか。停滞した4層攻略を少しでも進めて欲しい。何か儂らにできることがあれば言ってくれ」
せっかくの申し出なので、ちょっとばかりお願いすることにした。
「それなら、あの虫系魔物の魔石の値段はなんとかなりませんかね? 強さのわりに安すぎて、モチベーションが上がらないんですよ」
「そればかりは内包魔力量で決まるので、何もできん。わしも現役時代は安いと思ったがな」
「うーん、それならせめて、虫系素材の使い道を考えてくれませんかね? ソルジャーアントの甲殻とかが売れるようになれば、少しはマシになるでしょう」
「ふむ、それはまさに我らの仕事だな。よかろう、関係者に指示して検討させよう」
「よろしくお願いします」
案外、話の分かる伯爵で良かった。
「こちらこそ4層の攻略を頼むぞ。儂の生きている間に、新階層の話を聞きたいものだ」
「攻略したらまた報告に来ますよ」
「フハハ、すでに攻略するつもりのようだな。気負うのもいいが、命は大切にな。それと、この町では問題ないが、外に出た時も気を付けろ」
「それは具体的に、なんについてですか?」
「おぬしほどの冒険者であれば、嫌でも注目を浴びる。強すぎる光は闇を呼び寄せるものだ。貴族という名の闇をな」
「なるほど、貴族とはなるべく関わらないようにしますよ」
「もし絡まれたら、すぐにこの町へ逃げ込め。大抵の場合は守ってやれるだろう」
「それは非常にありがたいですね。今後は頼りにさせてもらいます」
「ああ、頼りにしてくれ。階層を更新してくれるのなら、多少の我がままは聞いてやるぞ」
ずいぶんと俺も期待されたもんだ。
その後、土産に上等な酒を持たされ、伯爵館を後にした。




