30.第3層の試練
練習中にバルカンの火球が想像以上の威力を見せたことに、カインたちが浮かれている。
たしかに岩に穴を開け、草原を火事にしてしまうバルカンの火力には凄まじいものがある。
すると、それを見ていたチャッピーが、冗談ぽく呟いた。
「これなら儂の火球など、もういらんのう、デイル」
「何言ってんだい、チャッピー。たしかにバルカンの火球は強力だけど、それだけで進めるほど迷宮は甘くないだろ」
「そうか? あれほどの威力があれば、オークも恐れるに足らんじゃろう」
「そんなに焚き付けるなって。ただ熱いだけの火球なんて、高い魔法防御には効かないでしょ」
「フヒヒッ、意外に慎重じゃのう。しかし儂もそう思うぞ。強い魔物を倒すには、また何か工夫が必要じゃろう」
やはりチャッピーも同じことを考えていたか。
ちょっと強い力が手に入ったからって、浮かれていられるほど迷宮は甘くないのだ。
いずれにしろ、バルカンの使い方は良く考えなければいけない。
その力に大きな可能性は感じるけど、今のままではまだまだ力不足だ。
「とりあえずバルカンの火球がどれぐらい通じるか、明日はオークと戦ってみようか」
「うむ、それがよかろう」
翌日は3層に転移してから2層の守護者部屋を通り、深部に入った。
部屋を通り抜けながら、もし裏口から入って守護者と再戦できたら楽なのにと考える。
そうすれば転移水晶を使って、お手軽にオークの皮と肉を大量に持ち帰って大儲けできるからだ。
しかしさすがにそんなうまい話にはならず、1度倒すと守護者は現れなくなる。
一応、2層を攻略していないメンバーを連れてくれば、守護者と再戦はできるらしい。
しかし2層を攻略していなければ3層には跳べないわけで、2層の入り口から歩いてくるしかない。
そんなことをするぐらいなら、3層を攻略している方がマシだろう。
もっとも、3層で行き詰まって2層を主な狩場にしているパーティも、けっこういるらしいのだが。
2層深部に入ると、宝石を見つけた部屋へ直行した。
あの部屋には5匹のオークがいるはずなので、いろいろ試せると考えてのことだ。
その思惑どおり、宝石部屋には5匹のオークが待ち受けていた。
前回同様に前衛がそれぞれ向かい合い、俺がリュートを、リューナはシルヴァをサポートする。
まずバルカンの火球をオークに撃ってみたのだが、やはり大して効かなかった。
もちろん火傷ぐらいはするものの、高い魔力防御に阻まれて中までダメージが入らない。
思っていたとおり、このクラスの防御力にバルカンの火球では、力不足なのだ。
しかしそれはバルカンのせいではない。
何か魔法防御を壊す方法を見つければ、きっと強力な戦力になるはずだ。
仕方ないので魔力弾でオークを仕留めると、リューナの方も数発の魔法弾でオークを倒していた。
続いてサンドラとレミリアも、危なげなくオークを倒してみせる。
最後はカインだったが、彼もやがてオークを転倒させると、メイスで仕留めてしまった。
レベルアップのおかげか、前衛はまた強くなっている。
素材の剥ぎ取りをしながら、状況を確認した。
「やはりバルカンの火球はオークに効かんかったのう」
「まあ、今のところはね。でも表面の魔力防御を破れば、凄い威力になるのは間違いないよ。その方法は今後考えるとして、当面は使える範囲で活用していこう」
「面目ない、主よ」
「バルカンのせいじゃないって。今のところは撃てる数も少ないから、使い方を工夫しようよ」
まだ生後5日目のバルカンには、せいぜい3,4発の火球しか撃てない。
少々体が大きくなったとはいえ、彼はまだ成長途上なのだ。
ちなみに精霊であるバルカンは、その外見を成長過程の範囲内で変えることができるそうだ。
つまり最大で犬くらいの大きさまで成長したとしても、産まれたばかりのチビトカゲに戻れることになる。
なんとも常識外れな存在だが、そもそも俺の魔力で受肉してるんだから、チャッピーみたいな妖精に近いのかもしれない。
とりあえずバルカンには、今後も連れ歩くのに便利な、チビトカゲの姿でいてもらうことにした。
オークの素材を剥ぎ取ると、売却のため一旦地上へ戻った。
その素材は金貨11枚と破格の値段で売れたので、金策に困ったらこれを繰り返すのもよさそうだ。
今日はまだ日も高かったので、3層を下見するべく再び迷宮へ潜った。
3層の水晶部屋から左側の通路へ進むと、やがてソルジャーアントが10匹現れた。
シルヴァによれば、こんな群れがあちこちにいるらしい。
大きな犬ほどもある蟻の魔物が、牙を鳴らして俺たちに迫る。
その甲殻は硬く、通常の剣では弾かれるが、魔鉄製の武器を使う俺たちの敵ではない。
前衛は苦もなくアントを仕留めているし、それをかい潜ってきた奴はリューナやキョロが返り討ちにしていた。
さして経たないうちにアントが殲滅されたので、魔石を取りながら皆の様子を確認する。
「特に問題はなかったみたいたけど、何か気になることはある?」
「はあ、1匹ずつなら問題ありませんが、やはり数の多さが気になりますね」
「10匹だけでも、もう前衛だけではさばききれませんでした」
カインとレミリアがそんな懸念を口にした。
たしかに、あっさりと後衛が攻められてたのは事実だ。
「そうだな、もっと数が増えたら対処できないか。何か先に1発当てて、数を減らせるといいんだけどなぁ」
「それなら、私が竜人魔法で風をぶつけるのっ!」
するとリューナが竜人魔法による先制攻撃を提案した。
「ええっ、大丈夫か? いくら精霊と話せるようになっても、竜人魔法はまだ加減が難しいんじゃなかったっけ?」
「大丈夫なの、上手くやってみせるの!」
彼女は自信満々だったので、とりあえずやらせてみることにした。
シルヴァに案内してもらい、ソルジャーアントが15匹もいる部屋を見つけた。
俺がリューナに目配せすると、即座に魔法を行使する。
「風精霊さ~ん、アリさんを吹き飛ばしてっ!」
次の瞬間、迷宮内に強い風が吹き荒れ、アントと一緒に俺たちも吹き飛ばされた。
とんでもない風に翻弄され、洞窟の中をゴロゴロと転げ回る。
さらに周囲には大量の土埃が舞い上がり、しばらく周囲の把握ができなかった。
「ゲホ、ゲホッ……みんな、大丈夫か? 返事しろ!」
そう呼びかけると、何人かが弱々しく返事を返してきた。
しかし次の瞬間。
「キャーッ、兄様、助けて!」
「ウォンッウォンッ、ガルルルー」
リューナがアントに襲われ、助けを呼んでいる。
幸いなことに、シルヴァが彼女を守ってくれているようだ。
「リューナ、大丈夫か?」
慌てて声の方に駆け寄ると、尻もちを付いたリューナの周辺に、数匹のソルジャーアントが群がっていた。
そして彼女の前でシルヴァが体を張り、辛うじて攻撃を阻止している。
俺は両手に短剣を持ち、魔力を通しながらリューナの前まで走った。
まさにリューナに襲いかからんとするアントの頭に、短剣を突き込む。
魔鉄製の短剣はサクッと甲殻を破り、アントの息の根を止める。
続いて迫ったアントも同様に始末すると、ようやく他のメンバーも駆け付けてきた。
あっという間に安全を確保し、リューナを助け起こしてやると、彼女がしがみ付いてくる。
「大丈夫か? リューナ」
「グスッ、凄く怖かったの、兄様。失敗してごめんなさ~い……ウェーン」
泣いて謝る彼女を抱きしめ、慰めてやった。
よほど怖かったのか、まだ体が震えている。
「みんな無事だったからいいよ。でもこれからは、竜人魔法はもっと慎重に使おうな」
そうやってリューナをあやしていると、アントを掃討したメンバーが集まってきた。
皆、汚れてはいるが、特にケガは無いようだ。
「みんなケガは無いか? 今回は済まなかった。俺の指示ミスだ。今度はもっと慎重にやるよ」
「やはり竜人魔法は強力すぎて、使いどころが難しいのう」
「当面は妖精魔法を改良して使った方が、いいだろうな。とりあえず今日はこのまま外に出よう」
アントの魔石を回収すると、すぐに地上へ戻った。
ソルジャーアントの魔石は1匹銀貨2枚なので、合計で50枚になった。
しかしいくら様子見だったとはいえ、その危険度からして少し安すぎる感じがする。
そのまま帰宅して汗と埃を洗い流すと、今日の反省会をした。
「今日は悪かったな、みんな」
「悪いのは私なの。兄様は悪くないの」
「いや、今日のあれは、俺の判断ミスだ。安易に竜人魔法に頼ったのがいけなかった」
「誰の責任かは、大した問題ではないじゃろう。問題は今後、どう攻略するかじゃ」
「まあ、そうだな。あの大量に出てくる虫どもを、どう始末したものか?」
「やはり、広範囲に攻撃する手段が欲しいか? 今日のように風で吹っ飛ばすとか、火で焼く手段が欲しいのう」
「うん、あとは風魔法で空気を圧縮した弾とか、小さな渦みたいなモノを作れないかな? それを虫たちの中に放り込んでやれば、奴らを崩せると思うんだ」
「風魔法弾か。バルカンの火球はどうじゃ?」
「今はまだ撃てる数も少ないし、多数への攻撃も難しいかな。とりあえずそれも含めて明日、外で練習してみよう」
ここでカインが提案してきた。
「デイル様、俺たちも多数と戦う手を考えてみます。連携を工夫すれば、隙を減らせるでしょう」
「そうだね、それはぜひ頼む。明日は例の原っぱで、いろいろ実験してみよう」
翌日はいつもの原っぱで、訓練をした。
俺とチャッピー、リューナは風魔法で空気を圧縮したり、渦を作れないか試してみる。
しかし、なかなか思うような威力の攻撃は実現できない。
行き詰まった俺は、ふと精霊に聞いてみたらどうかと思いついた。
「なあリューナ、ソルジャーアントの群れを吹き飛ばすような魔法を作れないか、シルフに聞いてみてくれないか?」
「はいです、兄様…………あのね、シルフさんは竜巻の卵が作れるんだけど、これをアントの群れに放り込めば、竜巻で吹き飛ばせるかもしれないって」
「竜巻の卵? 試しにひとつ作ってもらえるか?」
「うん、お願いしてみるの……」
リューナがゴニョゴニョ言ってたと思ったら、ふいにすぐ近くでポンッと空気が弾け、小さな竜巻が発生して土や草を巻き上げた。
「へー、これがシルフの生み出した竜巻か。威力的にはちょっと弱いかな。もう少し強いのって頼めるか?」
それから威力を調整したり、実際に飛ばしてみた結果、けっこう使えそうなことが分かってきた。
手近な丸太を加工してソルジャーアントの模型を作り、どれぐらいの威力があるかも試してみる。
この竜巻の卵ってのは、シルフにとってはいたずらの道具であり、しばしば人間や動物の近くで作っては遊んでいるそうだ。
いたずらの延長のせいか、彼女たちは積極的に卵作りに協力してくれる。
この卵をリューナが魔力で包み込んで撃ち出すと、何かに当たった瞬間に竜巻が発生し、周辺の物を巻き上げる仕組みだ。
いたずらの道具だけあって大した威力は無いのだが、空間が限られた迷宮内ではむしろ都合が良い。
昨日みたいにこっちが吹き飛ばされないレベルで、ソルジャーアントをひっくり返せるよう調整してみた。
そのうえで、装甲の弱い腹に散弾をぶち込んでやれば、多少はダメージを与えられるだろう。
弱って混乱したアントなら、俺たちも余裕を持って殲滅できるかもしれない。
安全に戦う戦法についても、カインたちと相談をした。
彼らも大量のソルジャーアントに遭遇した場合の立ち回りを考えており、前衛に立つ者の間隔とか、後ろに回られた時の対処法などを見直していた。
これでだいぶ安全性が高まったと思うが、後は実地で試すしかない。
待ってろよ、ソルジャーアント。




