表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/87

3.チャッピー

 この世にはいろいろな存在がいる。

 俺たち人間の他に亜人もいれば、魔族や魔物もいるし、犬や猫といった動物もたくさん生きている。


 亜人てのはエルフとかドワーフ、獣人、鬼人などと呼ばれる種族で、このリーランド王国王都でもたまに見掛ける。

 魔族だけは遥か海の向こうの魔大陸にしか産まれず、この大陸にはめったに現れないって話だ。

 その魔大陸には強力な魔物が多く住み、亜人の集落も多くあるらしい。


 そしてこの世界には、それらのどれにも属さない妖精という存在もいた。

 ひと口に妖精と言っても様々だが、有名なのは羽を生やしたフェアリー種だ。

 こいつらは掌を広げたくらいの大きさの子供に、トンボの羽をくっつけたような存在だ。

 それは魔物のようでもあるが、半ば霊的な存在でもあり、普通の人間の目には映らないらしい。


 だから妖精の方が意識して姿を現さない限り、一般人がそれを見ることはない。

 中にはよほど魔力が高いとか、相性のいい相手だけには見えることがあるそうだ。

 そんな、普通には見えない妖精が目の前にいる。

 当然、俺も見るのは初めてだ。


 水色のショートヘアに緑色の瞳。

 顔や体の造りはまるで10歳未満の幼児みたいで、衣服はいっさい着けていない。

 こんなお人形が手元にあれば、女の子は喜ぶんだろうな。


 そんなことを考えていたら、再び妖精が口を開いた。


「どうした? わしが見えておるのじゃろう?」

「ああ、見えるはずのない妖精がいるんで、幻か何かじゃないかと思ってな」

「ふむ、冷静な分析じゃ。しかしおぬし、さっきの店でも儂が見えておったのではないか?」

「ん? さっきの店って魔法のテーブル? あのルガンの頭の上に何か見えた気がしたけど、お前だったのか?」

「あの距離で儂に気づいておったか。おぬし、変わっておるのう」


 妖精がフワフワと宙を移動して、俺の顔の前まで来た。


「ところでおぬし、儂と契約するつもりはないか?」

「契約って、使役契約のことか?」

「話が早くて助かるわい。おぬし、使役師テイマーじゃろう?」

「ああ、そんなようなもんだけど、俺はちょっと違うかな。『契約コントラクト』まではやらないテイマーだ」


 そう言うと、妖精がひどく驚いていた。


「なんじゃと! おぬし、『結合リンケージ』までで意志の疎通が可能になるのか?」

「良く知ってるな。街中の動物にしか試したことないけど、『結合リンケージ』だけで使役してるぞ」

「なんじゃ、それは? おぬし、変と言うよりおかしいな」


 おかしいとまで言われては、苦笑するしかない。


「失敬な奴だな、お前。それで、なんで俺と契約したいんだ?」


 そう聞くと、妖精が牢屋の奥を指して言う。


「あそこの契約者と縁を切るためじゃ」


 痛む体を動かして、無理矢理そっちを見ると、たしかにルガンが床の上で寝ていた。


「あいつと契約してんのか。でも契約者が死なない限り、契約の上書きはできないんじゃなかったっけ?」

「契約者の同意が無い場合はそうなるの。しかしあやつは再契約に同意しておるんじゃ」

「幸運を呼ぶ妖精を手放すような約束、するとは思えないけどな」


 目の前のフェアリー種は古来、幸運の象徴とされ、万金を積んでも契約を望む者の絶えない存在だ。

 もし契約が叶えば、そいつは並外れた幸運によって、巨万の富や名声を手に入れる可能性が高いと言われる。

 そんな妖精を、あの嫌われルガンが手放すとはとても信じられない。


「あいつは本当に自堕落でダメな奴だから、よく耳元で騒いでやるんじゃ。すると、”うるせーからどっか行け、こんなのを引き取ってくれる物好きがいるんならな”とぬかしよった。これは見ようによっては、再契約を許可したと言えるのではないか? 契約者が見つかれば、じゃが」


 なるほど、酔っぱらいの軽口を逆手に取ったか。

 それにしても、そんな簡単に契約して大丈夫なのかね?


「ふーん、でも会ったばかりの人間と契約して大丈夫なのか?」

「あいつには散々こき使われて、うんざりしておったんじゃ。どんな人間でも、あれよりはマシじゃよ」


 聞けば、彼も昔はまともな主人と契約していたらしい。

 1人目はエルフの冒険者で、80年ほど一緒に世界を回ったそうだ。

 しかし彼が冒険者を引退すると言うので、その友人と再契約した。

 その友人は人族だったがやはり気の良い奴で、これまた20年ほど一緒に旅をしたそうだ。


 その後、彼も引退することになって彼の友人、つまりルガンと再契約することになった。

 それが5年ほど前。


 ところがこいつが想像以上にひどい人間だったらしく、妖精の幸せな旅はそこで終わる。

 もう大のギャンブル狂いで、暇があると賭場に入り浸ってるそうだ。

 多少は冒険者として稼いでも、すぐにギャンブルでスッてしまうので、万年金欠状態。


 そのうち、とうとうイカサマや盗みなどの犯罪にまで手を出すようになった。

 目の前の妖精はその不可視性ゆえに、相手の手札を覗いたり、盗みに入る前の偵察などに利用されていたそうな。

 妖精はそんな荒んだ生活にほとほと嫌気が差し、脱出の機会を窺っていたらしい。


「そうか、そいつはずいぶんと辛い生活だったな。しかし本当にいいのか? 俺はデイルって言って、この街で冒険者をやってるんだが」

「冒険者か。しかしおぬしは悪党ではなさそうじゃし、見えるはずのない儂が見えるのは、よほど相性がいいからじゃ」

「相性がいいのか?……でも考えてみれば、幸運の象徴との契約を断る理由は無いよなぁ。よし、契約しよう。どうすればいい?」

「互いの契約条件を合意できたら、おぬしが使役術を行使すれば良い」

「契約条件って、どんな?」

「儂の方は簡単じゃ。儂をおぬしの眷属として敬い、魔力を分けてくれればそれで良い」

「そんなんでいいのか? それじゃあ、俺が魔力を与える替わりに、お前は知識と助言を与えてくれ。俺はもっと強くなって、世界のいろいろな物を見てみたいんだ。お前がいれば、いろいろとうまくやれそうだ」

「フハハハ、若者らしいが欲の無い願いじゃのう。良かろう、おぬしとはうまくやれそうじゃ。契約を頼む。ただし、ちゃんと『契約コントラクト』までするんじゃぞ」

「りょーかい、『接触コンタクト』……『結合リンケージ』……『契約コントラクト』」


 立て続けに呪文を唱えると、たしかに俺と妖精の間で何かがつながり、そして互いの魂に何かが刻まれた感じがした。

 これが真の『契約コントラクト』というものか。


「そう言えば、名前は?」

「名前か? 昔は持っておったが、契約すると忘れるんじゃ。おぬしが付けてくれ」

「忘れるってなんだよ? でもそれなら…………チャッピーでどうだ?」


 真面目に提案したのに、妖精があからさまに嫌そうな顔をした。


「なんじゃそれは! まるで犬みたいではないか。もっとマシな名前があるじゃろうに」

「いや、お前の見ため的に、ピッタリだと思うんだがな」

「むう、言われてみればそうか……よかろう、しょせん一時の名じゃ。これからよろしく頼む」

「こちらこそよろしく」


 あまり嬉しくもなさそうだが、結局受け入れてくれた。

 見た目は10歳くらいの幼児なのに、妙に老成してるんだよな。

 まあ実際、100歳オーバーのお爺ちゃんだから当然か。


「ところでおぬし、さっきから寝たままじゃな」

「実はここに入れられる前にボコボコにされてさ、痛くて体が動かないんだ」

「なんじゃ、それなら治してやろう。こう見えても儂は治癒魔法が使えるんじゃぞ」


 チャッピーがおもむろに俺の胸に手を当てると、そこから淡い光が発生した。

 それはさざ波のように俺の体中に広がり、痛みを癒していく。

 それまであまりの痛さで眠ることもできなかったのが、急に眠くなった。

 急速に遠のく意識を留められず、俺は夢の世界へ旅立った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作始めました。

エウレンディア王国再興記 ~無能と呼ばれた俺が実は最強の召喚士?~

亡国の王子が試練に打ち勝ち、仲間と共に祖国を再興するお話。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ