閑話1.全ては我が君のために
「グギャギャギャッ!」
「グアッ、駄目だ、ダレンがやられた」
ここはガルド迷宮の第2層。
その一角で、ゴブリンの群れと戦う冒険者たちがいた。
しかしホブゴブリンに指揮されたゴブリンは数も多く、統制の取れていない冒険者を圧倒している。
「くそっ、奴隷どもは俺が逃げる時間を稼げ。行くぞ、ハリド」
愚かなことに、貴族のリーダーが真っ先に逃げ出した。
残されたのは3人の亜人奴隷のみ。
やがて獣人の奴隷がまた1人倒れ、残ったのは鬼人族のカインとサンドラだけになった。
「くっ、これまでか」
「諦めるな、サンドラ。ゴブリンごときに討たれてなるものか、グハッ」
「大丈夫か、兄者。くそう、体さえまともなら、こんな奴ら、グウッ」
それでもあがき続けていた2人に、救いの手が差し伸べられた。
「おーい、加勢は必要かぁ?」
「ぜひ頼むっ! ハアッ、ハアッ……これ以上はもたない」
その後の展開は夢のようだった。
小柄な人族の男が不思議な魔法でゴブリンを怯ませると、それに続く獣人の女性と狼、リスのような魔物がゴブリンに向かっていった。
群れを率いていたホブゴブリンが最初の男に弓で仕留められ、残りのゴブリンもやがて殲滅される。
「ハア、ハア……助けてもらって感謝する。私はカイン」
「困った時はお互い様ですよ。俺の名はデイル。これを使って」
これが後に、固い主従の誓いで結ばれるデイルとカインの出会いだった。
しかし最初の印象はさして良いものでもない。
むしろ、サンドラにとって使役師であるデイルは、敵に等しかった。
しかしそんな彼女の気持ちとは関係なく、すぐにオークに襲われて共闘するはめに陥る。
デイルの機転と、サンドラの気迫の一撃で辛くもオークを倒した彼らは、無事に地上へ戻ることができた。
皮肉にも、カインたちを囮にして逃げようとした貴族の首を持って。
結局、カインとサンドラは命の恩人であるデイルに引き取られ、彼の家へ連れていかれた。
カインはそれを喜んでいたが、サンドラは納得がいかない。
彼女にとってテイマーとは、奴隷商人と同じくらい信用できない敵だったからだ。
しかしデイルはそんなことはつゆ知らず、彼らを勧誘する。
「カイン、サンドラ。すでに分かっていると思うけど、今の主はこの俺になる。そして俺は今、迷宮を探索するパーティメンバーを探しているんだ。2人に加わってもらえると嬉しいんだけど、どうかな?」
「なぜそのようなことを尋ねるのですか? 我々は奴隷ですので、迷宮に潜れと言われればそれに従いますが」
「うーん、まあそれはそうなんだけど、2人の意思も尊重したいと思ってね」
最初、カインには、なぜデイルがそこまで下手に出るのか分からなかった。
さらに彼の言葉を聞くと、甘いとすら思った。
しかしデイルは、オークすら退ける猛者である。
たかがゴブリンに負けて逃げた貴族よりは、よほどマシだと思ったカインは、この申し出を受けるつもりでいた。
ところがここでサンドラが噛み付いた。
「何が尊重だっ、笑わせるな! 人族の、しかも使役師の言うことなぞ、信用できんわ!」
「テイマーの言うことって、何かテイマーに恨みでもあるの?」
「テイマーなど奴隷商人と同じよ。我らのような種族を一方的に蔑み、奴隷にする汚らわしい職業じゃ。売るなり魔物のエサにするなり、勝手にすればよいわ!」
「俺のことを知りもしないで勝手に決めつけるなよ!」
「ふん、そんな小娘や小さな魔物を迷宮に連れていく時点で知れておるわ。どうせ奴隷や魔物など、使い捨て程度にしか考えておらんのであろうが!」
次々と暴言を吐き続けるサンドラを、カインが殴ってでも止めようと思った矢先、今度はレミリアとケンカをし始めた。
その後、彼女たちを引き離して身の上話を始めた頃には、カインは恥ずかしさと情けなさでいっぱいだった。
たしかに自分たちは故郷で仲間だと思っていたテイマーに騙され、奴隷に落とされた。
しかしだからと言ってデイルを一方的に嫌い、あまつさえ主人に暴言を吐く理由にはならない。
おまけに自分たちの体が毒に冒され、大して役に立たないと知られては、いつ捨てられてもおかしくない。
しかしデイルは、正反対のことを言ってのけた。
「チャッピー、毒の治療できないかな?」
なんと、デイルはふいに現れた妖精と共に、カインの体を治療し始めたのだ。
デイルに魔力を注がれると、仲間に毒を盛られてからずっとカインの体を蝕んでいた不快感、倦怠感が消えていった。
そして、それと同時に湧き上がる不思議な感情も彼は感じていた。
一見すると頼りなさそうに見えるこのデイルを、支えていきたいと。
鬼人族の男子として、命の恩を返すのは当然だ。
しかしこの人には何かがある、自分はこの人を支えるために生まれてきたのではないか、とすら思えた。
この時すでにカインは、生涯の忠誠をデイルに捧げると決めていた。
その後、生意気なサンドラにも治療を施してもらい、寝室まであてがわれた。
「あいにくとベッドはあるけど寝具は無いんだ。明日、買いに行くから今日はそれで我慢してくれ」
「そんな、私たちは奴隷ですから、床の上でも構いません」
「そういうのはやめようよ、カイン。不幸ないきさつで君らは奴隷になってるけど、俺たちの間に大した差なんて無いんだ。俺は人並みの生活を保証するから、その借りは働きで返してくれればいい」
「フフフッ、デイル様は甘いですね」
「迷宮の中で命を張るには、そっちの方がいいと思うんだ」
「なるほど、そうかもしれません」
「ああ、そうだろ。また明日な、おやすみ」
その晩、カインはかつてないほどの幸福感に包まれ、眠りに就いた。
翌朝、物音に気が付いて目を覚ますと、サンドラが起きていた。
「サンドラ、体の調子はどうだ?」
「……兄者、一体何が起きたのじゃ? 昨日までのことが嘘のように体が軽いぞ」
サンドラが呆然とした表情で問い掛ける。
「デイル様とチャッピーが、俺たちの体を治してくれたのだ。お前も少しは覚えているだろう」
「なぜじゃ、あれほど暴言を吐いた妾に、なぜそこまでする?」
「デイル様は優しいお方だ。俺たちのことも奴隷として扱おうとはしない。甘いと言ってもいいだろう」
「そんな甘ちゃんが迷宮の中で生き残れるのか?」
「今のままでは厳しいだろうが、これからは俺が支える」
「兄者……」
「俺は決めたぞ、サンドラ。あの方に生涯の忠誠を捧げる。命を懸けてデイル様を守ってみせる。だからお前も力を貸してくれないか?」
カインが熱っぽく問いかけたが、彼女の返事は無かった。
なぜかサンドラは顔を真っ赤にして俯いている。
「どうした、サンドラ」
「あの方は許してくれるじゃろうか?」
「当たり前だ。でなければ治療などするはずがない」
「そうじゃな。しかし、女としてはどうかのう?」
「いや、それはお前次第だと思うが……ひょっとして、惚れたのか?」
「…………惚れた」
「……ブッ、プハハハハハハッ、そうか、惚れたか。あの男勝りのサンドラがなぁ」
「い、今まではろくな男がいなかっただけじゃ。あのお方こそ、全てを捧げるにふさわしい我が君じゃ」
「そうか、それならば一緒にデイル様を支えよう。女として受け入れてもらえるかどうかは分からないが、応援はする」
「むう、そこはもう少し何かあるのではないか?……いずれにしろ妾も全力で我が君を支えよう。いずれは国一番の冒険者にするのじゃ」
その後、2人が忠誠を捧げると伝えると、デイルは喜んで2人を受け入れてくれた。
そしてその日の内に2人はデイルの使役リンクに組み込まれ、さらに深い絆で結ばれる。
しかし絆が深まっても、女として扱われていないことにサンドラは失望していた。
隣には可愛らしいレミリアがいるし、非礼を働いた自分が愛されるのは無理だと諦めかけていた時、意外な人物から助け舟が出された。
ひょんなことからビキニアーマーを試着することになり、レミリアと一緒に店の奥で着替えていた。
女らしいレミリアの曲線を見てサンドラが愚痴をこぼす。
「レミリアは可愛いから羨ましいの。妾はこんなに大柄で可愛げが無いから、我が君の寵愛を受けられぬ」
「サンドラ……あなたもそう捨てたものではありませんよ。特に胸の大きい女性を殿方は好むようですし」
「そうかな? でも我が君にはレミリアがいるから、妾の出番は無いじゃろう?」
心底残念そうに肩を落とすサンドラに対し、レミリアが意外なことを言った。
「サンドラ、あなたがご主人様に最大の愛と忠誠を捧げるのなら、少し手伝ってあげてもいいでしょう」
「手伝うって、何をじゃ?」
「あなたにお情けを頂けるよう、ご主人様にお願いします」
「……レミリア! おぬしはそれで良いのか?」
「多分、ご主人様のためには、そうするのが最善だと思うのです。でも1番は譲りませんよ」
「分かった! 妾は2番で構わぬ、だから……だからつなぎを頼む」
「ええ、いいですよ。それでは今晩、私たちが寝室に入ってから、訪ねてきてください」
それはレミリアにとっても大きな賭けだった。
下手にデイルにサンドラを抱かせれば、自分が捨てられるかもしれないと思わないはずがない。
しかしサンドラがデイルに心酔しているのは一目瞭然だし、デイルもサンドラを気にしているように見えた。
そんな不安定な状況を続けるよりは、サンドラを一気に取り込んでしまった方が、絶対にデイルのためになる、そう考えた。
結果的に、デイルはサンドラを受け入れ、そしてレミリアのことも変わりなく愛してくれた。
おかげでパーティの結束はより強くなり、戦力も高まった。
その後、さらなる仲間として、リュートとリューナも加わる。
リュートはカインによく懐き、リューナは早くもデイルにベタ惚れだ。
今はまだ体が小さいのでデイルも手を出していないが、いずれ彼女もレミリアとサンドラに続くのであろう。
幸いリューナは3番でいいと言っているので、彼女たちは許すつもりである。
いや、パーティの結束を高めるためにも、積極的にそうするであろう。
なぜなら彼女たちにとって最優先はデイルの安全であり、幸福だから。
そう、全ては我が君のために。




