28.2層突破
オークを倒してからも夕刻まで探索を続け、野営に入った。
夕飯を食いながら、みんなと今後を相談する。
「明日もオークを狩って帰還するけど、この2層深部もだいぶ探索が進んだ。たぶん、あと2回潜れば地図は埋まるから、守護者の攻略を考えようと思う」
「フヒヒッ、いよいよじゃな。守護者は大豚鬼長に大豚鬼4匹じゃったか?」
「うん、そうだ。そうなるとオークリーダーはカインに押さえてもらうとして、サンドラ、レミリア、リュート、シルヴァに、オークを1匹ずつ相手してもらいたいんだよな。リュートとシルヴァにはちょっとキツいかもしれないけど、どうかな? もちろん魔法で援護はするけど」
おそらくシルヴァはやれるだろうが、リュートは微妙なところだ。
「俺は……ちょっと自信ないです」
案の定、自信なさげに答えるリュートを、カインが遮った。
「いいえ、デイル様、少し練習の機会をいただければやれます。このあと2回は潜るんですよね? その間に俺がオークとの戦い方を教えますから。リュート、お前ならできるはずだ」
「カイン兄……分かりました、俺やります」
「よし、頼むぞ。シルヴァにも練習させて、心配な方にはキョロを付けよう」
とりあえず前衛の役割分担は決まった。
「それで後衛の俺たちだけど、こっちも命中精度とか速射性を上げようと思う。オークリーダー用に、威力の高い弾も準備しておきたいな」
「なるほど。しかし発射時間を短くするには、儂だけではキツイぞ」
「うん、だからリューナにも弾を作ってもらう。チャッピーとリューナが交互に作る弾を俺が撃てば、速くなるだろ」
しかしリューナはちょっと不安そうだ。
「兄様、私にできるかな?」
「もちろんできるさ。まだ時間はあるから練習しよう」
「うん、頑張るの!」
ちょっと励ましただけで、リューナが張り切りだした。
まあ、時間はあるからなんとかなるだろう。
それぞれに課題はあるが、守護者戦に向けて明日から猛訓練だ。
翌日から、守護者戦を想定して動き出した。
まず深部の未踏領域を回りながら、手頃なオークを探す。
やがて3匹のオークが見つかったので、レミリア、リュート、シルヴァが1匹ずつ相手取って、立ち回りの練習をした。
他はしばらく手を出さず、アドバイスに徹する。
見ていると、レミリアはわりと簡単にオークを倒してしまったし、シルヴァも押さえるだけなら余裕がありそうだ。
しかし、リュートはオークと向き合っているうちにこん棒で殴られ、腕にケガを負ってしまった。
近くで見守っていたカインがすかさず助けに入り、リュートと入れ替わる。
リュートは下がってチャッピーの治療を受けつつ、悔しそうにカインの戦いぶりを見つめていた。
シルヴァはだいぶ慣れたようなので、もう終わりにする。
チャッピーとリューナの魔力弾を交互に3発撃ち込むと、オークは息絶えた。
やがてカインの方もオークを転倒させると、そのままメイスで叩き殺してしまった。
彼もだいぶ強くなったものだ。
オークの皮と肉を剥ぎ取るともう荷物がいっぱいになったので、今回の探索は終了になった。
リュートのケガもあるので、今日は早めに帰って休息だ。
3刻近く掛けて迷宮を抜け、地上で素材を売却して帰宅した。
「リュート、ケガは大丈夫か?」
「はい、もうほとんど治ってますから」
「そうか、でもあまり無理はするなよ。リューナはどうだ、疲れてないか?」
「ちょっと疲れたけど、大丈夫なの。もっと魔法上手くなって、役に立つのっ!」
「ああ、頼むぞ。今夜は俺と一緒に寝ような」
すると、リューナが凄く喜んでいた。
まるで妹ができたみたいだが、実際は俺より年上だと思うと少し複雑である。
ま、予想以上の戦力になってくれてるから、今後も上手くやっていきたいものだ。
翌朝、ギルドへ訓練をしに行ったら、アリスさんに呼び止められた。
「ちょっとデイル君、ご無沙汰じゃない。どこ行ってたの?」
「アリスさん、こんにちは。ちょっと港湾都市セイスに行ってたんですよ」
「あら、何しに?」
「奴隷市があったんで、仲間を探しにです。ちゃんと見つけてきましたよ」
そう言って、リュートとリューナを紹介する。
「キャー、かわいい。私はアリス、よろしくね……でもデイル君、こんな子供たち買ってどうするの?」
「ただの幼児に見えますけど、これでも18歳なんですよ。竜人族なんで能力も高いから、一緒に迷宮へ潜ります」
「えーっ、本気? いくら何でもそれはひどいんじゃない?」
「いえ、大丈夫ですって。もう2層の深部まで行きましたし」
本当のことを言ったら、ドン引きされた。
リュートたちは見た目以上に強いと言っても、なかなか分かってもらえない。
まあ当然か。
その後、訓練場でアーロックさんを見つけてリュートの稽古をお願いした。
「こんにちは、アーロックさん。今日はこの子を見てもらえませんか?」
「おう、デイルか。って何だ、このちびっ子は?」
「幼児みたいですけど18歳です。竜人なんで、けっこう力もありますよ」
「そ、そうか……お前さんのとこは、変わったのが多いな。まあいい、坊主、こっち来い」
やっぱ変に見えるんだろうなあ、うちのパーティ。
お子ちゃまパーティとか、託児所とか言われなきゃいいんだが。
その後、俺はリューナに短剣の使い方を教えていた。
他のメンバーも、てんでに型の練習や組手をしている。
俺は弓の練習も交え、昼まで汗を流した。
昼食後はいつもの原っぱに行って、魔法を含めた訓練だ。
久しぶりに訓練漬けで、良い汗をかいた。
リュートのケガを考慮してもう1日を訓練に費やした後、また迷宮に潜った。
一気に2層深部へ進み、探索を始める。
オークに遭遇すると、前衛メンバーが1対1で戦う訓練を繰り返した。
まだ少しぎこちなさの残るリュートも、キョロをサポートに付けると安定してきた。
2日間で3回のオーク戦をこなし、地図も9割以上が埋まった。
すでに守護者部屋も見つけてあるので、あと1回で地図を完成させる予定だ。
地上に戻って訓練日を一日挟んでから、守護者戦前で最後の探索に出た。
おそらく地図の残りは全体の1割も無いはずで、その区画は誰も立ち入っていない領域だ。
いつも以上に注意して探索していると、多数のオークを探知した。
シルヴァの感覚によれば、5匹もいるらしい。
いつになく数が多いが、守護者戦の良い練習になると考えた。
俺たちは対守護者戦のフォーメーションを組み、部屋に突入する。
守護者を想定して訓練を積んだ俺たちにとって、すでにオーク5匹など大した敵ではなかった。
カイン、サンドラ、レミリアはそれぞれ単独でオークを倒してしまったし、残り2匹は俺とリューナの魔力弾で仕留めた。
驚いたのは、この部屋のお宝だ。
さすがはオーク5匹が守る部屋だけあり、小指の先大の宝石が5個、奥の壁に埋もれていたのだ。
「おいおい、これって宝石じゃないか? チャッピー」
「なんじゃと?……うーむ、おそらくルビーとサファイアの原石じゃな」
「本当かよ。だったら凄い価値があるよな?」
「これひとつで金貨10枚にはなるじゃろう。やはり未踏部分には、お宝が眠っておるんじゃのう」
チャッピーが言うように、ここは守護者部屋から離れた未踏区域だ。
しかもこの部屋には通路がひとつしか無く、どうやらここが最奥らしい。
つまり俺たちは、完全には踏破されていなかった2層を、とうとう探索し尽くしたことになる。
なぜ今まで未踏区域が残っていたかといえば、それは探索目的の違いだ。
通常のパーティは先に進むことを優先するから、守護者部屋の位置が判明すると、その周辺しか寄りつかない。
そして守護者を倒せるパーティはさっさと次の層へ行ってしまうし、それができないパーティは中盤と深部の境界をうろつくだけ。
たまに3層は儲からないと言って戻ってくるパーティでさえ、あえて守護者部屋から外れた区域に深入りはしないのだ。
しかしシルヴァの探知でわりと楽に探索できる俺たちは、地図の空白部分を埋めて回っている。
その結果、こうして見事にお宝に巡り会えたって寸法だ。
これだけの宝石が得られるのなら、オーク5匹を相手にする価値は、十分にあったというものだ。
その晩は宝石部屋で野営をし、翌日早々に地上へ戻った。
さっそく原石を宝石商へ売りに行くと、やはり金貨50枚の値が付いた。
守護者戦を控えた俺たちにとって、良い景気づけとなったのは言うまでもない。
翌日を休息に充てて翌々日、いよいよ2層守護者の攻略に出発した。
出発から3刻近く歩くと、守護者部屋の前に到着する。
「いよいよ2層の守護者に挑戦だ。これを想定してさんざん訓練を積んだから、大丈夫だとは思う。しかしオークリーダーの強さは未知数だ。ヤバイと思ったら逃げるから遅れるなよ。いいな!」
「「はいっ!」」
勇んで守護者部屋へ侵入すると、オークリーダーとオーク4匹がゆっくりと現れた。
作戦どおり、前衛が展開すると同時に、俺とチャッピー、リューナは魔力弾の発射態勢に入った。
オークリーダーは通常よりふた回りはでかく、その攻撃も強力だった。
奴を担当するカインが、その強烈な攻撃に苦労しているが、盾でいなしつつなんとか耐えている。
早く周りの雑魚を片付け、加勢してやらなければならない。
「チャッピー、魔力弾準備」
まずシルヴァが対峙するオークに向け、チャッピーの魔力弾を撃ち出す。
先端に魔力塊を仕込まれたその弾が、易々と表面の防御を打ち破る。
運良くオークの心臓を貫いたその弾は、1発でオークを仕留めてみせた。
次はリューナに弾を準備させ、リュートとキョロが戦うオークに発射する。
今度はさすがに1発では片が付かず、2発の魔力弾を要した。
しかし、かなりのハイペースでオークを倒せているのも事実だ。
サンドラとレミリアは危なげなくオークと戦っていたので、俺たちはカインの加勢に回る。
「チャッピー、特大の魔力弾をくれ。リューナも次のを準備しておけ」
通常よりも時間を掛けて作られた特大魔力弾を、オークリーダーに撃ち込んだ。
しかし驚いたことに、リーダーはそれをこん棒で叩き落してしまう。
それならばと、通常の弾を2発続けて撃てば、どちらも外皮で跳ね返された。
奴がこちらを見てニヤリと笑う。
どうやらオークリーダーは、ただでかいだけのオークではないらしい。
「リュート、シルヴァ、キョロはカインと一緒にリーダーを囲め。無理せずに奴の注意を逸らすんだ。チャッピーとリューナは通常の魔力弾をどんどん作ってくれ」
その後は速射性を優先して、通常の魔力弾を交互にバンバン叩き込んでやった。
カインたちもそれぞれ攻撃しているので、やがてリーダーの手が疎かになってくる。
「チャッピー、特大のをもう1発!」
「そろそろ打ち止めじゃぞ……」
チャッピーがなんとか作り出した特大弾の発射タイミングを、慎重に測る。
やがてカインのシールドバッシュで、リーダーがよろめいた。
ドンッという腹に響く音と共に、特大魔力弾が突き進む。
今度は撃ち落とされることなく命中した特大弾が外皮を食い破り、心臓近くに突き立った。
一瞬動きの止まったリーダーをカインが盾で押し倒し、その頭にメイスを振り下ろす。
何度も、何度も打擲を加えると、とうとうオークリーダーが動かなくなった。
その頃にはサンドラとレミリアの方も決着がついており、2匹のオークが地に伏している。
2層攻略の完了だ。
「……やったの、やったのです、兄様!」
感激して飛びついてきたリューナを、俺が受け止める。
続いて寄ってきたレミリアとサンドラも、一緒に抱き締めてやった。
リュートもカインと肩を叩き合いながら喜んでいた。
そしてキョロとシルヴァも、嬉しそうに走り回っている。
しばらく勝利の余韻に浸った後、素材を剥ぎ取った。
それから3層侵入資格を手に入れ、3層へ降りてから地上へ戻る。
衛兵に2層の攻略を伝えると、また事情聴取を受けた。
ここで地図の完成度合いを聞かれたので全て埋めたと答えると、未探索部の情報買い取りを打診された。
国に逆らってもしょうがないので、もちろん了承だ
そして今回の未探索エリアは全体の2割と認定され、金貨20枚の臨時収入を得た。
不完全な地図が金貨1枚だったことからすれば安過ぎる気がしないでもないが、この情報が後続の役に立つことを祈ろう。
その後、素材の売却と報告のためギルドへ向かう。
「アリスさん、こんにちは。ようやく2層を攻略しましたよ」
「ええっ? またまた~、冗談でしょ? デイル君って、1層攻略からまだ2ヶ月しか経ってないじゃな~い」
「いえ、ホントですって。カード確認してください」
カードを渡すと、専用の機械で確認したアリスさんが呆れ顔になる。
「呆れた、本当に攻略しちゃったのね。これで冒険者ランクもCになったから、すっかり一人前ね。おまけに強化レベルも5になってるし。2層だと、普通は3ぐらいなのよ」
「ああ、そうなんですか? オークいっぱい狩りましたからね、僕ら。ちなみに3層探索者の割合は?」
「そうねー、全体の2割足らずってとこかしら。ちなみに4層は3%しかいないわよ」
「なるほど、俺もとうとう上位2割の仲間入りですね」
「なんか、近いうちに3%に入りそうで怖いわ~」
「それはやってみないと分かりませんが、がんばります」
俺の謙虚なコメントに、アリスさんが疲れた笑いを返す。
さて、今日もオーク肉で打ち上げをしよう。
そして2、3日ゆっくり休んでから、3層に挑もうかね。




