26.竜人魔法
リューナに魔力を注入しながら話を聞いていたら、彼女は竜人魔法を使うと言う。
「竜人魔法ってのは、どんなことができるんだ?」
「うん、竜人魔法ってのはあ、精霊と竜神の加護を受けて自然の力を操るの。大きな風を起こしたりい、地形を変えたりい、水も操れたりするんだよ~」
「それは凄いな。戦闘になったら無敵じゃないか?」
「……ううん、発動するのにけっこう時間が掛かるし、細かい制御は苦手なの。だから奴隷狩りに捕まっちゃった……」
「そうか……それじゃあ、俺やチャッピーと一緒に魔法の練習、してみるか?」
あわよくばリューナも戦力化できないかと思い、誘ってみた。
「うん、練習する! そして兄様の役に立つの。迷宮にだって付いてくんだから」
リューナが嬉しそうに迷宮攻略への参加を宣言すると、リュートがそれを聞き咎めた。
「おい、リューナ。そんなこと許さないぞ」
「何? リュートは働かないの? 兄様に命を救ってもらったのに」
「それはそうだけど、俺たちに迷宮でできることなんて無いよ」
「違うよ。私たちは成長が遅いだけで、高い能力を持ってるんだから。リュートだって本当は強いくせに、どうして隠すの?」
「俺は別に隠してなんかない……ただ、荒事は嫌いなだけだ」
リュートはなんか屈折してるな。
いや、18歳ってのが本当なら、その言動もそうおかしくないか。
「はいはい、もし連れていくにしても、ちゃんと実力は見極めるから安心しろ。でもリューナに実力があれば、一緒に行くのは止められないぞ」
「ご主人様、本当に連れていくのですか? こんな小さい子を」
レミリアが心配そうに言う。
「おいおい、見た目は幼いけど中身は18歳なんだぜ。実力があれば問題ないさ。ま、知らない奴からは鬼畜とか言われそうだけど」
「大丈夫、私が役に立てば、そんなこと言われなくなるの。そして将来は兄様に、3番目のお嫁さんにしてもらうの!」
「アハハハハー、それはもっと大きくなってから相談しような。レミリアとサンドラの許可も必要だし」
リューナがいきなりの嫁立候補宣言。
しかも3番目でいいとか言ってるし。
ま、それはなるようになるだろう。
適当なところでリューナの施術も終えたが、今までで一番魔力を使った気がする。
やはり竜人は、なんか根本的に違うようだ。
その後はみんなで雑魚寝したんだが、リューナはちゃっかり俺とレミリアの間に潜り込んでいた。
なかなかやるな、リューナ。
リュートは肩車でなついたのか、カインと一緒に寝てる。
実際には同い年なんだけど、まるで兄弟みたいだな。
奴隷市の最終日も、朝から見て回ったが、やはりいい商品は見つからなかった。
結局、早々に新たな奴隷を探すことは諦め、町の中を観光して回った。
リューナがねだるのでまた肩車をしてやったら、カインもリュートを肩車していた。
しかもけっこう話がはずんでいるようだ。
ちなみにリューナの体重は、明らかに重くなっていた。
見た目はほとんど変わらないのに、どうなってんだろうか?
もちろんリューナには言ってない、女の子だからな。
町をぶらぶらしていたら、ゴトリー武具店の看板が目に付いた。
せっかくだから、リューナたちの装備も買ってくか。
そのまま皆を連れて店に入ると、今日も眼鏡っこが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ~、お客様ぁ。また何かご入り用ですかぁ?」
「こんにちは。実は仲間が増えたので、その装備も買おうと思いまして」
「そうなんですかぁ。わー、かわいい子供たちですね~。お父さん、呼んで来ま~す」
そう言って奥に消えると、すぐにガンコ親父が現れた。
「おう、仲間が増えたって?……おいおい、幼児じゃねえか。何考えてんだ? いったい」
「いや親父さん、この子たち、こう見えて18歳なんですよ。竜人ですし」
「竜人? そいつはまた珍しいな。まあいい、何が欲しいんだ?」
「この女の子用に、防御力の高いローブとか無いですかね? それとリュートはどうする?」
リュートは迷宮に入るとは言ってないので、改めて確認する。
「俺は……できれば軽い鎧と、身長より少し小さいくらいの剣が欲しいです」
おっ、なんかやる気になってるぞ。
カインを見ると、意味ありげに頷きを返してきた。
いつの間にか、リュートを説得してくれたのだろう。
「女の子は魔術師ってことだな。しかしその坊主に身長並みの剣は、でかすぎねえか?」
「こう見えて力はあるから、長い剣でも使えます」
「そうか、分かった。少し待ってろ」
親父はそう言って奥に引っ込み、ゴソゴソやっていた。
やがていくつかの剣や鎧を持って現れる。
「剣は好きな奴を選びな。調整が必要ならやってやる。あいにくとそいつらの体に合うローブと鎧は安物しかない。しかし竜人は硬いと聞いてるから、これでもいけるだろう」
そう言って出された剣を、リュートが確認する。
いくつか試し振りをして、魔鉄製の剣をひとつ選んだ。
それはリュートの体格に比して明らかに大きいが、本人はそれでいいと言う。
大人なら片手剣になるところを、両手持ちの大剣みたいな感覚で使うようだ。
普通だと鞘から抜けないので、抜き差しできるような加工を親父がしてくれることになった。
ちなみに剣は背中に背負う形になる。
鎧の方は頭や胸など、要所をカバーする程度の革鎧だ。
リューナのローブも若干強い素材を使ってはいるが、防御力はただの服より少しマシな程度である。
しかし親父さんが言うように、竜人族は鬼人族に次ぐ頑丈さを持つらしいので、とりあえずはこれでいいだろう。
ローブ、剣、鎧で合わせて金貨10枚を支払うと、また眼鏡っこが大喜びしていた。
今夜は焼き肉よー、とか言ってるし。
本当に大丈夫か、この店?
剣と鎧は調整が必要なので、明日来いと言われた。
まあ、急ぐ旅でもないからいいだろう。
その後はまた海を見に行ったりして、観光を楽しんだ。
せっかくの機会なので、明日はギルドの依頼をこなしながら、町の外に出てみようという話になった。
翌日、リュートの装備を受け取ってから、この町の冒険者ギルドを訪れた。
出されている依頼を見ると、巨大蜘蛛とか金属蟻など、虫系魔物の討伐があった。
たしか、ガルドの3層と4層には虫系の魔物が出るらしいので、ちょうどいいかもしれない。
俺は簡単そうなビッグスパイダーの依頼を受注して、現場へ向かった。
近くの森の一角に陣取ってるらしいので、ピクニック気分で歩いていく。
また肩車をしてやったら、リュートとリューナが喜んでいた。
2刻ほど歩くと馬鹿でかいクモの巣が見えてきた。
森の小径を塞いでいるので、討伐依頼が出たのだろう。
「たぶん、巣にちょっかい出せば出てくると思うけど、誰がやる? 俺とチャッピーがやってもいいけど」
「私にやらせてください、ご主人様」
そう言ってレミリアが進み出た。
たぶん新しい武器を試したいんだろう。
「ビッグスパイダーは強力な糸を噴き出すし、毒も持ってるらしいから気をつけてな」
そう言って俺がクモの巣を突つくと、体長が俺の肩ほどもあるクモが姿を現した。
体高も腰くらいまであって、かなりでかい。
レミリアが恐れげもなく前に出ると、そいつが糸を噴きつけてきた。
しかし彼女はそれを余裕で躱し、あっさりと足をちょん切ってしまう。
何回か同じ動作が繰り返されると、もうクモは動かなくなっていた。
うん、余裕だったね。
「レミリア、ご苦労さん。新しい剣の使い勝手はどう?」
「はい、魔力を通さなくても、素晴らしい切れ味です。魔力斬を使うのが楽しみですね」
その後、クモの巣を適当に片付けて、依頼は完了した。
まだ昼前なので、見晴らしのいい場所を探して休憩することにした。
「リュートとリューナは、体の調子はどうだ。変なことがあれば言えよ」
「ううん、全然おかしくないの。兄様に魔力を注いでもらってから、凄く調子がいいのです」
「俺も問題ありません。故郷にいた時より快調なぐらいです」
「そうか、それは良かった。とりあえず様子を見ながら、1週間くらいは治療を続けよう」
その後、昼飯を食ってから軽く訓練をした。
カインがリュートと、レミリアがサンドラと組んで剣を振る横で、俺とチャッピーはリューナと魔法の話をしていた。
「リューナはもう竜人魔法ってやつ、使えるのか?」
「うーん、簡単なやつなら使えるの。風を起こすとか?」
「よければやってみてくれないか?」
「はいです」
リューナが近くにある木に向けて手を突き出し、しばらく集中する。
やがて聞いたことのない言葉を彼女が呟くと、周囲に突風が吹き荒れた。
ゴウゴウとしばらく風が吹き続けると、その後にはほとんど葉が落ち、あちこち枝が折れた木が残されていた。
俺たちはしばし言葉を失う。
「……す、凄い風だったな~。リューナは大丈夫か?」
「うーん、一気に魔力使ったからフラフラなのです~」
「そうか、無理させて悪かったな。あれはもっと弱いのとか、できないのか?」
「今の私では難しいの~」
なんでも竜人魔法ってのは、竜人の里で才能のある子供に儀式を施し、精霊と竜神の加護を受けることから始まるそうだ。
この加護を受けた者は”竜神の御子”と呼ばれ、自然の力を引き出せるようになるのだが、その加減が難しい。
なぜなら通常の精霊の力と竜神の力が掛け合わせられるため、何十倍にも増幅されてしまうからだ。
そのため精霊と竜神に対してもの凄く細かい指示をしないと、今のような暴風になってしまう。
なら精霊の力だけ使えばいいようなものだが、なまじ竜神の加護も受けているため、どうやっても干渉してしまうんだそうだ。
おかげで竜人魔法を使いこなすには、長い時間を掛けて精霊と交信する必要がある。
竜人族ってのは寿命が長くて気も長いので、まともに使えるようになるには、数十年も掛かるんだとか。
「うーん、まだ何十年も掛かるんじゃ、一緒に迷宮に潜れそうにないな~」
「えーっ、何とかなるのです。私も一緒に連れてって欲しいの~」
「でも短剣だけじゃ足手まといだぞ。やっぱりチャッピーに魔法教えてもらわないとダメだな」
リューナには護身用として中古の短剣を持たせているが、武器はそれだけだ。
「兄様のためなら何でもやるの」
「儂も構わんぞ」
「よし、それじゃあ教えやすくなるように、俺の使役スキルを使おう」
俺は使役スキルについて簡単に説明し、リューナに『契約』まで行使した。
「契約できたのです。あ、本当に兄様の存在を感じるの~」
「よし。この使役リンクを使って魔法を練習しよう。これを使うと、言葉で説明しにくい感覚を伝えやすいんだ。チャッピー、頼む」
それからしばらくはチャッピー先生の魔法講座だ。
俺も側で聞いていて、たまに補足する。
最初はリューナも、初めて聞くこの世の理を受け入れるのが難しくて、苦労していた。
しかし比較的なじみのある風、水、土の魔法は、徐々にできるようになってきた。
今まで理解していなかった自然の理に触れ、小なりとはいえそれを操ることがよほど新鮮だったらしい。
リューナが目を輝かせながら魔法を連発した。
すると案の定、すぐに魔力切れを起こした。
俺が魔力を補給してやっても良かったが、急にやり過ぎるのもよくないと思い、最低限の補充で済ませておく。
これから徐々にやっていけばいい。
その後は適当に暇をつぶし、夕暮れまでに町へ戻った。
ギルドで依頼終了を報告して報酬を受取ると、素材も含めて大銀貨1枚だった。
人数で割ると微々たる収入だが、訓練みたいなものだから構わない。
その後、夕食を取りながら、リュートの様子を聞いてみた。
「リュートの訓練はどうだった?」
「はい、カイン兄に稽古をつけてもらって、参考になりました」
「そうか、カインはどう思う? リュートは戦えそうか?」
「はい、剣術の基本はできていますし、体のわりに大きな剣もコントロールしています。俺より、よほど強いですよ……」
ん? 何か気に掛かる言い方だな。




