25.リュートとリューナ
昨日はこだわり派の武具屋に出会い、良い武器と防具を買うことができた。
まだ奴隷市までは1日あるため、今日は魔物屋を回ってみる。
やはりギルドで教えてもらった店を何軒か回ったものの、残念ながら良い商品は見つからなかった。
改めてキョロとの出会いが運命的なものだったと、しみじみ思う。
結局、使役獣については早々に諦め、セイスの観光に切り替えた。
俺は海を見るのは初めてだったので、砂浜でリゾート気分を堪能する。
レミリアとサンドラのビキニ姿が眩しいぜ。
そしていよいよ奴隷市当日、俺たちは朝から会場を歩いていた。
会場には色とりどりのテントが立ち並び、なかなか賑わっている。
この奴隷市では、値段帯ごとにオークションが開催されている。
あらかじめ公開されている競売リストを見て、興味があれば参加する形だ。
とりあえず、金貨20枚から50枚のオークションに顔を出してみた。
この価格帯はそれほど高級ではないが、昨日の大盤振る舞いで資金が減ってたのもあり、様子見で入ってみた。
しかし、あいにくと気に入るような奴隷はいない。
昼前には飽きてしまい、金貨50枚以上のオークションも覗いてみた。
しかしこちらも値段のわりにはろくなのがおらず、結局その日は空振りに終わった。
翌日はオークションではなく、低価格帯の店売りを回ってみる。
こちらは金貨20枚未満の低級奴隷で、戦闘用などはまずいない。
なのであまり期待せずにぶらついていたら、チャッピーがある子供たちに目を留める。
俺も気になったので近づいてみると、黒髪に緑の瞳を持った子供が2人、檻の中で寄り添っていた。
額に生える2本の角から鬼人族と思われる彼らは、5歳か6歳程度に見えた。
その整った顔立ちが良く似ていたので、おそらく双子なのだろう。
「こんな所に竜人族とは珍しいのう。魔大陸の山奥に住む種族で、めったに見つからないはずなんじゃが」
物知りなチャッピーが教えてくれた。
「へえ、竜人族なんて初めて聞いたよ。でもこの売り札には鬼人族って書いてあるよ」
「無知な奴隷業者が勘違いしておるだけじゃ。鬼人族はバリエーションに富んでおるから、間違われやすいんじゃよ。カインに比べると、角の先端が丸いじゃろ?」
たしかに彼らの角は先端が丸っこかった。
しかし鬼人族は眼や髪の色が多彩だから、その1種と見られてもおかしくはない。
そんな彼らを眺めていたら、レミリアが話しかけてきた。
「ご主人様、この子たち凄く弱ってます。まるで、私がご主人様に買われた時みたいに……」
「ん? たしかに彼らはガリガリだけど、そんなの周りにもいっぱいいるじゃん」
「私には分かるんです。今にも命が尽きそうな絶望感……あの子たちの目は、まるで死にゆく者のそれです」
「ふむ、たしかにこいつらの魔力は、尽きかけておるようじゃな」
レミリアにチャッピーが賛同すると、彼女は目の前の子供たちを救えないかと、懇願の目を向けてきた。
「……それって、俺にこの子たちを買い上げて、魔力を注げって言ってるんだよね? なんで俺がそんな、慈善事業みたいなことしなきゃいけないの?」
ちょっと納得がいかないので抵抗したら、レミリアが涙目になる。
その目はズルいっす。
そしたら、チャッピーまで発破を掛けてきた。
「デイル、小さいことを言うな。おぬしはそうやって仲間を増やしてきたんじゃろうが。竜人族は独自の魔法に長けると聞くから、決して損にはならんと思うぞ」
そうは言っても、俺はもっと強そうな奴隷が欲しいのだ。
今でさえ舐められてるのに、この子たちを連れて帰ったら、託児所とか言われてもおかしくない。
「この子たちに魔力注いだら、レミリアみたいに急成長するの?」
「いや、竜人族は成長が遅いらしいから、それは無いじゃろう」
やっぱり託児所じゃねーかよと愚痴っていたら、奴隷商人が話しかけてきた。
「お客さん、この鬼人に興味あるのかい?」
「あ、いや、あんまりガリガリなんで心配になって見てただけだよ。ちゃんと飯は食わせてるの?」
「もちろんだ。売れる前に死なせちゃ困るから、ちゃんと食事は与えてる」
「それにしちゃあ、今にも死にそうに見えるけどね」
「そ、それは気候とか合わないんだろうよ。魔大陸から着いたばかりだからな」
やっぱり魔大陸で奴隷業者にとっ捕まって、こっちに送られたのか。
ひでー話だな。
「ふーん、じゃあ、この子たち、このまま死んじゃうのかぁ? 俺だったら、助けてあげられるかもしれないんだけどなぁ」
「助けるって、どうやって?」
「それは俺も鬼人の奴隷持ってるから、経験あるのさ」
「へー、そうかい。それで、こいつらを安く売れってのか?」
「まあ、折り合いが付けばね」
奴隷商人は俺を値踏みしながら、交渉を始める。
「そうだな、こいつらは競売に掛けようと思ってたんだが……そこまで言うなら、1人金貨20枚で売ってやってもいいぞ」
「冗談でしょ、おっちゃん。ここは金貨20枚未満の低価格ゾーンじゃない。しかも死にかけの幼児じゃあ、金貨5枚でも高いな」
「馬鹿野郎、それじゃ大損じゃねーか。なら金貨15枚だ」
「俺が買わなかったらこの子たち、確実に死ぬよ。可哀想に、1週間も保たないだろうな……金貨8枚」
「こいつらは顔立ちが整ってるから、まだ売れる可能性はある。金貨13枚」
「こっちが人助けするのに金貨13枚はないでしょ~……2人合わせて金貨20枚。それでダメなら帰るよ」
俺はいかにも平気そうな顔で、ハッタリをかました。
奴隷商の目が凄い勢いで動き、いろいろ計算しているのがよく分かる。
そんなに分かりやすくていいのか? 商人よ。
「チッ、分かった。俺もこいつらの体調は気になってたんだ。せっかく助けてくれるっていうなら、俺が涙を呑もうじゃねえか」
「素晴らしい。あんたが漢気のある人でよかったよ」
俺と商人はにこやかに握手を交わした。
恩着せがましいことを言ってるが、金貨20枚がギリギリの原価回収ラインだったのだろう。
その後、金貨20枚を払い、2人の奴隷契約を済ませて連れ出した。
2人は歩けないほどに衰弱していたので、俺とカインが1人ずつ肩車をしてやる。
最初は息も絶え絶えだったのが、少し元気になってきた。
それにしても、見た目より重いな、この子。
2人の話を聞くついでに飯を食おうと思い、手近な飯屋に入る。
適当な食い物を頼んでから、2人に話しかけた。
「俺の名はデイル。冒険者をやってる。こっちから順にレミリア、カイン、サンドラ、シルヴァ、キョロだ。それで、君たちの名前は?」
「俺はリュート。こっちは妹のリューナです」
ほとんど差がないので気が付かなかったが、片方は女の子だったらしい。
「そうか、リュート、リューナ。今日から俺がお前たちの主人になる。本当は迷宮に潜るための戦力を探しているんだけど、さすがに幼児に無理をさせるつもりはない。怖がらなくていいぞ」
「すみません。俺たち幼く見えるかもしれないけど、これでも18歳なんです。ちょっと訳ありで……どの道、迷宮探索なんて無理ですけど」
驚愕の事実!
目の前の幼児は俺よりも年上だった。
「なんとまあ、俺より年上だったか。竜人は成長が遅いって話だけど、そこまでとは思わなかったよ」
「っ! なぜ俺たちが竜人だと?」
リュートの顔に警戒の色が浮かぶ。
「心配しなくていいよ。竜人だからどうこうしようなんて思ってないから。仲間に物知りがいて、最初から竜人だって分かってたんだ。そしてこっちのお姉ちゃんが、君たちを助けてくれって言うから買った」
「俺たちを助けるって、どういう意味ですか? しょせん奴隷でしょ」
「君たちがとても弱っていることは分かっている。魔素の濃い魔大陸から未成熟な子供を連れてくると、魔力不足で死ぬ場合があるんだ。そして俺はその治し方を知っているし、それができる」
リュートが怪しそうに俺を見返してくる。
すると、それまで黙っていたリューナが喋り始めた。
「リュート、デイル兄様の言うことは本当だよ。私もさっきまで魔力が尽き掛けて動けなかったのに、肩車してもらったら少し魔力が流れてきて元気になったの。兄様は凄い魔力の持ち主よ」
「へえ、それが分かるんだ? それなら話は早い。ところで、なんで兄様?」
なぜかリューナが、俺を兄様呼ばわりする。
「あ、すみません。さっき肩車された時に故郷の兄を思い出して……兄様って呼んじゃ、ダメですか?」
「いや、いいよ。ご主人様よりもそっちの方がしっくり来る。ところで、ひょっとしてリューナは魔力の流れが分かるんじゃないのか?」
「はい、意識すれば魔力の流れが見えます。そこに何かがいるのも分かってます」
「おっと。隠密状態のチャッピーを見破ったか。たぶん、リューナの魔力も相当なものだな」
これは驚いた。
チャッピーが見えるほどなら、リューナはかなり魔法が使えるのかもしれない。
一方、リュートはきょとんとしている。
「実は俺は妖精と契約してるんだが、普通の人間には見えない。ここで人前に出すわけにもいかないから、リュートには後で紹介するよ。さて、飯が来たから食べよう」
頼んだ食事が出てきたので、少し早い昼飯にした。
リュートとリューナは美味しそうに食べているが、それほどがっついてはいない。
レミリアに初めて食わせた時なんか、凄い勢いだったんだがな。
まだ彼らは余裕があるのだろうか。
ひととおり食事が終わったのでお茶を飲みながら2人の話を聞いた。
やはりリュートたちは、魔大陸の山奥に住んでいたらしい。
あまり他種族とは接触せず質素に暮らしていたのだが、20年ぶりに現れた叔父さんがその平穏を破った。
この叔父さんは、人族の社会で一端の冒険者となってそれなりに稼いでいたが、ふと故郷が懐かしくなって帰ってきたそうだ。
そして叔父さんは親切心からリュートたちを村の外に誘った。
結局、少しは見聞を広めるのもいいという話になり、叔父さんと一緒に近くの鬼人族の集落へ遊びにいったそうだ。
しばらくはその村を拠点に周辺の森で探索などをしていたところ、運悪く人族の奴隷狩りに捕まってしまった。
他の鬼人と一緒だったので竜人とはバレなかったものの、そのままこの大陸に送られて売られていたという状況だ。
もし竜人とバレてたら何十倍もの値段が付いていて、俺には手が出なかっただろう。
それにしても、魔大陸の奴隷狩りはかなり派手にやられているようだ。
異種族を一方的に奴隷にする人族の業は、深いと思う。
その後はリュートたちの着るものを買いに行き、とりあえず下着と大きめのローブを買い与えた。
魔力を与えるとまた成長するかもしれないので、これで様子を見るつもりだ。
その後も奴隷市を見て回ったが、食指の動く商品は無かった。
リュートたちを買ったこともあるので、よほどの出物が無い限り、今回の買い物は終わりになりそうだ。
夕飯を食ってから宿に戻ると、チャッピーをリュートたちに紹介した。
「リュート、リューナ、この妖精がチャッピーだ。こう見えても100歳オーバーの大御所で、物知りなんだぞ。お前たちに気付いたのもチャッピーだ」
「最初、誰かに見られるような感覚があったが、あれはリューナが儂を見ておったのじゃろう?」
「うん、なんか変わった魔力が見えたの」
「そうか。そういう意味では必然の出会いだったのかもな。さて、2人に魔力を与えよう。ついでにチャッピーは魔力の流れを診てくれ」
「了解じゃ」
リュートを椅子に座らせ、彼の心臓辺りに後ろから手を当てて魔力を流す。
チャッピーは前方から胸に手を当て、魔力を導いている。
最初はカインたちの毒を消すための治療だったが、体内の魔力経路を整えて魔力を増やしたり、魔力制御を容易にするなどの効果が判明している。
レミリアやシルヴァでも効果があったので、リュートたちにも効果があるだろう。
「それにしても、魔力がどんどん吸い込まれる感じがするな」
「やはりそうか? 竜人は身体の割に、魔力の貯蔵量が多いと言われておるからな」
「こんな小さな体のどこに入るんだろうな?」
「一説には、魔力を体組織に換えると言われておる。たぶん明日は、体重が増えとるんじゃないかのう」
その辺の話は、リュートも今まで知らなかったそうだ。
チャッピーってホント物知りだな。
しばらく施術して、今度はリューナに代わる。
「おお、リューナにもどんどん入るな」
「はい、兄様の魔力が体に満ちて気持ちいいの。チャッピーがそれを整理してくれるのも気持ちいいよ」
「さすがにリューナはそういうのが分かるんだな。魔法は何か使えるのか?」
「うん、私は竜神の御子だから、竜人魔法が使えるの」
えっ、竜人魔法って何?
それって、美味しいの?




