24.港湾都市セイス
犯罪パーティ”嵐の戦斧”の襲撃を退けた日の夜、俺たちは珍しく酒場で飲んでいた。
厳しい戦いを最低限の被害で切り抜け、大金を手に入れてのお祝いだ。
「いやー、本当に今日は危なかった。レミリアとシルヴァのケガは大丈夫か?」
「大丈夫です。チャッピーに治してもらったので、ほとんど痛みもありません」
「ワフン」
「そっか、でも無理はするなよ。それにしてもあいつら強かったな~」
「さすがは3層探索者といったところでしょうか。しかしデイル様の魔法はさすがですね。あれで敵の機先を制することができました」
「それもチャッピーの補助あってのものさ。追跡を察知してくれたのも大きかった」
「フヒヒッ、お役に立てて何よりじゃ」
チャッピーが仲間で、本当に良かったと思う。
しかし、相変わらず問題は残っている。
「でも今後のことを考えると、マジで戦力アップを考えないとなあ」
「それは、新メンバーを加えるということですか?」
「うん、それと同時に武器もグレードアップしたいね。ほら、あの剣士が使ってた魔鉄製のバスタードソードあるだろ? あれはサンドラが使うとして、俺たちにも魔鉄製の武器が欲しいな。それから、カインにはもっと大きな盾を持たせたい」
「たしかに魔鉄製の武器は有効じゃ。しかし、この町ではほとんど売っておらんじゃろう?」
「そうなんだよ。だから他の町で武器と奴隷を探そうと思うんだけど、やっぱ王都に行くしかないかな?」
そんな話をしていたら、横から声が掛かった。
「やあ、デイル君。元気そうだね」
「あっ、クインさん。お久しぶりです」
クインさんは俺がこの町へ来た時の護衛隊長で、Cランクのベテラン冒険者だ。
せっかくなので椅子を勧めて話をした。
「クインさんは、また護衛でこちらに来たんですか?」
「ああ、そうだよ。デイル君は迷宮に潜ってるのかい?」
「ええ、今はこのメンバーで2層を探索してます」
「4ヶ月で2層に入るとは、なかなかやるね。もう序盤は切り抜けたのかい?」
「ええ、今は深部に入って2週間くらいですね」
そう答えたら、彼の顎が落ちた。
「ハア? もう深部を探索してるって、冗談だろ? 俺たちだって、あそこはオークが怖くて立ち入れないのに」
「あ、クインさんもオーク経験者ですか。あいつら硬すぎですよね?」
「そうそう、魔法でも使わないと倒せないから、オークに遭ったら逃げるんだよ。あいつら足遅いから」
「やっぱ普通は逃げるんですか。でもそれだと、探索進まないですよね?」
「普通はって、まさか君は違うのかい?」
クインさんが訝しそうに聞いてくる。
「ええ、うちは優秀なメンバーが揃っているので、オークに遭遇しても倒しますよ」
仲間自慢をしてやったら、また彼の顎が落ちた。
「ちょっと待って……獣人の女の子に鬼人の男女、そして魔物が2匹……ひょっとして君らがオーク狩りで有名な、”妖精の盾”だったの?」
「はあ、よく知ってますね?」
「よく知るも何も、最近噂になってるパーティだよ。”オークバスターズ”とか、”皆殺しの盾”なんて別名まであるぜ」
「ひどっ! ”オークバスターズ”は分かるけど、”皆殺しの盾”ってなんすか?」
「いや、持ち帰る魔石が異常に多いから、迷宮内で出会った魔物は、片っ端から倒してるんだろうって話でさ」
ぐふっ、自業自得だった。
「……いや、俺らもヤバイと思ったら逃げますよ。地図を埋めるついでに、ちょっと普通より多く倒してるだけですって」
「本当にほとんど倒してるのかよ? はあ、まあそれだけ強いってことだよなぁ」
「別に、それほどでもないですよ」
「でもデイル君、いくら強いからって、浮かれてるとひどい目に遭うよ。目立つ新人を襲う奴らだっているんだから」
実は今日、返り討ちにしたばかりだなんて、言える雰囲気じゃないな。
「そ、そうなんですよ。実はそんなことにならないよう、戦力を底上げしたいんだけど、何かいい手は無いですかね? 増員とか武器とか」
「増員って、ギルドで募集してみたのかい?」
「何度かメンバーを募ってはいるんですけど、ろくなのがいないんですよ。俺たちのおこぼれにあずかろうって感じの奴らばかりで、信頼できないですね。かと言って奴隷を買おうにも、この町にはいいのがいないし」
「この町の商業はイマイチだからしょうがないよ……そう言えばもうじき、港湾都市セイスで奴隷市が立つんじゃなかったかな」
神情報キター!
「本当ですか? それってけっこう大きいんですよね?」
「ああ、あそこは王都よりも商業が盛んだから、奴隷も武器もいいのが集まるんだ。しかも半年に一度の奴隷市だから、けっこうな規模だよ」
「クインさん、耳よりな情報ありがとうございます。おごるから飲んでくださいよ」
その後、彼に飲ませながら、いろいろ聞いた。
ここから港湾都市セイスまでは馬車で4日ほどで、ちょうど1週間後にそこで奴隷市が立つらしい。
だいぶ金も貯まってきてるので、いい奴隷や武器が見つかれば、奮発してもいいだろう。
翌日の朝に、港湾都市行きの商隊を探したところ、次の日出発の隊が見つかったうえ、護衛も募集中だったのでさっそく申し込んだ。
そして当日、4の刻少し前に待ち合わせ場所へ赴き、準備が整うと最後尾の馬車に乗り込んで出発した。
商隊は6両の馬車を有し、護衛は俺たち以外に2パーティで10人もいた。
けっこう魔物が多く出るらしいが、俺たちは護衛の中でもオマケみたいなものだから、本命パーティに任しとけばいい。
そういえば、町の外に出るのも久しぶりだから気分がいい。
いざセイスへ、いざ奴隷市へ。
道中は前情報どおりに魔物が多かった。
ホブゴブリン率いるゴブリン20匹が現れた時は、少し騒ぎになったがしょせんゴブリン。
シルヴァの能力で事前に察知していたのもあって、大して苦労しなかった。
その後もちょろちょろ出てきたが、ほとんど俺たちの出番は無かったくらいだ。
こうして4日目の夕刻には港湾都市セイスに到着した。
俺は護衛料の金貨1枚を受け取り、その晩は護衛仲間に教えてもらった宿に泊まった。
少し物価が高いのか、4人と2匹で1部屋が銀貨12枚だった。
まあ、奴隷市が近いので人も多いのだろう。
部屋の内装は悪くなかったので、2日後の奴隷市に向けてくつろいだ。
翌日は武器と防具を見て回るため、冒険者ギルドでめぼしい店を何軒か教えてもらった。
それから2軒ほど回ったのだが、どうも性能のわりに高すぎるようで良いものが無かった。
そして3軒目に、ゴトリー武具店という店を訪れる。
あまり人気の感じられない店のドアを開けると、眼鏡を掛けたドワーフの娘さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ~」
「こんにちは。魔鉄製の武器を探してるんですが、置いてますか?」
「も~ちろんです、お客様~! 当店の品揃えは、この町でも屈指でございま~す!」
ちょっとテンション高くて引いた。
「あ……そ、そうですか。実は彼女の双剣と、俺の短剣を魔鉄製にしたいんですけど」
「なんと、短剣まで魔鉄製とはこだわりますねえ。ちょっとお待ち下さい。お父さーん、お客さんよ~」
そう言って眼鏡っこが奥に消えると、やがてゴツいドワーフ親父が現れた。
親父が俺たちを睨みつけながら、質問を投げかける。
「おい、坊主。魔鉄の武器を欲しがってるそうだが、おめーらにそれを使う資格があるのか?」
「資格って、剣術とか魔力制御能力のことですか?」
「そうだ。魔鉄の武器ってのは、普通では倒せない魔物を狩るために作り出された高級品だ。それなりの技倆を持つ人間にしか売らんぞ」
「ちょっとお父さん! 何言ってんのよ。そんなこと言ってるから、お客さんを他所に取られちゃうのよ~!」
後ろから現れた眼鏡っこが、親父にポカポカパンチをしながら説教する。
しかし、親父は全く気に掛けた素振りを見せない。
どうやらこの店は、ガンコ親父が客を選ぶようだ。
しかし、それこそ望むところだ。
「なるほど。親父さんの言う資格がどれほどのモノか、俺には分かりませんが、ガルド迷宮に潜るうえでどうしても必要なんです」
「ガルド迷宮か。今、何層だ?」
「2層の深部でオークを相手にしてますよ」
「オークだと? たった4人と2匹で、オークを狩ってるのか?」
「そうです。しかし守護者討伐まで考えると、どうにも戦力不足なんでこの都市に来ました」
「なるほど、奴隷市か?」
「ええ、それと強力な武器もね」
俺がニヤリと笑って言い放つと、ガンコ親父は改めて俺たちを値踏みする。
「ふん、それなら、ちょっと裏庭で剣を振ってみせろ」
そう言って奥に誘われたので、そのまま裏庭へ出て俺とレミリアが剣を振ってみせた。
「ふむ、坊主はイマイチだが、2人ともそれなりに使えるようだな。武器に魔力は通せるのか?」
「4人とも通せますよ。ちなみに俺は、弓が主力の後衛職ですからね」
「まあ、おめえは後衛だろうな。ところでそっちの鬼人の2人にはいらねえのか?」
「ああ、彼女はすでに魔鉄製の剣を持ってます。彼の方は盾職なので、いい大盾と魔鉄の戦棍があれば欲しいですね」
「ふむ、防具はいいのか?」
「うーん、俺用に軽量で防御力の高い鎧があれば、欲しいですかね」
親父はふむと言いながら、店の奥に下がった。
俺たちが店の中で待っていると、いくつか候補の商品を持った親父が現れた。
「双剣の嬢ちゃんにはこれがいいだろう。坊主の短剣はこれな。それから大盾と軽鎧とメイスだ」
双剣は肩幅ぐらいの刃渡りに、片刃で反りが入ったもの。
短剣はその半分くらいの長さで、反りの無い両刃だった。
どちらも魔鉄独特の鈍い輝きを放ち、かなりの斬れ味を予想させる品だ。
ちなみに短剣も2本準備してもらった。
「これはなかなかの業物のようですね。レミリアはどう?」
「はい、ちょうどいい重さで使いやすそうです」
「そうか。それではこの剣を買わせてもらいます。そちらの大盾と鎧はどんなものですか?」
「この大盾は鉄のフレームに、オークの革を硬化処理して貼り付けたものだ。鉄以上の強度があるわりに軽い。鎧の方もオークの革だが、処理方法が違うので、柔軟性があって動きやすいぞ。防御力は、今使ってる毛皮の倍くらいはあるはずだ」
両方ともオーク革製か。
こげ茶色の大盾カインの胸ほどの高さがあり、横も肩幅ほどとかなり大きい。
内側の取っ手が大きくて、両手で支えることもできそうだ。
鎧は薄茶色で、肩当て付きの胴鎧、籠手、腰当て、脛当て、兜のセットだ。
重量は今のウルフ革とあまり変わらないので、防御力が倍増なら十分買いだろう。
「カイン、そっちの盾とメイスはどう?」
「はい、見た目ほど重くないですし、しっかりしてるので振り回せそうです。メイスも魔力の通りがいいですね」
「それじゃあ全部買いだね。親父さん、これ全部でいくらになりますか?」
親父がしばらく考える顔になる。
「全部で金貨40枚だな」
「キャー! お父さん、それじゃ赤字ぃ!……すみませんっ、計算し直させてくださいぃ」
眼鏡っこ的には安すぎたらしい。
俺も安いと思ったからな。
しばし親子でやり取りした後、眼鏡っこから値段が再提示された。
「お客様、まとめ買いを考慮しても、金貨50枚は頂きたいのですが?」
「いいですよ。親父さんは信頼できそうですから」
迷わず金貨50枚を払ったら、眼鏡っこが半年分の売上げだと言って騒いでいた。
大丈夫か、この店?
「今日はいい買い物ができました。今後もひいきにしたいと思うので、またお願いします」
そう言って店を出た俺たちを、眼鏡っこがにこやかに見送ってくれた。
武器については、想像以上に良いものが手に入った。
あとは良い仲間が見つかるといいのだが。




