2.冤罪
白猫ちゃんの捜索依頼を見事にやり遂げた俺は、完了報告をするため冒険者ギルドに赴いた。
「ケーラさん、こんにちは。この依頼完了したので手続きお願いします」
「あら、デイル君。これって1週間掛けても終わらなかったやつじゃない。さすが、動物関係の仕事はお手のものね」
馴染みの受付けのケーラさんに依頼票を出したら褒められた。
銀髪に黒い瞳のケーラさんは冷静美女として有名だが、俺には気さくに話しかけてくれて、いろいろ世話になっている。
今日は思わぬ収入があったから、誘ってみようかな。
「ええ、数少ない得意分野ですからね……ところで、今日は臨時収入があったので、いつもお世話になっているケーラさんに、食事でも奢りたいなーとか思うんですが、どうです? 別に今日じゃなくてもいいですけど……」
「あら、嬉しいわ。そうね……9刻頃には上がれるから、それからでどう?」
「全然いいですよ。それじゃあ……その頃に”魔法のテーブル”で待ち合わせませんか?」
「いいわよ。楽しみにしてるわ、ウフフ」
やった、このギルドで1番の美女と約束しちゃった。
無事に仕事を終えたこともあって、俺はしごく上機嫌でギルドを後にした。
その後、ちょいとばかり小ぎれいな服に着替え、9刻より少し前にレストラン”魔法のテーブル”へ赴いた。
ちなみにこの国では1日を12刻で区切ってて、9刻と言えばもう夕方だ。
そしてこの店は魔法使いの元冒険者が経営してるって話で、冒険者達の憩いの場所になってる。
美人さんとの食事には不向きかもしれないが、あいにくと俺は他の店をよく知らないのだ。
席を取ってしばらく待っていると、ケーラさんが登場した。
彼女は普段の制服ではなく、水色のワンピースを着ていてお化粧もちょっと濃いめで、すっごく綺麗だ。
ただ一緒に食事するだけだと言うのに、普段とは一味違う美しさにドキドキしてしまう。
「待たせたかしら、デイル君?」
「いえいえ、俺も来たばかりです。それよりも、今日のケーラさんは一段と綺麗ですね」
「あら、お上手ね。でもありがとう」
その後はエールで乾杯して、食事を楽しんだ。
当然、いろいろと話をするが、どうしても内容は仕事の話に偏りがちになる。
俺は最近の依頼の話をするし、ケーラさんは普段相手をしている冒険者たちの話をしてくれた。
聞けばケーラさん、けっこう苦労しているらしい。
冒険者と言えば聞こえは良いが、その実態は魔物や害獣の駆除係か、魔石の収集人みたいなもんだ。
この世には魔物と呼ばれる不思議な生き物がいて、それは全て魔石を持っている。
魔石は魔力を内包した石で、魔道具の燃料や魔法の触媒など、いろいろな需要のある資源だ。
そして魔物は普通の動物よりも凶暴で被害が出やすいので、その討伐依頼なんかを冒険者ギルドで管理している。
このギルドに所属して依頼を受けるのが冒険者だが、それはとても危険な職業だ。
だから他に仕事があればやらないし、食い詰め者が集まるから、総じてその柄は悪い。
そんなヤクザ者が集まる職場で受付嬢を務めるってのは、想像以上に気苦労が多いんだそうだ。
「でも、そんな中にデイル君みたいな子がたまにいると、私達も癒されるの。デイル君は可愛いし、けっこう人気あるんだから」
「えっ、そうなんですか? あまり他の人と話さないから、知りませんでしたよ」
「ウフフ、今日は私も抜け駆けって言われたのよ」
実際、俺の見た目はそう悪くなくて、たまにエルフみたいって言われるぐらいには顔が整っている。
でも普段は生きてくだけで精一杯で、そんなこと気にしてる余裕なんかない。
ひょっとして今日はケーラさんともっと仲良くなれるのかなー、なんて考えていたら、耳障りな声に邪魔された。
「なんだよ、俺は客だぞ! もっと酒飲ませろ!」
「お客さん、飲み過ぎですよ。懐具合も怪しいし、その辺にしといたらどうですか?」
声の方を見ると、カウンターで店員と揉めてる奴がいた。
そいつは小柄でちょっと太めの男で、頭の毛がだいぶ薄くなったショボいおっさんだった。
「いやあね、嫌われルガンじゃない。あいつ、ギルドでも態度でかくて困るのよね」
「あいつも冒険者なんですか? 初めて見たな」
「そんなに真面目に働く奴じゃないからよ。たまに来て、割と難しそうな依頼を受けて稼ぐの。そんなに実力は高そうじゃないのに、なぜか成功率は高いのよね」
ケーラさんにそう言われて、もう一度ルガンの方を見ると、店を出ようとしているところだった。
そのまま何気なく見ていたら、奴の頭の上辺りの空間がフワフワっとぼやけた。
何かがそこに隠れているようにも見えたけど、すぐに消えたので気のせいだと思って目を逸らす。
その後もケーラさんとお喋りを続けたものの、ルガンを見たせいか愚痴が多くなったのには参った。
これも普段お世話になっているお礼だと思って、我慢したよ。
結局、適当なところで打ち切って、そのままおとなしく帰ることにした。
もちろん女性を1人で帰すわけにはいかないので、彼女の家の前までは送っていく。
その後、いい気分で貧民街のねぐらに向かって歩いていたら、誰かに呼び止められた。
「おい、そこのガキ、ちょっと待て」
声の方を見ると、男が3人いた。
その内1人はこの町の衛兵らしく、もう2人は冒険者っぽい奴らだ。
なんかどっかで見たことがあるような気もする。
「おい、そのカバンの中身を見せろ」
「ええっ、なんすか? 別に大したものは入ってませんよ」
「いいから見せろ」
妙に横柄な衛兵の口調にムカついたが、別に隠すことも無いので、背負っていたカバンを差し出した。
すると横にいた冒険者の1人がひったくって、カバンの口を乱暴に開ける。
そして何をとち狂ったか、自分の腰に付けていた短剣を中に入れ、もう一度取り出した。
「ほらね、こいつが取ったんだ。捕まえてくださいよ、メンデスさん」
「ああ、お前の言ったとおりだな。こいつは泥棒だ。よし、詰所まで来い」
俺はこいつらが何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。
「あんたら、何言ってんだ? 自分で入れた短剣を出して、ほら泥棒って、頭おかしいぞ」
「なんだあー! 口答えすんのか? 調子こいてんじゃねえぞっ!」
そう言いながらいきなり殴りかかってきた。
俺はショックから立ち直っていなかったのもあって、無様にパンチをもらってしまう。
そのままもんどりうって倒れると、今度は3人掛かりで袋叩きにされた。
手当たり次第に殴るわ蹴るわの、ひどい仕打ちだ。
一体、こいつらは何だ?
あまりの理不尽さに反撃もできず、急所を守るだけで精一杯だった。
やがて、動かなくなったのでもう十分と思ったのか、俺を抱えて奴らが移動し始める。
意識が朦朧とした状態でしばらく運ばれた後、どこかの部屋に放り込まれたのが分かった。
いや、部屋じゃなくて牢獄だった。
3方が石壁に囲まれ、前面に鉄格子がはめられている。
たぶん衛兵詰所の仮牢だろう。
状況を確認したいんだが、体が痛くて動かない。
あいつら好き勝手やりやがって。
外に出たら、絶対にただじゃおかない、ぶっ殺してやる。
そんなことを考えていたら、ブピッという汚い音が聞こえた。
「ブハッ、こいつ、殺す気か。臭い屁をしおって。たまらんわい」
どうやら、先客がいたようだ。
どんな奴か見ようと頭を向けると、薄暗い牢屋の中に何か薄く光る存在があった。
「ん? ひょっとしておぬし、儂が見えておるのか?」