19.妖精の盾
カインとサンドラのパーティ加入が決まってから、俺たちはまたピクニックに来ていた。
行き先は、チャッピーと合成魔法を編み出した例の原っぱだ。
ここは見晴らしがいいし、魔物や冒険者はめったにいないので、思い立ったらいろいろやれるのがいい。
いつものようにシートを広げてランチを楽しんだが、カインとサンドラは落ち着かない様子だ。
魔大陸には凶暴な魔物がうろついているから、野外で食事を楽しむなんて経験はないんだろう。
食事後、お茶を飲みながら今後の話をする。
「そう言えば、カイン達の得意な武器は何だっけ?」
「私は剣を使っていましたが、戦棍のような武器も使えます。サンドラは剣が得意で、魔力の使い方も上手いですね」
「え? 魔力の使い方って、魔法のこと?」
「いいえ、剣に魔力を乗せて斬る技のことです。私は魔力を外に出すのが苦手で、せいぜい身体強化しかできませんが、サンドラは武器に魔力を通して威力を高めるのが上手いんですよ」
「それって、オークを倒した時に使ってたやつかな?」
「そのとおりです。あの時はサンドラが不調で、首の半ばまでしか斬れませんでしたが、普通なら首が胴体から離れていたでしょう」
「そうか。あの時のサンドラは凄かったからな」
俺がサンドラを褒めても、彼女はコクコクと頷くだけで、話に加わってこない。
何かまだ、遠慮があるようだ。
そんな彼女に期待してると思わせるよう、話を進める。
「魔力を通した剣か。俺やレミリアも使いたいから、後で教えてもらいたいな。それからカインは盾が使えるか?」
「はあ、多少は使ったことがありますが、あまり得意ではありません」
「そっか。できればカインには大盾とメイスを装備して、パーティの盾役を務めて欲しいんだけど」
「なるほど、頑丈で力が強い私の役目ですね。できれば、盾を使いこなす技術を学びたいと思うのですが」
「うん、それはギルドに教官がいるから、多少は習えると思うよ」
彼が盾役をこなしてくれれば、パーティの安定度が大きく増すはずだ。
念願の盾役が、こんな形で手に入るとは。
「カインはメインの盾役だけど、サンドラにも盾を持って前衛をやってもらいたい。武器は今持ってるバスタードソードだね」
バスタードソードとは片手半剣とも呼ばれ、片手でも両手でも扱える大剣だ。
この間のように強力な斬撃を打ち込むのに向いていて、サンドラにはピッタリだと思う。
「それでレミリアとシルヴァは遊撃役な」
「はい、ご主人様」
「ウォン」
「キョロは電撃で、みんなの援護を頼む」
「キュー」
「それで俺は全体の指揮と、弓や魔法で援護をする。チャッピーは俺と一緒に魔法を使ったり、ケガ人が出た時の回復役だね」
「うむ、任せておけい」
これで皆の役割がはっきりした。
それぞれが実力を発揮すれば、凄いパーティになるのではなかろうか。
夢が膨らむな。
「それと今後の訓練方針だけど、カインはみっちり盾の扱いを学んでもらう。サンドラにも盾を習ってもらうけど、こっちは攻撃重視ね」
その指示に、2人が力強く頷く。
「レミリアはサンドラと一緒に攻撃力を高めてくれ。できれば魔力で斬る技を習得して欲しい」
「はい、頑張ります」
「シルヴァとキョロもそれぞれの攻撃手段を磨いてくれな」
「ウォン」
「キュー」
「うん、そして俺とチャッピーは魔法の攻撃力を高めよう。できれば撃てる回数も増やしたいんだけど……」
ここでチャッピーに目を向けると、彼が頼もしいことを言いだした。
「それなら当てがあるぞ。実はこの間のオーク戦で儂も成長したんじゃ。おそらく、この間よりもたくさん撃てるようになっておるぞ」
「へー……それって、チャッピーも倒した魔物の生命力を得て、強くなるってこと?」
「うむ、今まで魔物を倒したことがないので気づかんかったが、どうやら冒険者と同じ効果があるようじゃな」
「それは凄い発見だよ! ジャンジャン魔法を使って魔物を倒せば、俺たちの攻撃力も高められるってことか」
これは思わぬ朗報だ。
もしそれが本当なら、2層攻略が大きく進展するかもしれない。
ああそうだ、カインとサンドラも使役リンクに入れないとな。
「カイン、サンドラ。実はこのパーティは、俺の使役スキルを介して連携を強化しているんだ。2人にも加わって欲しいんだけど、いいかな?」
「それは奴隷契約の他にも、デイル様の使役スキルを受け入れる、ということですか?」
「うん、そう。別に制約が増えたりはしないから安心して。でもこれをうまく使えば、念話や空間情報の共有ができるようになるんだ」
そう言った途端、サンドラが食いついてきた。
「今すぐ契約を! 妾に使役スキルを!」
ふいに俺の手を掴み、グイグイと迫ってきた。
ち、近い、顔が近すぎるよ。
「ちょ、落ち着けって、サンドラ…………分かったよ。今から契約するから、そのまま受け入れて」
すぐに『接触』を始めると、あっさりと『契約』まで完了した。
サンドラの表情が恍惚とし、とても幸福そうに見えるのは気のせいか?
まるでヤバい薬をキメた人のようだ。
その後、カインとも契約を結び、全員が使役リンクでつながった。
最初はキョロやシルヴァと意思疎通できることに驚いていたが、じきに慣れるだろう。
こうして新たなパーティ編成が完了したところで、レミリアから提案があった。
「ご主人様、そろそろパーティ名を決めてはいかがでしょうか?」
「ああ、そう言えばまだパーティ名付けてなかったっけ。そうだな、何がいいかなぁ?」
今まではメンバーが少なかったので、ギルドにパーティ名を届け出てはいない。
今回、2人増えてパーティらしくなったので、名前を付けてもいい頃合いだ。
「俺がパーティを組むきっかけになったのは、チャッピーとの出会いなんだよな。チャッピーにはいろいろと世話になってるし、逆に困った人を助けていきたいと思うから……”妖精の盾” なんてどうだろう」
「素晴らしいです。とても良い名前だと思います」
「賛成です」
「もちろん賛成なのじゃ」
「フヒヒッ、儂がパーティの主役じゃな」
1人、勝手に主役を気取ってる奴がいるが、それは放っておこう。
俺たちはこれから”妖精の盾”を名乗っていこう。
その後は昼寝をしたり、軽く剣を振ったりしてから町に戻った。
家に帰る途中、カインの大盾を買おうと武具屋へ立ち寄ったのだが、大きな盾は冒険者には需要がなく、品数が少なかった。
それでも騎士団払い下げという頑丈そうな盾があったので、それを買い求めた。
しゃがむとカインの体もすっぽり隠れるくらいの盾が、銀貨60枚。
俺の考える盾役としてはまだ不足だが、初心者にはこんなものだろう。
合わせて手頃なメイスも、銀貨40枚で買った。
打撃部が少し太くなっていて、ゴツい突起がついているやつだ。
メイスは使い方が単純なわりに破壊力があるので、カインに向いてるだろう。
ちなみにサンドラには、会った時に持っていた盾と剣をそのまま使ってもらう。
それからギルドに寄ってカインたちの冒険者登録と、パーティ名の届け出もした。
ついでに盾術を教えてくれる教官がいないか聞いてみると、元騎士団員のトッドさんが担当だそうだ。
翌日から訓練をつけてもらえるようお願いして、ギルドを後にした。
帰宅して夕食を済ませた後、サンドラに魔力を込める技を教えてもらうことにした。
「剣に魔力を込めるとひと口に言っても、魔力を剣に乗せて切れ味を鋭くする魔力斬と、属性魔法をまとわせて属性攻撃をする属性剣がある、いや、あります」
「サンドラ、無理に敬語を使わなくていいよ。普通に喋って」
無理に敬語を使おうと苦労していたので、気楽にしゃべるよう促した。
「そ、そうか、さすがは我が君なのじゃ。妾は敬語に慣れておらんからの。それで話の続きじゃが、妾も属性剣はできん」
「属性剣ってのは、火とか風を剣にまとわせる感じなのかな?」
「そうじゃ。と言っても、よほど魔力の扱いに長けた者が、魔力伝達に優れた剣を使わねば実現できんのじゃ。なので、ほぼ幻の技になっておるの」
とりあえずサンドラが使えるのは、剣に魔力をまとわせて切れ味を高める魔力斬のみ。
これだと普通の剣でも使えて、昨日のオークみたいな硬い敵に有効だ。
なぜ魔力で切れ味が増すのかと聞いてみたが、サンドラは知らなかった。
チャッピーの推測では、オークなどは魔力で皮膚を硬化させているので、それを剣の魔力で打ち消すのではないかとのこと。
もしそうなら、ただの岩とか金属には効果がないことになる。
しかし、ほとんどの魔物は魔力で体を強化しているので、迷宮探索にはとても有用だろう。
そして属性剣だが、こっちは普通の剣では無理っぽい。
魔力伝達に優れた剣というと、魔鉄とかアダマンタイト製になる。
そんな貴重な武器を使ううえに精密な魔力操作が必要とか、めちゃくちゃハードル高いのでこれは考えないことにした。
そうなると切れ味を増す魔力斬一択だが、とりあえず見本を見せてもらおう。
「サンドラ、その剣に魔力をまとわせてみてくれないか?」
「了解じゃ。ほれ、このように…………ヌォッ、なんじゃ、これは?」
「なんかあった?」
「軽く流しただけなのに、かつてないほど魔力が流れたのじゃ」
サンドラがバスタードソードを掲げながら、信じられない物を見るように呟く。
「たしかに大きな魔力が、剣にまとわりついておるな」
「チャッピー、見えるのか?」
「もちろんじゃ。皆にも見せてやろう」
すると視界が少し変化して、サンドラの剣に青っぽいモヤが重なった。
たぶんあのモヤが魔力なんだろう。
その視覚情報を、チャッピーが使役リンクで共有してくれたようだ。
「この青いモヤが魔力、なんだよね? たしかにサンドラの剣から、盛大に吹き出してる」
「そうなのじゃ。以前はうっすらと剣を覆う程度だったのに、なぜであろうか?」
「おそらく昨日の治療でデイルの魔力を流しこんだのと、儂が魔力を誘導したせいではないか? 体内の魔力経路が拡がったんじゃろう」
「おおっ、命を救ってもらったばかりか、魔力制御の能力まで上げていただいたとは…………我が君に百万の感謝を!」
「別に狙ったわけじゃないけど、良かったな。でもそうすると、カインにも同じことができる?」
「私には今までできなかったので無理――おおっ、できる、私にもできるぞ!」
カインもメイスで試したら、できちゃったらしい。
これは昨日の治療が原因と見て間違いないな。
そんなやり取りを見ていたレミリアが、思いついたように言う。
「ご主人様とチャッピーの治療で2人の魔力制御が向上したのであれば、私にも同じことをお願いできないでしょうか?」
「え? でもレミリアは魔力を使ったことないんだよね? カインたちと同じことしても、大丈夫かなぁ?」
「いや、デイル。レミリアは無意識に魔力を肉体強化に使っておるぞ。だから魔力経路を拡げてやる意味はあるはずじゃ」
へー、そうだったんだ。
たしかにレミリアは見た目よりも力持ちだからね。
「そっか。それならレミリアにも試してみよう。せっかくだから、チャッピーは魔力の誘導を頼むよ」
「了解じゃ」
俺はレミリアの背後に回ると魔力を注ぎ始め、そしてチャッピーが前側でそれを誘導した。
今までも散々、魔力注入はやってきたけど、誘導してやると違うのだろうか?
しばらく施術を続け、適当なところで様子を聞いてみた。
「とりあえずこれぐらいでどうだろ。武器に魔力を通せるようになった?」
レミリアが剣を握って魔力を流そうとしているものの、簡単にはいかないようだ。
「……以前より魔力を感じられるようにはなっていますが、剣に流す感覚が分かりません。サンドラはどうやっているのですか?」
「むう、口で伝えるのは難しいのじゃ。ほれ、こんな感じじゃ」
「それでは分かりません!」
サンドラはいわゆる天才肌だな。
致命的に説明が下手だ。
「サンドラ。自分がやっていることを頭に描いてみて。そしてみんなと共有するんだ」
「何? 我が君は無茶を言うのう…………ほれ、こんな感じでどうじゃ?」
すると、サンドラの描いたイメージがぼんやりと浮かんできた。
なるほど、そういう感覚か。
俺も自分の短剣を握って魔力を流してみると、意外に簡単に魔力が通った。
「できました。これで私もオークにダメージを与えられますね」
「俺もできたよ。やっぱりイメージって大切だな。サンドラ、ありがとう」
「我が君もできたのか? むふっ、やはり教え方が良いと違うのう」
勘違いでドヤ顔してるサンドラが、ちょっとうざい。
本当は使役リンクのおかげなんだけど、まあいいか。
「よし、これでみんな武器に魔力を通せるようになったから、後は使い方の練習だね。いきなりオークはキツイから、わりと硬いシャドーウルフで試してみよう」
「そうじゃな、まずは1層深部で練習するのが無難じゃろう」
そうやって明日からの方針を話し合っていたら、キョロとシルヴァが俺の横に来て催促を始めた。
え、何? 自分たちも魔力経路を拡げて欲しいって?
「チャッピー、キョロ達が魔力経路を拡げろってせがむんだけど、できるのかな?」
「それは分からんのう。まあ、魔力を誘導してやると流れが良くなって、多少は魔法の威力が上がったりするかもしれんが」
「なるほど。それじゃダメ元でやってみるか」
結局、キョロとシルヴァにも治療させられた。
シルヴァの方はまだしも、こんなに小さなキョロの体に効果があるのだろうか?
ま、いいや、強くなったら儲けものだ。
最後にカインとサンドラにも治療を施して、その日はお開きになった。




