18.新戦力加入
オークとの激戦を乗り越えた俺たちだったが、いつまでも休んでいるわけにはいかなかった。
「また何か来るかもしれないから、さっさと成果を回収して撤収しようか。カインとサンドラはご主人を確認するから、一緒に来てくれる? レミリアはオークの解体を頼む。オークは肉も売れるからな。キョロとシルヴァは周囲を警戒しておいてくれ」
俺はカインとサンドラを連れ、左側の通路に入った。
すでにその先に魔物がいないことは、シルヴァに確認してある。
わりと近いところに別の部屋があって、4人の冒険者が倒れていた。
上等そうな金属鎧を付けた冒険者が2人に、それよりは劣る鎧を付けた冒険者が2人だ。
しかし、どいつもオークの怪力でグチャグチャにされていて、確認するまでもなく死んでいた。
「どの人がご主人?」
「これが主人だったバスケー男爵の次男様です。そちらがお付きの騎士で、残りは一般の冒険者と聞いてます」
カインがそれぞれの素性を説明してくれた。
ご主人は貴族様だったか。
面倒なことにならなきゃいいんだがな。
「よし、武器と防具、ギルドカードは回収するとして、さすがに遺体を持って帰る余裕はない。貴族の首は持って帰るけど、他は遺髪だけでいいよね?」
「私も迷宮に入るのは初めてですが、それで良いと思います」
「初迷宮だったのか? それは大変だったね」
「いえ、デイル様のおかげで命拾いしました」
俺たちは売れそうな装備と貴族の首、その他メンバーの遺髪を回収して、元の部屋へ戻った。
部屋ではレミリアがオークの解体に苦戦していたので、俺とカインも手伝う。
サンドラは戦闘で力を使い果たしたのか、壁際に座って動かなかった。
命の恩人の前でその態度はどうかとも思ったが、最後の一撃の功績を認め、休ませておいた。
オークの解体とゴブリンの魔石回収を終え、ようやく帰路に就く。
みんな疲れていて荷物も多かったが、無事に水晶までたどり着いて迷宮の外に出た。
近くの衛兵に男爵次男の死亡について話すと、細かい処理はギルドに相談しろと言われた。
ちなみに今日の魔石収入はゴブリン10匹で銀貨5枚、ホブゴブリン2匹で8枚、オーク2匹で20枚の、計33枚だ。
さらにギルドでオークの皮を売却すると、2匹分で金貨1枚にもなった。
オーク皮は魔力を使って加工すると、けっこう凄い防具になるんだそうだ。
それからあまり持ち帰れなかったが、オーク肉が350オズで銀貨25枚で売れた。
ちなみにオズってのは金貨1枚の重さだ。
もちろん、俺たちが食べる分も残してある。
最後に、迷宮内で貴族のパーティが壊滅した件についてギルドに相談すると、回収した装備や奴隷は俺が自由にしていいと言われた。
ただし、今回のように身元がはっきりしている場合は、遺族に遺品の買い取りなどを確認するとも言われる。
売るか売らないかはこちらの自由なので、カインたちは仲間にする方向で説得しようと思う。
ちなみに、2層序盤でオークを倒したことについては、なかなか信じてもらえなかった。
オークは2層でも深部にしか出ない魔物だし、俺たちがオークに勝てるほど強そうに見えないせいだな。
最終的にオーク素材を見せると納得したが、ずいぶん異常な事態に遭遇したもんだと痛感する。
こうしていろいろと面倒を片付け、ようやく夕暮れ間近に帰宅できた。
カインとサンドラは引き取る気満々なので、すでに奴隷商人の所に寄って仮の奴隷契約も済ませてきた。
みんなクタクタだったが、オーク肉を焼いて食ったら元気になった。
評判のとおり、柔らかくてジューシーで凄く美味い。
オークは皮も高く売れるから、いずれもっと強くなったら、たくさん狩りたいと思うほどだ。
そして夕食後、改めてカインたちと話をした。
「カイン、サンドラ。すでに分かっていると思うけど、今の主はこの俺になる。そして俺は今、迷宮を探索するパーティメンバーを探しているんだ。2人に加わってもらえると嬉しいんだけど、どうかな?」
そう尋ねると、カインが不思議そうに答える。
「なぜそのようなことを尋ねるのですか? 我々は奴隷ですので、迷宮に潜れと言われればそれに従いますが」
「うーん、まあそれはそうなんだけど、2人の意思も尊重したいと思ってね」
するとサンドラが噛み付いてきた。
「何が尊重だっ、笑わせるな! 人族の、しかも使役師の言うことなぞ、信用できんわ!」
「テイマーの言うことって、何かテイマーに恨みでもあるの?」
「テイマーなど奴隷商人と同じよ。我らのような種族を一方的に蔑み、奴隷にする汚らわしい職業じゃ。売るなり魔物のエサにするなり、勝手にすればよいわ!」
なんだ、こいつ?
命の恩人にそれはないだろう。
さすがに俺も気分を害し、きつい口調で反論した。
「俺のことを知りもしないで勝手に決めつけるなよ!」
「ふん、そんな小娘や小さな魔物を迷宮に連れていく時点で知れておるわ。どうせ奴隷や魔物など、使い捨て程度にしか考えておらんのであろうが!」
しかし次の瞬間、隣で果物の皮を剥いていたレミリアのナイフが一閃した。
パサリとテーブルの上に、サンドラの青い髪がひと房落ちる。
そしてレミリアがサンドラを睨みつけながら、静かに忠告した。
「サンドラ、それ以上ご主人様を侮辱することは許しませんよ」
「ななな、な~にをするか、この獣人が! おぬしとてどうせ、牛馬のように酷使されているのであろうが!」
再び一閃したナイフが、サンドラの鼻先に突き付けられる。
「私のことは構いませんが、それ以上ご主人様を貶めるのであればその鼻を落とします」
「なんじゃとぅ?」
ナイフを突きつけたレミリアと、サンドラが睨み合う。
ヤバい、このままでは我が家に血の雨が降る。
「待~て待て待て待て、ケンカはやめよう、な。話し合えば分かるさ。なあ、カイン?」
「も、もちろんです、デイル様。サンドラ! お前は黙っていろ」
今にも殺し合いになりそうな2人を慌てて引き離してから、改めて話をした。
「と、とりあえずお互いを知り合うことから始めよう。カインたちが奴隷になった経緯を、教えてくれないか?」
すると、カインがポツポツ語り始めた。
彼らはつい最近まで、魔大陸の内陸部にある鬼人族の集落に住んでいたそうだ。
一応、種族の長に連なる由緒正しい家系で、それなりに教育も受けていたらしい。
しかし彼らはある日、仲間と狩りに出た先で仲間の1人に毒を盛られ、虜囚とされ奴隷商人に売られてしまった。
それから約1ヶ月間も船に揺られ、このミッドランド大陸に着いたのが1週間ほど前。
そして例の貴族様に買われたのが、昨日だったそうだ。
あの貴族様は強引に1層の守護者を突破した際に奴隷を2人失っており、その補充としてカインたちを買ったらしい。
さらに何を焦ったのか、最低限の装備を整えただけで迷宮2層に入り、あえなく壊滅したというんだから救えない。
本来ならカインもサンドラも、ゴブリン如きにひけをとらない強者だが、毒と船旅で身体が衰弱していてまともに動けなかったらしい。
この話を聞いていて、ピンと来た。
「ひょっとして、お前たちに毒を盛ったのがテイマーだったのか?」
「お察しのとおりです。信じていた仲間に裏切られ、妹はテイマーを強く憎むようになりました」
当のサンドラは相変わらず俺を睨んだままだ。
たしかに同情はするけど、それはテイマーがどうとかいう問題じゃないな。
まあ、それは措いといて、彼らを治療してやるか。
「ところでチャッピー、毒の治療できないかな?」
俺がそう言って話を振ると、チャッピーが姿を現した。
まだカインたちには紹介していなかったため、急に現れた妖精に驚いている。
「話を聞いた感じでは、毒で魔力の流れを壊されておるんじゃろう。どれ、少し診てやろう」
そう言いながら、カインの胸やら腹やらに触れて何か調べ始めた。
「やはりそうじゃ。体内の魔力経路がズタズタになっておる。魔力を阻害する毒素がまだ残っておるようじゃな。体はずいぶんと弱っておるが、魔力経路を整えてやれば、すぐに回復するはずじゃ」
「治してやれそう?」
「おぬしの魔力があればできると思うぞ。いつもレミリアにやっているように、魔力を注いでやるがよい」
チャッピーの勧めに従い、カインの背中から心臓に向けて魔力を流しこんだ。
あまり急にやると身体に悪そうなので、少しずつだ。
チャッピーはカインの胸の辺りに居座り、両手を当てている。
「デイルから供給された魔力をこうやって全身に導いてやると、経路が再生して毒素が排出されるんじゃ。どうじゃ、力が戻ってきたのではないか?」
「はい、体にこびりついていた倦怠感が抜けていくようです」
そう答えるカインの顔はおだやかで、肌のツヤも良くなりつつある。
そんな治療をしばらく続けてから、適当なところで打ち切った。
「じゃあ、次はサンドラだ。チャッピー、やれるよな?」
「儂は問題ないぞ」
ところが、当のサンドラが治療を嫌がった。
「い、いやじゃ。妾の体に触れるでない」
せっかく治療してやるっていうのに、こいつは何が気に入らないんだ?
「レミリア、カイン。左右から押さえろ」
「はい、デイル様」
もう面倒臭いので、強制的に治療することにした。
治れば少しは素直になるだろう。
レミリアとカインに腕を押さえさせ、俺はサンドラの背後から魔力を注入した。
そしてそれをチャッピーが誘導する。
「や、やめろおー、私に何をするぅ。大勢で卑怯だぞー。ハウッ、ホォォォォーー」
実に騒々しい女だ。
声だけ聞いてると、まるで俺たちが悪さしてるみたいだな。
そのくせ顔は恍惚として快感に酔いしれてるんだから、締まらないことこの上ない。
しばらく治療していたら、とうとうサンドラが気を失ってしまい、治療を打ち切る。
カインたちには毛布を渡し、2階の1室で眠らせた。
まだ寝具が無いので明日にでも買ってやろう。
ついでに明日はまた、ピクニックにでも行くか。
翌朝、俺とレミリアが1階に降りていくと、カインたちはすでに起きていた。
俺に気がついた2人がすかさず駆け寄り、片膝立ちで俺を迎える。
「おはようございます、デイル様」
予想外の行動に、しばしあっけに取られる。
「……あ、ああ、おはようカイン、サンドラ。よく眠れた?」
「はい、かつてないほどに熟睡し、まるで生まれ変わったかのようです」
「そ、そうなんだ? それは良かった」
よく見ると、2人とも肌のツヤが良くなり、体がひと回り大きくなったように見えるほどだ。
「さあさあ、そんな所に突っ立っとらんと朝飯にするでえ」
固まった俺たちに、家付き妖精のボビンが号令を掛ける。
仲間になってからのボビンは料理の面白さに目覚めたらしく、積極的に飯を作ってくれる。
最近の朝飯はもっぱらボビンの担当だ。
みんなでテーブルに着いて朝食を取り始めた。
「なんか2人とも体がひと回り大きくなったみたいだけど、体調はいいの?」
「はい、まだ本調子にはほど遠いですが、それでもだいぶ回復しました。これもデイル様から分け与えられた魔力のおかげです」
元々、鬼人族の肉体は魔力で強化されており、魔大陸にいた頃は今の2割増しの体格を誇っていたらしい。
それが毒と長旅でボロボロになり、命の危機にさらされていたのだが、魔力を与えられて急速に肉体が復活しつつあるようだ。
「そうか、それなら今日も寝る前に魔力を分けてやるよ。体調が完全に戻るまで様子を見ながら続けよう」
「命を救っていただいたばかりか治療までしていただき、感謝の言葉もありません。この恩は命に代えてもお返しします」
「別にそんな思いつめなくてもいいから。それじゃあ、カインは探索に加わるとして、サンドラはどうする?」
さっきからサンドラはひと言も喋らない。
昨日の罵詈雑言が嘘のようだ。
「それについては今朝話し合いました。妹もデイル様の偉大さに気が付き、命を捧げる覚悟です。昨晩は逆恨みで非礼を働きましたが、今後は忠誠を誓いますので何卒お許しを」
「……申し訳ありませんでした」
とうとう平身低頭で謝る始末だ。
たった1晩で変われば変わるものだ。
「よく分かった。昨日のことは忘れるから、今後は俺に仕えて欲しい。たとえ奴隷でも、俺を裏切らない限りは家族同様に扱うことを約束するよ」
「天地神明に誓って、デイル様に忠誠を尽くします」
こうして俺は、念願の新戦力を手に入れた。
作中のオズとは1オンス=31グラムのつもりで書いてます。
350オズだと11kg弱ですね。
なんとなく現実の単位を書きたくなかったのでこうなりました。




