14.銀狼伝説?
2週間の魔力供給でレミリアの成長が止まったので、パーティ登録と双剣の訓練をしようとギルドへやってきた。
「こんにちは、アリスさん。今日はパーティに奴隷を加えたいんですけど」
「え、デイル君、奴隷買ったの? この間、家を借りたばかりなのに、やるわねぇ?」
「ええ、先のことを考えると必要だと思って」
「うん、自分の安全を高めるのはいいことよ。ところでその奴隷さんの冒険者登録はどうする? パーティ登録だけにしとく?」
「奴隷も冒険者登録ってできるんですか?」
「もちろんよ。カードも作れるし、肉体強化スキルも付与されるわ。ただし大銀貨1枚が必要よ」
それぐらいなら絶対に冒険者登録した方が得だ。
「それなら冒険者登録もお願いします」
「はい、それではこの用紙に必要事項を記入して、あなたのカードと一緒に出してちょうだい」
俺は用紙に必要事項を書き、大銀貨とカードを付けて出した。
「はい、それではレミリアさん? このクリスタルに手を当ててください。それとフードは下ろしてもらえますか」
レミリアは言われたようにフードを下ろし、クリスタルに手を当てる。
これで彼女のデータがカードに記入され、俺のカードにも奴隷として登録される。
ちなみにキョロやシルヴァも、使役獣として登録済みである。
チャッピーだけは秘密のままだけどな。
「ちょっとちょっと、デイル君。凄い美人さんじゃない? 私という者がありながら、どういうこと?」
「わわっ、何言ってるんですか、アリスさん。そういう冗談はやめてくださいって」
その冗談はシャレにならない。
美人受付嬢と二股掛けてるなんて噂が立ったら、どうしてくれるんだ。
あれ、アリスさんの顔がマジで怒ってるみたいなんだけど、冗談だよね?
これは早々に話題を逸らすのが賢いだろう。
「えーと、それからこの娘に双剣を使わせる予定なんですが、稽古をつけてもらうなら誰がいいですかね?」
「……えっ? そ、そうね、剣術だったらアーロックさんに相談してみて」
俺は何かを呟いているアリスさんを残し、訓練場へ向かった。
アーロックさんを探すと、手すきのようなので話しかける。
「こんにちは、アーロックさん。デイルと言います。今日はこの娘に双剣の手ほどきをして欲しいんですが、お願いできますか?」
「おう、構わねーぜ。しかし冒険者やらせるには、もったいないくらいのかわいこちゃんだな。本当にいいのか?」
「ええ、獣人なんで体力はあるし、母親も冒険者で双剣を使っていたそうです」
「そうか。よしお嬢ちゃん、こっち来な」
それからレミリアの稽古が始まった。
しばらく横で見ていたが大丈夫そうなので、俺も弓の稽古をしに行った。
その後は適当に休憩をはさんで訓練をしていたら、気づくと夕暮れ前になっていた。
レミリアの方を見ると、まだアーロックさんと一緒に稽古をしている。
「今日はありがとうございました。レミリアの出来はどうですか?」
「おう、母ちゃんがやってたってだけあって、飲み込みがいいぞ。真面目に稽古を続ければ、強くなりそうだ」
「それは良かった。本当にありがとうございます。もう日が暮れるので今日は帰らせてもらいますね。レミリア、行こう」
「はい。アーロックさん、ありがとうございました」
「おう、また来いや」
オーガみたいにゴツいおっさんの顔が、デレデレに緩んでる。
やっぱかわいい女の子の相手は、楽しかったんだろう。
帰りながら彼女に話しかける。
「アーロックさんはああ言ってくれてたけど、大丈夫そうか?」
「はい、このまま双剣を使いたいと思います」
「よし、それじゃ武具屋に寄っていこう」
レミリアの武器と防具を買うため、武具屋へ寄った。
「おっちゃん、この娘に双剣を使わせたいんだけど、防具も含めて手頃なの無いかな?」
「おお、かわいい嬢ちゃんだな。ちょっと待ってろ」
奥でゴソゴソ探して、いくつか持ってきてくれた。
おっちゃんのアドバイスをもらいながら選んだのは、短剣より大きめの小剣ふた振りだ。
まずは使ってみて、合わないならまた考えればいいだろう。
防具は革製で女性用の胸当てと籠手、ブーツ、帽子を買う。
帽子には耳を出す穴も開けてもらった。
最初は俺の鎧のお古を使わせようかと思ってたんだが、体型が合わないので諦めた。
この間までは使えると思ってたんだけど、胸がな……
剣と防具合わせて銀貨90枚だった。
家に帰って料理の支度をする。
今日は家付き妖精のボビンも一緒だ。
仕事が掃除だけでは物足りないから、料理も覚えたいんだって。
俺たちの手間が減るから、料理を手伝ってもらうのは大歓迎だ。
味付けの指導はちゃんとしないといけないけどな。
夕食の席で明日の予定を告げた。
「レミリアの武器を買ってきたから、明日は町の外で狩りをしよう。とりあえずダイアーウルフの討伐があれば、その依頼を受けてくつもりだ」
するとレミリアが不安そうに言う。
「いきなりダイアーウルフなんて、大丈夫でしょうか?」
「今まで、レミリア抜きでもさんざん狩ってるから大丈夫だよ。いざというときは俺たちが守るから安心して」
ここでチャッピーがアドバイスしてくれた。
「デイル、それならばレミリアにも使役スキルを使うとよい」
「え、レミリアには奴隷契約があるから必要ないでしょ? そもそも、人間に使えるもんなんだっけ?」
「使役スキルは魔物や動物だけに使うものと思われがちじゃが、実は人間にも有効なんじゃ。儂らのようなパーティで使えば、一部の感覚を共有できるようになる。ただし、それには深い信頼関係が必要じゃがの」
チャッピー曰く、俺たちは使役スキルを介して、キョロやシルヴァとある程度の意思疎通を可能にしているらしい。
たしかに言葉の使えないキョロやシルヴァの考えていることが、なんとなく理解できているのは事実だ。
これにレミリアを加え、パーティの連携を高めようという提案だ。
「レミリア、チャッピーが言ってること、どう思う? なんだか君を動物みたいに扱うようで、悪いんだけど」
「それならぜひお願いします。実は、私だけこの中で浮いてるように感じることが、たまにあるんです。言葉を交わしていなくても、みんなは分かり合っているようで……だから、私も仲間に入れてください、ご主人様」
そうか、俺たちが当たり前のように感じてることも、彼女には感じられなくて疎外感を与えていたかもしれないな。
レミリアさえ良ければ、やってしまおう。
「分かった、レミリア。今から使役スキルを使うからそれを受け入れてくれ。だけど、決して動物のようには扱わないから、安心して欲しい」
そう言ってレミリアに『接触』し、あっさりと『契約』まで終わらせた。
「よし、これで俺たちは本当の仲間だ」
「はい、ご主人様。みんなの気持ちが伝わってきます」
予想外の使役契約を結ぶことになったが、これで俺たちの絆と連携がより深まると信じたい。
夕食後、シャワーを済ませて少し歓談してから、俺とレミリアは2階へ引き上げた。
ちょうど2部屋あるから、寝室は別々にしてある。
ベッドに寝転んで考え事をしていたら、レミリアが部屋を訪ねてきた。
「ご主人様、少しよろしいでしょうか?」
「うん、別に構わないよ」
俺はベッドに腰掛け、彼女を隣に座らせる。
「何かあった? あ、ひょっとして使役スキルのせいで気分が悪いとか」
「いえ、そうじゃないんです。別に気分は悪くありません」
そう言いながらも、レミリアは何かを言いたそうにしている。
俺の方から適当に話題をふってしばらく話をしていたら、ようやく彼女が覚悟を決めて喋り始めた。
「私……私、ご主人様に拾われなければ、あの魔物屋で死んでいたと思うんです。ご主人様と出会うまでの私は、死に掛けで、何の価値も無くて……そんな私を買って、こうして育てていただいたこと、私、本当に感謝してるんです。心の底から」
胸に手を当てて必死に訴える彼女から、感謝の念が伝わってくる。
なんだ、そんなことを言いたかったのか、と思っていたら、とんでもないことを言いだした。
「でも、でも……私は、私はまた売られてしまうんでしょうか?」
「……え、え~っ! ちょ、ちょっと待ってよ。なんでそんな話になるの?」
「だって、だってご主人様、私に手を付けないじゃありませんか!」
あちゃー、そんな風に考えてたのか。
たしかに今の彼女は奴隷として超優良物件だ。
しかも処女となれば、相当な額で奴隷商に売れるだろう。
俺があえて手を出さないのは、彼女を売るつもりがあるからだと疑われていたようだ。
実は俺自身、ちょっと前から彼女のことが気になって仕方なかった。
俺の奴隷なんだから自由にしちゃっていいよね、エッチなことしても大丈夫だよね?
行くか? 今日こそ押し倒すか?
なんて思いつつも、きっかけが掴めないまま、今日まで来てしまった。
「ごめん、俺の考えが足りなかった。でもレミリアは、この間までちっちゃな子供だっただろ? それが短期間で大人になったもんだから、手を出すタイミングを見失ってたっていうか……本当は君のことが気になって仕方なかったんだ。だから信じてくれ。俺は君を絶対に手放さない」
「はい。ずっとお側にいさせてください」
そして俺たちは抱き合い、どちらからともなく唇を重ねた。
俺はその晩、彼女とひとつになり、愛を確かめ合った。
本当に好きな人と肌を重ねるのは、とてもいいもんだったんだな。
翌朝、レミリアと一緒にリビングへ降りていくと、俺たちを祝福する気配がそこはかとなく漂っていた。
昨夜のことはしっかりばれてるようで、ちょっと気恥ずかしかったが、ここはあえてスルーした。
「さあ、今日は飯を食ったらダイアーウルフ狩りだぞ」
朝食を済ませてからギルドで依頼を受け、森へ向かった。
ダイアーウルフは森の深い所に住むので、最低でも1刻ほど歩く必要がある。
ちなみに途中で出遭ったゴブリンには、レミリアの練習台になってもらった。
多少は抵抗があるかと思ったが、彼女は何の躊躇もなくゴブリンを屠ってみせた。
その後の動揺もなかったので、予定どおりにダイアーウルフを探す。
やがてシルヴァの感覚に獲物が引っ掛かった。
5頭ほどの群れのようだ。
最近、シルヴァは風魔法で気流を操作することを覚えたため、以前より広範囲の探知が可能となっている。
彼の誘導で獲物に接近すると、向こうも気づいてこちらへ向かってきた。
俺たちはレミリアの左右後背を守りつつ、彼女が1匹の狼に集中できるよう誘導した。
俺とシルヴァがレミリアの左右を守りつつ、他の狼を牽制する。
そしてキョロは背後を守り、チャッピーが上空で万一に備える形だ。
この陣形を使ってみると、改めて使役スキルの恩恵が理解できた。
おぼろげにだが、見えない範囲にいる敵が感じられ、自分がどう動けばいいのかが分かるのだ。
おかげでレミリアは目の前の敵に集中でき、冷静に双剣を振ることができた。
それはとても初心者の動きとは思えないもので、狼達を次々と仕留めていく。
あれよあれよという間に4匹が倒れ、最後の1匹も逃げ腰になったところを斬り伏せられた。
レミリアは少し息を切らせているが、全くの無傷だ。
「よくやったぞ、レミリア。初めての狩りとは思えない出来だな」
「ありがとうございます、ご主人様。なんて言うか、自然に身体が動く感じで上手くやれました。使役スキルでみんなとつながっているから、不安も無かったです」
「そっか、それは良かった。それにしても、獣人ってみんなこんなに強いのかな?」
「いや、レミリアは狼人族と呼ばれる強種族じゃが、誰もが強いわけではないぞ。しかし、狼人の中でも特に強い個体は、銀色の髪と尻尾を持つという伝説がある。レミリアの成長が遅かったのは、ひょっとしたらそのせいだったのかもしれんぞ」
いきなりの銀狼伝説ですか、チャッピーさん?
「そ、そうなんだ? もしそれが本当なら、レミリアには凄い潜在能力があるってことだよね。それは将来が楽しみだよね。でも無理はしなくていいからな」
「はい、命を掛けてご主人様をお守りします」
別に命は掛けなくていいから。
しかしまあ、やる気になってるなら水は差さないでおくか。
俺たちはダイアーウルフの魔石を回収し、無事帰路に就いた。