12.レミリア
1層深部で活動し始めて2週間ほど経ったある日、俺は宿でくつろいでいた。
ちょうどキョロとシルヴァにブラシを掛け終わったとこだ。
魔力を与え始めてけっこう経つので、2匹共に成長が見える。
シルヴァは通常のダイアーウルフ並みに大きくなり、銀色の毛並みが美しくてがっしりした成獣になった。
キョロは小ぶりな猫ほどの大きさで、フワフワの耳と尻尾の触り心地がとても心地よい。
かわいらしさにも磨きが掛かっていて、その金色のつぶらな瞳に見つめられてメロメロになる人が続出だ。
主にアリスさんとか。
それぞれ魔法の威力も上がっているし、まだ成長も止まっていないようなので、今後が楽しみな2匹である。
しかし今、俺は問題を抱えていた。
「よーし、終わった…………ところでチャッピー、相談があるんだけど」
「戦力増強か?」
「やっぱ分かる?」
「昨日、負けて帰ってきたばかりじゃからな~」
そう、俺たちは昨日初めて1層の守護者に挑んだものの、まったく歯が立たずに逃げ帰ってきたばかりなのだ。
守護者部屋に入っても脱出できることは分かっていたので、軽い様子見のつもりではあった。
しかし、あわよくば初挑戦でクリアという期待は無残に打ち砕かれた。
まず守護者部屋に入ったら、4匹の影狼と親玉の大影狼に出迎えられた。
それで目潰しを狙ってチャッピーが閃光を放ったんだが、これが全く効かない。
ビッグシャドーの指示で閃光を躱したらしく、すぐに反撃を食らってその後は守勢一辺倒だ。
しばらく堪えてはいたものの、反撃の糸口が掴めないのであえなく退散。
部屋の外までは追ってこないので無事に帰れはしたが、新品の鎧に傷が付けられるなど散々だった。
「やっぱ仲間を増やさないとダメだ。盾役でドーンとでかい魔物が欲しいんだけど、どっかにいいのいないかなあ?」
「そんな都合のいい魔物、魔境の奥にでも行かんとおらんぞ。とりあえず、魔物屋でも覗いてみたらどうじゃ」
「やっぱそれしかないかぁ?……まあ、試しに行ってみるか」
俺はみんなを連れて魔物屋へ向かった。
すぐに着いて店の中を見て回ったが、小動物系ばかりでいいのがいない。
一縷の望みを託して卵も確認したものの、キョロのような出物は無いとチャッピーに言われてしまう。
どうしたものかと悩んでいたら、少し離れた所からシルヴァに呼ばれた。
実際に彼が喋ったわけではないのだが、なんとなくそんな気がしたのだ。
「なんだシルヴァ、何かあるのか?」
呼ばれた方へ向かうと、そこは奴隷コーナーだった。
この魔物屋は魔物だけでなく、獣人奴隷も扱っている店だったのだ。
まあ、奴隷も隷属魔法で従える対象だから、扱っててもおかしくはない。
しかし人間専門の奴隷商に比べると質が悪いという評判だったので、最初から考慮していなかった。
そもそも俺には、奴隷を買う金も覚悟も無いってのが実状だし。
でもシルヴァがわざわざ呼んだからには、何かあるんだろう。
彼の近くへ行くと、檻の中に1人の獣人奴隷が入れられていた。
その獣人は小さくて、10歳にもなってなさそうな女の子だった。
ぼさぼさの灰色の髪から少し色の濃い犬っぽい耳が覗いていて、お尻には尻尾も付いている。
膝を抱えてぼんやり座ったままの紫の瞳には生気がなく、顔も薄汚れていた。
洗えばそれなりになるかもしれないが、わざわざ買うほどの顔でもない。
そんな風に彼女を見ていたら、魔物屋の主人が俺に寄ってきた。
「兄ちゃん、この娘に興味あるのかい?」
「いや、俺は迷宮で戦う使役獣を探してるんだ。だからこんな女の子はいらないよ」
「うーん、そうか? 獣人だからちゃんと成長すれば、戦えるかもしれないよ」
「この娘を俺に育てろっての? 冗談やめてよ。大体、この娘いくつ?」
「あー、いや……実は15歳なんだ」
「うっそ! どう見たって10歳以下だよ」
この娘が俺と同い年だなんて、到底信じられない。
成人年齢でこれじゃあ、普通の使い道なんてないだろう。
「やっぱ、そう見えるよな。どうも変な呪いが掛かっているらしくて、成長が遅いし体力もないんだ。俺も扱いに困っててなあ……この娘に目を留めたのは兄ちゃんが初めてだからどう? 安くしとくよ」
「馬鹿言わないでよ。しがない冒険者に幼女を養う余裕なんてないの。ほらシルヴァ、帰るぞ」
このままだと押し付けられそうなので、とっとと帰ることにした。
しかしシルヴァは檻の前に居座ったまま動こうとせず、俺の顔を見上げてきた。
何かを訴えるような、そんな目だ。
いつもは素直なシルヴァがどうしたってんだ?
「あー、もう!……ちなみにこの娘、いくら?」
「本当は奴隷契約込みで金貨6枚なんだけど、4枚でいい。ほとんど仕入れ値で大赤字だけど、大サービス!」
魔物屋が両手を広げ、大げさにアピールする。
よっぽどこの娘を処分したくてしょうがないんだろう。
しかし俺には、嫌な予感しかしない。
ここで途方に暮れている俺に、チャッピーが囁いた。
「デイル、買え。この娘は大化けするかもしれんぞ」
予想外のアドバイスにチャッピーの目を覗き込んだが、どうやらマジみたいだ。
それでもしばらく悩んだ末、こう切り出した。
「分かった、買うよ。だけどこれじゃあ外を連れ歩けないから、体を洗わせてからもっとマシな服を着せてくれ」
「本当か? 助かるよ。じゃあすぐに手続きしよう」
魔物屋は大喜びで手続きを始めた。
彼女を処分できるのが、よほど嬉しいに違いない。
手続き自体は簡単なものだった。
檻から出した彼女に隷属の首輪をはめ、俺の指から取った血をそれに吸わせる。
そして魔物屋がゴニョゴニョ呪文を唱えると、首輪がキュッと締まって終わりだ。
これでこの娘は俺に危害を加えられないし、合理的な命令には逆らえなくなる。
もし下手に逆らえば、首輪が締まって死ぬような思いをするそうだ。
ただし、”死ね”とかそういう理不尽な命令だけは拒否できるらしい。
魔物屋に金貨4枚を渡してから彼女を水場に連れていき、身体を洗わせた。
真っ裸で身体洗ってても、幼女だから色気も何もない。
それでも、洗い終えてから新しくもらった貫頭衣を着せてみると、いくらかマシな姿になった。
「俺の名はデイル。君の名前は?」
「……レミリア、です」
彼女がかろうじて聞き取れるような声で答える。
「レミリアか。この狼はシルヴァ。こいつはキョロ。両方とも俺の使役獣だ。俺は冒険者で、まだ君の使い方はよく考えてないけど、よろしく」
「はい……よろしく、お願い、します」
俺が冒険者と言った途端、耳がビクッと動いた。
ひょっとして冒険者が怖いのだろうか?
細かい話は後ですることにして、とりあえず魔物屋を出た。
これからどうしようかと考えながら歩き始めると、シルヴァが俺を呼ぶ。
振り返ると、レミリアが魔物屋の前で倒れていた。
いきなり明るい所に出たもんだから、立ちくらみでもしたってか。
あまりに虚弱体質過ぎて、早くも後悔の念が俺の心をよぎる。
仕方ないので彼女を背負い、適当に歩きだす。
「ひょっとして腹が減ってるのか?」
「……はい、奴隷に、なってから、満足に、食べて、ないので」
蚊が鳴くような声で返事が返ってきた。
そんなもんかと思いながら、俺は近くの飯屋に入る。
「まあ、なんだ。まずは体調を整えないといけないから、好きなもの食っていいぞ」
我ながら彼女に期待はしていないが、とりあえず好きなものを食わせてやろう。
彼女は”満腹お肉セット”という、かなりボリュームのありそうな料理を頼んでいた。
料理が来たら、凄い勢いで食べ始めた。
あーあ、口の周りがベチャベチャだ。
おいおい、彼女の頭の倍くらいあった肉が、もう骨だけになってんぞ。
「ご主人様、ありがとうございます。はぐはぐ……ごっくん。うぐ、おいひいです、こんなの食べたの久しぶりで……もぐもぐ」
「うんうん。良く噛んで食べるようにな。ほら、水も飲め」
レミリアが涙をボロボロ流しながら食うの見てたら、こっちも切なくなってきた。
俺だって孤児だったから、貧乏の辛さは身に染みてる。
だけど俺はまともな孤児院で育ったから、まだかなりマシな方だ。
幸い、最近は迷宮で稼げてるんだから、幼女の1人や2人養ったっていいじゃないか。
チャッピーが思わせぶりなこと言ってたし、何とかなるだろう。
そう考えたら、俺の気持ちも楽になってきた。
飯の後は下着などの身の回り品を買い、宿に帰る。
当然、奴隷のために新しい部屋を取るわけにもいかないから相部屋だ。
部屋に入って落ち着くと、レミリアの身の上話を聞いてみた。
元々、彼女は魔大陸にある獣人の集落に住んでいたそうだ。
しかし成長速度の遅いレミリアに呪い疑惑が浮上すると、その集落にいづらくなったらしい。
そこで彼女が9歳の時に、両親と共にこの大陸へ移住してきた。
いくつかの町を渡り歩いた後、冒険者の両親が稼ぎやすそうな迷宮都市に、居を定めたんだとか。
最初のうちはけっこう順調にやっていたらしい。
しかしそれも半年前まで。
ある日、両親が迷宮で大ケガをして帰ってきて父親の方はすぐに亡くなり、母親もそのまま寝込んでしまう。
やがて彼女の看病もむなしく母親までが世を去り、残されたのは借金だけだった。
その後、レミリアは奴隷として売られたものの、見ての通りの貧弱さで買い手が付かない。
最初に引き取った奴隷商が彼女を持て余し、最終的に押し付けられたのがあの魔物屋だったようだ。
そんな彼女の身の上話を聞くと、改めてなんとかしてやりたいと思う。
しかし俺だってそんなに余裕のある身分じゃないから、彼女には働いて欲しい。
探索に連れていければ一番いいんだが……
「チャッピー、レミリアが大化けするかもって言ってたけど、あれどういう意味?」
「うむ、彼女は高い潜在能力を持っていると思っての。ところでレミリア、おぬし魔大陸を離れてから具合が悪くなったのではないか?」
「え? それは……そうかもしれません。魔大陸では普通に生活していたのに、こっちに来てから体がだるくなることが多くなりました」
「やはりそうか。おそらくレミリアは魔力欠乏症なのじゃろう」
チャッピーさんから仮説が提示されました。
ちなみに宿に着いてから、レミリアには彼を紹介済みだ。
「チャッピー。魔力欠乏症って、前のシルヴァみたいな状況?」
「そうじゃ。強い力を持つ獣人や魔物ほど、成長過程でより多くの魔力が必要になる。魔大陸は魔素が濃いからなんとか生活できていても、こちらでは生存も怪しくなる場合があるんじゃな」
「え、でもこの町にも獣人の子供はいるよね?」
「この大陸に住んでる獣人やその子供たちは、魔素の薄い環境に適応しておるんじゃ。むろん魔大陸育ちよりも能力は劣るぞ。そしてレミリアは、魔大陸育ちの中でも特に強い個体であるような気がしてならん」
チャッピーの話を、レミリアも呆然と聞いている。
「ということは、俺がレミリアに魔力を分け与えれば、もっと成長して強力な戦士になるかもしれないってこと?」
「うむ、そうじゃ。どこまで成長するかは、まだ分からんがのう」
「そうか、シルヴァはそんなレミリアの才能を感じ取った、ていうか自分と同じように、魔力不足に苦しむ彼女を救おうとしたのかもしれないね」
「おそらく、そんなところじゃろう」
「ウォンッ」
シルヴァが肯定するように吠えたので撫でてやると、パタパタと尻尾が振られた。
「良くやったぞ、シルヴァ。よしレミリア、こっちへおいで」
俺はレミリアをベッドに座らせ、後ろを向かせた。
そして心臓の裏辺りに右手を押し当て、魔力を注いでみる。
「アンッ、ハウッ」
最初こそなまめかしい声を上げたものの、すぐに穏やかな顔で魔力を受け入れ始めた。
彼女の尻尾がゆっくりと動き、俺の脚を撫でるのが心地よい。
するとキョロとシルヴァもレミリアの側に来て、彼女に撫でられていた。
さっそく仲良くやっているようだ。
「ご主人様の魔力が温かくて、気持ちいいです」
「そうか、これで体調が良くなるといいな。これからは毎日、魔力を分けてあげるからね」
「ありがとうございます、何から何まで。グスッ……もし、もしチャッピーの言うように成長できたら私、なんでもします」
「そうだな。迷宮に潜れるくらい強くなれればいいけど、それはレミリアの適性とか見て考えよう。まずは元気になって」
「はい」
「キュー」
「ウォン」
レミリアが成長して、みんなで一緒に戦えるようになるといいな。




