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落ちたる世界に剣を捧げる  作者: 黒乃レイ
空が落ちてきた日
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2

(人間、だよな?)

 一瞬イッシュン、あまりの美しさに、この青年が精霊や魔族ではないのかというウタガいが頭をよぎる。しかし、少女はすぐにその考えを打ち消した。直感にすぎないが、精霊や魔族が魔力を持っているが故に放つあのキラキラした雰囲気フンイキと、この青年が放つ雰囲気は、異なっていると感じたからだ。

 しかも、あんな痛そうな音出して落っこちて、今も頭の上に木の破片と砂埃を大量に乗せて、満場マンジョウの視線を痛いほど集めているのに、目の前の青年は起きるどころかマタタきする気配すらない。こんな神経の図太ズブトい種族は、少女の知る範囲ハンイでは人間ぐらいしかいなかった。

 経緯ケイイは知らないが、よっぽどヒドい落ち方をしたのだろう。落下してソク気絶なんて、相当打ちどころが悪かったに違いない。羽やツバサを持っている精霊や魔族は、こんなまぬけで痛そうな落下の仕方はまずしないものだということを、少女は知っていた。


 しばらくの間、馬車に乗っている奴隷全員が、壊れた馬車から逃げるという考えも忘れ、呆然ボウゼンと横たわっている青年を眺めるという奇妙キミョウな時間が流れた。

 しかし、ここへ向かってきたドタバタという地面をみ鳴らす音で、全員が音の方向へと視線を向けた。少女も皆に合わせて視線を向ける。

「なんだ、何事ナニゴトだ?! 空から人が降ってくるなんて!」

 視線の先にいたのは、奴隷商人だった。

 恰幅カップクのいい、オモに腹の部分を揺らしながらこっちに向かってきている。少女にはその姿は、ぷりぷりと怒りにフルえているように見えた。

(怒ってる……よな)

 いくら奴隷を運ぶためのものとは言え、奴隷が逃げないように頑丈ガンジョウに作られた馬車だ。少女の目から見ても、それなりにお金が掛かっていることは推測スイソクできた。

(わざわざこの馬車の上に落ちてくるなんて、この人も運がないな)

 自分のことをタナに上げ、少女は青年のことをアワれんだ。そして、奴隷商人はというと、やはりと言うべきか倒れている青年に向かって、その大きな口から暴言ボウゲンを吐き出した。

「一体どんな落ち方すりゃあ、こんな派手ハデな壊れ方するんだ! おい傭兵(ヨウヘイ)折角(セッカク)高い金出してお前達を雇ったんだから、みすみす奴隷を逃すなよ!」


 奴隷商人の指示で、後ろに引き連れていた十数人の傭兵が馬車を囲む。それぞれに奴隷の鎖が壊れていないかを点検し始めた。少女は首をスクめた。

 点検が進められていく間、奴隷商人はズカズカと馬車の中へ踏み入り、青年へと近寄っていく。少女の目の前に青年と奴隷商人がいるので、状況がよく分かる。少女はますます嫌な気分になった。

 しかし、そんな少女の気も知らないで、奴隷商人は青年の肩を荒々しくツカんだ。

「クソッ。どんなヤカラだ? このハドラー様の私物シブツの上に落ちてくるなんて。奴隷にして弁償(ベンショウ)させてやる! おいそこのお前! 寝てないで起き……っ!」


 乱暴な手付きで、倒れている青年をイキオいよくひっくり返した奴隷商人。無理矢理ムリヤリ起こして文句モンクを言うつもりだったのだろう。だが、青年の顔を見た途端(トタン)、さっきまでの勢いはどうしたのか、奴隷商人の怒りに満ちていた表情が消え去った。

 その代わり、その顔は()(ダコ)のように赤くなっている。

「ほ、ほぅ。中々美しい顔立ちをしているじゃないか」

 そう言いながら、荒い息を吐きだしている。興奮気味コウフンギミなのは、気のせいだ。少女はそう思いたい気持ちにられた。

(ま、まじかこいつ……!)

 少女は両手で腕をさすった。あまりの気持ち悪さのせいで、全身に鳥肌が立ってしまったのだ。どうやら、気持ちは皆同じらしい。奴隷どころか奴隷商人に雇われているらしい傭兵まで、若干ジャッカン引いた表情で奴隷商人を見ていた。

(本当に、運がない……)

 少女は、目を付けられた青年が哀れで仕方なかった。


 そうやって寒気を消していると、少女の方に顔を向けていた目の前の青年のマブタが、ピクリと動いた。急なことにオドロいた少女は、ビクリとカタねさせる。

 奴隷商人に強く動かされた衝撃のせいだろうか。青年がその目をゆっくりと開いた。

 瞬間、少女は本当の意味で息をんだ。


 まるで、星々がマタタ宇宙ウチュウを、そのまま閉じ込めたかのような瞳。その幻想的ゲンソウテキかつ神秘的シンピテキヒトミの中で、小さなキラキラとした星たちが、流星リュウセイや、いつもゆったりと動いて見える空のように、えず移動している。

(綺麗キレイだ……)

 こんなに美しい瞳を、少女は今までに見たことがない。ただ、少女は見惚ミホれることしかできなかった。

 奴隷商人も、青年のもつ瞳の美しさに見惚れているのだろうか。感嘆カンタンの溜め息をらしている。

「なんと美しい……こんなに美しい瞳をもっているのなんて、ウワサに聞く『イドリーンスの王族』くらいだと思っていたのに……」

「イドリーンスの王族?」


 突如トツジョ、今までぼんやりと焦点ショウテンの合わない瞳で目を開いていただけだった青年が、その綺麗な目を一杯イッパイに見開いた。そして、まるで意識イシキが覚醒したかのように、勢いよく起き上がる。今の、男性にしては少し高めの声は、どうやら青年から発せられたものらしい。小さく開かれた青年の口を見て、少女は納得ナットクした。

(なんで、イドリーンスの王族に対して、そんな過剰カジョウに反応してるんだ?)

 再度サイド青年に驚かされながらも、少女の疑問はそこにあった。対して、意図せず青年に直接話しかけられる形となった奴隷商人は、口角が上がっていて嬉しそうだ。下心シタゴコロ見え見えの丁寧テイネイな口調で、青年の疑問に返している。

「あ、あぁ。貴方アナタもご存知ゴゾンジでしょう。ここアレシアとは北西ホクセイに国三つブンマタいだ先にある、ラスティスという国に住んでいる王族ですよ。なんていったって、この人間界イドリーンスもあの方々が統治トウジしていますからねぇ」

「その王族って、金色の瞳をもっている、イオネラ様のこと?」

「はい、そうですよ! 詳しく言えば、世界で知らぬ者はいないほど有名な、『ゲネの始祖シソ』の一人であるイオネラ様と、その血を直接引いている御子息方ゴシソクガタのことですね!」


 イドリーンスの王族。「空が落ちた日」から戦争や略奪リャクダツ、差別などでれていたらしいここ、人間界(総称イドリーンス)を、現在の豊かで和気藹々とした平和な形にまで立ち直した一族のことだ。

 立て直したと言っても、イオネラ様が王位にく頃には、スデにイドリーンスはオダやかな環境にあったと聞く。なので、主に立て直しに尽力ジンリョクしたのは、現在は亡くなられている、イオネラ様の父であるイリヤ様ということになる。

(まぁ。イオネラ様の代になっても、こうして約九百年は平和が続いているんだから、やっぱりスゴい方だよな)


 そう、九百年。実際に、イオネラ様はこの年月を生きている。しかし、イオネラ様の見た目は、精霊や魔族ではなく、人間少女の姿だという。そんなイオネラ様が約九百年もの間生きているということを初めていたとき、少女は信じられない気持ちで一杯だった。人間には肉体としての寿命ジュミョウがあることを、少女は知っているからだ。

 しかし、その戸惑いも「ゲネの始祖」という単語を聴かされた瞬間になくなっていたことを覚えている。まるで初めからそこに矛盾ムジュンがないことを知っていたかのように、少女の胸にストンと落ちてきたのである。

(ゲネの始祖か……)

 昔、少女が両親とまだ一緒に暮らしていたとき、母親から聴かされた話だ。『ゲネの始祖というのは、ありとあらゆる生命セイメイや星が誕生する前から存在しており、この世の全ての創生ソウセイに関わっている者たちのこと。そして、この世全てのものの起源となっている、強力な「幹」をもつ、七人の超越存在チョウエツソンザイのことだ』と。

 ぶっちゃけると、人間や精霊、魔族、そして動物も彼らによって創造ソウゾウされたと言われている。


 この話を聴かされた当初、少女には「ゲネの始祖」がまるで神様みたいに遠い、それこそ夢の中のような存在に聞こえた。しかし、同時にとても近い存在にも聞こえた。

 少女は、かつて抱いたその感想が、あながち間違っていなかったことを、すぐに知った。実際、彼らはどこからか、気まぐれに自分たちが創ったこの世界にアラワれることがあるということを、知ったからである。どうやってこの世界に現れるのか、詳しいことを知っているのは「ゲネの始祖」である本人たちだけだろう。ただ、そのこの世界に現れている内の一人が、現在話題に上がっているイオネラ様のことなのである。


 少女は、ゲネの始祖どころかイオネラ様も見たことはない。しかし、イオネラ様を一目でも見たことがある者は、口をソロえて「自分たちとは次元ジゲンの違う存在だ」と言うらしい。そして、同時にソバツカえたいと思うそうだ。

 実は、こう思う理由についても、母親から聴かされた話で少女は知っていた。『この世の全ての生命は、自分たちを創造した「親」である「ゲネの始祖」をマモりたいと、本能ホンノウとして感じてしまう』らしい。だから、「自分はゲネの始祖だ」なんて言う変人が突然目の前に現れたとしても、その変人が実際にゲネの始祖ならば、それを容易タヤスく受け入れてしまうのである。だから、こうして有名にもなっているのだろう。少女はそう理解している。


 それにしても、他の始祖様のウワサマレにしか聞かないというのに、イオネラ様の話題だけはすこぶる有名だ。ラスティス国から国三つ分離れたこのアリシア国の、それも小さな村に住んでいた少女の耳にも、その話題は入ってくるのだから。

(ちょっと前に話題になったので、確か……)


「ただ、イオネラ様と夫であるオズ様、そして長男のイルエナ様は現在行方不明ゲンザイユクエフメイとのこと。長女であるイヴ様こそ無事なものの、我々イドリーンスで暮らす民は王族の方々が心配でなりません。早く見つかって下さるといいのですが……」

 先程サキホドとは打って変わって、どこか暗い表情で語る奴隷商人。気持ちが落ち込んでいるのだろうか。声のトーンも低く感じられる。その調子で発せられる内容を聞いて、少女はふと思い出した。

(そう、一年前のあの事件だ……!)


 去年の、十一月十一日。その日は、イル様の九歳の誕生日だった。誕生日を祝うために、城外ジョウガイから貴族や他国の王族など多くの者が、城へと訪ねてきたらしい。少女は行くことができなかったが、国外からも多くの人が集まり、いつも以上に王都オウとニギわっていたと言う。当然、普段フダン以上に警備ケイビにも気合が入り、騎士キシ護衛ゴエイの目は光っていたらしい。

 しかしながら、そんな喜びに満ちた空気を壊す事件が起きたのだ。どこからか、城内にマギれたアヤしいマントの集団によって、王族が襲撃シュウゲキされたのである。その際、イオネラ様とオズ様は襲撃してきた者たちによって誘拐ユウカイされ、イル様は事件の最中サナカ行方不明になったらしい。

 一年たった現在も、王族方の捜索ソウサクは続けられている。もちろん、王族方を見つけたらソク城に知らせるよう、城から全国におれが出されている。

 一年前、家に真っ白で高そうな書状が送られてきたときは、少女も何事かと驚いたものだ。

 ただ、不幸中の幸いもある。唯一、イル様に渡すプレゼントを受け取りに、イヴ様が護衛と共に城外へと出掛けていたらしい。城への襲撃はイヴ様が出掛けていた数時間の間に起こったことなので、イヴ様は無事だったのである。


 現在イヴ様は、厳重ゲンジュウな警備のもと、王族を守護する専門の騎士たち全員に護られているらしい。

 しかし、いくら王族専門の騎士全員に護られていると言っても、ほんの数時間の間に家族が行方不明になった心の悲しみはえないだろう。当時、イル様と同じく九歳だった少女にさえ、その気持ちを察することはできた。十歳になり、両親に捨てられた今ならなおさら。

 忘れていたことを思い出したのに、内容のせいだろうか。少女はすっきりとした気分にはなれなかった。


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