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自分は不運だ。そして、不運だから不幸が付いて回る。少女は、荷台に揺られながら考えていた。そもそも、自分の不幸は今に始まったことではない、と。
まず少女の不幸は、黒い目をもって生まれたことから始まる。
この世界で「黒」という色は、異端である。そのことを、物心ついたときから、少女は理解していた。なぜなら、少女の周りには、少女の瞳のように、黒い色も持っている人達がいなかったからである。そして次に、外に出る度、過度の視線に自分が晒されていることに少女は気付いた。
それから、理解したのである。髪の色、瞳の色ひとつ黒いだけで、この世界では、周りから忌避や執着、好奇心といった、特異な視線を向けられることを。
この色が、焦げ茶や栗色か、はたまた完全な黒色であるかどうかなどは関係ない。ぱっと見「黒」と捉えられる色ならば、総じてこれらの色を持つ者は「黒の人達」と呼ばれ異端視される。実際、焦げ茶色の瞳をもっている少女は、過去に何度もそう揶揄された経験があった。
なぜ、このように「黒の人達」が異端視されるのか。
この理由を少女は知っていた。なぜなら、世界共通で知らぬ者はいないほど、有名な話からきているためである。
千年と数百年前。
当時の人類(以下、旧人類)は、文明と経済の発達のために、度重なる環境破壊や環境汚染を繰り返していたらしい。旧人類は、彼らが住んでいた地球と呼ばれる星に限界がきていることに気付いていたが、これらの行為を止めることをしなかったのである。
その結果、溜まりに溜まった世界への負荷が爆発してしまったのだ。そう、千年と数百年前のある日、世界は一度壊れてしまった。
しかし、傷が付けば、自然と傷の部分から再生される。幼い少女でも知っていることだ。この日から、地球を中心に再生され始めた世界は、地球だけではなく世界全体の様式をも変えていったと言われている。まるで、二度と人間の好き勝手にはできない空間へと変えるように。
結果、宇宙構造の変化や次元の歪み、それによって起こる、今まで人間界に直接干渉してこなかった種族の登場。これまで旧人類の中で常識とされてきたものは消え去り、現在の新たな環境へと生まれ変わったという。
また、この変化した環境は、旧人類へと牙を剥いたらしい。再生し生まれ変わった美しい世界を照らす太陽の光は、旧人類が今まで知っていた太陽の光とは、異なる性質をもっていたのである。
新しい太陽の光が牙を剥いた、と一言で言っても、太陽に当たると分かりやすく肌が焼けたり痛んだりするわけではない。ただ、体力を削られ疲弊していくのである。少女もこの現象に見舞われるので、よく知っていることだった。
この現象は、旧人類の持っている遺伝子が、新しい太陽の光に弱いからだということが、原因だとされているらしい。そのため、かつて太陽の光から逃げる場所がなかった旧人類は、「幹」が弱い者や「幹」が覚醒しなかった者たちから、どんどんと力尽きていき、その数を減らしていったのである。
因みに「幹」とは、全ての生命が、自分の魂よりも深い部分に宿している、「自分の起源・根底」のことである。少女が昔、母親から聞いた話だ。
幹には、自分だけの唯一無二の世界が広がっており、自分の幹に触れ、この幹の世界に訪れることで、自分の前世を知ったり、力を発現させたりすることができるようになるらしい。これを、「幹の覚醒」というそうだ。
ただし、この世界へ訪れるのは容易ではないし、他人から干渉されないように気を張っていなければ、操られてしまう可能性だってある。そう聞かされた当初、少女は少し怖いと思ったものである。
つまり、自分保管所みたいなもの。幹のことを、少女はそう理解している。死んでも魂が滅んでも、幹に還り、また自分という全く同じ魂が生成されるらしいから、たいしたものだ。少女は内心この幹の神秘について、感動していた。幹についての謎は、まだまだ深い。
そして、この「幹」の存在を、旧人類は全く知らなかった。このことが、先の出来事の最大の要因だと少女は考えている。当然、旧人類のほとんどの者たちが、前述した通り力尽きていったのだから。
もちろん、命の危機に晒されるなど、何らかの出来事がきっかけとなり幹が覚醒した者たちも少ないながら存在したようである。この際、生き残った者たちのほとんどが、身体のどこかに黒色をもっていたたと伝えられているのだ。
これら一連の出来事は、千年と数百年前のある日を「空が落ちた日」と名付けることで、現在も詳細に語り継がれている。よって、「黒の人達」は、旧人類の遺伝子を継ぐ子孫だと考えられており、周囲から異端視されているのである。
逆に、黒色をもたない者は「進人類」と総称される。彼らは、その身に黒をもたないということ以外、配色に一貫性があまり見られない。そして、旧人類や黒の人達と比べて、生まれつき幹が覚醒しやすい性質にあり、身体能力や身体の丈夫さが格段に良いらしい。現在の世界に適合した種族。少女は昔、ム苛の少年から自慢げに聞かされたことがあった。
彼らの成り立ちについては、少女はあまり詳しくない。知っているのは、進人類の中心となった人物に関することだけである。
因みに、世界の約九割の人間が、この進人類に当たる。当然、ここは黒の人達にとって住みづらい世界だと言えるだろう。
そのため、現在彼らのほとんどは、遥か極東に位置する「聖都市」という、黒の人達だけが住まう土地で暮らしている。これも有名な話だ。そこは一日中太陽の光が顔を出さず、大地を水が支配する場所らしい。太陽の光に弱い黒の人達にとっては、まさに安息の地と言えるだろう。少女は羨ましく思った。
自分も、聖都市に生まれていればもう少し楽な生活を送れていたのかもしれない。少女は重い溜め息を吐いた。実は、少女の両親は、黒の人達ではなく進人類の両親なのである。進人類の両親から黒の人達が生まれる可能性は低いのだが、少女はその低い確率を引き当てて生まれてきたのである。
さらに、少女の両親は、黒の人達を忌避していた。
(だから、仕方ないんだ)
少女が住んでいたのは、小さな村の、貧しい家だった。だからいつも食べていくだけで精一杯だった。だから、最近になり両親が切羽詰まっていることにも、少女は気付いていた。
ほのかに色づいてきた葉っぱと少しの肌寒さから、秋が近付いていることを知った、つい先日のことだった。少女は、いつもより上等な服を着せられて、両親と一緒に出掛けたのである。そこで連れられた先が、この馬車の持ち主である、奴隷商人の元だ。品定めするような目で自分を眺めていた奴隷商人の顔と、どこか安堵したような両親の顔を覚えている。
この馬車に乗せられるまでのことを思い出すうち、少女は気持ち悪さを感じた。
時々、周囲から鎖が擦れる耳障りな音と、啜り泣く声が聞こえてくる。ガラガラと、車輪が地面を闊歩する音も合わさり、まるで不協和音のようだ。少女は、どこか心が落ち着かなくなっていくのを感じていた。
(奴隷市場とは、どんなところだろう)
少女は身を縮こませた。両腕で身体を覆っても、ちっとも鳥肌は収まらない。それでも周囲を見れば、狭く(セマ)暗い馬車の中で自分と同じように固まっている人達が視界に入った。少女は、少しばかり安堵した気持ちになった。
ここに居る者は、出自は異なるが、皆これから辿る道は同じなのである。女、男、子ども、大人、黒の人達、新人類。家族に見放された者、人生を転落した者、身寄りのない者……。皆、奴隷という名の「商品」として、これから多くの消費者の目にさらされ、買われていく。そこに明るい未来なんてないことを、少女は知っていた。
(なんだ?)
外が騒がしいことに、少女は気付いた。馬車の外で、何か問題でも起こったのだろうか?そう、不安な気持ちで辺りを見渡した。
最初は戸惑いを含んだだけだった外の気配が、徐々(ジョジョ)に慌てたようなものに変わっていく。それを、少女は肌で感じた。同じく、馬車に乗っていた者たちも、だんだんと外の空気に気付いてきたようである。不安そうな表情で、外の様子に耳を立てていた。馬車内に緊張と不安が走っていることを、少女には感じた。
外のざわつきと中の緊張が、ピークに達した時。
突如、馬車が大きく横揺れした。小さな少女には、まるで地面が揺れたのかと錯覚してしまうほどの大きさである。揺れの衝撃で、少女の身体は壁に叩きつけられた。
直後、バキバキッという何かが壊れる嫌な音と、何か重量のあるものが床に落ちる痛そうな音が、少女の耳に届いた。少女は、身体を庇おうと、慌てて腕を交差させた。
どうやら、壊れたのは馬車の天井らしい。少女はそう気付いた。密閉された馬車の中にいると感じることはない太陽の光が、少女に降り注いだからである。
(太陽の光……)
少女は、その眩しさに目の痛みを感じた。それでも、恐る恐る目を開ける。すると、少女の視界には、砂埃と木の破片がそこかしこに舞っている光景が映った。
そして
「い、イケメン……」
少女の目の前に、一人の青年が倒れていた。
雲ひとつない青空のような、澄み渡った空色の髪。クセが少ないのであろうサラサラした髪の下にあるのは、人間とは思えないほど端正な顔立ち。気絶しているのか、目こそ閉じられてはいるものの、全身から触れてはならないと思わされるような神聖さが放たれている。
じろじろ見るのも申し訳なくなる。少女にそう思わせるほどの爽やかなイケメンが、木の破片と砂埃を盛大に被って倒れていた。