8 たった一つのくじ
「まさか君達が幼馴染だったとは知らなかったよ。それにしても世界は狭いものだな」
「はあ...。まあそうっすね」
今は昼休み。俺とアリアが幼馴染だということが二時限目に教室で発覚し、俺たちは職員室にていろいろなことを聞かれることとなった。丁度、一通りの質問に答え終えたところだ。
結局あの後俺の紹介はほとんどアリアがした。口下手な俺が説明するより、アリアの説明のほうが皆に理解してもらいやすい―という最もな理由をこじつけてアリアにやらせたのである。
こうして図らずも俺は自己紹介という難関を突破した。神様はちゃんと俺の日頃の行いを見ててくれたのだろう。
ははは、いや~楽だ楽だ―とアリアが紹介していた時は思っていた。事実楽ではあったのだ。しかし。
アリアが俺の紹介を終えた瞬間にクラスの全員が、教室に入った直後よりも興味の混じった視線で俺を見た。
...あの時の恐怖は恐らく一生忘れないだろう。全身から冷や汗が吹き出す感覚は今でも完全に消え去っていない。その場で気絶しなかった俺を褒めたいくらいだ。
後々分かったことだが、アリアはクラスでも最上位、つまりトップカーストのような立ち位置らしい。もちろんそれを理由に威張り散らす女王様ではなく、クラスの連中からも好まれているようだ。そんなアリアの幼馴染=何か面白そう、ということで俺に興味が湧いたという訳である。
何か最終的には俺が自己紹介したほうが良かったんじゃないかと思えるような結末になった。一言で言えば俺が無駄な注目を集めることになった。神様はちゃんと俺の日頃の行いを見ててくれたのだろう...。死にてえ。
今まさに俺ブーム中である教室に戻ればまた質問攻めに遭うことは想像に難くない。それだけは絶対に、なんとしても避けたい。せめて昼休みだけはしのぎたいのが本音だ。
そのためには少しでも長くいることが必要になる...。
「よし、もう戻っていいぞ。時間をとらせて悪かったな」
「ちょ、待ーーーーッ!!」
...とか思った瞬間にこうなるしさ。神様マジで見てるんじゃない?
「何だ一体。悪いがやらなければならないことがあるんだ。教室に戻ってくれ」
もちろん俺の叫びなどに耳を貸すこともなく、冷酷に一言で俺をあしらってからミラ先生は職員室を出ていってしまった。
「嘘だ......」
残されたのは俺とアリア...と主に俺を見ている教師の方の視線。
朝の遅刻でそうでなくともマークされているのだ。問題児として見られないためにはここは引き下がるしかない。
行っても地獄、留まっても地獄。これを何と言うか。そう、詰みである。
「失礼しました」
「失礼しました...」
...そして俺はせめてもの延命措置として去ることを実行した。
「はぁ...」
職員室の引き戸を閉めた途端にため息が出る。これからどうするかなあ...と暗澹たる気持ちでうめいているとアリアがこちらを見て呆れたように言った。
「何回ため息ついてるのよ。いい加減諦めたら?」
「お前な...」
俺の苦しみを理解しようともしていないような言い様に、俺はアリアを睨めつける―がやはりそこで動きが止まってしまった。
俺の幼馴染、アリア。教室で再会した時も思ったが、その姿はまるで変わっていなかった...いや、少し大人びただろうか。小さかった頃の面影は確かに残っていて、いつかの時のままのように錯覚してしまうが、身長差も確実に七年前より縮まっていた。
そしてそれ以上に放っている雰囲気が違かった。優しさと同時に鋭さを思わせる雰囲気が俺の動きを止めた。
―不躾にも見すぎてしまった。アリアもそれに気付き、居心地が悪そうに顔を背ける。
「...な、何よ」
「あ、い、いや何も...。それにしてもお前、随分変わったな」
妙な気まずさを感じ、話を変える。と言ってもさっきからずっと思っていたことだ。
俺の記憶だとアリアはもう少し大人しかった気がする。そりゃ俺やアイツの前ではかなりはしゃいでいたが、人前にはあまり出ないタイプだったはずだ。
だが今ではクラスの中心となっていた。自分から目立とうとした訳ではなく、自然とその立ち位置についてしまったのだろう。それが本人にとって望んだものだったのかは分からないが。
それにほら、うん、体のこととかね?小さいころとはサイズが非にならないところがある気がする。けどわざわざそのことに触れて死ぬほど俺は馬鹿じゃない。馬鹿じゃないけどまあいろいろあるんですよ男の子には。
とにかく彼女は変わったのだろう。その変化の時に何を犠牲にしたのかは俺には分からない。きっとそれを理解するのは不可能なのだ。自分がどうなっているのかさえ理解できていないのに、他人のことを理解できるはずがないだろう。
「イサミは...変わらないわね。...あの時から」
「......ああ」
俺がそんなことを考えていると、アリアはぽつりと言った。
あの時。俺が自分を理解できなくなった時。
忘れたと思っていたが、今ならはっきり思い出せる。景色はもちろん、音も匂いも触れたものも、血の味だって覚えている。忘れるはずがなかったのだ。あの時こそ、全ては変わったのだから。
二人揃ってその時のことを思い出していた。静かな廊下にどこからか届いてくる喧騒だけが、やけに頭に響く。
「イサミは、さ」
その喧騒を破ったのは、アリアだった。
「イサミはあの時のこと、後悔してる?」
どこか確かめるような声は昔のアリアを思い出させた。
いや違う。俺は前にもこう聞かれたことがあったはずだ。その時俺は何と答えたのだろう。
「...いや。ああするしかなかったんだ。後悔なんてしてねえよ」
結局、何と答えたのか思い出すことはできなかった。けれど、多分こう答えた。そんな、何の確証もない言葉を返した。
だが実際後悔などした覚えはないのだ。
あの時選択肢は一つしかなかった。取り得る道が一つしかないなら、後悔などできないだろう。一つしかないくじを引いて外れたとしても、「さっき他のくじを選んでいれば」と後悔なんてできないのだ。
「......そっか」
俺の言葉はアリアが望むものだっただろうか。
―いやきっと外れただろう。
そう確信できるほど、アリアの呟きは悲しくて、寂しげだった。
この頃季節の影響もあり、忙しくなりつつあります。投稿も少しずつ間隔が空くようになってくると思いますが、できるだけ頑張ります!お願いします!