4 女教師って言葉が既にアレだよね
「さて、では転入初日から遅刻した理由、もとい言い訳を聞こうか。イサミ君」
そう話すのは職員室だというのに腰に剣を吊っているグラマラスな美女だった。
...美女ではあったものの今はその美貌は完全に消え、鬼のような表情だった。椅子に座り足を組んでいる姿は高校二年生にとっては刺激が強いものだったが大丈夫。顔のほうが刺激が強い。主に恐怖的な意味合いで。
俺はそのあまりの怖さに顔をひきつらせながら答えた。
「いや、その、思ったより学園が遠くてですね...」
紛れもない事実。だって自転車乗って塀周りだけで三十分だよ?家からだったらもっとだよ?都市部の学校に登校するのってそんなかかんの?
だが俺の至って真面目な答えには満足しなかったようで、その人は表情を崩さない。
「遠い?君の家から学園まで徒歩二十分程度だったはずだが」
「な...ッ」
しれっとした態度でそう言うその人に思わず俺はいきり立った。同時に朝から感じていた感情が爆発しかける。即ち―。
―家から学園まで二十分とは言いつつそれはあくまで学園の敷地つまり外周部の塀に触れるための時間だろうがそこまでたどり着いても学園敷地内に入るための入り口が正門以外にないんだからそこまでの時間を示せよこんなの詐欺だあああああ!!
...という絶叫が。
「学園の敷地まではね!塀づたいに何キロ走ったと...」
爆発しかけた感情をなんとか抑えつつ、そうあまりの理不尽さを説こうとした時。
風と鈍い光を感じた。
「へ?」
首もとに刀の切っ先が突きつけられていたのだ。
「目上の者には敬語を使えと習わなかったか?」
「すいませんすいませんすいません!?」
怖ェーーー!!!動きがさっぱり見えなかったんですけど!?
本能の赴くままに俺の体は謝罪に転じていた。
即座に謝ると刀は下ろされ鞘にチンと小気味いい音を立てて納まる。今度は素直に謝ったことが良かったようだ。その人はため息をつきながら椅子に座り直した。
危ぇ...。転入早々死ぬかと思った...。
「転入」と「死」という普段なら絶対に一緒には使わない単語を同時使用してしまった混沌のセンテンスを心の中で呟く。というかあれだな、こんな体験をできる学校は貴重だと思うよ、うん。
マイナスの出来事を無理矢理プラスに転じて心の安定を保っていると、その人はまた足を組んだ。
...あれ!?今チラッと見えたような...何だろうあれは!?
なにしろこちとら無意識の内に土下座の体勢に移行していたのだ。目線が低くなり丁度いいアングルになっている。
やっべこの学園めっちゃいいとこじゃん最高じゃん俺こんなところにこれて幸せだわあ転入なんてとか思ってた自分滅べ!
「気持ちの悪い笑顔を浮かべていないで立ったらどうだ。また刀を突きつけられたいか?」
「はいすいません調子乗りました」
一瞬ですくっと立ち上がるとその人は再びため息をついた。
「はあ...。全く何故この忙しい年度初めに厄介事を持ち込んでくるのか...。対魔勇者学園に転入など今までに例が無いぞ?」
「そうなんですか。というか俺としても話がトントン拍子に進みすぎてまだ深く理解してないんですけど。」
俺の言葉にその人は項垂れる。
俺がこの〈フローライト〉に転入するようになったのはある友人の勧めがあったからだ。悠々自適すぎる自宅ライフを送っていた時にたまたま再開した友人の紹介で今に至る。
...ああ決して途中の過程を省略した訳じゃない。本当に何もなく転入が決まったのだ。少なくとも、俺は何も関与しないままに手続きが済んでいた。そういう意味では詐欺とかじゃないことを強く祈りたい。開始早々物件の情報がおかしかったし。
まあそんな訳で引きこもり生活にもおさらばして転入...あれ?よく考えたら学校行ってなかったのに転入って言うんだろうか...。まぁいいや転入して学園生活を楽しもうと思っていたのだが。
そんな思惑はいきなり暗礁に乗り上げかけていた。
「ただでさえ普通じゃない転入に加えて、それが初日から遅刻してくる問題児とは...問題が多すぎだな」
「だから遅刻してきたのは俺だけのせいでは...すいません!」
反論しようとした瞬間に睨まれる。もはや何も言うことはできなそうだ。
その人は最後にもう一度だけため息をついてから急に顔を近付けて俺を見た。
「うん...顔だけは勇者のものだな」
至近距離で目が合い思わずドキッとする。そこにはさっきまでの鬼のような表情はなく、ありのままのその人の顔があった。
引きこもり生活が災いし、大人の女性―というか女性というものに対して耐性が無い。とりあえず近距離で顔を見られただけで落ちてしまいそうなくらいには無い。今更後悔しても遅いのだが。
やがてその人は顔を離しわずかに微笑んだ。
「まあ遅刻のことに関しては大目に見てやろう」
「本当ですか!ありがとうございま...」
「ただし私の質問に答えろ」
そして、視線が鋭くなった。
「うえ?質問...?」
俺が何のことか分からず呆けていると、その人はおもむろに校門の方を指差した。
「君はあの校門から校庭に入ってきたな?」
「ぁ...はい」
一つ目の質問で、その人が何を言おうとしているのかが分かった。
「登校時間の終了のチャイムが鳴った後に」
「...はい」
二つ目の質問で、恐らく言われるであろうことを全て推測できた。
「その顔を見ると分かっていたようだな。アレの仕組みに」
「......」
その人の言葉に俺は何も返せなかった。追及されると予想はしていたが、いざ実際に言われるとなかなかの緊張感がある。こうなってしまったのは完全に自分のミスのせいなのだが時既に遅しだ。どうにか切り抜けなければ。
「この学園は国が直々につくった言わば最先端の施設なのでな、貴重な装置や物質も保管されているんだ。当然それを狙おうとする者も少ないながらいるのだよ。勿論勇者である我々が管理しているのだからセキュリティは万全ではあるのだが...念には念をという奴で対策用の装置もたくさんある」
考えてみれば当たり前のことだ。どう考えても無防備に突っ込んだ俺自身の失策である。
「あの鉄柵もその一つなのだよ。閉じた瞬間に超高圧電流が流れる仕組みになっている。それこそ勇者と言えども多少の傷を負う程度には」
鉄柵自体かなりの高さがあり、手で掴まないと飛び越えることはできないだろう。そこまで計算され、鉄柵を飛び越えようとした瞬間にやっと気付いたその仕組み。もはや体を止めることは叶わず...。
「―君はどうやってあの鉄柵を飛び越えた?」
簡単な言い訳では誤魔化せない。真剣な光をその人の瞳に見て俺はそう直感した。しかしだからといって馬鹿正直に答えられる訳がない。故に―。
「...あー、偶然持っていたゴム手袋でですね...」
「ふむ、そうか」
その人は俺が言い終わらない内に頷いた。
―刹那。その人の姿が消えた。
「......ッ!」
そして感じた手加減無しの気迫。さっきの比ではない。黙っていれば殺される―。
反射的に俺は動いていた。
どこかから突き出される刀。どこから―。
ドスッという鈍い音がした。
「......さすが、だな」
刀は、俺の腹がつい今しがたまであった空間を通り、恐らく金属でできているはずの机に突き刺さっていた。
回避が遅れれば間違いなく貫かれていただろう。...かなり危なかった。
「...ふう」
その人は深く息を吐いてから刀を机から抜いた。机には鋭利な刀の痕が残っている。もしあれで貫かれていたら...考えるだけでゾッとする。
「ってちょっと待て!!」
「ん?どうした」
「どうしたじゃね...ないですよ!何で俺問答無用で斬られかけてるんですか!?」
「斬る、というよりかは貫くつもりだったぞ?」
「そういう問題じゃないですよ!下手すりゃ死んでたんですよ!?」
俺の心からの叫びを聞いてもその人は顔色一つ変えずに刀を納める。ってかおい話を聞け。どう考えても今のは俺に正義があるだろう。だからこっちをみろ机にできた傷なんか丹念に見なくていいから!
経費で済むだろうか...とか考えてそうなその人は机のチェックを終らせるとやっとこっちを見た。
「確かにいきなり斬りかかったのは謝ろう。だが君だって嘘を吐こうとしたはずだ。おあいこではないか?」
おあいこじゃねーよ!心の中で俺はそう叫んだ。けれどもう何を言っても無駄な気がした。
「......」
「まあいい。反省したまえ」
俺の命の問題、まあいいで済まされちゃったよ...。
「それより...やはり君はただ者ではないようだ。鉄柵をどう越えたのかは疑問だが、それはもう聞かないことにしよう」
「...え?」
「もとよりあまり心配はしていないよ。学園長が転入を認めたというなら心配は無用だろう。今のはちょっとしたテストだ。」
えマジで?俺のポカはもう不問でオールオッケー的な感じ?“ちょっとした”って部分すげえ疑問だけどこれはつまり終わり良ければ全て良しな流れですか?
俺の内心の動揺など無視するかのように、その人は今度こそ間違いなく微笑んだ。そして手を差し出してくる。握手を求めているようだ。
俺は驚きつつもその手を握った。刀をいつも振っているとはとても思えない柔らかさが俺の手を包んだ。
「ようこそ〈フローライト〉へ。歓迎するよ」
苦笑しつつも俺は答える。
「...歓迎ならもう少し穏やかでもいいんじゃないですかね」
「この目で見ないと安心できない質でね」
その笑顔にさっきまでの凄まじい気迫は欠片もなかった。思わずこちらも笑ってしまう。どうやら一番初めのテストは赤点を取らずにすんだようだ。取ってたら死んでた。
「さて本来ならすぐに教室で挨拶なんだが...今は授業中だ。時間も余っていることだし、私が学園内を案内してやろう。」
「あ、ありがとうございます。えーと...」
礼を言いたいが、よく考えれば俺はまだこの人の名前を聞いていなかった。どうしたものかと戸惑っていると、その人は俺の考えを察してくれたらしい。
「自己紹介がまだだったな。私はミラ。日本名よりそちらの方が呼びやすいだろう。受け持つ教科は総合戦闘技術、役職は一応統轄教師...そして、君の担任だ。」
「ミラ先生、ですか。では、よろしくお願いします!」
「うむ」
と、元気よく爽やかに答えたが、内心で、担任かよおおぉぉとうめいていたのは言うまでもない。