3 自称引きこもり、転入す
「ふわあ......」
欠伸混じりに見た校門のすぐ脇。そこには立派にこの学園の名称が記されていた。
「国立対魔勇者学園...〈フローライト〉ねえ...」
何の変哲もない...というには明らかに違和感がありすぎる学園名だがそこは飲み込むしかない。なにしろ俺は今日からこの学園に転入するのだから。
国立対魔勇者学園〈フローライト〉。法律的には高校に位置する学園だ。
しかしこういうのを見るとどうにもここが現実でないかのように思えてくる。間違いなく実在しているはずなのにどこか夢の中のような感じで実感がない。というか何で学校名にカタカナでルビがふってあるんだよ...。学園長にそういう趣味でもあるんだろうか。
そんなことでも思っていないとやっていけなくなりそうだ。相変わらずこれが現実だということに慣れることができない。あれからもう七年も経つというのに、いまだに自分は何者なのかと思ってしまう。
七年前の魔王襲来の日。その悪夢が始まった日を人々は〈世界改革〉と呼ぶようになった。魔物と勇者の誕生が世界を変えたことからどこからともなくそう呼ばれるようになったという。
〈世界改革〉によって、当たり前だが日本はその在りかたを変えざるを得なかった。具体的には魔物に対する備えを固めることが急務となった。
勇者の誕生は確かに救いとはなったが、だからといって全国民が救われた訳ではない。そもそも勇者には絶対数に限りがあったため、個々の能力は高くても数の猛威を防ぎきることはできなかったのだ。そのため一刻も早く対策を立てる必要があった。
そこで国が優先したのが都市の防御である。
国民を特定の都市に集め、そこを重点的に守ることで早急に態勢を整えることに成功した。そしてある程度の安全を確保した後勇者の力で結界を張り、結界内部への魔物の侵入を防いだのだ。
そうした国を挙げての対策により国民の安全はひとまず確保された。今現在日本には、結界が張られて安全なスペースとして、特に主要な七大都市とその他の小さな都市が数十ヶ所存在している。
そしてそれ以外の土地はいつどこで魔物が現れてもおかしくないフィールドと化した。つまり日本の人口の大部分―というかほぼ全員は、それらの都市に住んでいるということだ。七年前なら到底不可能なことだが、日本の人口は〈世界改革〉以前に比べ結果的に半減した。辛うじて都市におさまりきるほどの人数ではあったのだ。
そして国が次に行ったのが、この対魔勇者学園の設立だ。
学園の目的はただ一つ。それは勇者を育て上げること。
入学できるのは勇者と、勇者になる素質がある者のみ。その門は狭く、倍率は時に数百倍にまでなるという。そしてその険しい門をくぐり抜けた者だけが勇者への道を歩めるのだ。
学園では勇者になるための教育や既に勇者となった者への訓練が行われる。当然教える側の教師もほとんどは勇者であり、余談だが学園設立時に最も大きな問題だったのがこの教師たちを集めることだったという。
この対魔勇者学園は全国の七大都市に一つずつ存在している。つまり全国で七校しかないのだから、倍率が高くなるのも当然といえよう。それらの学園では他と違う独自の教育により、多様性のある勇者を育て上げようとする国の理念に従っている。同時に学園でどれだけ優れた勇者を輩出できるかという競争に鎬を削っているのだ。
また、全国の対魔勇者学園内で最強の勇者を決める祭典が一年に一度開かれる。
その名も―〈勇王祭〉。
各校の代表が実戦で雌雄を決するこの祭りに日本は大きく盛り上がる。観客の動員数は言わずもがな、テレビ中継等の視聴率や経済効果など、それが日本に及ぼす影響は決して少なくない。正に大祭であり、同時に魔物への宣戦布告でもあるのだ。
ちなみに去年その〈勇王祭〉の覇者となった勇者はこの学園、〈フローライト〉に在籍しているらしい。つまるところ今日本で最も優れた対魔勇者学園はこことなるようだ。
―というような旨の学園紹介文を、学園名のさらに横にあるポスターから読み終えたところで俺は顔を上げ、改めて校舎を見る。
まだ校門前なので校舎とは校庭を隔てて結構な距離がある。...あるはずなのに校舎の横端が見えないというのはどういうことなんでしょうか。俺の目がおかしいんだろうか...。横だけではない。高さを見ても目測で十五メートルは軽く超えるだろう。そして何より校庭がおかしい。何がおかしいってこの学園を囲むようにあるってことがおかしい。
いや分かっていたはずだ。そう、分かっていた。ここにくるまでに学校の敷地をぐるっと囲む塀に沿って自転車で三十分もかかったところとか、事前に渡されたパンフレットみたいなのに縦三キロ横四キロの広大な敷地って書いてあったところを見て分かっていたはずなのに。
...なのにこうしてショックを受けているってのはやはり心が否定していたようだ。
「...広すぎだーーーーーッ!!!」
心が認めていなかった感想を叫んだ瞬間、それは鳴った。
キーン、コーン、カーン、コーン...。
「あ」
同時に、敷地内に入るための唯一の出入口が鉄柵で閉じた。