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魔物≠勇者?いえいえ魔物∩勇者です!  作者: 紫閃
5章 世に巣食う悪
31/33

3 禍の種子 

 新作の方がとりあえず一段落したため、こちらのシリーズも一応の区切りをつけようと書きました。お久しぶりです、紫閃です。

 という訳で、かなり久しぶりの投稿になります! 私自身、設定がかなりあやふやになってしまっていたところがあったので、皆さまにももう一度本作を最初から読んで頂くことをオススメします(ステマじゃないよ、いやマジで)。じっくり読んでストーリーを思い出して頂いたところで、では、お願いします!

 その鼠は、キキッ! と甲高く鳴きつつ暗い通気孔を走る。


 大きさは一般的な鼠とさして変わらない。体長10センチといったところだろうか。しかしその体表は純白の毛で覆われていた。また、瞳は赤く、濁ったような輝きを見せる。その点は、都市部に生息する他の鼠とは違っていた。

 もちろんその鼠は、本来ここにはいるはずもない存在──魔物の一種だ。名を化悪鼠ストラットというそれは、時としてどんな魔物ですら超える存在になる。事実これまでの歴史の中で、化悪鼠の成長によって被害が出た数は一度や二度ではない。


 それに宿るある特性が、この上なく厄介で危険なものなのだ。


 本来ならそう易々とこの世に生み出してはいけない存在。しかし、ロコンによって放たれたたった一匹の化悪鼠はそんなことなど考えることなく──否、考える知性すらなく──自らを肥えさせるための“餌”を探す。


 貪欲に、執拗に。ただひたすら、本能に従うがままに鼠は走る。


 暗い通気孔にもう一度、その鳴き声が響いた。


  ***


「まだよ! まだ開けちゃ駄目だからね!」


 ショッピングモール二階、とあるファッションコーナー。その中にある試着室の前に立つ俺は、目の前の試着室から聞こえた声に大きなため息を吐く。


「あのな……。ガキじゃあるまいし、覗いたりなんかしねえよ。それよりちゃんと落ち着いて着ろ。焦る必要もないし」


 頭をおさえつつそう言った俺に、声の主はわずかに着替える速度を緩めた──気がする。



 十分ほど前──。俺とアリア、サクヤの三人はこのファッションコーナーに来ていた。


 とある理由──主に二人の大きな部位からの物理的圧力──によって公衆の面前の前を歩くことが困難だと判断した俺は、すぐさま狙いをかえ、ここへと逃げ込んだのだ。幸いにもそれは功を奏し、他人の目も少しは和らいだ。正直に言えば、ただ二人が離れれば良かっただけの話なんだけどね、うん。

 そんな訳で、じゃあ少しはおでかけっぽいこともしてみようと、服を見てみることにしたのである。レディースの服を扱う店なので服の品揃えに問題はないだろう。強いて言うなら男の俺がここにいることが問題。まあ女子二人と一緒にいることが免罪符になっているようではあるが。


 アリアはもとから服を買いたいと思っていたようだし、サクヤも思っていたより乗り気だ。楽しそうに服を選ぶ二人を見て、何だかんだ言って女子なんだなあと改めて思った。

 特にアリアなんて、普段は剣で魔物をバッサバッサ屠る勇者だというのに、笑いながらサクヤと服を選ぶ姿にそんな面影は一切ない。むしろこちらが本当のアリアなのだろう。学園二位とか“花姫ローズ”なんて言われて讃えられていても、その本質は十七才の女の子なのだ。

 魔物が存在しなければ青春真っ只中。学校に行き、友だちと楽しく遊んで、恋の一つや二つもするような女の子──。

 と、そう思ったとき、一つ気になったことがあった。


「恋…………か」


 カーテンを隔てたアリアに聞こえぬほどの小さな声で、俺はぽつりと呟いた。


 アリアもまた、恋をするのだろうか。いつか、一生共にいたいと思えるような相手に巡り会うのだろうか。

 何となく、本当に何の他意もなく想像しようとした。アリアが誰かと、嬉しそうに笑う姿を。きっとそいつは、俺よりも強くて、優しくて──俺よりもずっと優れた人間なのだろう。


「…………」


 そんなことを考えたとき、ほんの一瞬呼吸が苦しくなった。痛みでも、ましてや危機感でもない何かに心臓を掴まれたような気がした。

 理由などなく──“嫌だ”と、思ってしまった。


 アリアの横に立つ何者かを、想像したくなかった。


 だが──。


「…………俺には……」


 俺には無理だ、と。そう理解しているはずなのに。


 ──俺がアリアの横にいることなんて、許されるはずがないのに。


 それでもそれを願う自分が恨めしかった。


「……イサミ? 何かあった?」


 そんな時、アリアの声が聞こえた。こちらは見えていないはずだが、何かを察したのだろうか。

 相変わらずそんな勘だけは鋭いんだよな──と思いつつ、何もないことを装い、応える。


「何でもねえよ。それより着替えたか?」

「う、うん。開けるね」


 そしてするりとカーテンが開かれた。その先にいたのは。


「…………っ」


 ──いつもとは違う、さらに可愛げなアリアだった。


 認めたくはないが、アリアは普段から可愛い。しかしそれよりも今のアリアは上だった。


 着ているのは大きめのワンピース。

 純白のそれは、アリアの赤い瞳と長髪をさらに引き立てる。屋内であるために照明は人工的なものだが、外に出て自然の日光を浴びればもっと美しいだろう。

 そして、何かいつもと雰囲気が違うと思えば、今のアリアは髪を下ろしていた。普段のツインテールとは違い、絹のような髪が滑らかに流れる。少し動く度にさらさらと揺れるそれは、思わず手にとってみたくなるような魅力を醸し出していた。


「ど、どう? 似合う、かな…………」


 わずかな間、俺は呼吸することを忘れていた。アリアの小さな声にやっと我に返る。少し頬を染めたアリアに、俺は辿々しく言葉を返した。


「お、おう。似合ってる、と思うけど。…………多分」


 誰が見ても綺麗だと言うだろうに、何故かそれを素直に認めたくなくて、目を逸らしつつ俺はそう答えた。

 俺のその言葉にアリアはため息を吐きつつ、いつものように腰に手をやって苦笑した。


「多分って何よ、多分って。でも……ありがと」

「…………ん」


 心なしかさっきよりも顔を赤くしてアリアは言った。それにどきりとしつつ、何とか平静を装って俺も頷く。

 

 何ともいえない沈黙が漂った。


 その時。


マスター、私も着替え終わりました。少し見てもらえませんかー?」


 その横の試着室からそんなサクヤの声が聞こえた。

 サクヤもまた、アリアの横で着替えていたのだ。


「あ、お、おう、分かった! 開けていいか?」

「はい」


 珍しくナイスタイミングで声をかけてくれたサクヤ。戦闘以外で久しぶりに感謝しつつ、この空気から脱するにはこれ幸いとそのカーテンを開けて──。


「どれどれ……ってのわああああ!?」



 俺は忘れていた。サクヤの性格……すなわち、人の困る様を見たいという、淫夢魔サキュバス特有の性根を。



 カーテンを開けた先にあったのは肌色。

 裸ではない。裸ではないが…………。


「……何で……服っ……!?」


 サクヤが身に纏っていたのは、なかなか際どい下着のみだった。


 何というか、その上の方の下着は極端に面積が少ない。本当に限られた局所のみを覆うような姿は、男であれば全員が目を奪われるだろう。もともと豊満なその脹らみをより強調し、それでいて下品でもないその下着は、人よりも強靭な精神力を持つ俺をもってしても抗えない魅力を放っていた。


 下の方もまたかなり際どい。既に下着としての役割を果たしていない気がする。いや、もうむしろ隠せていればいいのか? そう思ってしまうほど面積が少ない。

 

 そしてそれ以上に、サクヤの体そのものがとてつもない魅力を放っている。外見としてはほとんど見えないが、しかし確かについているしなやかな筋肉に、腹のくびれや足の細さ。淫夢魔のわずかに浅黒い肌が、これ以上ないほどに日本人離れした美しさを見せていた。


「何……おまっ…………」


 一瞬で混乱に陥る俺。そんな俺を見てサクヤは笑う。


「大丈夫ですか、主。少し刺激が強すぎました?」

「ち、違うわ! 何でお前…………!」

「私は主にこの姿を見てもらいたかったのです。いつ夜にこの服装になるか分かりませんから、似合うかどうか…………」

「それどんな時だよ!? 少なくとも俺にはそんな気は──」


 俺がそう言った途端、サクヤはにやりと笑う。俺はその笑顔を幾度となく見て、知っていた。


 これは人を──主に俺を──貶める時の笑顔だ。


「アリアさん? アリアさんにも見てもらいたいのですが?」

「え」

 

 そんな俺の予想は的中した。


「なになに? ちょっと待っててね……」

「いや、ちょ、待てアリ…………」

「主がアリアさんにも確かめてもらいたいと──」

「いやいや待て待てサクヤ!? 俺そんなこと一言も言った覚えは──!?」

「騒がしいわね。一体どんな服を……」

「あ」


 アリアが再び着替えを終えて、こちらへ来た。


「────」


 そして、サクヤの姿を見て固まる。

 心なしか、その手がプルプルと震えているような気がした。


 あ、俺これ知ってる。人を──主に俺を──殴る時の奴だ。てか俺が被るダメージ多すぎない?


 そもそも今のって俺には何の非もなくない? だって何もしてないんだし殴られるとかおかしくなーい? でも殴られるんだろうなあ…………。


 そんな現実逃避をしつつ、今すぐにでも飛んでくるであろう拳を覚悟した瞬間──。


「きゃあああああああ!!」


 ──辺りに悲鳴が響き渡った。もちろんアリアのものではない。


「…………っ!?」


 アリアは俺を殴ろうとしていた手を下ろし、俺と共に声がした方を見る。


 そこにいたのは、倒れた女性の店員。その目は閉じられていて、息は既に絶え絶えの状態だった。端的に言えば死にかけているのだ。

 さっきの悲鳴を上げたのは、そのすぐ横にいる女性店員だったようだ。

 

「……何だ!? 何があった!?」


 すぐさま駆け寄り、女性を見る。するとその足に小さな傷あとがあるのが見えた。単純な擦り傷というよりもこれは……。


「さっき小さな……鼠が…………」


 俺の言葉に答えたのは、倒れた女性の同僚と思しき、横にいた女性店員だった。事態が飲み込めていないのか、ショックで言葉が出ない。

 だがそれでも、十分な情報は得られた。


「鼠…………?」


 確かに女性の足にあった傷あとは、何かに噛まれたようなものだった。それが鼠と言われれば納得は出来る。ただ、たかが鼠に噛まれた程度であれほどの重症になる訳がない。

 考えられるとすれば──。


「……まさか」


 唯一頭に浮かんだ可能性は、これ以上なく最悪なものだった。

 それが事実がどうかを確かめるべく、俺は女性をアリアに任せ、膝立ちのままで辺りを見回した。そして。


 ──〈伝説覇気レジェンダリー〉。


 ほんのわずかに放った覇気が辺りを包む。その威圧感に気圧された何かがキキッ、と鳴いた。


「……! そこか!」


 聞こえたのは近くのカートの下。その何かが萎縮し動けないであろう内に回り込みカートをどけると、そこにはやはり、一匹の鼠がいた。

 肌は白く、その瞳は濁った赤。一見すると研究用に使われるマウスにも見えるが、そんなものがここにいるはずがない。加えて、都市部に生息するような一般的な種でもない。逃げない内に掴み、持ち上げる。


「それは……鼠…………?」


 アリアが訝しげに聞くのに俺は答えた。


「いや──魔物だ。化悪鼠っていう、質の悪いな」


 化悪鼠。それは鼠によく似た小型の魔物だ。性格は大人しく、魔物ではあるものの滅多に人を襲うことはない。本来の危険度は単独であれば最下級のFとされ、特に危険視する必要はない。

 だが厄介なのは、その性質だ。

 

 鼠算という言葉がある通り、鼠の繁殖力は非常に強い。化悪鼠もその点は同じで、放置しておけばいくらでも増える。質が悪いのは、魔物であるが故に“餌”が魔素であるということだ。

 体内に構築された特殊な術式が、物質そのものを魔素に変換することを可能にしているのである。それは即ち、有機物に限らず無機物であろうと養分にすることが出来るということ。どんなものからでも養分を補給出来るという点において、化悪鼠の繁殖力は普通の鼠をすら凌駕する。


 そしてもう一つの厄介な特性が──特殊な毒を持つということだ。

 化悪鼠の体内に存在する魔素はその性質上、自然に存在する魔素とは違う構成をしている。運悪く化悪鼠に噛まれるなどした場合、傷口からその魔素が侵入してしまうのだ。

 噛まれたのが魔物であれば、その魔素をも取り込めるためにさして影響はないが、人や動物など本来魔素を必要としない生物にとってはそれは致死の猛毒となり得る。


「サクヤ! 至急、対抗術式を組んでくれ!」


 噛まれてしまった以上、毒が体に回りきるまでもう時間はない。鼠を掲げつつ、俺はやっとこちらへ来たサクヤに頼む。

 

「毒のサンプルはここにある。時間がない、頼む」

「了解です! 化悪鼠の解析を始め──……!?」


 だがサクヤに化悪鼠を渡そうとした瞬間、サクヤが何かに気付いたように叫んだ。


「主! 上を!」


「…………!?」


 咄嗟の判断で、化悪鼠を捨て、もといた場所から全力で飛び退る。その直後だった。


 凄まじい破壊音と共に、真上の天井が抜けた。いや、何かが天井ごと・・・・・・・落ちてきた。

 

 大量の瓦礫と同時に、ズガン! と着地したそれは、かなり異常なものだった。


 体を覆うのは白銀の体毛。毛というより針とでも言う方が適当と思えるほどに堅く鋭い剛毛が全身を包む。瓦礫をまともに身に受けたはずなのに傷一つ付いていないところを見ると、かなり強固な鎧がわりとなっているようだ。

 二足歩行ではあるが、その全長は二メートルを超えるだろう。腕と足には鋭い爪が生え、それぞれ強靭な筋肉が備わっている。

 そして爛々と輝くのは赤黒い瞳。細かく上下左右に揺れるそれからは、とても人間的な理性は感じられなかった。


「何だ、こいつ…………」


 一言で言うならば、“立ち上がった化悪鼠”──。しかしそう簡単に片付けていいようなものではないことは分かった。


「…………ギ」


 次の瞬間。


「──は?」


 俺は壁に埋まっていた。


 その巨体に殴られたのだと気付いたのは、少し遅れてからだった。


「がはッ…………!?」


 受け身も間に合わず、深いダメージを体内にまで受ける。吐血し、途端に猛烈な痛みが身体中を走った、


(こいつ……っ、不意をつかれたとはいえ……ほとんど見えない……っ!?)


 そして同時に、その生物の速さと威力に驚愕する。


 自慢ではないが、俺の身体能力はそこらの勇者よりも高い。だというのに、見えたのは朧気に残った残像のみ。その次に映ったのは、拳を振りきった体勢で目の前に立つ姿だけだ。

 加えてこの威力。今の一撃だけで体力のほとんどを持っていかれた。もし連撃を食らえば、それだけで致命的なダメージとなり得る。


「くそっ……サクヤ!」


 壁から抜け出て叫ぶ。俺の意思を汲み取ったサクヤは的確に返事を返した。


「辺りの人払いは出来ています! こちらは気にせずやって下さい!」


 見れば既に辺りに人影はない。サクヤが魔法で転移させたのだろう。相変わらずの手際に感謝して、俺は闇を発動する。


「虚無より出でよ、漆黒の刀。“凶魔刀デスハデス”!」


 伸ばした左腕の先に生まれた闇。その中から掴み出したのは全てが漆黒に包まれた刀だ。鞘ごと背中に吊り、本体である刀を音高く抜き放つ。


 鈍い光を振り撒いて、禍々しくも美しいその刀は姿を現した。


 サクヤは恐らく、目の前の生物の解析と毒への対抗術式の構築を進めているはずだ。俺がすべきなのは時間を稼ぐ……いや、障害を消すこと。

 まだ迂闊に全力は出せないが、それでも最善を尽くさなければならない。


「さあ本番だ。来いよ、大鼠」


「……ギギイイイイイッ!!」


 大鼠が叫ぶのと同時、俺も地を蹴った。

 いかがだったでしょうか。なにぶん久しぶりなため、矛盾点が生じてないか、冷や汗が止まらない状態です。もし何かあればこっそり教えてください。即行で直します。

 一話で終わらせようとするとかなり長くなりそうなので、分けさせて頂きました。あと数話分(もしかしたら次話だけかもしれませんが……)書く予定なので、投稿日はまだ未定ですがそれをお待ち下さい。感想等お待ちしています。最後までお読み下さり、ありがとうございました!

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