第三話 美化一二〇パーセント薬!?
それから、エルヴィンは熱心に研究を始めた。研究を初めて幾何かもないその日の夜、エルヴィンがラボラトリーで喜びの声を上げた。
ラボラトリーには照明がついていて、作業台の上には複数のビーカーが並べられ、床には薬草が散乱している。
「やった、成功だ!」
「あれっ!? もう成功したの!?」
エルヴィンが、大釜ぐらいの大きさのステンレスでつやつやした魔法機を弄っている。どうやら、魔法機の中の透明な液体をビンに移しているようだ。
しかし、成功するのが早すぎるような……?
「失敗作にならないってことは成功だろ! 名付けて『美化一二〇パーセント薬』だ!」
エルヴィンは透明な液体を自信満々に発表した。
芽々は師匠のエルヴィンに尊敬の目を向けた。
やっぱり、成功なのか! すごすぎる!
「すごいね、エルヴィン! 流石、天才調合師だね!」
エルヴィンは魔法薬を掲げて、芽々の方を振り向いた。
「じゃあ、試しに俺が飲んで美形にでもなってやるか!」
「ええ~っ! 私にも飲ませてよ~!」
「ダメ~! まずは俺が飲んでから~!」
芽々は頬を膨らましたが、エルヴィンはそれを飲み干してしまった。
美形のエルヴィンがそれ以上美形になってどうするんだ?
ハチミツ色の髪の毛に少女漫画のように美しく整った顔、それだけでも芽々は敵わないのに。
芽々は心の中でぼやいて、改めてエルヴィンを振り返った。
あれ? 何も変わってないけど?
芽々は括目した。エルヴィンはいつも通りのイケメンだった。足し算も引き算もされていない。
「な、なんか、芽々が滅茶苦茶美人に見える……!」
「っ!? な、何言ってんだ!?」
ドキン!
少女漫画のように鼓動が高鳴る。
こともあろうに、エルヴィンが迫ってきたのだ。
「どうして、こんな美しい人を放っておいたんだ、俺は!」
「えええ!?」
もしかして、いきなりエルヴィンルートのクライマックスなのか!?
「もう、芽々の事しか考えられない!」
「ええええええ!?」
「フゥッ……!」
と思ったら、エルヴィンはばったりと倒れてしまった。
「え、エルヴィンさん!? ちょっとしっかりして!」
「うーん、もう何も考えられない……。芽々が美人に見えるなんて相当キてる……」
「ムカッ! ずっと私が美人に見えてろ!」
で、でも、もしかして、これって失敗作だったのか!?
何とかしなきゃ!
芽々は、辺りを見回した。キッチンの冷蔵庫が目に留まった。
この異世界に電気は通ってない。でも、冷蔵薬を練り込んだプレートが箱の中に入って冷えるので、これは冷蔵庫として機能するのだ。
いや、冷蔵庫の説明はどうでもいい!
芽々は冷蔵庫を開けて、この間のバレンタインで余っていた芽々特製の薬草入りのチョコレートを一粒手に取った。
「エルヴィン! 口を開けて!」
エルヴィンは素直に口を開けた。芽々はその薬草入りチョコレートをエルヴィンに食べさせた。
「オウッ!?」
一瞬でエルヴィンの顔が青くなった。
芽々の薬草入りチョコレートは強力も強力。胃の中のものまで超特急の急降下なのだ! 普通は吐き出させるのだろうが、こっちの方が早い。
案の定、エルヴィンは大慌てで、トイレに消えた。
つまり、芽々の薬草入りチョコレートは、お通じが良くなるので薬の成分もすべて排泄してしまえるのではないかと考えたのだ!
水を流す音がして、ドアを開けてフラフラとエルヴィンが姿を現した。憑き物が落ちたようにエルヴィンの顔は普通のイケメンの顔に戻っていた。ちょっと、げっそりしているけれど……。
「め、芽々……? 俺はヤバかったのか……?」
良かった、エルヴィンが復活した。
「う、うん。倒れたからね。やっぱりアレは失敗作だったんじゃないのかな?」
「おかしいな……? 失敗作だったら真っ黒になるはずなのにな……?」
失敗作は決まってタールのような黒い液体になるはずなのだ。今回は透明な液体で、見た目は失敗作ではなかった。でも、エルヴィンがああなったのだから失敗作に違いないが。
「う~ん。もしかしたら、『未完草』に原因があるのかもね!」
「ふむ。『未完草』は他国の薬草だから俺も良く知らないしな」
「アリエンさんなら、魔法薬管理師だから知っているかもしれないよ!」
「そうだなぁ、明日、アリエンさんに訊きに行ってくるわ」
そうして、エルヴィンは次の日、アリエンに『未完草』のことを訊きにドロップ宮殿に出かけて行ったのだった。