第八話 初めて作った魔法薬
嫌な予感が積み重なり、芽々は頭痛を覚えてこめかみを押さえた。
そして、芽々はクルーエル大臣に視線を移す。
「ち、ちなみに……」
「ちなみに?」
クルーエル大臣は、策略じみた笑みを浮かべている。
明らかに芽々の動向を楽しんでいる。
「条件を呑まないと言ったら、ただでは済みませんよね?」
このまま反応を見て遊ばれるのは嫌なので、芽々は単刀直入に尋ねた。
「ただでは済まないとは?」
「すっとぼける気なの!」
芽々はムキになって答えた。
「クリストファー王子暗殺なんて大それたことを聴いたんですから、条件を呑まなかったら私は無事に帰れないでしょ!? 帰り道で暗殺か、それともこのまま捕まって処刑か……!」
クルーエル大臣は機嫌良く大笑いした。
「ほう、頭は悪くないようだな!」
やっぱり!
こうなったら条件を呑んで、クリストファー王子にクルーエル大臣の事を直訴するしかない。しかし、芽々の考えは簡単にクルーエル大臣に見透かされていたようだ。
「忠告しておくが、条件を呑むと言って、後でクリストファー様に訴えても無駄だ」
「えっ……?」
芽々は最後の道を閉ざされた気分になった。
「私の謀略を聴いた時点で、私と芽々は同じ穴のムジナ。私の事を訴えれば、私も死罪になるかもしれないが、お前もただでは済まない。もしかするとお前だけ極刑に処されるかもしれんな?」
「っ……!」
クルーエル大臣の方が、一枚上手だ。
恐らく、クルーエル大臣は後者を取る。別の首謀者を立てて、その人と一緒に芽々は処刑されるかもしれない。
「助かる道はただ一つ、クリストファー様を暗殺するための、魔法薬が一切効かない毒薬を作って私に提供することだ」
それも、嘘だ。
冷や汗が芽々の頬から流れ落ちる。
「ねえ、烏羽玉先生。それでも、多分私の命は助からないと思うよ……」
芽々は、烏羽玉先生にだけ聞こえるように呟いた。
『鳥丸さんもそう思いましたか?』
芽々は頷いた。
完璧に退路を断たれてしまった。そして、異世界での死が自分に迫っていることを本能で理解していた。
芽々は考えているフリをして後ろを向いた。烏羽玉先生にだけ聞こえるように話す。
「このクルーエル大臣が、いつ暴露するかもしれない私をそのまま生かしておくはずがない。恐らく、暗殺する毒薬ができて王子を殺した後で、私はすぐに暗殺者の罪を着せられて処刑になるはず……」
『ええ! そうかもしれませんね!』
烏羽玉先生の眼が面白そうに輝いた。
芽々は頭をひねった。
「おそらく、ここで断るのは得策ではないよね。このまま断って、エルヴィンが助からずに私が処刑されるよりはよっぽどマシだよね。依頼を受けた方が少なくともエルヴィンだけは助かる。依頼を受けることでエルヴィンが助かり、毒薬を作るという時間が手に入るからね。その間は、私も生きていられるってわけだ。だから、その時間の中で何とかするしかないっていうことかな」
『お見事です! 私もそれが一番かと思いますね!』
芽々は勇気を取り戻し、振り向いた。
「どうするのか、決めてくれたかね?」
クルーエル大臣は、芽々が悩んでいたとしか思っていないようだ。
流石、烏羽玉先生が作った異世界だ。芽々が烏羽玉先生と話している声は聞こえてないらしい。それを良いことに芽々はうなずいて見せた。
「分かりました。その依頼をお受けします!」
「そう言ってくれると思っていたぞ!」
「……一つだけお願いがあります」
「何かな?」
「エルヴィンにはこの事を秘密にしておいてくれますか!」
「ほう?」
「エルヴィンには恩があります。だから、巻き込みたくないのです!」
何故か、芽々はそう言っていた。何故か、エルヴィンを巻き込みたくなかったのだ。自分が死ぬかもしれないのに、夜の不磨の森に入って魔法薬の材料を取ってきてくれたエルヴィンを。
「良いだろう」
クルーエル大臣は快く了解してくれた。でも、本当にクルーエル大臣がエルヴィンに黙っておくかは怪しい。でも、今は疑ってもどうしようもない。
「分かりました。引き受けます」
そして、芽々とクルーエル大臣との密約が成立した。
その後で、クルーエル大臣は、芽々に材料を持たせて、エルヴィンのラボラトリーまで送ってくれた。
しかし、たどり着いたころには、エルヴィンは危険な状態に陥っていた。
エルヴィンの呼吸の音がかなり弱弱しくなっている。
「大変だ! 早く魔法薬を作らなくちゃ!」
芽々は慌てて、魔法薬の材料を運び込んだ。
高価な材料を調合レシピの通りの分量を計り、魔法機の中に入れて蓋をした。
「烏羽玉先生、これでいいの?」
『ええ、魔法機の手形に両手を置いてください』
魔法機の手形に両手を置いた。身体から魔力が吸い取られる感じがする。
すると、魔法機が上下左右に膨れたり凹んだりして、ボンッと音がした。
『出来上がったようですね!』
芽々は魔法機の扉を開けて、ビーカーに流し入れた。白い錠剤が二十錠ほどビーカーの中で光っている。
「で、できた~!」
初めての魔法薬に芽々の心は有頂天だ。
芽々は早速、虫の息のエルヴィンに飲ませた。
すると、効果はすぐに出た。
灰色に壊死しかかっていたエルヴィンの皮膚が綺麗な肌に戻った。そして、彼の呼吸が穏やかになった。青い顔をしていたエルヴィンの顔色まで、血色が良くなった。
異世界の魔法薬は、芽々の居た世界の薬よりも効果があるようだ。
いや、高価な材料だから、即効性があったということかもしれない。
劇的に回復した。これは、難病が完治したということだろう。
「やった! 成功だ!」
人の命を救うってなんていい気分なんだろう!
芽々は嬉し泣きしそうになる。
「この異世界も、結構良い感じだね!」
烏羽玉先生も微笑んでいる。
しかし、難題が山積している事を思い出して芽々は憂鬱になった。
「死の苦しみがなければもっと良いんだけど……」
『あとは、毒薬を何とかするだけですね』
「うん……。烏羽玉先生もどうしたらいいか分からないんでしょ……?」
『……残念ながら今は分かりませんが。まだまだ時間がありますから、私が創ったこの異世界を王都ファンティアで楽しむといいですよ。私も異世界に連れてきた罪悪感がありますから、ちょっぴり手助けして差し上げます』
「よっしゃー!」
芽々は意気揚々と、魔法機の傍までやってくると、ビーカーを持ち上げた。中には、芽々が作ったばかりの魔法薬が入っている。
ビーカーに入った魔法薬をじゃらじゃら鳴らしてみる。そして、錠剤を一粒つまみ上げて、恍惚して眺めた。
初めて作ったんだ。私の、魔法薬……!
そして、エルヴィンを助けることができた……!
芽々は、しばらく自作の魔法薬を眺めて、良い気分に浸っていたのだった。