第七話 ドロティア王妃と芽々の交渉
その二時間後、芽々はドロティア王妃様の部屋の前にいた。
「王室付きの調合師の芽々です! 王妃様にお目通り願えますか!」
部屋から慌ただしく出てきたお付きの人に訊いた。だけど、お付きの人はもう一人と眉を下げて顔を見合わせた。そして、言いにくそうに答えた。
「王妃様は、赤ほっぺ病で寝込んでおられますので……」
「ええっ!?」
王妃様まで、赤ほっぺ病にかかったの!?
せっかく、アリエンの事を許してもらおうと思ってきたのに。
芽々がその場から立ち去れずに逡巡しているうちに、お付きの人が王妃様の部屋の中に引っ込んだ。そして、慌ただしく帰ってきた。そして、お付きの人に耳打ちした。
「えっ? 王妃様が……?」
お付きの一人は驚いた顔をしていたが、芽々の方に向き直った。
「芽々様ならお会いしたいと、王妃様が仰っておりますので、どうぞ」
芽々は歓喜して、訊きに行ってくれたお付きの人にお礼を何度も言った。
芽々は、お付きの人に従って、王妃様の部屋に通された。
王妃様は、本当に赤ほっぺ病らしい。頬を赤くさせてベッドの上に座っておられた。
「芽々さん、丁度良かった……赤ほっぺ病の特効薬を何とかしてくれませんか? このままでは、国民も私も……!」
王妃様は激しく咳き込んだ。すごくお辛そうだ。
アリエンの事を頼みに来たけれどこの状況じゃ……。ううん、ここで帰っては意味がない。
「アリエンさんの魔法薬管理師の資格を剥奪しないと約束してくれるなら、何とかしてみせます!」
芽々が断言したので、王妃様が了承したというように首を縦に振った。
「良いでしょう。何とかしてくれるなら、アリエンの事は不問にしましょう」
「ありがとうございます!」
王妃様の部屋を退室した後、芽々はおでこに浮かんだ冷や汗を拭い去った。
ふう、第一関門突破だ!
でも、大口をたたいてしまった。材料がないのに、私にどうにかできるのか?
芽々は、考えをめぐらせながらとぼとぼと廊下を歩いていた。
「新しい魔法薬を開発するとか……?」
犬も歩けば棒にあたる。
クルーエル大臣が前から歩いてきたので、芽々はすぐに駆け寄った。フォルティア王国との取引はどうなったのか訊こうと思ったのだ。
「クルーエル大臣!」
「ああ、芽々さんか」
クルーエル大臣は、にこやかに芽々を迎えてくれた。
「クルーエル大臣、赤ほっぺ病の特効薬の材料は手に入りましたか?」
「いや、まだうまく行かない。困った問題だがな」
やっぱり駄目かぁ……。
やっぱり、エルヴィンに頼るしかないのか。
「芽々さんも元気がないようだが?」
クルーエル大臣は一応は、珍しく元気がない芽々の事を心配してくれているようだった。
「実は、アリエンさんのご機嫌を損ねてしまって、それで」
芽々は事の経緯を説明した。
ほとんど愚痴を聴いてもらうような格好になってしまったわけだが。
「えっ? 『黒銀人参』と『アマアマ茸』の材料に『病原菌』が……?」
クルーエル大臣が驚いている。
「はい、それでアリエンさんは『ネコ耳感染症』にかかってしまって」
芽々は頭を掻きむしった。
事態は、どん詰まりになってしまった。前を見ても行き止まりだ。
「ちょっと待ってくれ?」
「……はい?」
芽々が顔を上げると、クルーエル大臣は考える風に額に手をやっていた。
「もしかすると――?」
芽々はクルーエル大臣の話を食い入るように聴いた。
「それってまじですか!?」
「あ、ああ、本当だ」
クルーエル大臣は、予想外に芽々が食いついてきたせいか、吃驚して目を瞬いている。
よし……!
これは、使える情報だ。勝算が見えてきた!
「よし! クリストファー様と交渉だ!」
意気揚々と芽々はクリストファー王子の部屋に向かったのだった。