第三話 アリエンと真逆の調合レシピ
ドロップ宮殿の一番東の棟。ここにはドロップ宮殿で材料を保管している保管庫がある。
芽々はレトロで木のぬくもりのある別館の廊下を歩いて来ていた。
「アリエンさん~」
保管庫を覗くと、明りが点いていた。この保管庫を管理しているのが、魔法薬管理師の資格を持つアリエンなのだ。なのだが、今日はアリエンの様子が違っていた。
「まじありえん……」
アリエンは、魔法薬管理師の制服の裾を折っていた。
「ど、どうしたの? その服……」
芽々は目を見張った。アリエンはその制服を一応は着ていたが、それを持て余しているようだった。芽々に気づいたアリエンは迷惑そうに振り返った。
「魔法薬管理師の制服が届いたんだが、向こうがサイズを間違えたらしい」
確かに、腕まくりをしなくては手の先が見えてこない。ズボンも見事にダボダボだ。
「見事にブカブカだね! まあ、アリエンさんは子供だから仕方ないよ~! 向こうはアリエンさんが物凄い難しい資格持ってるから大人だって思ったんだろうね!」
笑ってお気楽そうに話す芽々に、アリエンはムカついたらしい。
「なんだと!? 芽々も僕を子ども扱いするのか!?」
「い、いや、あの……?」
私はフォローのつもりだったんだが!?
めっちゃ頭良いって褒めたんだが!?
「まじありえんッッッ!」
どうやら、機嫌が悪いところに来てしまったようだ。火に油を注ぐ結果になってしまったらしい。
「ご、ゴメン、アリエンさん! でも、アリエンさんは本当に子供だから――うっ!」
アリエンがキッと睨んできたので、芽々はひるんだ。
だ、だって、アリエンさんはまだ十歳だって聞いたぞ!?
かなり狼狽えたが、状況を何とかしなくてはならない。
「でも、今日はアリエンさんにお願いがあって! 赤ほっぺ病の特効薬の材料を分けてほしくて!」
アリエンに何とかしてほしいのだが。
その頼りにしているアリエンさんも、気落ちしたようにため息を吐いた。
「まじありえんけど、僕ではその材料はどうにもならないから!」
「お願いだから、機嫌を直してよ~」
アリエンさんなら材料がなくても何とかできると、芽々は踏んでいるのだが。
アリエンさんがお冠なせいで、材料のことを聞き出せなくなってしまった。
芽々が気落ちする番だった。
沈黙が続いた後で、アリエンは怒りを思い出したらしい。
「まじありえんけど、帰ってくれ!」
プリプリと怒りながら、アリエンは芽々を保管庫から追い出そうとしていた。
「アリエンさん、ゴメンって言ってるのに~!」
このまま追い出されたら二度と協力してくれなくなるのではないか。
芽々は焦った。
「まじでゴメンって! どうやったら許してくれるかな!」
手を合わせて平謝りする芽々に、アリエンは嘆息した。そして、奥に歩いて行って、ファイルから何かを書き取っている。そして、その紙切れを手に戻ってきた。
「ん」
アリエンがそれを差し出してきたので、芽々は戸惑いながら受け取った。
芽々は、そのメモに目を落とした。
「な、なに、これ?」
『『白銀人参一〇〇グラ』に『カラカラ茸一〇〇グラ』で『成功率百パーセント』』
達筆な字でそう書かれてある。
「この調合レシピと『真逆の効能のある魔法薬』を作ってきたら許してやってもいい!」
真逆の効能のある魔法薬……?
しかし、この魔法薬の名前は書かれていない。
正体不明の薬の調合レシピを渡されて、芽々は戸惑った。
「あ、あの~、この調合レシピは何の魔法薬……?」
「いいから、許してほしかったら、すぐに作ってこい! 用件はそれだけだ!」
恐る恐る訊いたものの、アリエンは激怒を極めていた。小さいのに馬鹿力で芽々は保管庫の外に追い出されてしまった。保管庫のドアが跳ねつけるようにして閉まった。
「……!」
まじで作れって言うのか!? まじありえん……!
でも、協力しなかったら赤ほっぺ病の特効薬の材料は手に入らなさそうだしな。
その時空いた窓から風が吹き込んできた。
芽々の調合レシピを風がさらって行った。
「あっ……!」
「おっと……」
調合レシピが飛ばされてしまった! 慌てる芽々に、前から来た男がそれを拾った。
「あ、すみません! 拾ってくださってありがとうございます!」
男は調合レシピを見て目を丸くしていた。
「この調合レシピは……!」
「えっ、ご存じなんですか?」
芽々が尋ねると、男は空笑いした。
「いや、何でもないよ。ではね……」
何でもないように見えないのだが……。
ま、まあ、いいか……。知らない人だしな……。
とにかくは、逆の調合レシピで作れる薬を製作すればいいってわけだ。
私ではどうにもならないから、エルヴィンに協力してもらおう!