第七話 クルーエル大臣の交換条件
芽々は、逃げようと試みた。しかし、網が絡まっていて逃げられない。漁師に捕まった魚の気分だった。
「やはり、人間が化けていたか! 縄で縛って、地下牢に入れておけ!」
司令官らしき人が、腹立たしそうに衛兵たちに指示を飛ばした。
「はっ! かしこまりました!」
「このっ! 大人しくしろ!」
少しでも芽々は抵抗しようとする。しかし、衛兵たちは屈強だった。二人がかりで芽々の背中を押さえつけて地面にひれ伏させると、手際よく縄で縛ってしまった。
どこが、『最強になる錠剤を飲ませた』というのか。普通に効果が切れている。でも、このまま処刑になるのは、絶対に嫌だと芽々は頭を振った。何とか抵抗しなければ!
「ちょっと待ってください! 私は、クリストファー様に不治の病を完治させる治療薬を分けて頂こうと思って!」
「御託は良い! 連れて行け!」
クソッ! 話を聞けッ!
処刑されて死の苦しみをまざまざと感じるのは嫌だッッッ!
でも、どうすればいいのかさっぱり分からない。
途方に暮れている芽々に、烏羽玉先生の助け舟が出された。
『鳥丸さん、『お願いします! 何でもしますから!』と、言ってみてください』
「だ、大丈夫なの!? そんなこと言っても!? 何でもしますからなんて、嫌なことも進んでするみたいな言葉だよ!?」
しかし、烏羽玉先生は訴えかけるように言った。
『私を信用してください! 絶対に助かる最良のルートですから! このまま、鳥丸さんを処刑なんて私も嫌なんです!』
「……」
ホントかなぁ?
面白半分で私をこの異世界に連れてきたくせに……。
無茶苦茶嫌な予感がするけど、ここは烏羽玉先生を信用するしかない。
芽々は覚悟を決めた。
「お……お願いします……! 何でもしますから……!」
出来るだけ誠意を込めて芽々は懇願した。下げなくていい頭まで下げた。
すると、衛兵は力強く頷いた。
「連れて行け!」
やっぱり、ダメじゃないか!
「待て!」
しかし、後方から待ったがかかった。
それが何者か分かった途端、衛兵たちの油断していた目に畏怖が宿る。
衛兵たちは、息を呑んで呟いた。
「く、クルーエル大臣……!」
衛兵たちが背筋を伸ばしたのが分かった。
振り返ると、三十代ぐらいの身なりの良い銀髪の男が立っていた。彼の青い目は、冷気を宿したように冷たいが、そこら辺の女ならイチコロになりそうな視線だ。
芽々は、顔をしかめた。
残酷大臣なんて、嫌な予感がするネーミングだ。
芽々は、烏羽玉先生に不安な視線を送る。
でも、烏羽玉先生はにこにこしている。
私も高みの見物したいよ……!
アレ? 待てよ?
烏羽玉先生が違うルートに運ぼうとしているのは、もしかして――。
烏羽玉先生にだけ聞こえるように、芽々は声をひそめた。
「もしかして、烏羽玉先生? これって、クルーエル大臣ルートなの?」
『そうですよ! うまく行けば、クルーエル大臣エンドになります!』
よっしゃー!
烏羽玉先生は、鬼かと疑ったこともあった。けど、結局は良い人だった。
芽々の心が軽くなるのが分かった。
「その娘を、私の部屋に連れて来い。材料を分けてやろう」
「ありがとうございます!」
「礼には及ばない、フフフ……」
どことなく、冷酷な笑みだ……。
何かあるんじゃないか……?
何でもしますからなんて言ったから油断はできない。
警戒心を強める芽々だったが、懐柔させるように縛っていた縄が解かれた。
「付いて来い」
「は、はい……」
嫌な予感を覚えながら、クルーエル大臣の後ろに芽々は付き従う。
しかし、縄から解放してくれたクルーエル大臣に、芽々が僅かな好感を持ってしまったのも事実だ。
煌びやかな宮殿の中を通りながら、芽々はクルーエルと会話していた。
「芽々は、エルヴィン先生の弟子だったとはな」
「エルヴィンをご存じなんですか?」
「ああ。ファーグランディアで三本の指に入るぐらいの天才調合師だ」
「そんなにスゴイの!?」
芽々は思わず目を見張った。
「ああ。彼が『瘴気中毒症候群』で苦しんでいるとは思いもよらなかった。喜んで材料と作り方を教えよう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
どこが、残酷大臣なんだろう? カッコいいからということで付けた名前なのかな?
クルーエル大臣は、滅茶苦茶良い人だった。芽々の頬の筋肉が緩くなる。
クルーエルは厳しいながらも臣下から信頼されている、信頼のおける良い大臣といった印象を受けた。話すうちに、芽々はすっかり心を許していた。
「ここが、私の部屋だ」
クルーエル大臣の部屋は、全てが黄金色だった。
どうやら、クルーエル大臣は金色が好みのようだ。
金色のツボに、金色の額に入ったクルーエル大臣の肖像画。
金色の机に金色の椅子。芽々は勧められて、その金色の椅子に座った。
クルーエル大臣は、使用人に指示を出す。
「『瘴気中毒症候群』の魔法薬の材料と、魔法薬のレシピを持ってきてくれ」
金色のティーセットに入った、お茶と茶菓子が出された。
しかし、芽々は手を付けなかった。油断は禁物なのだ。
暫くすると材料と調合レシピを抱えた使用人が入ってきた。
「ご用意しました。どうぞ」
「うむ。では――」
「ありがとうございます!」
手を差し出したが、クルーエル大臣は手を素早く避けた。
「条件がある。条件を呑んでくれるな?」
「えっ!?」
「何でもすると言ったよな?」
言ったけど、あれは、烏羽玉先生が言えと……!
まさか、そんなことも言えるはずがない。芽々は、渋々頷いた。
「は、はい、私にできることなら……」
芽々の声は震えていた。
私は一体どうなってしまうんだろう。
芽々の心拍数が高くなっていく。
「エルヴィン先生のお弟子さんの貴方ならできるはずだ」
「私にできることって一体何を……?」
「エルヴィン先生には『王都ファンティア』でラボラトリーを開いてもらう。ファンティアは病気が流行しているので、エルヴィン先生のお力が必要だ」
ま、まあ、それなら……。
何を言われると思ったが、大したことはなかった。
「エルヴィンにお願いしてみます!」
「まだある」
「えっ?」
クルーエル大臣はすうっと目を細めた。
「そして、貴方には毒薬を作ってもらいたい」
「えっ……毒薬?」
「ようするに、クリストファー王子を暗殺するための毒薬だ」
えええっ!? クリストファー王子を暗殺!?
とんでもない条件をふっかけられて、芽々はひっくり返りそうになった。
「毒薬って……!」
芽々の喉は、緊張のあまり干からびて張り付きそうになっている。
その時、烏羽玉先生が、『アレ……?』と、首を傾げた。
アレって何だ……? なんか嫌な予感が……!
クルーエル大臣は、芽々のよそ見に気づかずに続ける。
「このファーグランディアでは、毒というものが存在しない。いや、毒を作っても調合師のせいで必ず解毒剤ができてしまう。猛毒を盛ったとしても、延命の薬があるので治らないが死には至らない。その解毒剤を作る材料は、ドロップ宮殿なら必ず手に入ってしまう。だから、私は芽々さんに魔法薬の効かない毒というものを作ってもらいたいのだ。そして、私がそれを有効利用したい。受けてくれるな?」
これは、どうやって回避すればいいの!?
芽々は、烏羽玉先生の回答を待った。
しかし、烏羽玉先生は曖昧に微笑む。頬には汗が流れている。
『……どうやら、私の物語の正規ルートを外れたようですね』
は……? はぁッッッ!?
物語の正規ルートを外れたッッッ!? それってどういうことッッッ!?
芽々は、動揺を隠せずに烏羽玉先生の言葉を促すように視線を送る。
烏羽玉先生は唸った。
『クルーエルエンドではなく、バッドエンドかも……ここからどうなるか私にもサッパリわかりません。後は頑張って自力でバッドエンドを回避するしかありませんね!』
そう無責任に言い腐った。
自力でバッドエンドを回避だと!? で、できるか~っ!