第十三話 特効薬が効かない!? 8 芽々VSレベル大臣
その二時間後、芽々はドロップ宮殿に到着していた。芽々は『露出病の特効薬』を持参していた。ドロップ宮殿の中を早歩きで芽々はクルーエル大臣の部屋を目指した。
「ああ、芽々様!」
部屋の前で右往左往していたお付きの人たちが、芽々の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「お待ちしておりました、早くこちらへ!」
部屋の中に案内されながら、お付きの一人は小声でささやいた。
「レベル大臣がクルーエル様のお部屋でお待ちです。ご注意なさってください」
「レベル大臣って、あの!?」
クリストファー王子が困り果てていた原因の、あのレベル大臣なのか……?
そんなこと、ドアの前で言ってくれれば良かったのに!
泣き言を言う前に、クルーエル大臣の前で待ち構えている三十代の厳格そうな男がこちらに気づいた。
彼はこちらを睨んできたので、芽々は逃げることを諦めて居直った。
「お、お待たせしました! 露出病の特効薬をお持ちしました!」
レベル大臣は目を丸くしていた。まるで、そんなことはありえないことだと言わんばかりだ。芽々は背筋を伸ばして進んでいく。ベッドの前まで来ると、レベル大臣が狼狽えていた。
「は……早く、クルーエル大臣に露出病の特効薬を……!」
「……かしこまりました!」
芽々は、レベル大臣を観察した。先ほどの物言いは、クルーエル大臣の悪口で染まった口から外交辞令を絞り出すかのようだった。それほどに、この男はクルーエル大臣の快復を望んでないように見えた。
芽々がじっと視線を動かさなかったのが居心地が悪かったのだろう。レベル大臣は咳払いした。気を取り直した芽々は、魔法薬のビンを目の前に掲げた。
恐らく、この魔法薬は効かないだろうな~。あの時、お付きの人が止めてくれれば、ドアの前で待つこともできたのに……。レベル大臣さえここに来てなければ――。
芽々が、魔法薬を調整するふりをしてビンを振っていると、視線がこちらに注がれていることに気づいた。顔を上げると、レベル大臣の顔つきが百八十度変わっていた。
「どうした? 早く、クルーエル大臣に魔法薬を飲ませないか……」
「……っ!?」
芽々は驚いて、魔法薬のビンを落としそうになった。
このレベル大臣という男は、先ほどは厳格そうに見えた。けれど、今は底意地の悪そうな目がギラギラしている。口が狡猾に歪んでいる。どうやら、戸惑っている芽々の心理を読まれてしまったようだ。
「お、お飲みください、クルーエル大臣」
芽々は、仕方なくクルーエル大臣に魔法薬を飲ませた。クルーエル大臣は、潤んだ目をこちらに向けて苦しそうにしている。
やはり、魔法薬の効果は、ない――。
芽々の額から冷や汗が流れ落ちた。
「どうした? 効かないではないか!」
芽々の失敗を嗤うように、レベル大臣は生き生きし始めた。今にも愉快だと笑い出しそうなレベル大臣を前に、芽々は歯噛みした。
「わ、私も恐らくこの魔法薬では効果がないのではないかと考えておりました」
「何ィ?」
芽々は、レベル大臣の長い舌でハエのように絡め取られそうな錯覚に陥りそうになった。
くっそ~、何だこの狡猾を絵にかいたような大臣は!
でも、今は時間稼ぎをするしかない――!
「同じ病気にかかったエルヴィンとフームス隊長は、『瘴気中毒症候群』の特効薬を飲んでおりました。その材料が魔法薬の効果を妨げる原因だったのです」
フフンと、レベル大臣は嗤った。
「なら、どうしてクルーエル大臣には効かないのだ!」
「クルーエル大臣は『瘴気中毒症候群』の特効薬を飲んでおられなかったので、この中和剤が効かないのです!」
怪しい大臣に、詳しい魔法薬の作用を教えてやるつもりはない。この大臣に詳しく教えることは、クルーエル大臣やしいてはクリストファー王子まで危険にさらすことになるかもしれないからだ。
だから、芽々は言葉を選んでゆっくりと話していた。でも、しびれを切らしたレベル大臣は、証拠を突き付けるように怒鳴り散らした。
「ほう、お前は、効かないと分かっていながら、このくだらない魔法薬を飲ませたというのか!」
「ですが――!」
「御託は良い! すぐに、この女を処刑せよ!」
辺りは凍りついたように誰も動かなかった。お付きの者も臣下も頭を下げたまま、動こうとしない。それほどに、芽々の信用はあるようだ。
息詰まりしそうな空気に汗が流れた。レベル大臣がその雰囲気を蹴散らそうとしたとき。
クルーエル大臣の手が伸びてきて、レベル大臣の腕をつかんだ。
「レベル大臣、待て――!」
「く、クルーエル大臣……!」
死人が生き返ったようにレベル大臣は仰け反って首を筋張らせた。しかし、快復していないクルーエル大臣に安堵したのか、レベル大臣の表情に余裕の色が浮かんだ。
「クルーエル大臣は、そのままお休みになってください。私が、役立たずのこの女をすぐに処刑しますゆえ――」
顔に書いた狡猾を歪めながら、レベル大臣はクルーエル大臣の汗ばんだ手を布団の中に戻していた。
刹那、クルーエル大臣の無念を晴らすように、ドアが勢いよく開いた。
慌ただしい足音が駆けこんできた。
「レベル大臣、待て!」
覚めるような凛とした声が響いた。クリストファー王子を前に一斉にお付きの者たちが跪いた。
「く、クリストファー様!?」
それは芽々の驚いた声だった。しかし、隣のレベル大臣も周章狼狽している。
レベル大臣は、開き直って声を張り上げた。
「病気がおうつりになってはいけない! 早くクリストファー様を外にお連れしろ!」
彼の真意は知れている。
レベル大臣の命令に誰も従うはずがなかった。
「レベル大臣、控えよ!」
クリストファー王子は怒り心頭で、彼こそが処刑を言い渡しそうな勢いでレベル大臣の前に立った。レベル大臣はハエのように手をこすり合わせている。
「は、はっ……! お許しください、クリストファー様。私は、役立たずのこの女を処刑するべきだと……」
「黙れ!」
「くっ……!」
「芽々は、役立たずではない。エルヴィンと共に、魔法薬の開発に励んでいたのだから!」
「ですが、この魔法薬では効果がありません!」
怒鳴り声同士がぶつかり合って相殺される。辺りが、弦を張ったようにピンと張りつめた。
わ、私どうなっちゃうの!?
芽々が、唾液を呑みこむのも憚られるような静寂が部屋を支配した。
「その魔法薬の効果はあります!」
毛色の違う低い声に、周囲はささめくように沸き上がった。芽々の視界に衝撃が映った。
ハチミツ色の短い髪がさらりと揺れる。
知的な目が芽々を捕えて、口元が不敵に笑った。
「待たせたな、芽々!」
「エルヴィン!」