第四話 アリエンと朽ちた調合レシピ
ドロップ宮殿の一番東の棟。レトロな木の造りの別棟に、保管庫はある。ここには、珍しい材料が保存されている。だが、芽々はそれに特に用はない。用があるのはその魔法薬管理師のアリエンにだ。芽々は早速、保管庫のドアを開けた。保管庫の中は明るい照明がついている。
「アリエン~!」
声をかけると、ハシゴに登っていた後姿が首をすくめた。そして、ゆっくりとアリエンは振り返った。
「あ、アリエン『さん』だろうが! まじありえん!」
あ、アリエンさん……! まじで私の事苦手だろ……!
「あの~、アリエンさん! ちょっといいかな~?」
芽々は出来る限り優しい声を出そうと努めた。アリエンは、嘆息するとハシゴから降りてきた。
「なんだよ……! 僕は忙しいんだぞ!」
「近々、露出病が流行るって言う情報を手に入れたんだけど、特効薬がこれ一本しかなくて、私が知らずに飲んじゃったんだけど」
芽々が、空ビンを振ると、アリエンが「ハァ!?」と、素っ頓狂な声を出した。
「い、今、何て言った? 露出病が流行る? それ一本しかない特効薬を飲み干した?」
「うん。クルーエル大臣がくれたんだけど……」
「クルーエル大臣が? こないだここに来てなんかやってるなーとは思ってたけど……」
クルーエル大臣が言っていたことは本当だったらしい。
「調合レシピはあるかな? 五百年前に流行った病らしいんだけど……」
ということは、調合レシピも期待はできないけど、一応訊いてみた。
「僕は忙しいんだ! ありえんことで僕の仕事の邪魔を――」
やっぱり駄目かぁ。今回は王妃様や王子様は関係ないから引き合いに出せないしな。
芽々はため息を吐いて、魔法薬の入っていた空ビンを手持無沙汰に振った。
「って言おうと思ったけど、もし流行ったら僕は見て見ぬふりをしたことになるからな」
えっ……?
顔を上げると、アリエンが仕方なさそうな顔をしてこちらを見ていた。いつものように、芽々が言い募ってこなかったせいで調子が狂ったのだろうか?
「じ、じゃあ助けてくれるの!?」
「五百年前の調合レシピだな? 付いて来いよ」
「う、うん!」
芽々はアリエンについて隣の部屋に入った。隣の部屋は資料室らしい。どことなく古本屋のようなにおいがしている。そして、アリエンは並ぶ本棚から調合レシピと思われる古くて分厚いノートを持ち出してきた。
「これに載っていると思うけど……」
アリエンは、ページを捲った。ノートは五百年前の物なのかボロボロに朽ちてしまっている。
「これだけど、丁度、露出病の調合レシピのページがボロボロになっていて読めないな」
「あー、まじありえんですね」
芽々が、アリエンの口癖をまねると、アリエンがイラッとした顔になった。
む、無茶苦茶嫌われているような……?
「いやでも、他でもないアリエンさんなら、この調合レシピが分かると思って空ビンを貰ってきたんですがね!」
「空ビンで何が分かるのか言ってみろよ」
アリエンはイライラしている。ま、まずいなぁ~。
「ほ、ほら、底にちょっと残っているから、これで何か分かりませんかね? ほら、ニオイとか?」
アリエンはジト目を向けていたが、手を差し出してきたので、芽々は魔法薬の空ビンを手渡した。
「す、すみません、お手数をおかけします」
芽々が平身低頭になると、アリエンはため息を吐いた。
アリエンは、そのビンを嗅いだ。
「む。アルコールのにおい? アルコールで何かの成分を抽出しているような感じだな」
アルコールか。たしかに、そんな味がしたような。
「アルコールか。成分を抽出……?」
芽々は机の上に置かれてある、朽ちた調合レシピを手に取った。
「その調合レシピって誰が書いたのか知らんけど筆圧が強いだろ? だから、年数がたったせいか紙が破れてボロボロだからな」
「そうか……筆圧が……ん? ちょっと待てよ……?」
芽々は後ろのページを捲った。幸いなことに何も書かれていない。となると――。
芽々は、持って来ていたペンケースから『鉛筆』を取り出した。
「おい、何をして……あっ!」
筆圧が強いから裏のページを鉛筆で塗りつぶすと――。
「ほらぁ! 前のページの調合レシピが浮き上がったよ!」
「へえ! 芽々、やるな! まじありえんけど!」
アリエンは、楽しそうに芽々を見て喜んでいる。
あ、あれ? いつの間にか、アリエンの私の好感度が上がっているような?
「よし! すぐに、この魔法薬を調合して、ドロップ宮殿の皆に配ろう!」
「私も、この調合レシピを写して、クルーエル大臣に持って行かなきゃ!」
『『露出病の特効薬』は『フクフク草五〇〇グラ』を『アルコール一リト』で『成分抽出』成功率百パーセント』
アリエンの言ったことはあながち間違っていなかったようだ。
芽々はすぐに調合レシピを書き取って、クルーエル大臣に提出したのだ。すぐに、各ラボラトリーに調合レシピが配られて、国民全員にこの魔法薬が配られることになった。
その日の夕方、芽々はエルヴィンラボラトリーに帰ってきた。馬車から降りると、心なしかふわふわしている。
あれ? 変だなぁ……?
芽々は首を傾げながら、ラボラトリーのドアを開けた。
「ただいま~!」
「芽々、遅かったな? たった今、ドロップ宮殿から速達が来て、『露出病』の調合薬のレシピが届いたんだ」
おかしい。水の中に潜ったときのように声がこもって他人事のように聞こえる。
まさか、クルーエル大臣の魔法薬が――?
「だから、すぐにこのラボラトリーでも作って――」
あ、ダメだ――。
気がついたときには、芽々は目を閉じたまま重心を放棄していた。
「芽々!?」
エルヴィンが呼ぶ声が遠くに聞こえたのを最後に、芽々の意識は暗転してしまった。