第六話 ドロップ宮殿侵入の試練
『エルヴィンのかかっている持病は、『瘴気中毒症候群』という、長い年月にわたり瘴気を吸い込みすぎたために発症した難病です』
「それを放っておくとどうなるの?」
『全身が灰色に壊死して、最終的には死に至ります。最初は症状が出ませんが、腹部から徐々に灰色の皮膚が広がっていき、肺に広がり、息苦しくなって、呼吸ができなくなり死に至ります』
芽々はとんでもない事に勘付いてしまった。ベッドに横たわるエルヴィンを振り返った。
「ちょっと待って!? エルヴィンは息苦しそうにしてるよ! しかも、あんたの説明じゃ、末期ってこと!?」
『そうですね』
「あんた、何やらかしてくれてんの!?」
息苦しいということは、呼吸ができなくなるのが時間の問題ということだろう。エルヴィンの魔法薬が自分を助けてくれたことを、芽々は思い返して辛くなっていた。こんなに恩を受けたのに、見捨てて死なせるなんて後味が悪すぎる。
しかし、烏羽玉先生はあっさりとのたまった。
『完治できる特効薬があるから大丈夫ですよ~』
「もう、それを早く言ってよ~」
『あはははは』
「うふふふふ」
芽々と烏羽玉先生は、にこやかに笑った。
『でも、魔法薬を作るには、ドロップ宮殿しか手に入れることのできない高価な材料の『鳳凰の巣』と『金蝶と銀蝶の鱗粉』を手に入れなければなりません。しかも、調合のレシピも手に入れなければなりません。勿論、ドロップ宮殿しか知らない門外不出の調合レシピです』
芽々の笑顔が凍りついた。一気に地獄に落とされた気分になった。
「ええっ! そんなの無理だよ!」
ドロップ宮殿に関わることなんて、普通に考えてありえない。
しかも、ドロップ宮殿しか手に入れられない材料なんて、アクドイ事でもしなければ絶対に無理だ。
それだけでも、困難なのにドロップ宮殿の門外不出の調合レシピを手に入れろだなんて無茶もいいところだ。
「これって、一番困難な最終イベントの間違いなんじゃないの? 最初は簡単なイベントから始まるでしょ!? これは一体なんなの!?」
『この方が面白いと思いまして』
「面白いわけあるか! リアルで体験する身にもなってみろ!」
『でも、難しいのは最初だけですから』
芽々は、エルヴィンを振り返った。息苦しそうな呼吸の音が部屋に空しく響いている。
でも芽々が何とかしなければ、エルヴィンは死んでしまうかもしれない。
『物語のイベントですからね。是非ともクリアしていただきたいですね』
「……失敗したらどうなるの?」
『エルヴィンを殺した冤罪をかけられて、バッドエンドになります。あ、ちなみに、処刑も感覚器官をフル活用した本物同然の苦しみになっておりますので!』
「なんでそこまでリアルにするかな!?」
『趣味です』
「コラァ!」
烏羽玉先生こそ、ガーディアンに捕まるべきだ!
「アンタの性格、ねじ曲がりすぎてるだろ!?」
『そうですか、普通ですよ』
「どこが普通だ!」
クスクスと笑っている烏羽玉先生は、とことん芽々で遊ぶ気だ。
しかし、どうするんだこれ! 芽々は、ギリギリと爪を噛んだ。
ご丁寧にも逃げれない創りになってる! エルヴィンを見捨てることはしないが、死の苦痛までリアルになっているなんてとてつもなく厄介だ!
『でも、大丈夫ですよ~。私の言う通りにすれば。最初だけ特別サービスです』
「教えて!」
『まず、この棚の一番上にある一番右の小瓶の中の錠剤が、エルヴィン作の『鳥になる薬』ですね。これを一錠飲んでください』
芽々は烏羽玉先生の言うとおりに、鳥になる薬を茶褐色の小瓶から一錠手のひらに転がした。それを飲むと、不思議なことに背が縮んだ感じがして、視界の高さが低くなった。芽々は手を動かしてみる。
芽々の手は真っ青な羽毛に覆われていて、羽ばたくと身体が浮き上がった。窓ガラスに鳩ぐらいの大きさの青い鳥が映っている。恐らくこれが魔法薬の効果であり、鳥になった芽々の姿なのだ。烏羽玉先生が窓を開けてくれたので、芽々はそのまま飛び立った。
不磨の森が眼下に広がっている。空は青く晴れ渡り、心地良い春のような陽気で包まれている。芽々は滑空してくるくると一回転した。こんな時じゃなければ、自分の力だけで空を飛べた嬉しさで興奮していたことだろう。しかし、事態は一刻を争う。
烏羽玉先生はこうも言っていた。
『まず、西に進むと『王都ファンティア』が見えてきます。街の中心部に『ドロップ宮殿』があります』
芽々は、力強く羽ばたいた。
不磨の森を抜けると、点在していた家々が見えてきた。街並みが広がっていて、聳え立つ宮殿が街の中央に見えてきた。
『次に、ドロップ宮殿の東棟の最上階にいるクリストファー王子の部屋に助けを求めてください。王子は優しい人ですから、材料も調合レシピも分けてくれます』
難易度が高そうだと思っていたけど、意外と簡単そうだ。
烏羽玉先生ももしかしたら、プレイヤーの事を考えているのかもしれない。
比較的気楽な気分で、芽々はそのままクリストファー王子の部屋を目指して突っ込んで行こうとした。
しかし、芽々は宮殿というものをナメていた。
「侵入者だ! 取り押さえろ!」
王宮の敷地内を飛んでいると、十人ぐらいの衛兵が駆けてきた。
ええっ、何で見つかったの!?
『そうそう』
芽々の横に烏羽玉先生の上半身だけのホログラムが現れた。どうやら、全然衛兵には烏羽玉先生が見えてないらしい。それを良いことに、烏羽玉先生は芽々の横を追蹤しながら暢気な口調で喋る。
『青い鳥はこの異世界ではいません。だから、侵入者ということがバレバレなので、気を付けてください……って遅かったですか?』
遅すぎるわッッッ! なにこれ……ヤバい展開……!
「かかれぇ!」
隊長と思われる人物が指揮すると、大砲のような筒から網が発射された。
げっ!
気がついたときには、芽々は縄に絡め取られて、地上に落ちてしまったのだった。
鳥の姿は軽いから落ちた時の衝撃はない。
けれども、芽々は人間の姿に戻ってしまった。
しかも、縄が身体に絡まっていて、身動きが取れない……!
視線を上げると、衛兵たちに取り囲まれていた。血の気が引いていく。
もしかして今度こそ、バッドエンドになってしまうのか!?