第十五話 茨の灰と魔法薬
芽々とエルヴィンは久しぶりにドロップ宮殿を訪れた。そして、クリストファー王子の部屋に通された。
クリストファー王子は、もうすっかりお元気になられて大臣たちと話をされていた。クリストファー王子の前で、エルヴィンと一緒に芽々は跪いた。すると、クリストファー王子はこちらに気づいた。
「よく来たな、芽々、エルヴィン。二人には王都を救ってくれた上に、私の病気を治してくれたことを感謝しているぞ」
「もったいないお言葉です。感謝いたします」
エルヴィンの台詞に合わせて、芽々は頭を下げた。
「それで、二人は私に何の用だ?」
「クリストファー様が眠れないとお聴きしたので、エルヴィンが新しい魔法薬を開発したので、お持ちした次第です」
芽々は頭を下げたまま、慎重に言った。
「ほう? それは、ありがたい! それで、何の材料を使ったのだ?」
「茨姫病の特効薬で鎮静化させた時に出た『茨の灰』です」
エルヴィンが答えると、クリストファー王子の顔が険しくなった。すぐに大臣の一人が、声を張り上げた。
「クリストファー様を愚弄するのか! すぐに、この者を捕えよ!」
「お、お待ちください!」
近衛兵に捕えられそうになっているエルヴィンに慌てた芽々が思わず声を上げると、クリストファー王子が手を上げてそれを止めた。近衛兵がエルヴィンと芽々から離れて行く。
「エルヴィンは、こんなに眠りの効果があるものなら魔法薬にならないかと考えたのです!」
「『茨の灰 三〇〇グラ』に『聖水 カップに一、五杯』と『毒消し草 一五〇グラ』を入れて、茨の灰を浄化してあります。更に、茨の灰と相性の良い『睡眠草 一〇〇グラ』を入れて、効果を倍にしました」
エルヴィンの説明の後、芽々は言い募った。
「エルヴィンの魔法薬は、誰もが飲むと健康になると申しております! 茨が暴れ出すということは絶対にありませんので!」
芽々の言葉は信用があるのだろう。クリストファー王子は機嫌良く笑った。
「面白い! 是非とも使わせていただこう!」
「で、ですが、クリストファー様!」
大臣が寛大なクリストファー王子に大慌てしている。芽々たちを捕えて処刑したいが、叶わないといった歯痒さが前面に出ている。
「茨姫病にかかった時は良く眠れたのだし、眠った時はまた芽々に口付けで起こしてもらおう! 今度は茨が暴れないようなので安心だろうからな!」
「そ、それは、確かに!」
そのセリフに、大臣の一人は納得したのか笑い出した。
しかし、今度は芽々は大慌てになる番だった。
「いや、あれは、このネコのぬいぐるみを使ってチュッとしたんですけどね!」
芽々がぬいぐるみを取り出すと、クリストファー王子は嬉しそうに笑った。
「そうだったな。その芽々のネコのぬいぐるみを頂けないか? 芽々の代わりにしたい」
芽々は振り返って、困ったようにエルヴィンを見ている。
「え、えーと?」
あれは、エルヴィンのぬいぐるみなのになぁ。
芽々の困った顔に、エルヴィンは涼しい笑みで答えた。
「別に構いませんよ? お使いください。私が幼いころから使っているぬいぐるみで、申し訳ないんですが……」
エルヴィンが完ぺきな笑みを浮かべて伝えると、クリストファー王子は無言でぬいぐるみを返してきた。
あ、あれ……? 要らないのか……?
お天気なクリストファー王子の気持ちが分からなくて、芽々は首を傾げた。
芽々は、クリストファー王子とエルヴィンが笑顔で火花を散らしていたことに気づかなかったのだ。
帰りの馬車の中、沈黙が続いているので芽々は戸惑っていた。
なんとなく、エルヴィンの機嫌が悪いような……。
ネコのぬいぐるみで遊びながら、芽々はチラチラとエルヴィンを窺っていた。
芽々の視線にエルヴィンが気付いてフッと笑った。いつも通りのエルヴィンの優しい笑みに心の花弁が開いていく。
「芽々、ちょっと街で買い物して帰るか?」
「う、うん!」
エルヴィンの機嫌が直った!
芽々の取り巻く日常が元通りになって、ホッと息を吐くのだった。
数日後、クリストファー王子は、エルヴィンの魔法薬のお蔭で良く眠れるようになったそうだ。そうして、エルヴィンラボラトリーはクリストファー王子の宣伝効果でますます繁盛するのだった。
◆◇◆◇◆ 第五章完結! 第六章に続きます! ◆◇◆◇◆