第二話 不磨の森にある茨(いばら)のプロローグ
疫病が沈静化してから幾日が経過した。その頃になると、キラキラ霧も消えていた。だから、荷馬車屋の従業員は幾分か安心して、不磨の森で材料集めに精を出していた。
「しばらく材料を取ってなかったからか、不磨の森が生い茂ってんな!」
「でも、取り放題だから、お給金は弾み放題じゃねえか!」
「違いねえ!」
荷馬車屋の従業員たちは上機嫌で大笑いしながら、材料を集めて行く。
彼らは、荷馬車屋の従業員だけあって材料には詳しい。不磨の森のどこに何が生えてあるのかも大体把握している。
「あれ? なんだこれ?」
「どうした?」
だから、珍しい材料が生えていたので彼らは興味津々になった。
「こんな所に茨なんてあったか?」
「前はなかったよなぁ。これって、珍しい材料なのかな?」
「シラネ。一応持って帰ってノーア社長に見てもらおうか?」
不磨の森の従業員が、茨の材料を取ろうとナイフを持った手を伸ばした時だった。
茨が意志を持ったかのように動いて、鞭のようにツルのかいなで従業員をシバき上げた。
「う、うわぁ!」
「いってぇ!」
従業員は茨のトゲで腕をケガして、更には尻餅をついた。茨はウネウネと水面に投げかけた波紋のように動いて、従業員に襲い掛かった。
「に、逃げろぉおお!」
従業員は、命からがら逃げ帰った。しかし、従業員が王都ファンティアに戻ったことで、事件は起きるのである。
★ ★ ★
深夜。ドロップ宮殿は静寂で包まれている。クリストファー王子は自室で眠ろうとして寝返りを打った。しかし、寝つきが悪い。
「すまない」
クリストファー王子が暗闇に声をかけると、番をしていたお付きの者が駆け寄ってきた。
「お呼びでしょうか」
「眠れないから魔法薬を持って来てくれないか」
「かしこまりました」
お付きの者はすぐに部屋から出て行った。そして、五分もしないうちに戻ってきた。
「いつもの魔法薬です」
「そうか、いつものか……」
眠れないので魔法薬に頼っているのだが、抗体ができてきたのかそれも効かなくなってきた。だからか、一週間ほど満足に眠れていないのだ。
クリストファー王子は、内心嘆息して効かない魔法薬を飲み干した。しかし、あまりよく眠れずにまたクリストファー王子はベッドの中で寝返りを打った。
「やはり眠れん……おい、何か眠れる方法はないのか?」
「クリストファー様、失礼ながら夜伽のお相手を連れて参りましょうか? たとえば芽々さんとか……?」
見張りをしている近衛兵の一人に声をかけて失敗した。クリストファー王子は、その近衛兵のからかい半分の冗談にげんなりした。
「……他に眠れる方法はないのか?」
近衛兵の一人は控えめに笑った。
「では、面白い話でもしましょう」
「面白い話か……。良いだろう、聴かせてもらおうか」
「この世界には絶対に良く眠れる珍しい病があるそうです。何故かその病の事は現在では全く聞かれなくなったんですが、異国では宮殿全体が眠りについたという話もあるそうですよ」
「はは、面白いな。私もその病にかかってみたいものだ」
少し笑って気分が良くなった。クリストファー王子は横になったが、うっかり芽々の顔を思い起こしてしまった。しかも、先ほどの近衛兵の夜伽の話も――。
やはり、クリストファー王子は眠れぬ夜を過ごす羽目になるのだった。




