第十一話 完成した魔法薬2
ドロティア王妃の部屋の前まで、芽々とエルヴィン、アベリルは足早に急いでいた。丁度、そこでフームス隊長とガーディアンの部下が話し込んでいた。
「王妃様は、まだ苦しんでおられるのか?」
「そのようです……」
「丁度、二週間だな」
そうだ。今日が期限ギリギリの二週間だ。
「ブランダの処刑を実行しろ!」
「はっ! 承知しました!」
げっ、マズイ!
芽々は足を速めて、フームス隊長の所まで駆け寄った。
それに気づいたフームスが、部下を引き止めた。
「フームス隊長! ちょっと待ってください!」
「芽々か。どうした? 期日は過ぎたぞ? もう、待てと言われても――」
「待てとは言いません!」
フームス隊長の眼が面白そうに閃いた。
「ほう? あの女を見捨てるのか?」
「いや、特効薬ができたからな」と、エルヴィン。
「特効薬……? 材料はなくなったはずなのにできたのか……?」
エルヴィンは笑った。
「なんてことはないよ。不磨の森から荷馬車屋に仕入れてもらったんだ。キラキラ霧が出ていたけれど、『メロメロティ』を食べた者には『瘴気を吸い込んだキラキラ霧』は効かないからな」
「なるほどな……」
エルヴィンの説明に、フームス隊長は納得していた。
「だから、ブランダ先生を助けてください……!」
アベリルが祈るようにフームス隊長を見た。
フームス隊長は面白そうにニヤリと笑った。
その目が、芽々を称賛しているようでゾクゾクした。
「……その特効薬が効かなかったときは、ブランダは処刑だ。それでも良いんだな?」
「分かってます!」
「よし! その魔法薬は?」
「これです」
アベリルが、バッグの中から水薬の入った小ビンを取り出してフームス隊長に渡した。
「おい、これを、主治医に言って王妃様に飲ませて差し上げろ」
部下が一礼して、ドロティア王妃の部屋に入って行った。ドアが閉められたので、芽々も王妃の部屋にはいろうとしたが、フームスに引き止められた。
ダメだったとしても、王妃に許しを請うことも、ブランダを助けてと祈ることもできなくなってしまった。
芽々は祈るような気持ちで結果を待っていた。暫くすると、王妃の部屋が騒がしくなって、慌ただしい足音が近寄ってきた。
そして、ドアが開く。
ガーディアンの部下が、ドアから目の覚めたような顔を出した。
ど、どうなったのかな……?
すると、ガーディアンの部下は満面の笑顔になった。
「王妃様がお元気になられました!」
「やったぁ!」
「やったな! 芽々、アベリル!」
「エルヴィン先生と、芽々おねえちゃんのお蔭です……!」
アベリルと手を取り合って芽々は喜び合った。
ガーディアンの部下は感動を顔で生き生きさせて、芽々たちを部屋の中に促した。
「特効薬を作った者たちをお呼びです! さあ、早くおいで下さい!」
芽々たちは喜んで、王妃の部屋に入って行った。
ドロティア王妃はベッドに腰掛けて、ガウンを羽織っていた。
エルヴィンと芽々を見た途端、ドロティア王妃の顔に元気な笑みが浮かんだ。
「私の病を治してくださったのは、エルヴィンさんと芽々さんですか! それに……?」
「ブランダの弟子のアベリルです……! でも、原因を突き止めたのは芽々さんで、魔法薬を作ってくれたのはエルヴィン先生なんです! ブランダ先生を助けてくれたし、お礼を言いたいのは私の方で――」
アベリルは、興奮して珍しく早口になっていたが、ドロティア王妃の顔を見た途端ハッとなった。芽々もそれに気づいた。
ドロティア王妃は、険しい顔をしてアベリルを睨みつけていたのだ。
「……ブランダは処刑します」
「えっ……!?」
一瞬で、アベリルは泣き出しそうな顔に変化した。
「あんな魔法薬を私に飲ませるだなんて許せません」
王妃に睨まれてアベリルは震えだしてしまった。だから、支えとなるようにしっかりと芽々は肩を掴んだ。そして、ドロティア王妃をまっすぐに見据えはっきりと言った。
「王妃様、お待ちください! ブランダ先生の魔法薬がちゃんとした物だったからこそ、王妃様は現在ご健康になられたのです!」
ドロティア王妃の目に疑心が色濃く浮かぶ。芽々の言い分が口から出まかせだと思ったのだろう。しかし、芽々はクリストファー王子と国王の病を治したことがあるので、嘘だとはねつけることができなかった様子だ。
「……どういうことです? あれは毒薬ではなかったのですか?」
ドロティア王妃の疑り深い目が、芽々の表情から嘘を見つけ出そうとしている。しかし、芽々は真実を伝えているのだ。ひるむ理由はない。
しかし、芽々より早く、エルヴィンが答えた。
「はい、王妃様。ブランダの作った魔法薬に害がない事は芽々が立証済みです」
ドロティア王妃が信頼しているエルヴィンが出てきたことで、芽々の言い分が裏付けされた格好となった。
「では、なぜ私は倒れたというのです? 芽々さん、説明してください」
芽々は、神妙に頷いた。
「それは、飲み合わせです! ブランダ先生の特効薬は普通に飲んでいれば、害は全くありません! でも、まだ試されていない食べ物と飲み合わせが悪かったのです!」
王妃は、一理あるという風に頷いた。
「だから、私は倒れたというのですか? 飲み合わせが悪い食べ物とは一体……?」
「それは、『メロメロティ』です! ね、エルヴィン!」
「ああ、『メロメロティ』は、あの疫病の特効薬になったのですが、王妃様の『四角蜘蛛の感染症の特効薬』とは相性が悪かったようです。だから、私が作った魔法薬で中和しました」
エルヴィンが天才調合師だからこそ、この魔法薬ができたようなものだ。私一人ではどうにもならなかったからね……!
「そうなのですか……?でも、それなら、私の主治医も、ブランダも分かっていたはずでは?」
エルヴィンが首を横に振った。
「いいえ、メロメロティは珍しい果実です。なので、飲み合わせまでは研究されていなかったのです」
アベリルが必死で神に祈るように手を組み合わせた。
「王妃様のご病気が治ったのは、ブランダ先生の特効薬の効果です……! ですから、ブランダ先生をお許し下さい……!」
王妃は暫く、芽々たちをじっと見ていた。しかし、口元に笑みが浮かんだ。
「分かりました。ブランダを釈放しましょう!」
王妃はすっかりブランダを許していた。芽々たちの言い分に納得したらしい。
「やったぁ!」
「芽々おねえちゃん……!」
アベリルは芽々に抱き付いて再び大泣きした。どうやら緊張の糸が切れたようだった。
「さあ、この者たちに褒美を!」
ドロティア王妃の声が高らかに響いた。
フームス隊長は、口元に笑みを湛えたまま静かに部屋を出て行った。
芽々は、アベリルをなだめながらエルヴィンと目くばせした。
エルヴィンも、満足そうに頷いていた。
そうして、この疫病騒ぎは一段落したのだった。